待ち合わせ
「 壬生、ごめん。待ったか?」
「 いや。今来たばかりだから」
壬生はいつもこう言うな、と龍麻は心の中で苦笑した。
こいつと待ち合わせをすると、いつも待たせてしまうのは自分だと龍麻は思う。別に約束の時間に遅れているわけではないから、本当に壬生が「今来たばかり」なのなら、何も問題はないのだけれど。
どうも、随分早くに来ている節がある。
「 そんなことより龍麻は今日は早いじゃないか。約束の時間までまだ30分もあるのに」
それを言うなら壬生だって。そう思ったが、何故か龍麻はその言葉を出すことができなかった。あんまり刺激すると、こいつはもしかすると、もっと早い時間に来て自分を待ってしまうかもしれない。
「 今日はたまたま。京一たち、部活だってすぐにいなくなったから、俺も学校終わってすぐに出て来られたし」
「 そうか」
壬生紅葉という人間と知り合ってから、そして共に戦う仲間となってから、二人はよくこうして待ち合わせをしては、何をするでもなくよく話をするようになっていた。
もともと波長があったのかもしれない。出会った時から龍麻は壬生とは「何か自分と通じるもの」を感じたようだし、壬生は壬生で龍麻には「妙な感じ」を抱いたのだそうだ。
その「妙な感じ」が何なのかは、壬生自身、うまく説明できないと言っていたけれど。
「 ――で、今日は何処へ行く?」
壬生が訊いた。
「 んー、そうだな。壬生は何処へ行きたい?」
「 僕は何処でもいいんだけど」
「 あ、そう…」
ただ、最初の会話がいつもこうで、龍麻は正直困っていた。
遊ぶ先を決めるのはいつも龍麻だった。
龍麻としては時々本当にそれでいいのかという気がしてしまう。
…もっとも、それで二人の仲が悪くなるという事もないのだが。
「 あ、じゃあさ。映画とか行く? 今面白いの結構やってんだよ。ホラー系とか」
「 あ、ああいいけど」
本当にさり気なく壬生が時計を気にしたので、龍麻はあっとなって、すまなそうな顔をした。
「 あ、でも急に仕事とか入ることあるんだよな。映画はマズイよな」
「 いや、龍麻が観たいなら」
「 だって携帯の電源切っとけないだろ」
「 ……ごめん」
「 ははっ、いいっていいって! じゃあさ。近場でゲーセンとかどうよ? 俺今すげーハマッてんのあるんだ」
「 ああ、いいよ」
「 壬生ってそういう所、あんまり行かないだろ?」
「 そうだね」
壬生がそう言って少しでも笑うと、龍麻は嬉しい気分になる。この、決して表情が豊かとは言えない友達が笑うと、龍麻は自分自身が満たされた気持ちになれるのだ。
大きなビルの中にどんと陣取っているちょっとしたアミューズメントパークに壬生を引っ張り込み、龍麻はその中の一つのゲームを指差した。
「 ほら、あれ! すっげー楽しいんだよ!」
「 シューティングかい?」
銃が差し込まれているのを見て壬生が訊いた。龍麻はそれをもう手に取っていて、もう一つの銃を壬生に渡した。
「 そうそう。ゾンビに支配されちゃってる街を救うために、黒幕が出てくるまで襲ってくるゾンビを撃って撃って撃ちまくるんだ! あ、5発撃ったら弾切れするから、一回銃を上げて弾丸補充してな」
「 …分かった」
「 よっしゃー! じゃ、二人PLAYで開始!」
龍麻はうきうきしながらそう言って自分の分の硬貨を入れようとした…が、素早く壬生に二人分お金を入れられてしまって、唖然とする。
また、やられた。
壬生はこうやって、絶対に自分にお金を使わせない。
食事代はもちろん、こんな些細なお金でさえ。壬生は絶対に自分で龍麻の分も払ってしまう。
「 あのな、壬生」
「 龍麻、始まったみたいだよ」
言われて龍麻は慌てて画面を見る。おどろおどろしいゾンビが、画面のキャラに向かって襲い掛かる。
結構な迫力だ。龍麻はもう夢中になってしまって、壬生を追及するのを止めてしまった。
「 壬生、すっごい巧いじゃん! ホントにやったことないのかよ?」
「 ないよ」
最後にはギャラリーまで集めてしまった壬生の腕にほとんど呆れながら、龍麻は喫茶店で頼んだアイスティーを飲んだ。
あんな遊び場でこんな事を言うのもヘンな話かもしれないが、銃を構える壬生はちょっとカッコ良かった。このポーカーフェイスが崩れたらどんなになるのだろうと思わないでもなかったが、壬生はこういう壬生だからカッコ良いのだ。それでいいかなと龍麻は思う。
「 今度さ。俺ん家来ない? あれより面白いやつ持ってんだ」
「 え…」
「 そういえば、俺たちってこんなに一緒に遊んでんのに、お互いの家行ったことないじゃん。あっ、いい考えだ。良かったらこれから来るか? そしたら、夕飯代もそんなかかんないと思うしさ。家に米とかあるから」
「 龍麻は一人暮らし…?」
「 そうだよ。あれ、言ってなかったっけ? 壬生もお袋さん入院してるから、今一人だろ?」
「 ああ、まあ…」
「 大変なんだよな、一人って。今度壬生ん家にも遊び行っていい?」
「 ……」
黙りこむ壬生に龍麻はあれ?と思い、自分も黙った。何かいけないことを言ってしまっただろうかと反芻する。
「 あの、壬生?」
「 あ…ああ、ごめん」
「 俺、何か悪い事言った?」
「 いや…。ごめん、ちょっとぼーっとしてて」
「 あっ。もしかしてお前疲れてた? ごめんな、気づかなくて」
「 そんな事ないよ。ごめん、僕の方こそ」
「 ……」
何なんだろう。何かお互い謝って、ヘンな感じだ。まだお互いの存在に慣れているわけではないからかな。
龍麻は少々の途惑いを感じながら、無理に笑って見せた。
「 えーと、さ。それでこの後どうする? 夕飯とか」
「 …僕がご馳走するよ」
「 えっ、また!? 駄目! 絶対だめだめ! そんなの!」
「 龍麻」
「 あっ、まさかお前ここのもまた自分が払おうとしてんじゃないだろな! あっ、お前伝票どこやった!」
「 …そんなに気にしなくても」
「 気にする! お前そうやっていっつもおごるじゃん! そんなの駄目だ! 絶対だめ! 俺も払う!」
「 …僕が払いたいんだよ」
「 だって俺ら同じ高校生じゃん。っていうか、どっちかっていうとお前の方がお金に関してはシビアな生活送ってんじゃん。それなのに、俺ばっかこんなやってもらえない! ヘンだよ!」
「 ヘン…かな」
龍麻に言われて、壬生は怪訝な顔をした。そんな壬生の態度に龍麻も混乱してしまって声をつまらせた。
「 ……」
「 ……」
お互い、黙る。
「 ……壬生」
龍麻が口を開いた。
「 え?」
「 俺たちって友達だろ?」
「 …ああ」
「 じゃ、対等だろ? だから、やっぱりこういうのは良くないって思うんだ。たまにさ、やってもらったりっていうのは、すっごく嬉しいよ? でも、だったら俺だってたまには壬生におごりたいって思うし、普段は割り勘でいたいって思うんだ」
「 …ごめん」
「 もーう、謝るなっての!」
「 …分かった」
「 よし!」
「 でも、ここのは僕が払う」
「 分かってないじゃん!」
龍麻は苦笑しながら、けれどなかなか折れない壬生に観念したようになって途方にくれた。
けれど、突然閃いたようになって、龍麻はがばりと顔を上げた。
「 そーだっ!」
「 ?」
「 良い事考えた! おごるの大好きな奇特な壬生君もこれなら納得!」
「 何だい?」
「 えーとさ。罰ゲームにすんだよ」
「 罰ゲーム?」
「 そ! どういうのかっていうとな。また俺ら待ち合わせして会う日があるだろ? で、遅れた方が待たせた方をおごるの! どう? いい考えだろ」
「 龍麻…」
「 だめ! もう決めた! それいいだろ? 約束の時間ぴったりに来てもだめな! とにかく遅かった方がおごる! これでいこう!」
「 ……」
黙りこむ壬生に龍麻は得意満面の笑みを向けた。これならどう転んでも、「どっちか」はやめさせることができる。
いつも自分を待ってしまう壬生と。
いつも自分におごる壬生。このどちらかを、やめさせることが。
もちろん龍麻としては、壬生より「わざと」後にきて、今までの分も含めて夕飯の一回や二回はおごってやる気なのだが、いい加減長時間待たれるという方もどうにかしたかった。
こういうことを決めてしまえば、壬生も多分随分前にきて待つなんてことはしないだろう。
待っていたら、龍麻に「おごられ」なければならないのだから。
かと言って龍麻を待たせるのは本位ではないだろうから、恐らく時間前には来るだろう。そこらへんを張って、龍麻はわざと壬生が待ち合わせの時間に来たら現れようと考えたのである。
「 へへへ。お互い、何おごってもらうか考えとこうな!」
おごられる気持ちなんてさらさらないくせに、龍麻はそう言って笑った。
翌日。
結局次の日も会う約束をして二人は別れた。
待ち合わせはいつもと同じ、駅前の広場だ。龍麻はかなり気合を入れて早めに来てみた。かといって早々にその場所に行っては壬生に奢られなくてはならないから、気配を消して、壬生が待ち合わせ場所に来るのをひたすら違う場所で待つ。
…つもりだった、のだが。
「 龍麻」
「 わあっ!」
いきなり背後に壬生が立っていた。
「 ごめん。待ったかな」
「 ……!」
待ってなどいない。今来たばかりだ。…だけど。だけど。
何でこいつはっ!
「 僕の負けだね」
「 ま、負けって…。ほ、ほぼ同時じゃん? 俺今来たばっかだし」
「 僕の方が後だよ」
「 みーぶー」
「 駄目だよ。決めたのは龍麻なんだから」
壬生はそう言ってとても嬉しそうに笑った。その笑顔に少しだけどきんとして、龍麻は自分でも知らぬ間に赤面してしまった。
「 龍麻?」
「 ああっ! な、何でもないっ」
「 …それで、今日は何処へ行きたい?」
「 え? えーと…別にどこでもいいんだけど…」
もうホントにどうでも良かった。賭け(?)には負けてしまったし、また壬生におごってもらわなければならないし。
「 …なあ壬生ってさ。何でそんな俺にしてくれんの?」
壬生をまともに見れずに龍麻はぼそりと訊いた。
「 え…?」
「 だってさ。やりすぎだよ。フツーに考えたら変だよやっぱ。これ昨日も言ったけど」
「 龍麻は迷惑…?」
「 いや、迷惑とかっていうんじゃないんだけど、何か申し訳ないっていうか」
「 …困る?」
「 いや、だから! ま、まあ困るって言えば困るかな?」
そう言って壬生を見ると、自分より余程困った顔をした壬生の顔がそこにはあった。龍麻は慌ててしまう。
「 わっ、だから、そんな顔するなってば!」
「 龍麻…」
「 え?」
「 僕は…君にとってすごく迷惑な存在だよ」
「 何? 何言って…」
「 君は僕に昨日言ったよね。僕たちは友達だって」
「 あ、ああ、言ったよ」
「 僕には、そんな風に思えない」
「 え…」
いきなりそんなことを言われて龍麻は面食らった。やっぱり対等だと思われていなかったんだろうか。
ショックだ。
「 君のこと…僕には、そんな風に思えないんだ」
「 そんな、何回も言わなくたって…」
「 龍麻…」
言って、壬生は不意に龍麻の手を握ってきた。驚いて龍麻は身体を後退させたが、壬生の龍麻を握る手の力はより強くなった。
「 ごめん、こんな事言っても君には迷惑なだけだけど…」
「 み、壬生…?」
「 僕は君のことが好きなんだ」
「 ………え?」
「 友達としてじゃないよ」
「 ……え」
「 だから、君のためなら何でもしたいと思ってしまう。どんな些細なことでも、僕はしたいんだ。君のために」
「 …え」
「 ごめん。本当に勝手だけど」
「 …好きって…」
龍麻は壬生の手の温もりを感じながら茫然としてしまった。それからはっとして辺りを見回す。大抵の人間は無関心に通り過ぎて行くが、端整な顔だちの背の高い高校生がひどく真面目な顔をしてもう一人の高校生を見つめている(しかも手を握っている)姿に気がついて、ちらちらと視線を送っている人も中にはいる。
龍麻は慌てて壬生の手を振り解いた。
「 ご、ごめん、壬生!」
「 ……いや。悪いのは僕だから」
「 い、いやそうじゃなくて! 全然悪くないけど、壬生は! ただ、俺混乱しまくってて…」
「 当然だね」
「 あの、その、ほらここ人いっぱいいるしさ。と、とりあえずどっか行かない? そ、そうだ。俺ん家行く?」
「 …こんなこと言った奴を部屋に入れてもいいのかい」
「 へ?」
「 心配じゃないの」
「 ……! な、なにを―」
言われた意味がワンテンポ後に分かって龍麻は再び赤面した。もう当に身体は熱くなっているのだが、壬生の一言一言が胸にくる。
「 ば、馬鹿なこと言うなよっ。壬生がそんなことするわけないだろ」
「 壬生が…って。僕自身が言ってるんだよ。君と二人きりになったら、何をするか分からないよ、僕は」
「 こ、こここら! 平然とそういうこと言うなって!」
龍麻は壬生を殴る真似だけして、ぜーぜーと息をついた。
何だか。
おかしなことになった。
このカッコ良いくせに唐突な男は、いきなり自分を好きだと言い出す。
でも、驚いたけれど、どこかでそれを素直に受け止めている自分もいた。だってそうでなければ、壬生の今までの自分に対する態度は、やっぱりおかしいと思うから。
そして、そんな壬生をちっとも嫌だと思わない自分がいて。
いや、むしろ。
「 あのな、壬生」
龍麻はふっと息をついてから思い切って言った。
「 とにかく、そういうこと急に言うなよ」
「 ごめん」
「 謝るの、禁止」
「 …分かった」
「 一人でどんどん先に行くんだもんな、壬生は。俺、置いてかれてばっかじゃん」
「 そんなこと…」
「 それにさ。勝手に迷惑だとか決め付けんなよ」
「 え…?」
壬生が問いただすような目を向けてきて、龍麻は余計に焦った。
それでも言う事は言わねば、コイツは絶対誤解する。
「 俺、そういう事お前に言われても、全然困らないんだから!」
「 ……」
「 いきなりこんな所で手とか握られたら、そりゃびっくりはするけどさ!」
「 ……」
「 壬生…?」
黙りこむ壬生に、龍麻は恐る恐る相手の顔を覗きこんだ。
「 困らない…のか?」
それで壬生がやっと口を開く。
「 そう。っていうか…まあ、嬉しいっていうか」
「 龍麻…本当に?」
「 か、勘違いするなよ? だからってな、別にその、好きとか愛してるとかは、まだよく分からない!」
「 …うん」
「 でも、迷惑とかじゃない!」
「 うん」
「 ……だから、まあとりあえず」
龍麻は決まり悪そうに鼻の頭をかきながら横を向いた。
けれど、さりげなく壬生の手を取って。
「 これからは…さ。もっといっぱい色々なこと話そうよ。それから、何でも一人でやろうとしない! な!」
「 分かった」
「 待ち合わせした時も、こんな…1時間前に来ない!」
「 分かった」
「 ホント?」
「 誓うよ」
壬生の言葉に龍麻はようやく笑んで。壬生も安心したように微笑み返した。
「 じゃあまず…今日は何処へ行くか、二人で決めよう?」
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