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  近年稀に見る平和なひととき。
「俊ちゃん、お皿全部拭いたよ」
「ん。なら、もうここはいい。あっち行ってろ」
「うん」
  俊史の乱暴な口調も歩遊は全く気にならない。俊史とて御機嫌なのだ。むしろ歩遊を先に上がらせて、自分は未だキッチンで食後のデザートの準備をしているのだから、律儀という他ない。
  最近の夕食は、大体俊史が歩遊の家で作って2人で食べる。
  そうして皿洗いなどの片付けは一緒にやって、その後はデザートだ。これは俊史が果物を切っったり、事前に買っておいた甘味をお茶と一緒に出したりする。またそこには、本当に時々だけれど、俊史自身が作ったゼリーやらプリンやらが登場する事もある。
  いずれにしろ、歩遊にとっては夕食以上に楽しみな時間だ。
  本日のメニューは3種のケーキとダージリン・ティー。ケーキは今日、買い物の帰りに俊史から買ってもらった、歩遊の大好きなお店の物である。俊史はキッチンでそれらを箱から出して丁寧に皿へ移し替え、淹れ立ての紅茶と共にリビングのソファでそわそわしている歩遊の元へと持ってきた。
「わあ!」
  至って一般庶民の家なのに、まるでここだけヨーロッパの貴族が住む世界にでも移り変わったようだ。歩遊が素直にその思いを告げると、俊史は「バカか」と皮肉っぽい笑みを浮かべたが、それ以上は特に嘲る言葉を紡がなかった。だから歩遊も全く嫌な気持ちがしなかった。
  上品なトレイも小洒落た陶器も、歩遊の母親が道楽で買ってそのままにしていたもので、いつもは棚の奥の方に眠っている。どの食器も大体はそうなのだが、それに息吹を与えるのはいつだって隣人の俊史だ。
  今はその華やかな器に、香りの立つダージリンと鮮やかな3種のケーキが色を添えている。歩遊は眩しい宝石を前にしたかのように半ば身を乗り出してそれらを見つめ、心底感動したように溜息をついた。
「凄いね、美味しそう! 僕、どれ食べていい?」
「どれでも」
  軽く肩を竦めて俊史は答えた。元々俊史は甘い物が然程好きではないらしい。歩遊にはこうして折に触れ甘い物を買ってくるが、実際その殆どが歩遊の胃袋へ直行するのはいつもの事だ。
「でも…」
  さすがに3個は食べすぎだろうと歩遊が遠慮したように口ごもると、「お前に買ったんだから」と言いながら、俊史は向かいのソファに腰を下ろした。
「どうせ小さいやつだし。無理なら全種類ちょっとずつ食べればいいだろ。余ったら、それを俺が食べるから」
「あ…うんっ。じゃあ、全部半分こね!」
「俺はそんな要らないって」
  歩遊があまりに嬉しそうにするものだから、俊史もいつものようにからかったり意地悪を言ったり出来ないのだろう。いやに柔らかく笑って見せて、俊史はただじっと歩遊がうきうきとフォークを取るのを目にしていた。
「じゃあ、いただきます!」
  歩遊はとにかく浮かれていた。今日は良い事だらけだ。朝から俊史と出掛けてたくさん買い物をし、外でお昼も食べた。帰り際は、自分もそうだったけれど、俊史からも「楽しかった」事を教えてもらえたし、夕飯もいつも以上に美味しかった。俊史も機嫌が良い。
  極めつけはこのケーキだ。
「凄い、美味しいよ! これ!」
  だから普段以上にリアクションも大きかったかもしれない。さすがに俊史も呆れたようになり、はしゃぐ歩遊に苦笑する。
「いつも食べてるヤツだろ」
「今日は特別美味しいよ。ほら、食べてみて」
「は?」
  一応、然程食べる気のない俊史も、自分の分のフォークがある。
「はい!」
  けれど歩遊はあまり深い事を考えていなかった。ただ早く俊史にもこの感動を知ってもらいたくて与えたくて。
  気付けば歩遊はケーキの一欠けらをフォークに刺し、それをそのまま俊史に向けて差し出していた。
「ほら、本当に美味しいんだから、俊ちゃんも食べてみなって」
「………」
  俊史は一瞬だけ詰まったようなおかしな顔をした……と、歩遊は思った。
「…ね?」
  けれど素直に歩遊の手からケーキを口にした俊史に再度窺いを立ててみると、俊史は相変わらずどこか渋い顔をしながらも、やがて「ああ」と頷いた。
「確かに。甘さも控え目だし、これなら俺もいける」
「良かったぁ」
  嬉しくて、歩遊は再度俊史の口へケーキを運んだ。今度は違う種類のやつだ。こちらはチョコレートだけれど、やはり上品に整った味なので俊史でも大丈夫だろうと踏んだ。
「こっちも美味しい?」
  今度は俊史も間を置かずに食べてくれた。多少食べづらかったか、自らも歩遊のフォークを持つ手に触れながら口に運んでいたけれど、基本的には素直に「食べさせてもらう」格好を取っている。そういえば昔こういうままごと遊びをしたなあと、歩遊は何となく懐かしくなってふわりとした温かい気持ちになった。
「……早いよな」
  すると俊史が不意にそんな事を言った。歩遊が「え」と顔を上げると、俊史は紅茶に口をつけながら何ともなしに続けた。
「月日の経つのは早いってこと。ガキの頃、お前とこんな感じで、ままごと遊びしてやった事とかさ。ちょっと、思い出したから」
「あ! 今僕も! 僕も同じ事考えてたよ!」
  「遊んでやった」という俊史の言い回しには然程引っかからず、歩遊は単純に喜んで目を輝かせた。
  ままごとなど男の子の遊びではないと最初はさんざんバカにされたが、まともな友人もおらず、いつでも祖母が遊び相手だった歩遊にとっては、ままごと遊びや色塗り、それに歌…などは、実に手軽で都合の良い遊戯だった。大好きな祖母と一緒なら、仲間外れにされて泣いて帰ってもすぐに立ち直れたし、その後必ず俊史も来てその遊びに混ざってくれたから、歩遊は寂しくなかった。
  そう、いつだって両親からの愛情不足を補ってくれたのは、祖母と俊史だったのだ。
「……確かに早いよ。お祖母ちゃんが死んで、もう3年も経つんだもん」
「そうだな…」
「高校に入ってから特に早くなった気がする。何でかな? 特に今年! 何か色々あったなって思う」
  2年になって初めて俊史とクラスが別々になった時はどうなる事かと思った。自立にはちょうど良いなんて思ったりもしたが、実のところはやっぱり心細かったし、春先は俊史と戸辺の噂がひとしきり盛り上がっている時期でもあった。
  あの頃は歩遊も大分不安定だったと思う。
  落ち着いたのは、あの磯城山での出来事があってから以降か。
(お祖母ちゃんのお墓参りにも行きたいけど……初詣代わりに、この休み中にもう一度磯城山に行きたいな……)
  だから歩遊はふっとそんな考えを頭に浮かべた。
  あれ以来、俊史からは山へ行く事を禁じられてしまったし、歩遊も自ら進んで行こうという気持ちは持てなかった。あまりにも不可解で不思議で、そしてあの「人」との別れはとても悲しい事だったから。忘れたわけではないけれど、意識して考えないようにしていたところはあったかもしれない。
  シュウという青年が本当には実在していなかったのかどうかは、今もって分からない。そう思いたくはないけれど、今となってはただの夢だったのかとも思う。俊史もそう言う。
  だからこそか、歩遊はそれを確かめるのが怖いと感じていた。
「どうした、歩遊?」
  不意に黙りこんだ歩遊に俊史が不審の声を上げた。歩遊はハッとし顔を上げ、すぐに「何でもない」と言ったが、一度考え出すとこれまで思い出さなかったのが不思議なくらい、歩遊はシュウと出会った磯城山のあの場所がとても気になってきてしまった。
  俊史には隠し事も出来ないし。
  だから歩遊は思い切って口にしてみた。
「あ、あのさ、俊ちゃん。元旦の時に……や、別に1日じゃなくても、それは別にいいんだけどっ。僕、磯城山に行ってみようと思うんだけど、いいかな?」
「………は?」
  俊史は一瞬黙りこんだ後、忽ち不快な表情になると剣呑な目をして、歩遊の事を睨みつけてきた。
「何で突然そんな話になる」
「えっ……と。今、急に思い出して、懐かしくなったというか…」
「忘れてたんだろ。ならそのまま忘れてろ」
「む、無理だよ。だって今思い出しちゃっ……」
「忘れろ! 大体何だ、元旦って! そんなの、行けるわけないだろうがッ!」
「な…何で?」
  俊史の恫喝にびくびくとしながら、それでも歩遊は首を竦めつつ訊ねてみた。「行くな」というのは分かるけれど、「行けるわけがない」というのは解せない。何故そんな言い方をするのだろうと単純に不思議だった。
  けれどそんな歩遊の反応にこそ、俊史は驚いたようだ。
「何でっ!? な…何でじゃ、ないだろ! お前、そんな、元旦に行きたいって、どうやって行く気だよ!? 行ったばっかで、いきなり次の日に帰んのか!?」
「え?」
  俊史の言っている意味が分からない。
  歩遊はますます頭の上にハテナマークを浮かべながら、「どうやって行く気か」という問いにだけ律儀に答えた。
「どうって…、そりゃ前みたいに歩いて行くよ。別にそんな大した距離じゃないし…。どうせ元旦って言ったって、お母さんたちも帰ってくるか分からないし、初詣に行くとかの用があるわけでもないしさ。年末年始は暇だから―」
「はぁ!?」
「わっ!?」
  俊史が更に一際大きな声をあげた。しかも今度は立ち上がっている。やばい、何だか知らないが怒らせた! 歩遊は忽ち焦って自分も逃げの体勢を打とうとしたが、俊史の動きが断然速かった。先回りされて、今いるソファに縫いとめられるように退路を塞がれてしまう。
「おい、歩遊!」
「なにっ」
  そしてその俊史は無駄に歩遊に顔を近づけ、酷く殺気立った眼を向ける。どうして、さっきまではあんなにほのぼのと平和だったのに。やはりシュウの事を持ち出したのがいけなかったのだろうか。歩遊は途端、青褪めた。元々俊史は怪奇現象とか世界の七不思議だとか、そういう「非科学的」なものには否定的だ。だから「あの」出来事以降、俊史はシュウという単語も含め、そういった類の話題を歩遊が持ち出そうとすると途端不機嫌になるのだ。
  因みに歩遊は、そういった神がかり的な事象を「信じる派」でも「信じない派」でも、どちらでもない。……が、自分の見たもの感じたものを打ち消す事は出来ない。
  いや、そもそもそんなものは抜きにしても、やっぱりシュウの存在を否定したくない。
「しゅ…俊ちゃん、そんな怒らないでよ…」
「怒らないでいられると思うのか……?」
  怒鳴り声も怖いが、それを抑えた風に低い声を出されるのはもっと余計に怖い。
  歩遊はひっと息を呑んだ後、それでも恐る恐るその人の単語を口にした。
「そんなにシュウさんの話するの駄目なの…? でも、俊ちゃんだってあの時見…」
「バカ! 今はそんな事どうでもいい!」
「え?」
  きょとんとして歩遊は目を丸くした。はて、俊史はシュウの話を持ち出して磯城山に行くと言った事を怒っているのではないという。
  では何故突然こんなに激昂したのか。
「じゃあ……何でそんな怒ってんの?」
「何で年末年始は暇なんだ、お前!」
「え? だって……特に用もないし」
「だっ……だからっ! それは、どういう意味だって訊いてんだよっ!?」
「どういう……って?」
  未だ要領を得ない歩遊に、俊史の中で何かがぷつりと切れたようになった。ぎりと歯軋りが聞こえたと思った直後、これまでで一番大きな声が家中に響き渡る。
「お前は俺の話を何も聞いてなかったのか!? 大晦日から! 俺はお前に! 叔父貴んとこの別荘へ出掛けるって言っただろうがッ!!」
「き、聞いたよ! そんな、大きな声…っ」
  きんと耳が痛んだようにすら思え、歩遊は思わず目を瞑った。
  何を言い出すかと思えばそんな事かと思った。
  確かにその話は嫌という程聞かされたけれど、だからってそれは俊史と戸辺の話ではないか。何故俊史は自分の用事を上げて、歩遊が元旦に磯城山へ行くのは無理だと言うのか。
「あ…!? もしかして、磯城山へ行くなら、俊ちゃんも一緒にってこと…?」
  はたと思い立ったその考えに歩遊はぱちりと目を開いた。なるほどそれなら合点がいく。俊史がついていないとあそこへ行っては駄目なのなら、確かに元旦に磯城山へ行くのは無理だ。俊史は別荘へ行ってしまって留守をしているのだから。
「なら俊ちゃんが帰ってきてからなら、行ってもいいの?」
「……おい歩遊。おま…お前は、一体どこまで……」
「え?」
  無駄に怒鳴り過ぎたせいだろうか。俊史の掠れたような声に歩遊はぎくりとし、思わず心配の声をあげようとした―。
  が、その時まるでそれを邪魔するように、突然聞き慣れた機械音が間近でけたたましく鳴り響いた。
「いっ!?」
  歩遊がそれにあからさまびくりとした反応を返すと、俊史は無言で歩遊から離れ、自分のジーンズの尻ポケットに入れていた携帯を取り出し画面を見て――露骨に、嫌な顔をしてみせた。
「……何だよ」
  それでも、地を這うような不機嫌な声だけれど、俊史は立ち上がるとキッチンの方へ向かいながらその電話を取った。
「……っ」
  怒り心頭の俊史から離れられた事で歩遊はほっと息を吐き、それからずるずるとソファの背に凭れかかりながら、たった今起きた惨事を反芻した。分からない。一体何に俊史があんなに怒ったのか。とにかく自分がまた何か「やらかした」事だけは間違いないのだろうけれど。
「……ちっ! ったく、煩ェよ、お前は!」
  台所では俊史が未だ誰かと会話をしている。随分と乱暴な話し方だけれど誰だろうと不思議に思う。俊史は歩遊にはとにかく口が悪いが、基本的に学校にいる間は品行方正な優等生で通っていて、教師連中には勿論、生徒会の先輩や同年代にも、割と落ち着いた物腰で丁寧に話している事が多い。……そういえば、耀には「超」例外的に乱暴な口調ではあるけれど。
「あっ!」
  そこまで考えて、歩遊は思わず大声を上げた。俊史がそれで不審な顔をし、携帯を耳に当てたまま振り向いてくる。歩遊は慌てて両手で口を閉じ、必死に「何でもない」というジェスチャーを送ったが、俊史はそれを酷く冷めた眼で眺めやったまま、再び相手との会話を再開した。どうやら話の内容から言っても生徒会の誰からしい。冬休みに入っているのにまだ学校運営で何か仕事の話があるのかと、他人事ながらに大変だなと同情してしまう。
(いや…でも、そんな事より、今はビデオ……!!)
  不意に思い出した友人の顔と同時に、歩遊の中で今日1日ちっとも思い出す事のなかった……それでも昨夜は「それ」を思って悶々としてしまった《AV》の存在が急に閃いて、歩遊は途端そわそわと落ち着きがなくなった。
「……あぁ。駄目だ、忙しい。は? いいだろ別に何だって」
  その間も俊史は何やら不機嫌なまま、電話の相手と会話を続けている。恐る恐る歩遊がそちらへ視線をやると、何故かばっちりと俊史と視線が交錯した。まずいと思って咄嗟に目を逸らしかけたが、どうした事かこの時は俊史の方もさっと顔を背けて歩遊から背中を見せてしまった。
「……?」
  何だろうと思ったが、しかしこれはもしかすると絶好の好機かもしれない。歩遊はそろりと立ち上がり、今のうちにポストを覗いて来ようと、そのままリビングを出ようとした。
「歩遊」
「いっ!」
  しかしまんまとそれを俊史に咎められる。歩遊はびくんと背中を総毛立たせるように跳ね上げながら、猫背の体勢で振り返った。
  俯きがちでも分かる、憮然とした俊史の顔が視界に映った。
「……何こそこそどっか行こうとしてんだ。まだ話は終わってないんだ。お前、逃げる気か?」
「そ、そんな、別に…」
「は? ああ、何でもない、こっちの話だよ。……はぁ? いいだろ俺が何処にいようがっ! ったく、うるっせえな本当にお前は! ああ、そうだよ悪いか!? どうせ分かってんだろお前も!」
「しゅ、俊ちゃん…?」
  何を怒っているのだろう。俊史はイライラとしたように携帯の向こう側にいるであろう人物に何やら激しく苛立っている。自分以外の人間にこんな風に素を見せる俊史は本当に珍しい。扉の近くに立ち尽くしたまま、歩遊は誰だろうと思って、ようやく「あ」と行き当たった。
「戸辺君……?」
  ぼそりと声を出すと、俊史にもそれは届いたようだ。はっとして歩遊を見つめ、それから「ちょっと待ってろ」と言った後、一旦携帯から顔を離して歩遊に向き合う。
「何だよ、歩遊。何か言いたい事でもあんのか?」
「電話の人……戸辺君なの?」
「……だったら?」
「だ……べ、別に、何も……」
  もごもごと言いながら歩遊は俯いた。けれど俊史が未だ不機嫌なオーラを発し続けて自分を見ていると感じ、黙っていればいいものをつい口にしてしまう。
「と…戸辺君と、喧嘩でもしてるの…?」
「……お前に関係あるかよ?」
  俊史は暫し考えたようになった後、そう言った。まるで歩遊に挑みかかるような眼で。
「……っ」
  どうしてそんな風に見るのだろうと歩遊は居た堪れなくなったが、慌てて首を振ると「関係ないよ」と俊史が望むだろう言葉を口にした。
「ご、ごめん、もう訊かない。逃げるわけじゃないから……ちょっと……そう、夕刊取りに行ってくるから!」
  すぐ戻るからと言って歩遊はもう逃げるようにそこを飛び出した。俊史は追ってこない。ほっとして玄関まで小走りに向かうと、急にリビングの方でガシャンと何かが壊れる音がした。
「何…?」
  歩遊はそれに怯えて一旦は振り返ったが、それでも何やら酷く怒ったような俊史が怖くて確認に行くのが憚られた。それに、俊史が戸辺と会話をしている中にもう一度行くのも嫌だった。
  そうか、喧嘩してるから今日来なかったのか。
「でも電話があったって事は、きっと仲直りするんだよね…?」
  歩遊は何ともなしにそう言ってから、そんな自分の声からも逃げるように急いで外へ出た。ドアを閉めてしまえば今度こそ完全に俊史の声は聞こえない。ほうと息を吐き、ポストまで一気に行って中を覗く。あった。明らかに耀が直接入れていってくれただろう、紙袋に入った包みが窮屈そうにそこにある。歩遊は焦った風にそれを取ると、急いでそれを服の中にもぐりこませた。アヤシイ。はっきり言って怪し過ぎる。こんな所を俊史に見つかってはまた何を言われるか分からない。急いで二階へ上がって自室の何処かに隠さなければ。
  けれど。
「でも……僕の事なんか別に気にしないかも。今は戸辺君と話してるんだし」
  そういう結論にも至り、歩遊は自分自身のその台詞に何故かぐさりと傷ついた。胸がじんじんと痛い。どうしてだろうと考えて、でもそれ以上は考えてはいけないような気もして。
  歩遊はぶるぶると首を横に振った。
「何やってんだろ……」
  直後、何だか急に情けない気持ちになった。あれほど「見たい」と楽しみにしていたDVDも、何だか観る気が失せてしまうくらいに。
「はぁ…」
  そうして歩遊は凍るような冷たい風が吹き荒ぶ中、暫し扉の前で溜息をついた。



 
To be continued…




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