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「なあんだ、歩遊ちゃんのお部屋、綺麗じゃない」 「ちょっ…」 「ほうほう。おっ、結構CD持ってるねえ、どんなのが好きなの? あ、僕もこの人好きー! ベスト版出てたんだ? 借りてっていい? つーか、借りるけど!」 「わっ、ちょっ、勝手にいじら…」 「へー! そんでもってベッドはこんな感じと!」 「わあっ」 戸辺の暴走は留まるところを知らない。 引きとめようとする歩遊を完全に無視し、大して広くもない部屋の中をぐるぐると好き勝手に見学。 そして、極めつけは歩遊のベッドにいきなりダイブだ。しかもご丁寧に、布団まですっぽりと被ってしまう始末。 「あったか〜い。ぬくぬく〜」 「……っ」 歩遊としてはもう圧倒されまくりで言葉も出ない。「友人」ではないと思う。間違いなく、この戸辺優という人物は歩遊の友人ではない。俊史の「親友」で「恋人」だから、まるっきりの他人と呼ぶのはおかしいかもしれないけれど、それでもやはり歩遊にとっては、自室のベッドにこんな風に潜り込まれる程の間柄では断じてない。 しかも戸辺は布団から可愛い顔をひょいと出すと、わざとらしく片手を振って歩遊を呼んだ。 「歩遊ちゃん、歩遊ちゃん。歩遊ちゃんもおいで。一緒に寝よっ」 「え……遠慮します!」 「えーっ、何でえ? 歩遊ちゃん、冷た〜い。そんな風に言う子だなんて、お兄さん思わないしぃ」 「だ、大体、何なんですかっ!?」 同じ年なのに戸辺は自分を「お兄さん」呼び。歩遊は歩遊で、裏声になりつついつの間にやら何故か敬語で話している。 「さっきから、ふ…『歩遊ちゃん』って! その呼び方も…っ」 「何で? 可愛いじゃん、歩遊ちゃん呼び。前から可愛い名前だなあって思ってたし」 大体さあ…と、わざとらしく一拍置いてから、戸辺は探るような目を閃かせて意地悪く言った。 「自分だって俊のこと、いつも『俊ちゃん』なんて呼び方してるじゃない。あいつをちゃん付け出来るなんて、歩遊ちゃんしかいないね。でも前から思ってたけど、何で『しゅん』なの? 『としふみ』って名前なのに」 「あ……それは……お祖母ちゃんがそう呼んでたし、気付いたら僕も……」 「ふうん、変なの。まあ確かに俊って“しゅん”とも読むしね。それはどうでもいいか」 戸辺はそう言った後、未だもそもそと布団の中で身じろいだ後、おもむろに携帯を取り出し、何やら誰かから来たメッセージを眺めやった。 歩遊はそんな戸辺を立ち尽くしたままの格好で見やっていたが、頭の中はどうしたらこの人が出て行ってくれるかとそればかりだった。最早「明日から俊史と一緒に旅行するのか」と言った疑問をぶつける心の余裕もない。戸辺のマイペースな暴走ぶりに翻弄されまくりだ。 「……ふう」 その時、戸辺がいやに大きな溜息をついた。それから再び携帯を仕舞い、ウンザリしたような顔をする。 「敵もさるもの、察しが良くて嫌になるね。まぁ俺の下僕部隊もそうそう簡単に解放したりはしないだろうけど。俺に媚売ろうと必死だし……ふふっ」 「な、何……?」 「ねえ歩遊ちゃん」 途惑う歩遊には構わず、戸辺はむくりと上体を起こすと急に真面目な顔になり、ちょいちょいと手首を振ってこちらへ来るよう合図した。勿論歩遊はそんな戸辺に警戒心丸出しで、暫しその場を動かずにただ緩く首を振った。来いと言われればすぐに頷くような弱気な性格だが、それ以前に歩遊は臆病だ。命知らずでもない。ここにいるのは「得体の知れない怖い戸辺」で、そんな彼が来いと言うのだからそれは逆らってはいけないのだろうけれど、同じくらい「決して言う事を聞いてはいけない」とも感じる。これが俊史ならば否やもないのだろうが、歩遊は頑固に首を振って「嫌です…」と蚊の鳴くような実に頼りない声で断った。 けれどそれで分かったよと許してくれる相手ならば元より苦労はない。 「うっせ! 断る権利なんかねーんだよっ、さっさと来い!」 「はいっ!」 瞬殺とはこのことだろう。 折角足を踏ん張って固く拒否していたのに、たった一度戸辺に恫喝されただけで歩遊はさっさと足を動かして彼のいるベッド脇にまで移動してしまった。まるで催眠術にでも掛けられたかのようだ。俊史に怒られながら何かを促される時にもこのように条件反射で動く時があるが、どうやらそれは俊史限定ではなかったらしい。非常に危げな歩遊である。 「何ですか……」 いじめられっ子よろしく、歩遊はがっくりと肩を落としながらそう訊ねた。 「この休み中。君、何してたの?」 すると戸辺は偉そうにフンと鼻を鳴らしてからハキハキとした口調で言った。 「包み隠さず、あったこと全部喋りなよ。聞いてあげるから」 「何って……」 「んな、ボー然としないの。俺がそーゆートロイのイライラすっから。ずっと俊といたんでしょ? ま、1日はあのサッカー馬鹿といたらしいけど」 「そ、それ…耀君のこと?」 むっとして歩遊は眉をひそめたが、戸辺には何ほどの事もないらしい。「あー、ごめんごめん」と適当に謝罪はしたが、そんな事はどうでもい良いと言わんばかりの様子で、再度歩遊を剣呑な眼で睨み付けた。 「とにかく、質問にはさっさと答えな。君には答える義務があるわけよ。お分かり?」 「え…」 「だってさ」 なかなか口を開こうとしない歩遊に、突如戸辺はニンマリとこれまで以上に残酷で意地悪な笑みを唇の端に張り付かせ、容赦ない言葉を投げつけてきた。 「恋人の僕を差し置いて俊とずっと2人きりだったんだろ? なんて酷い人なんだろ。そこんとこ、君は一体どういう風に思っているわけ?」 「えっ…それは…」 突然責められて意表をつかれたのだろう、歩遊は忽ち困ったように口篭り、本当に申し訳なさそうに俯いた。 実際、ここ数日の間、歩遊が俊史を「独り占め」していたのは間違いのない事実だ。俊史と戸辺が本当に恋人同士ならば、歩遊がした事は許される行為ではない。確かに、歩遊自身も自分がした事は酷いと思った。 ただだからこそ、大晦日は俊史も歩遊を置いて戸辺と出かけるのだろうと思っていたのだ。 「普通に考えてあり得ない事だってのは分かるよね? 幾ら手の掛かる幼馴染だからってさ。何で俊は君ばっかりこんなにも構うのかな? これっておかしいと思わない?」 「……うん」 「何が、『うん』?」 「おかしいと……思う」 歩遊がぼそぼそとそう答えると、戸辺は物騒な眼差しをすうと引っ込め、途端に先刻までの能天気な笑みを浮かべた。 「あ、そう。それはおかしいと思ったんだね? それじゃ、分かった?」 「え、何が?」 「いや、何がって。どうして俊が君に対してこんなにも過保護なのかって事がさ」 「それは……やっぱり、僕がどうしようもない駄目なヤツだから」 「……は?」 戸辺がぴたりと動きを止めるのにも気付かず、歩遊は自棄気味に己を卑下した。 「俊ちゃ…瀬能君は昔からの習性っていうか、何しても駄目な僕を放っておけなくて…。それに、うちの親からも頼まれてるからそれを凄く気にしてて、だから……色々してくれるんだ……いえっ、してくれるん、です!」 「……おい、ちょっと待て」 戸辺は頭を抱えるように一瞬俯き、「つまりは何も分かってないわけね…」と呟いた。 歩遊はそんな戸辺に怪訝な顔を見せたのだが、今や自分の神聖なるベッドを取られた事は全く気にならなくなり、再度すまなそうに項垂れた。 「戸辺君やっぱり怒ってたんだ……じゃない、怒ってたん、ですね…。そりゃそうだよね。つまり……やっぱり2人って、付き合ってるんだね? 瀬能君はあまりはっきりそういう事を言わないから。あ、それも僕には関係ないからって、わざわざ言う必要感じてないからかもしれないけど……ですっ」 「歩遊」 「え?」 突然呼び捨てにされて歩遊は驚いて顔を上げた。ちゃん付けもほとほと嫌だけれど、これはこれで何だか心臓に悪い。戸辺の怖い顔は整い過ぎていて本当に迫力があるのだ。それに顔立ちなど全く似ていないのに、何故だか発する雰囲気というか感じが妙に俊史に似ている、それも歩遊を萎縮させた。 「ちょっと」 その戸辺は更に歩遊を手招きし、如何にも大事なことを言うのだからという風に口許に片手を当てて何事か囁くような所作を見せた。 「何…?」 だから歩遊も何も考えずに身体を傾け耳を寄せたのだが、その拍子、「歩遊ウサギ」はまんまとその罠に掛かってしまった。 「わっ!」 「ちょろいね、君」 「戸辺オオカミ」は自分の方に身体を傾けた歩遊の腕をぐいと引っ張ると、どんな魔法や手品なのかという程の早業で歩遊をベッドに押し倒し、くるりと体勢を変えて自分がその上に馬乗りになった。そのあまりの勢いに、ベッドはぎしりと窮屈そうな悲鳴を上げる。 「なっ」 あっという間に戸辺から見下ろされる格好となった歩遊はあまりのことに絶句した。両手首もぎゅうと掴まれて身動きが取れない。何という力だろう。身長は歩遊と大して変わりがない小柄な戸辺であるのに、どんな怪力の持ち主なのだと疑うくらいに、見た目より大きく感じる掌で歩遊をがっちりと拘束する。 「何…? 戸辺君…?」 「ベッドでこういう事しないの?」 「何…何が…?」 「俊とはベッドでこういう事しないのかって訊いてるの。顔をこうして近づけたり」 「わ……」 戸辺の顔が度アップになる。唇が近づいて、キスされるのではないかという程の至近距離になり、彼の息が鼻先に被った。 「こうして…ここにちゅっとかされないの?」 そうして戸辺は自分の指先を歩遊の唇に押し当てて、さらりと軽くなぞってきた。 「んっ……」 戸辺が何故そんな事を訊くのか分からない。分からないけれど、素直に「はい、キスしてます」とは絶対に死んでも言えないと歩遊は思った。 薄々勘付いていた事ではあるけれど、そう、今まで敢えて目を瞑っていた事ではあるけれど。やはりあの行為は―……俊史との度重なる口づけは、戸辺の事を考えたらとんでもない“不貞”だった。たとえ「あれ」が俊史にとって大した意味を成すものではなくとも。俊史にとっては単に愚図で駄目な幼馴染を大人しくさせる有効な「手段」だからやっているだけの事だったとしても。 恋人以外の人間とキスをしたら、それは「浮気」だ。 歩遊は今さらながら自分がとんでもない罪を犯してしまった事に気がついた。 あの俊史に歩遊は罪を負わせた。いつでも完璧で正しい俊史に「浮気」なぞさせてしまったのだ! 「ご、ごめ……なさい……」 死んでも言えないけれど、でも謝らずにはおれず、歩遊は固く目を瞑ったまま思わずそう口走った。戸辺の顔はまだ遠ざからない。ぷにぷにと何度も指で唇を押されて、何だかよく分からないが頬にも髪の毛にも、戸辺に顔をくっつけられてふんふんと匂いを嗅がれたりしている。だがその彼の異様な行動いずれもが、歩遊には不可解で不気味で、逆に余計身動きを取れなくさせていた。 「いーい匂い。歩遊ちゃん、シャンプー何使ってんの?」 しかも戸辺は歩遊が決死の覚悟で謝ったというのに、いきなりそんな事を言ったかと思うと、おもむろに「ちゅっ!」と歩遊の鼻先にキスをした。 「いっ!?」 歩遊がそれに仰天して目を開けると、戸辺は何でもない事のようにふっと顔を上げ、ニヤニヤとした笑みを湛えたまま「あーあ」と肩を竦めてみせた。上から馬乗りにされているが小柄な戸辺だ、然程の重さは感じない。……が、その悪魔のような笑みにはぞっと身体に震えが走った。 「歩遊ちゃんとキスしちゃったなあ。浮気だよ浮気。どうする歩遊ちゃん?」 「う……浮……」 「そういや、今何で謝ったの? こうなる事が分かったから事前に俊に対して謝罪しちゃったとか? よく分かんないけど、とりあえず僕は怒ってないから。いちいち君の反応見るのが面白いからからかってるだけだよ、他意はない」 そうして戸辺は何が何やら分からずに石と化している歩遊を置いてきぼりに、ふとベッドの傍にある物に気づき、さっと手を伸ばした。 「何これ?」 それは耀が貸してくれた何かのアニメが入ったディスクだった。 戸辺は何ともなしにその透明ケースに触れて中の物を見ていたが、やがてさっと眉をひそめると急に――「へえ!」と、これまでに聞いた事もないような高い声を出した。 「ねえ、歩遊ちゃん。これどうしたの? 君、よくこういうの知ってたねえ!」 「え……?」 「いや、君が知るわけないよね? という事は、俊が? ああ、あいつも遂に君を教育する為にこんなものにまで手を……くくっ。いや、しかし面白い。こんな物で……いやまあ、デビューには丁度良いか?」 「何…何…?」 意味が分からずただ同じ単語を繰り返す歩遊に、戸辺はひらひらと透明のケースに入ったDVDディスクを掲げて可笑しそうに笑った。 「だからこれだよ。もう観たんでしょ?」 「え……あ……まだ……観てない、けど」 「え? なーんだ、まだなの? この休み中にゲットしてきたのか。俊と一緒に観る予定?」 「え? ちが……それ、貸してくれたの、耀君で」 「………はぁ?」 それを聞くと戸辺は笑っていた顔を急に引っ込め、いきなり真顔になった。 歩遊はそれを不思議そうな顔で見つめた。 「耀…?」 何故かみるみる不機嫌な顔になる戸辺。そして彼は事態の飲み込めない歩遊をそのままに、すかさず携帯を取り出した。 「あー、もしもし。俺」 戸辺は電話の向こうの誰かと会話を始めた。何やらサッカー部の百瀬がどうの、あいつと太刀川がどうのと話し、それから「ISの作品だよ」と嘲笑うような言い方をした。 歩遊はそれをどこかで聞いた事がある単語だと思い暫し呆けたが、やがてああと得心して戸辺の手元を見つめた。それは彼が今手にしている、耀が貸してくれたアニメを作った映像会社の名前だった。 「だからさあ、ちょっと百瀬から連絡させといて? うん? ふふふ、そう。内容も知ってるのかどうか確かめさせてね。うん。うん、そう。マジで知ってたらさぁ、あいつかなり腹黒だよ。やっぱそういう奴だったって事かな!」 「あの…」 戸辺が何やら楽しそうに話しているのを歩遊は未だベッドから動けない状態のまま不安そうに見つめた。一体何が起きているのだろう。直感としては、「何だか凄く嫌な感じ」なのだけれど。 「これでよしっと」 そうして通話を終えた戸辺は思いのほか早くにベッドから飛び降りると、すぐさま部屋の入口へ向かって行って、未だボー然としている歩遊に「早くおいで」と手招きした。 「な、何…?」 「まあ歩遊ちゃんとここで寝てるのも面白いけどさ。とりあえず、これ一緒に観よう。折角借りたんだから、観ないと駄目でしょ?」 「あ…それは…そうだけど」 何故戸辺が仕切るのか。 大体、歩遊は戸辺と2人きりでアニメ映画(?)でも何でも、とにかく観る気になどなれない。落ち着かなくて仕方がない。第一、もし昼に帰ってきた俊史にそんなところを見られでもしたら大変ではないか。恋人の戸辺に歩遊がちょっかいを掛けたなどと誤解されても厄介である。……戸辺にはキスまでされてしまったし。 とにかく早々お帰り願うのが一番なのだ。 「何してんの、歩遊ちゃん。早く下行こうって」 「あの…もし、それ観たいなら…耀君に、貸してもいいかって訊くから、持って帰ってくれると…」 「はあ? 何言ってんの、俺の事はどーだっていいんだよっ。俺はね、歩遊ちゃんがこれを観ている顔が見たいの。いいから、ほら、早く早く!」 いつまで経っても動こうとしない歩遊に痺れを切らせたようになり、戸辺は再びベッドに近づくと歩遊の腕を取り、無理やり起こしてベッドから引きずり出した。 「ちょっ…」 「全く、あのサッカー馬鹿も何を思ってこんなの君に貸したんだか。ま、それも直に分かるけど!」 「え?」 「ああ、いいからいいから。とにかく、はい、来る!」 戸辺には本当に逆らえない。 歩遊は言われるままに再び階下のリビングへ連行され、そうしてソファンに座るよう命じられると、我が物顔の戸辺によってDVDを起動させられた。しかも戸辺はご丁寧にもリビングのカーテンをきっちり閉め、電気まで消して、室内をちょっとした仄暗いミニシアターに変えてしまった。 「こういう方が臨場感あっていいでしょ? ああ、飲み物は俺が用意するから、歩遊ちゃんはそこに座ってて。ほら、始まるよー?」 「何で……」 戸辺が一人キッチンに行くのを憮然として見やりながら、歩遊は釈然としないまま目の前のテレビ画面に視線をやった。やらざるを得なかった。正直、アニメにはあまり興味がない。耀が貸してくれたものだから、勿論この休み中には観ようと思っていたけれど、元々映画やドラマの類は普段からも然程親しんでいないのだ。 しかも今は戸辺がいる。落ち着いて鑑賞など出来るわけがなかった。 『桜色プリンス』 何やら全体的に桃色がかった背景。そこに花びらがたくさん散りながら、軽やかな音楽が流れ出す。一見して恋愛ものだろうという事は少女趣味的なタイトルからも容易に分かった。歩遊はますますげんなりした。何が悲しくて戸辺と恋愛もののアニメなど観なくてはならないのか。 「可愛い絵だねえ」 戸辺がジュースを入れたコップを2つ持ってきてそう言った。歩遊は曖昧に頷き、律儀にもぺこりと頭を下げてジュースを受け取ってから、再び流れるようにテレビの方へ目を向けた。 恐らくはこの話の主人公であろう、画面には初心な顔をした瞳の大きな可愛い少女が、オドオドとしながら学校の門をくぐっていた。どうやら転校生らしい。人見知りが激しいのか、ボーイッシュな格好をしている割にはやたらと怯えながら校舎へと足を踏み入れる気弱な様子がいじらしい。歩遊も少し心惹かれるというか、彼女のことを可愛いなと感じた。 「歩遊ちゃんみたいねえ、この子。いちいちどもったり、恥ずかしがったりして」 「は? でもあの……この主人公って女の子―…」 「おっ。プリンス登場」 歩遊が眉をひそめるのも構わず、戸辺は画面を見ろとちょいちょいと指をさす。むぅとしながら歩遊が再びそちらへ向き直ると、なるほどこの学校の「王子様」と呼ばれているらしい、この話の相手役である男キャラが登場していた。こちらは背も高くて凛々しい、如何にもと言った美青年タイプだ。 「学校の生徒会長で学園のカリスマ君だって。俊みたいね」 「それじゃ、主人公は戸辺君じゃ……」 ぼそりとそう呟く歩遊に戸辺は目を見開いて驚愕した後、ぷっと吹き出した。 「えー? あっはは、歩遊ちゃん! このシャイな主人公が俺って、そりゃあないでしょ! 俺と似てるー? この子!」 「う……」 確かに、はっきり言ってしまえば「全く」似ていない。歩遊は何も言えずに黙りこんだ。これまでイメージしていた戸辺であるなら、この儚い主人公タイプと重ねても遜色なかったかもしれない。けれど歩遊はここ最近の間に、そして決定的なのは今日、戸辺へのイメージを180度ガラリと変えてしまった。戸辺は恐ろしい。決して「可愛らしい」人物などではない。確かに顔は「可愛い」部類に入るのかもしれないけれど、ふとした時に見せる凛とした眼差しや、歩遊を追い詰める時に出すあの声は紛れもなく「男」だ。 そしてどうにも、どこかが俊史に似ている。 「ベタだなあ。ま、50分ちょいのアニメだからさっさとくっつかないとしょうがないか」 その時、戸辺が呆れたようにそう言った。どうやらぼんやりとしていた前半のたった15分の間に、主人公と王子の2人はたちまち両想いと相成ったらしい。それまでの過程をあまり見ていなかったので何とも言えないが、とりあえず主人公は頬を赤くしながらいつ王子キャラにきちんと好きだと告白しようか迷っている様子だ。 『ふざけんな! 俺はああいうタイプが大っ嫌いなんだよ!』 けれど、健気な主人公が王子に告白しようと飛び出そうとした、まさにその直前で、だ。 「え?」 王子キャラは少女とのことをからかう友人の前で顔を真っ赤にさせながら叫び、主人公を思い切り拒絶する言葉を吐いていた。 「おぉ〜、ツンデレ炸裂〜」 戸辺はクッションを抱きしめ両足をソファにのせた格好でアニメを見ていたが、突然そんな事を発してケラケラと笑い出した。歩遊はポカンとして戸辺を見やり、「つんでれって何?」と思ったのだが、訊ねたらバカにされそうだったので口を開くのは止めた。 それにしても、今の場面は笑うところなのだろうか? (主人公の子……凄くショックを受けてて可哀想じゃないか……) アニメには興味がない。この話もどうでもいいと思いながら、歩遊は嘲笑する戸辺に反発するようにテレビの方へぐいと身を乗り出した。 |
To be continued… |
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