飴玉ひとつ 「 み、壬生っ。今の…翡翠には内緒な…?」 自分で口走ってしまったその言葉に、龍麻はあたふたと慌てふためいてしまった。それは半分は本音で、半分はその場を誤魔化す為の嘘だったわけだが、同年代の友人に使う言葉でもなかったかと思い、言ってしまった瞬間、龍麻は何だか無性に恥ずかしい気持ちになったのだった。 「 別に言う気はないよ」 けれどそれを聞いていた壬生の方はあっさりと無表情でそう返し、1人で焦っている龍麻を物珍しそうに眺めた。 「 ホ、ホント…? う、うん、でもそうだよな。壬生は京一みたいに人にべらべら喋ったりしないものな」 傍にいないのを良い事に龍麻は親友のことをそう引き合いに出してから、ほっと息を漏らして目の前に座る壬生ににっこりと笑って見せた。 いつものように旧校舎に潜っていた時、龍麻は思わぬ事で怪我をしてしまった。…と言ってもその怪我の具合は実に軽いもので、右頬を軽く擦った程度だったのだが。 怪我をした原因がバカらしかった。 「 龍麻。君には責任感ってものがないのかい」 事の一部始終を見ていたらしい如月は素早く龍麻の元にやってきて怪我の具合を看てくれたのだが、それが軽いものだと知るや否や開口一番そう冷たく言い放ったのだ。 「 君の命は君だけのものじゃない。こんな台詞、そう何べんも言わせないで欲しい」 「 じゃあ言わなきゃいいじゃん…」 「 何か言ったかい、龍麻」 「 何にも…」 ぶすくれて龍麻はそれだけを言い、ふいと如月から視線を逸らした。それはまるで悪い事をして見つかった子供のような仕草だったが、そんなもので許してしまうほど如月という男はお人よしでも甘い人間でもなかった。 いや、これでも龍麻には十分甘い方なのであるが。 しかし自分から視線を逸らす龍麻に如月は更に厳しい口調を発した。 「 ぼそぼそ言っていないで、言いたい事があるならハッキリ言うんだね。僕は君に文句を言われるような間違った事は言っていないつもりだけど」 「 分かってるよ、うるさいな」 「 …何だって」 「 もう! うるさい! これやるから静かにしろ!」 「 龍麻!」 背後で更に強い口調で呼び止める如月に、しかし龍麻は振り返りもしなかった。そして仲間たちに「帰る」とも言わず、龍麻はそのまま勝手に旧校舎から出て来てしまった。 如月に怪我の原因となった「ハンバーガー」を押し付けて。 「 俺はね、結構翡翠が喜ぶかなって思ったの。だってああいう些細なものだって俺が持って行くと喜んで買ってくれるもん」 「 そうだね」 龍麻は自分の頬の傷に消毒液を塗ってくれる壬生に対し、未だ怒り冷めやらぬと言った風に先刻の話を続けた。 「 だからさ…。ちょっと余所見しただけなんだよ。いつもならアイテムが落っこちてても、周囲に敵がいないの確認してから拾うもん。けど、その時丁度近くに桜井がいたからさ。あいつに取られる!って思ったら何か焦っちゃって」 仲間の小蒔に対してどんなイメージを持っているのか、龍麻は女の子に対してかなり失礼と思える発言をした後、壬生の手際良く動く手を眺めながら尚も口をとがらせた。 「 だからさ…。ちょっと油断して攻撃受けて…擦り傷作っただけなのに。あの厭味人間、『君はたかがハンバーガー1個の為に自分の命を危険にさらすのか』だってさ! たかがって何だよ、たかがって。ハンバーガーをバカにするなっての!」 「 如月さんの言っている事は正論だけどね」 「 うっ、壬生までそんな事言うのかよ」 救急箱の蓋を閉めてそれをサイドボードにしまう壬生に、龍麻は不満そうに頬を膨らませた。それでも自分の怪我の具合を心配してわざわざ家まで様子を見にきてくれた壬生の気持ちは嬉しかったので、気を取り直して口調の方だけは鎮めた。 「 …でもさんきゅな。わざわざ来てもらっちゃってさ。仕事、大丈夫?」 「 平気だよ。…それに」 「 え?」 「 ……僕にとっては、龍麻の方が大事だから」 「 えっ。わ、わははっ。もう壬生、そういう事スルッと言うなって!」 「 ………そうかな」 何やら考え込む壬生に龍麻は更にどういう反応を取って良いか分からずに、再び如月のことを持ち出した。 「 そ、それにしても翡翠の奴なんか、俺が傷作った事怒るだけ怒って、その後電話一本寄越さないもんな! ホント冷たいの!」 「 …………」 「 あいつっていっつもそうなんだ。何考えてるのか全然分からないし…」 「 ……『頑固親父』だから、じゃない?」 「 えっ、も、もう壬生! それはいいってば!」 龍麻は壬生がさらりと言ったその台詞に意表をつかれ、声を張り上げた。そして先ほどの後悔が再び浮かび上がってきて、龍麻は自然と大きくため息を漏らした。 「 ……はあ」 壬生が発した言葉は、つい先刻龍麻が壬生に愚痴をこぼしていた時にぽろりと言ってしまったものだった。壬生が「如月は龍麻にとってどんな存在なのか」となどと訊くから。 ゛頑固親父みたいに説教臭いやつ″と。 本当はそんな感情ではない、別の気持ちが龍麻の中には存在していたのだが。 「 …本当に翡翠に言わないでよ、壬生」 「 言わないよ」 「 あいつ、俺のそういう台詞にまた腹立てるに決まっているし。あいつに怒られると、俺すごく滅入るから」 「 …………」 「 あ、そ、それより壬生今日どうする? 泊まって行く?」 「 いいのかい」 「 勿論」 龍麻が屈託なく笑ってそう頷くと、壬生もようやく消していた表情をすっと緩めて笑った。龍麻はそんな壬生を見やりながら、出会ってから随分とよく笑うようになってくれたな、と何ともなしに思った。 初めて知り合った頃の壬生は、丁度出会った当初の如月と同じように、いやもしかするとそれ以上に頑なで、他人を受け入れようとしていなくて。 笑わない青年だった。 『 君と僕は違うから… 』 そう、壬生はよく言っていたが、同じ人間なんて元々いない。そんな訳の分からない台詞で自分たちから壁を作る壬生が何だか悲しくて、龍麻は必要以上に壬生に絡んでいたような気がする。すると厚くて割れそうにもなかった氷壁が徐々に溶けて、壬生は龍麻にぽつぽつとではあったが自分の話をしてくれるようになった。龍麻にはそれが嬉しかった。それに頼もしい仲間の1人になってくれた壬生の存在は、龍麻には心底ありがたいものだった。 「 おーい、ひーちゃん、来たぜ」 「 は?」 「 ひーちゃん、来たよー」 「 邪魔するぞ、龍麻」 「 は? は? な、何…?」 その時、不意に玄関のチャイムも鳴らさずに、突然真神の4人衆…京一、小蒔、醍醐、美里…が、壬生と龍麻のいる部屋にどかどかと入りこんできた。 「 ……みんな」 龍麻と壬生は茫然として突然の来訪者に途惑ったが、先に我に返った龍麻がはっとしてリビングにたくさんのコンビニの袋を持ってきた京一に声を出した。 「 な、何なんだよ突然。チャイムも鳴らさずにさ」 「 へ? あ、鳴らなかったか? 壊れてんだよ。ちゃんと押したぜ?」 京一は悪びれもせずにそう言ってから、背後でおとなしく、しかしいきなり正座してちゃっかり座りこんでいる美里を振り返った。 「 ひーちゃんが何も言わないで帰るからよー。心配だって美里が言うから、宴会がてら様子を見に来たってわけだ。怪我の具合も気になったしな。…と、まあそれは心配無用だったみたいだけどよ」 京一はそう言って龍麻の傍にいる壬生をちらと見て、それから何故か困惑したようにもう一度背後の美里を見やった。 小蒔と醍醐もどことなく居心地悪そうにしながらも、間をもたせるためか、持参してきた食べ物をテーブルに並べながら声を出す。 「 ひーちゃん、お腹空いたでしょ? 壬生君も一緒に食べよッ。いーっぱい買ってきたから」 「 うむ。それから龍麻、怪我の具合はどうだ」 「 あ、うん、全然平気だよ。ごめん、心配かけて」 「 いいのよ龍麻」 龍麻がそう言って申し訳なさそうに俯くと、ここで初めて今まで黙っていた美里がすすと傍に寄ってきて口を開いた。 「 龍麻が無事ならそれでいいの。でも、手当てはきちんとできた? 私がちゃんと治療しておかなくても平気?」 「 あ、うん。壬生が薬塗ってくれたし」 「 まあ…そう…」 美里はひどく残念そうな顔をし、それから翳りのある顔で一瞬だけ視線を壬生の方へやったが、その隠れた殺気に気づいたのは、付き合いの長い真神の3人衆だけのようだった。 そんな異様な雰囲気の中、突然壬生が立ち上がった。 「 龍麻。やっぱり僕は帰るよ」 「 えっ…何で…」 「 えー壬生君、帰っちゃうの!?」 小蒔も焦ったようにそう言い、壬生を引きとめようとしたが、壬生は遠慮がちに首を振ってからすっと玄関へと歩いて行った。 「 ごめん。また来るから」 「 そ、そうか……」 壬生の頑なな態度で、龍麻は壬生がこの空気を嫌がっている事を察した。 だから無理には引き止められなかった。龍麻は玄関先まで壬生を見送ってから、「また来いよな」とだけ言った。 それに対する返事はなかったのだけれど。 リビングに戻ると既に仲間たちによって何やら訳の分からない宴会が始まっていた。龍麻はいつもハイテンションな彼らに多少の目眩を感じたものの、既に慣れきったその空気の中におとなしく身を投じた。 |
To be continued… |
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