―20―



  歩遊は耀の姉が貸してきたアニメを最後まで見なかったが、あれのお陰で「男同士でもエッチは出来る」という事だけは確実に把握した。
  無論、歩遊は自分があの主人公のように「美少女と見紛うほど可愛い」などとは微塵も思っていないし、あの作品ほど簡単に俊史と両想いになれるとも考えてはいない。何故って、俊史は告白した歩遊を叱り飛ばした上突き飛ばしたし、避けるように外へ逃げ出したし、おまけに返事が欲しいと思い切ってせっついた事にも何のリアクションもなく、ただ「俺のことが好きなら言うことを聞け」と言うだけだった。ただでさえ自分に関してはとことんネガティブ思考の歩遊なのに、ここまで材料が揃っていたら、良いように考えろと言う方が無茶である。
  キスを貰えて嬉しかったし、絡めた手も振り解かれなかったからその点は安心したが、それも結局は長年の付き合いによる「情け」と捉えられなくもない。歩遊の告白は未だ宙ぶらりんのままで、男同士の恋愛が「アリ」だと知っているからと言って、それがそのまま自分たちに繋がるかというと、それはやはり別次元の話なのだった。
「俊ちゃん…?」
  それでも歩遊は、妙に息の荒い俊史が急くように歩遊のセーターや、その中に着こんでいた厚生地の長袖シャツのボタンにまで手を掛けるのを他人事のように眺めていて、さすがにただならぬものを感じ始めた。
「あ、あのっ…俊――」
「黙ってろ。怒らせたいのか」
「……っ」
  それはドスの利いた実に恐ろしい声色だった。
  歩遊はごくりと息をのみ、口を噤んだ。俊史の殺気立った雰囲気が半端でない。大した作業でもないのに、真剣な表情で一つ一つ丁寧にボタンを取り去って行く様もただただ不気味だ。
  歩遊は狼狽した。
  黙っていろと言われた。でも怖いし、こんなのは「ありえない」。大体、あのアニメだって外でなんてやっていなかった。それに行為の途中ではあったけれど、あの2人はきちんと互いの想いを伝え合い、両想いになった上で「ああいうこと」をしていたはずだ。
「俊ちゃ……ここ、で?」
  だから堪らず声を掛けたのだが、俊史は答えなかった。歩遊の声は自然上擦った。
「あのっ、ちゃんと……ちゃん……家、戻っ……」
「駄目だ。今すぐだ」
  しかもようやく言葉が返ってきたかと思えばそれ。無碍もない回答に歩遊は唖然として再び石化し、俊史はそれを良いことに、ようやく全て脱がせた衣服を無機的な動作で自分たちの背後に敷いた。
  そしてカチコチに固まった歩遊を無理やりその上に横たわらせる。
「ふっ…」
  あまりの寒さに歩遊はぶるりと震え、両手を胸の上に持っていきながら身体を縮こまらせた。当然だ、こんな寒中で裸にされて平気なわけがない。正月に祝いの行事で滝だの海だのへ飛び込む人たちを歩遊もテレビで見たことはあるが、ああいう人たちは前々からきちんと身体を鍛えているのだろうし、心構えを持ってやっているから平気なのだ。それに比べて、歩遊には心の準備もなければ、そういった耐性があるほど強い肉体を持っているわけでもない。生白い身体は見るからに貧相だし、如何にも弱々しい。俊史とて、本来なら歩遊にこんな酷い真似は絶対にしないだろう。
  本来なら。
「俺が好きなんだろ?」
  上から覆いかぶさるようにして、俊史は胸元にあった歩遊の手を無理やり地面に縫い付けた。そしてまるで問い詰めるように訊く。
「歩遊。どうなんだ?」
「う…うん…」
  だから歩遊は急かされるままに頷いた。ひゅっと吹く風が冷たい。
  けれどそれ以上に俊史の眼が冷えていると感じた。
「好きだよ…。僕は俊ちゃっ…俊ちゃんが、好き」
「……だったら逆らうな。嫌とか待てとか、そんな言葉も出すな、絶対に聞きたくない」
「でもっ…」
「『でも』もなしだ!」
「……っ」
  その迫力に恐怖して歩遊が再び黙りこむと、俊史は一瞬だけ迷った様子を示したものの、すぐに顔を近づけて囁いた。
「逆らわずに大人しくしていたら優しくしてやる…。怖いのは嫌なんだろ?」
「うん…。やだ……俊ちゃ……」
「……だったら言うこと聞いてろ」
「…っ…」
  息が出来ない程の口づけをされて、歩遊は物理的に言葉を封じられた。
「んっ、ん…」
  しかもキスの合間に俊史が露わになった胸を撫でてくる。歩遊はそれが怖くて、じりと足を動かした。
  衣類が下にあるとは言っても慰め程度だし、一昨日の雨で土もまだ湿っているし、周囲の草が時々肌に当たってちくちくする。
「ふっ…んぅっ」
  それでもキスは止まないし、俊史の指先が執拗に胸を攻めてくる。歩遊は訳が分からなかった。
  でも「嫌」とは決して言えない。
「ふ、あ…」
  もし今ここでそんな事を言ったら、本当にもう二度と俊史からのキスは貰えない、一緒にもいられないと、それだけは分かっていた。
  これからもずっと俊史の傍に置いてもらいたいのだ。
「はあっ」
  やがて長い口付けが終わり、歩遊は大きく息を吐いた。毎度長いキスにはそうなってしまうのだが、この時は俊史もそれを諌める余裕はなかったらしい。不満そうな顔はちらとだけ見せたものの、俊史は歩遊の前髪を乱暴に掻き上げその表情を見やった後は、すぐさま自らの唇を下方へと移動させた。
「やぁっ…」
  俊史にちゅくと胸を吸われて、歩遊は思わず声をあげ固く目を閉じた。まともに見てなどいられない。女性のような胸もない、真っ平なそれなのに。
  けれど俊史はそんな歩遊には構う事なく、頼りない貧相なその胸の粒を何度となく吸い、最後に唇の先できゅっと引っ張った。
「ひんっ!」
  足先から脳天にまでピリとした電流が走り、歩遊は反射的に俊史の頭を強く押した。離れて欲しい、率直にそう思った。自分の身体に何かとんでもない事が起きたと感じて、それが恐ろしかったのだ。
「俊ちゃ…」
  しかし俊史は歩遊のその拒絶にも微動だにしなかった。それどころか歩遊が異様に感じた事を察して却って後押しされたのか、再度胸に唇を寄せてその突起をつぶりと舌で押し潰し強く食んだ。
「ひぁっ! しゅっ……や、だぁっ」
  あまりの事に歩遊は我慢出来ずに訴えた。嫌とは言うなと言われていたのに、意識せずに出てしまった。
  ただ、そんな歩遊の涙声にすら俊史は動じなかった。歩遊への愛撫も舌での奉仕も決して止めない。歩遊に嫌がられて引っ張られるようにまさぐられた頭髪もすっかりと乱れていたが、俊史はひたすら歩遊の胸を吸い続けた。
「ふっ、んっんっ…」
  すると次第に歩遊の息も荒くなった。変だ、こんなのはおかしいと頭の片隅では思っている、でもどうにも出来ない。
  身体はどんどん熱くなった。
「あ、あっ」
  おかしな声も止まらなかった。声を消したい、でも出来ない。
「あ……」
  その時、俊史がふと唇を離し、歩遊はそれに促されるように目を開けた。と、散々弄られた胸の粒が腫れたようにぴんと上を向いているのが見えて、歩遊は願いに反し「やぁ…」と情けない声を漏らし、目元を赤らめた。
  けれどそれを戒めるようにまた深い口づけがやってくる。
「んんっ…んぅ」
  俊史のキスは本当にしつこかった。舌を絡め、何度も角度を変えては歩遊の唇を犯す。しかも身体を異様に擦りつけて上下に動いてくるから、俊史の股間が不自然なほどの高まりを見せているのも歩遊にはよく分かった。歩遊はそれだけで混乱し、自由にならない身体を必死にずらそうと小さくもがいた。
「はっ……」
  けれどその時、俊史が歩遊のズボンのボタンを外して乱暴にそれを脱がせてきたものだから、歩遊はぎくりとして目を開いた。
「俊ちゃ――…」
「煩い」
  俊史は声を返してきたが、やはりその目は怒っていた。歩遊はそれに思い切りびびって案の上その先を言えなくなり、俊史はその隙に黙ったまま歩遊の下着をもずり下げた。
「あ…あ……」
  自らの小ぶりなそれがぷるんと間抜けに顔を出したのが目に映り、歩遊はくしゃりと相貌を歪めた。真冬の、こんな森の片隅で。もしもこんな所を誰かに見られたら――そう思うだけで歩遊は羞恥でどうにかなりそうだった。
「お願い……俊ちゃ……お願いだから……」
「止めろって?」
  歩遊の涙混じりの声に俊史がハッと嘲るように唇の端を上げた。歩遊が恐々とその顔を見上げると、俊史はそんな歩遊の頬をざらりと撫でてから確かめるように潤んだ瞳を覗きこんだ。
「歩遊…嫌なのか。止めて欲しいのか…」
「やめ……あ、んっ!」
  言いかけたところで性器に触れられ掴まれて歩遊は息を呑んだ。まさに命を握られている気分だ。ふるふると唇だけを戦慄かせると、俊史はそんな歩遊にもう何度目かも分からない口づけをしてそっと言った。
「嫌か。俺とキスするの」
「い…嫌じゃ……キス、は……」
「キスは? ふざけるなよ…。俺のこと好きなんじゃないのか。あれは嘘か?」
「違うっ! う……嘘じゃない…好き! 俊ちゃん、好き…ん、んんっ!」
  めちゃくちゃに唇を貪られて歩遊はまた気が遠くなった。下半身にも血液が集まる。もう駄目だ、何も考えられない。でも、本当に訳が分からなくなる前に「あれ」だけは欲しかった。
  それだけは。
  俊史の返事だけは。
「俊ちゃん、は? ね……俊ちゃんはっ、好き?」
「………」
「僕のこと……ど、どう思っ……」
  唇が離れたほんの少しの合間を縫って急いで訊いた。至近距離に俊史の顔がある。歩遊は涙の溜まった瞳を向け、必死の想いでもう一度問い質した。
「好き…?」
「………バカだろ、お前」
  けれど俊史の返事はそれだった。
「――………」
  歩遊は絶望的な気持ちに陥った。
  けれど、それならこんな事はやっぱり止めて欲しい、もう嫌だと言おうとしたところをまたキスで遮られた。同時に下方では何度となく内股を撫でられ、剥き出しの性器にも触れられた。頭がおかしくなる。歩遊はきゅっと目を瞑った。拍子に涙がぽろりと零れた。
「うぅ、ん…あっ……」
  いつの間にか、かろうじて足首に引っかかっていたズボンと下着も全て取り払われていた。靴も履いていない。身に着けているのは靴下だけというあられもない姿で、俊史に良いようにされ、でも好きと言う言葉は貰えない。
「ひっ、うっ……」
  我慢出来ずに嗚咽を漏らすと、俊史の動きが止まった。
「歩遊」
  呼ばれたので素直に目を開く。この期に及んで未だ歩遊は俊史に逆らえなかった。
「俊ちゃ……」
「……泣いてんじゃねェよ」
  ぐいと親指の腹で頬を伝う涙を拭かれた。
「ひっ……だっ、だって…」
  そうは言っても悲しい。この状況は勿論、好きと言ってもらえない事が。
  しかし俊史は無言のまま身体を屈めると、悲嘆に暮れる歩遊のすっかり小さく萎縮した性器を片手で支え、それをおもむろに自らの口内に誘った。
「やあぁッ!」
  歩遊は涙で視界をぼやけさせながらもその光景を直視してしまい、驚きのあまり咄嗟に膝を立てた……が、与えられた刺激には意図せず嬌声が出た。
「ひんぅ…!」
  俊史の口淫は激しく、歩遊は必死に唇を噛んで顔を横へ逸らした。
「う……――ッ」
  それでもゾクゾクした快感が全身を駆け巡る。信じられなかった。何も考えられない、考えたくないと思い、一方で「でも」という理性が忙しなく胸を掻き毟った。
  歩遊はぱちりと目を開けた。
「俊ちゃっ……はうっ…」
「……っ。気持ちいいだろ……素直に感じてろ」
「やだっ、うそ、うっ……あ、あっ、あぁっ!」
  以前、歩遊は「自分の身体は体毛も薄いし他の人よりも成長が遅いし、どこかおかしいんじゃないか」と俊史に相談した。俊史以外に身体の悩みを打ち明けられる人などいなかった。俊史になら何でも話せたし、隠し事もしたくない。
「やっ、やめっ…もっ…あぁっ」
  けれどだからと言って、こうして全てを晒すことを無条件で受け入れられるわけではない。
「しゅっ…あんっ、あぁっ」
 何故って、歩遊は俊史を好きだけれど、俊史はそうではない。それなのにこんな事させられない。でも身体は感じている。おかしいくらいに気持ちもいい。
  でも、悲しい。
「はんっ……や、やっ…!」
  恥ずかしい声が出ないようにしようと思っているのに駄目だった。どんどん追い上げてくる俊史の奉仕に歩遊は完全に白旗を上げた。胸を舐められていた時の比ではない。あの浴室で手淫され発した時よりも危険な快感。
「あぁっ、俊……――っ!」
  ぱちぱちと小さな火花が散った瞬間、歩遊は俊史の口の中で吐精した。ぎりぎりまで俊史を止めようと必死に視線を向けていたが、その時ばかりはもう目を開けていられなかった。とてもではないが俊史を直視出来ない。
  立ち直れない、そうも思った。大好きな俊史にこんな真似をされた衝撃もさることながら、俊史のことを汚してしまった。それが歩遊に深い罪悪感を植え付けた。
「歩遊……」
  呼ばれて無意識に目を開くともろに俊史と目があった。歩遊はそれでまた新たな涙をぶわりと浮かべた。
「俊ちゃん、は…僕のこと……嫌い…?」
「…………」
  何も言わずに眉をひそめる俊史に一層惨めな気分が増した。歩遊は半ばパニックになりながら嗚咽を漏らしつつ声を出す。
「ごめっ……。ひっ……も、も、言わな…言わない、から…!」
「歩遊」
「もぉ……や……あ、あ…? 何? いっ…!」
「歩遊」
  恐ろしく冷静な俊史の態度のせいで、歩遊は自分が何をされているのか分からなかった。
  何故突然痛みが襲うのかも。
「い、やあっ…」
  下方に走る不可解な感覚。歩遊は助けを求めるように俊史を見たが、俊史は依然として感情の見えない顔でじっと歩遊を見返している。
「俊ちゃ…」
  けれど目を開けたお陰ではっきりと痛みの原因が分かる。歩遊はさっと顔を青くし、それをしている俊史に相貌を崩した。自然と唇が戦慄く。
「いっ……やだぁ……」
  俊史は答えなかった。未だその行為――歩遊の最奥に指を入れることを止めようとはしない。
「ひっ…い…いっ…」
  痛いと再び訴えようとしたところを、しかし覆いかぶさってきた俊史にすかさず「喚くな」と叱られた。
「……っ」
  それで歩遊はまたバカみたいに口を閉ざした。
  両足をぐいと開かされその間に俊史の身体が入ってきて、歩遊は自然無理な体勢を強いられた。しかも無理やり開脚させられたその足は更に俊史の手によって大きく掲げられる。
  そして俊史の指はしきりに歩遊の奥をまさぐっている。
「……うぅっ」
  嫌だ。
  痛いよ。
  頭の中では不満や不安がいっぱいになっていた。黙っていろと言われてそうしていても、瞳は嘘をつけない。しきりに言葉にならない気持ちを訴えてもいる。涙でぼやけてはいるが、俊史にそれは伝わっているに違いなかった。
「ん…ん…!」
  それでも俊史の仕打ちは終わらない。何度となく出し入れされるその指が二本、三本と増えていくにつれ、歩遊の感覚も麻痺していく。
  やがて「歩遊」と耳元で囁かれてぼんやりとそれに呼応した時には、もうそのじんとした痛みはとても不可解な、痛みとは別の感覚になりかけていた。なりかけていたけれど、それが何かは分からなかった。
  ただ悲しかったから。
「歩遊」
  そんな意識も朦朧とした歩遊に俊史が言った。
「入れるぞ…?」
「なに……?」
「いいな?」
「僕……分か……分かんな……俊ちゃ……」
  混乱してとにかく首を左右に振ったが、俊史はそれを諌めるように歩遊の耳朶を軽く噛んだ。それから急に上体を起こすと、歩遊の片方の膝裏を更に高く抱え上げ、散々弄った後ろを目前に晒した。
「やあっ…」
  恥ずかしくて歩遊は声を出したが、俊史は構わなかった。その足を折り曲げると、俊史は己の既に大きく昂ぶっている性器を歩遊の奥の秘所に押し当てた。
「あ…っ…」
  歩遊はそれを直視し、さっと蒼褪めた。ここにきてようやく。歩遊は今さら、俊史が自分に何をしようとしているのかがはっきりと分かった。
「俊ちゃっ……僕っ……」
「黙ってろ…! …もう、無理だ」
「駄目っ……僕そんな……あ……ひっ!」
「歩、遊っ…!」
「あ、あ、そんな…や…!」
  俊史が自身のものを手で支えながらそれをぐいと挿入する。つぷりと歩遊の蕾にそれが押し入って、歩遊は思わず悲鳴を上げた。
「や、ああぁーッ!」
  俊史の先端がぐいと押し入ってきたのが分かり、歩遊はぎゅっと目を瞑った。
  それでも恐怖で声は出てしまう。もう黙っていろと言われた命令のことは忘れてしまった。
「嫌、嫌あっ! 俊、ちゃんっ」
  俊史は何も返してくれなかった。声がない事で余計に不安になった。
「いっ…あ、あ、あぁ、んぅっ――!」
  俊史の質量の伴ったそれはどんどん体内を侵食していった。歩遊の頭の中は爆発寸前だ。俊史になら何をされても平気だと思っていたのに、想像の範囲を超えたその行為にただ衝撃を受けていた。酷い痛みが全身を覆い、泣いて懇願しても止めてくれない俊史が怖くて仕方なかった。
「嫌だぁ!」
  歩遊は泣きながら訴えた。
「やめてっ…やだ、やだ、やだぁっ…!」
「逆らうなって……言っただろ…!」
「…っ!」
「歩遊っ」
「ひっ……うっ……」
  上から降ってきた俊史の声に歩遊は見事に反応し、ぴたりと騒ぐのを止めた。
「ふぅ……」
  そうして荒く息を吐いてから、既に真っ赤になった瞳を開いて俊史を見つめた。ぼやけてはいるが、確かに見える。俊史はいる。何故だか遠くに感じるけれど、その俊史も酷く苦しそうに歩遊を見やっていた。どうして、と。単純に疑問だった。俊史自身こんなにも辛そうなのに、何故こんな事をするのだろうと不思議だった。
  両足が痛かった。それに無理な体勢のせいで胸も苦しい。みっともない格好のせいで、歩遊は自分が俊史を受け入れている様をもろに目にした。歩遊はそれを泣き腫らした目で暫し見やった後、ぐしりと鼻を啜った。
「俊ちゃん……」
  それでも俊史の一声で泣くのを止めた歩遊は、初めてまともな声で俊史を呼んだ。
「俊ちゃん……どうして……?」
「何がだ……まだ分からないのか……お前は……」
「え…? あっ!」
  俊史が身体を折り曲げるようにしてこちらへ近づいてきたせいで、歩遊は小さな悲鳴を漏らした。俊史のものが中で動く感触をダイレクトに感じてしまったから。
  それでも俊史の言葉を聞きたくて、歩遊はぱっと閉じてしまった瞳を再び開いた。
「俊ちゃ…」
  すると俊史が言った。
「歩遊。お前は、俺のものなんだよ」
「俊、ちゃんの……?」
「ああ…」
  すっと手を取られてその指先にキスされる。キスは好きだ。それにぼうとすると、俊史はそんな歩遊に目を細めて「嫌か」と訊いた。
「俺にこうされるのは嫌か? …っ…歩遊」
「だ、だっ……俊ちゃん……中、うぅ…僕の、中…」
「中が、どうした…。嫌か…俺の、ことが…っ…」
「あ、あの……やっ! う、動かっ…」
  答えようとしたものの俊史のものが大きくなった気がして歩遊はまた声を上げた。俊史はそれに「悪い」と答えたものの、仄かに赤面して視線を逸らした。
「お前がそんな顔するのが悪い」
「僕……?」
「もう動くぞ……いいな?」
「やっ! 駄目、俊ちゃ……やぁっ、あっ、あぁっ!」
  俊史が激しく律動を開始して、歩遊はもうまともに思考する事が出来なかった。
「やあっ、あっ、あんっ!」
「歩遊っ」
  俊史は歩遊を強く貫いては己のそれを差し引き、ほっとする歩遊にまた容赦ない挿入をするという事を繰り返し、激しく腰を動かし続けた。
「あっ、あっ…!」
  パンパンと肌の打ち付ける音が辺りに響き、それに併せるように歩遊が嬌声を上げる。俊史がぐっ、ぐと力強く己の雄を押し進め中を掻き回してくると、歩遊はもう堪らなかった。
「やっ、あぁっ、あ…ん!」
  すると次第にそうやって中を擦られる事に痛みがなくなり、麻痺した感覚と思考はひたすら俊史を追い始めた。頭の中は俊史だけだ。
「俊ちゃんっ」
「……ああ…っ」
「やぁっ、んっ…、やだっ、やっ!」
「歩遊…!」
「ひっ…あっ、あ、んっ――」
「気持ち、いいか…っ? 歩遊…っ?」
「あっ、あんっ、変、だよっ…。はっ、あん、あっ」
「歩遊……くそっ…!」
「あ……熱っ…俊、ちゃっ!」
  声を上げれば上げるほど俊史の動きは激しさを増した。歩遊は頭の中がぐちゃぐちゃになりながら、ただバカみたいに喘いだ。口から涎が零れ落ちる。涙も落ちる。それでももうどうしようも出来なくて、俊史に擦られる度に自らも腰を動かし、背中も痛いくらいに揺らした。
  それでもそんな痛覚全てを押し潰すくらい、俊史に突き刺されている部分は火のように熱かった。
「くっ……歩遊……!」
「や…ああぁッ――!」
  そうしてやがて、中にこれまでにない熱さが迸り、俊史が精を放ったのだと分かった。
「あぁ……」
  俊史に体内で射精された。その事実がまた歩遊に大きなショックを与えた。
「う…ふぅ…」
  大きく息を吐き、歩遊は俊史と対面しているその格好が今さら辛くなって、さっと首を横へ向けた。
「……あ…っ」
  ――と、何気なくやったその視線の先に。
  ガサリと何かの動く音と影があって、歩遊はどきんと胸を鳴らした。
「――……!」
  それでも、恐怖よりその影の正体を確かめる事の方が優先された。俊史に未だ中を貫かれたままの状態で、歩遊は気配のした方をひたすら凝視した。
(あ……)
  犬だ。
(あの犬……)
  そこには大きな黒のレトリーバーがハッハと息を吐きながら平淡な表情で歩遊の方を見やっていた。何をしているのかと様子を窺っているようだ。
「………」
  けれど暫くしてからその犬はくるりと方向転換すると茂みの奥へ消え、ザザッとその場から走っていなくなってしまった。
  犬は秋が連れていたあのレトリーバーに違いない。
  歩遊はその犬の姿が消えるのを何となく見送った後、ゆっくりと目を閉じた。



To be continued…




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