京一が東京・新宿にある真神学園に転校してきたのは桜舞う4月…ちょうど新しい学年を迎えたところでだった。
「 蓬莱寺君はじめまして。私、美里葵といいます。これから1年間よろしくね」
「 ん…?」
  割り振られた3年C組というクラス。
  朝のHRが終わってすぐ、隣の席になった女子生徒―美里葵―が物怖じせずそう声を掛けてきた。担任教諭が「超」のつく程の美人なら、この美里なる人物も驚く程の綺麗どころだ。
  ただ気位が高そうな分、自分には少し向かないか。
「 へへへ…。まぁよろしく頼むぜ」
  そう思いながらそれでも愛想良く笑い返すと、美里はそんな京一に嬉しそうな笑みを向け、続いて自分の横に立つ2人の人物を指し示した。
「 蓬莱寺君、こちらの2人は小蒔ちゃんと醍醐君。2人とも運動部の部長をやっているのよ」
「 オッス! 桜井小蒔だよ! 蓬莱寺クンよろしくね!」
「 俺は醍醐雄矢。よろしくな、蓬莱寺」
「 あ、ああ…? はは、よろしくな」
  どうやら仲良し3人組のようだ。その「いかにも」な空気に京一は多少面食らった。
  美人のクラス委員長・美里葵に、反してボーイッシュな桜井小蒔。そしてこちらは格闘技でもやっているのだろうか、随分とがっちりした体躯を有している醍醐雄矢。一見アンバランスではあるが、3人とも人好きのする雰囲気を呈している点では共通していた。
「 うちはとても良い学校よ。クラスも皆良い人ばかりだし。蓬莱寺君もきっとすぐに好きになるわ」
「 へえ…そうかねえ?」
  京一は美里のその台詞に苦い笑いを浮かべながら、教室の隅からこちらを射抜き殺さんばかりの眼で睨みつけてきている男子生徒をさり気なく見やった。確かそいつの近くにいた如何にも舎弟という風な男子生徒が「佐久間サン」と呼んでいたように思うが、一体その佐久間なる男は初対面の自分に何の恨みがあるというのか。ただそう心の中で毒づきながらも、京一は自分の横で柔らかく笑む美里へ再び目をやりながら「まぁ俺にはああいう悪い奴らがいた方が楽しいや」とひどく不敵な事を考えたりもした。
「 あ…」
  しかしそんな京一に対し、突如美里が教室の入口を見てふわりと笑った。
「 蓬莱寺君」
  そして。
「 もう1人」
「 あ?」
  京一がはたとして視線を戻すと、美里は小蒔と目を合わせた後、何やらひどく楽しそうな声で言った。
「 もう1人、私たちの大事なクラスメイトを紹介しておくわね。……来たわ」
「 も〜、ひーちゃんってばいっつも1限ギリギリなんだから!」
「 ……ひーちゃん?」
  桜井のその言葉にきょとんとした京一は、しかし彼らの視線の先に現れた人物に自然自分も目をやった。
「 ……みんな、おはよう」
  少し伸びた前髪からちらりと覗くあどけない瞳。
  それが緋勇龍麻との出会いだった。



  再生 (1)



「 蓬莱寺。学校、案内してあげるよ」
  昼休みにそう言って京一の傍にやってきたのは、朝のHRを遅刻し、その後の授業もずっと机に突っ伏して眠っていた龍麻だった。
「 昼飯の前にさ、ぐるっと校内回らない?」
「 あぁ別に構わないぜ。お前がいいってんなら、案内頼むかな」
「 うん」
  朝の時、1度話しただけなのに人懐こい奴だ。
  まだどんな輩とも知れなかったが、とりあえずは美里たち同様「悪い奴ではないらしい」との感想を抱き、京一はその龍麻と一緒に教室を出た。
  肩を並べて歩くと向こうの方が少しばかり背が低い。
  ほっそりとした身体はどこか頼りなく、繊細な顔立ちは美形と言えない事もないが、男としては少しばかり線が細過ぎないだろうかと、京一はそんな事を思った。
「 お前、ずっと寝てたな」
  何ともなしにそう話しかけると、龍麻は京一をちらとだけ見上げて「うん」と悪びれる事なく答えた。
「 俺、朝に凄く弱いんだ。ずーっと目、開かない。身体もだるいしさ」
「 はははっ、何だそりゃ。低血圧ってやつか?」
「 うん」
「 ………」
  あっさりと返事をする龍麻に京一は「本当にそうだろうか」と何故だか直感的に思った。適当に返されたかなと思いつつ、別にどうでも良い会話ではあったのでその話題はそれきりとなった。
「 蓬莱寺は、何処生まれ? 何処から転校してきたの」
  廊下を歩きながら龍麻が訊いた。
「 あー。俺、親の都合で高1から2年間だけ東北の方にいたんだけどよ。元はこっちの出身だな」
「 ふうん。まぁ蓬莱寺は東京の人間って感じするもんな」
「 はあ? そういうの、あるのか?」
「 あるよ。俺は東京の人間はすぐ分かる」
  龍麻のさらりと言う台詞に違和感を抱き、京一は眉をひそめた。
「 ……お前は? 東京の人間?」
「 俺? 俺は…」
  しかし龍麻は答え掛けた口を途中で閉じ、ぴたりと足を止めると京一に指し示した。
「 それじゃあ、一階から案内な。ここが職員室で、この通りをずっと行くと学食。やきそばパンはすぐに売り切れるからお早目に」
「 お早目にって、こんな事してたらもう売り切れてんじゃねー?」
「 大丈夫。今日のはもうあるから。後で屋上行って食おう」
「 よ、用意いいな…。お前、ずっと寝てたじゃねーかよ…」
「 うん。教室行く前におばさんに分けてもらったから。あ、いっぱいあるから、安心してよ」
「 コネか?」
「 うん」
「 ………」
  ぼんやりしているようで結構ちゃっかりしているんだなと思いながら、感心したような呆れたようなそんな気持ちでいると、先に廊下を歩き出した龍麻が言った。
「 あと、反対側には保健室とか生協が続いてて、一番突き当たりが体育館への入口。一階のめぼしいものはそれくらいかな」
「 まあ、何処のガッコも似たような造りだな」
「 うん」
  感慨なく答えると龍麻も京一の言葉にあっさりと賛同し、頷いた。
「 でもね」
  けれど龍麻は京一の前を歩きながら素っ気無く言った。
「 この学校は結構アブナイから。気をつけた方がいいよ」
「 危ないってのは?」
「 たとえば…」
「 う〜ふ〜ふ〜」
「 どわあっ!?」
「 この裏密さんとか」
  突如として背後から現れたその存在に、京一は思わず声を上げてのけぞった。
  龍麻は平然としてその人物を紹介したが、京一は思い切り眉をひそめるとその相手を凝視した。
  基本的に女の子は皆好きだが、コイツは怪し過ぎる……。
  真っ黒なフードを頭から被り、牛乳底の大きなぐるぐる眼鏡をかけて「キシシシ」と不気味な笑みを漏らすその「裏密」なる女子生徒は、両手につぎはぎだらけの気味悪い人形を抱いていた。
「 ………」
  京一が黙りこくっていると、ただひたすら笑みを零していた裏密がにたりと唇を上げてから初めてまともな人語を発した。
「 ひーちゃん〜。このカッコいい人、だあれ〜?」
「 転校生の蓬莱寺京一だよ。俺と同じC組なんだ」
  龍麻は依然として淡々としている。無論、転校してきた京一とは違いこの如何にも怪しい裏密にも耐性が出来ているのだろうが、それにしても。
「 今は学校を案内してたんだ。裏密さん、自分でも自己紹介しなよ」
「 京一君ね〜。私はミサちゃん〜。きしししし…」
「 ………」
「 蓬莱寺も自己紹介しなよ」
「 ………」
「 蓬莱寺って」
「 あ? あ、ああ…。しかし緋勇。この女、大丈夫か?」
  思わず素で本音を漏らすと、龍麻はそんな京一に少しだけ意表をつかれたようになりつつも、やがて小さく首を振った。
「 ううん、大丈夫じゃないよ。裏密さんはちょっとおかしな人だからね」
「 ひどい〜。ひ〜ちゃんがいじめる〜」
「 ………全然ひどいって面してねえけどな」
「 京一君も何だかひどい〜。でもカッコイイから許そうかな〜シシシシシ……」
「 ………」
  何故かこの少女に微笑みかけられると異様に背筋が冷たくなる。見かけや雰囲気が不気味という事だけでない「何か」が、何やらこの裏密にはあるような気が京一にはしていた。
「 あのな蓬莱寺」
  すると龍麻が言った。
「 裏密さんはね。オカルト研究会の部長さんなんだ。色々な霊を呼び寄せたり、人に呪いを掛けたりすんの」
「 ちがう〜。ひ〜ちゃん〜、まだミサちゃんの事よく分かってないの〜」
「 うん」
「 きしし…じゃあ〜今度〜2人でゆっくり〜お話しよう〜」
「 嫌」
「 ああ〜また〜フ〜ラ〜レ〜タ〜」
「 ……おい。緋勇」
  何やら訳の分からない会話を続ける二人に京一が思い切り引いていると、龍麻がすっと視線を向けてきて飄々と言った。
「 あ、蓬莱寺にはオカルト研究部、後で案内しようか?」
「 いや、別にいい。全く興味ない」
「 ひどい〜」
  キッパリと言うと裏密がさして悔しそうでもない口調ですかさず言った。
  そしてそれに京一が露骨に不快な顔を見せると。
「 遅れてきた赤き剣聖は〜」
「 ……あ?」
「 龍の御魂に〜どれだけ〜どれだけ〜近づける〜?」
「 ……何言ってんだ?」
  謳うようなその物言いに京一はますます怪訝な顔をして裏密を見た。しかし相手はただそう言ったきり、後はすっかり静かになって手にした人形をぎゅううっと握り締めた。その様子がどことなく恨めしそうな感じで京一は多少鼻白んだ。妙なイラつきを感じて再度口を開こうとすると、しかし黙っていた龍麻が口を開いた。
「 蓬莱寺、行こう」
「 は?」
「 じゃあね、裏密さん」
「 お、おい。緋勇」
  呼び止めたものの龍麻は立ち止まらなかった。あっという間に裏密に背を向けると、京一すら置き去りにしてさっさと歩き始める。反射的に京一はそんな龍麻を追おうと踵を返したが、途中ちらと裏密を振り返った。
  彼女の姿はもうなかった。


「 おい、待てよ緋勇」
「 ん……」
  階段の近くにまで来てようやく龍麻が立ち止まった。
「 ん、じゃねえよ。何だよ急に」
「 ……ああ。ごめん」
「 ………」
「 ………」
  妙な間だった。
  基本的に気まずい空気の苦手な京一は、それでたちまち自分が慌てた。ぽりぽりと鼻の頭を掻きながら誤魔化すようにふざけた物言いで言った。
「 まあ…よ。まさか、あんな変なのばっかじゃねえよな?」
「 え?」
  その京一の明るい口調につられたのか、弾けたように龍麻が顔を上げた。
  京一はその龍麻の顔に何故かほっとした。
「 だから。この学校だよ。ちゃんとよ、俺好みの可愛い子もいるんだよな? 嫌だぜ、折角の最後の高校生活、あんなおかしな女ばっかだったら」
「 ああ…どうだろ」
「 は、はあっ?」
「 だって。この学校、基本的に変な人多いからさ」
「 ………」
「 でも大丈夫だよ、嵐はもう過ぎてるから」
「 は?」
  その発せられた言葉の意味が分からず京一が眉をひそめると、龍麻は少しだけ困ったようになった後、それを誤魔化すように笑って見せた。
  そして言った。
「 何でもないよ。あ、ただ旧校舎には近づくなよ。あそこは老朽化が進んでて危ないからな…」
「 ………」
「 メシ食おうか」
  歩き出した龍麻の背中を見つめながら京一はただおかしな違和感に囚われていた。
  龍麻の一瞬見せた物憂げな表情がいやに気になった。



To be continued…



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