(15)
龍麻はあまり自分の家族のことを話したがらない。
「 本当の両親のことは知らないし。面倒を見てくれた人もそんなに好きなわけじゃなかったし…」
無理に聞き出そうとしたわけじゃなかったけど、いつだったかそんな話題になった時、龍麻は話しにくそうにしながらもそれだけを言った。だから僕があの戦いの最中、カオスに見せてもらった風景の話をした時は、龍麻は目を丸くして驚いた。そうしてしばらく考えた後、「俺って本当は、陽の器でも何でもないんだよ」とぽつりと言った。
「 自分も他も…みんなみんな死んでしまえばどんなにか楽だろうなんて思っていたんだから」
龍麻はそう言って少しだけ寂しそうに笑ったけれど、そんな風に思える龍麻は、僕にしてみればやはり優しい人にしか見えないと思った。
「 おーい、壬生!」
よく晴れた日曜日。
駅前で龍麻を待っている僕に遠くからでも容易に聞こえる大声で声を掛けてきたのは蓬莱寺だった。相変わらず木刀を肩にかけ、陽気な顔をしている。以前は彼のこんな明るい表情が僕には堪らなくて、あまり顔を見たいとは思わなかったが、最近ではすっかり慣れてしまった。多分、それは僕の努力の結果ではなくて、彼の人徳によるものだろう。
そんな彼は気さくな笑顔を湛えたまま、僕の傍にまで来ると物知り顔で言った。
「 ひーちゃん、待ってるんだろ? は〜、ったく、毎週きっちり同じ場所、同じ時間にデートとはね」
「 妬きもちはみっともないよ」
「 はっ、言うようになったじゃねえか!」
軽く口許を歪めて蓬莱寺は僕に「このやろう」という顔をしてみせたけれど、すぐに立ち直ると僕と同じ方向に向き直って空を見上げた。いつでも何か良い事を探していたいというような、それは本当に晴れ晴れとした横顔だった。
「 お前。もう怪我の具合はいいわけ?」
不意に口調を変えて蓬莱寺はそう言った。僕の方は見ていない。
「 まぁ……僕は別に」
幾ら季節がまだ冬と言っても、これだけ良い天気で空が青いと、こんな風にあの時の話をされてもまるで冗談のようにしか聞こえない。あれからまだ一月と経っていないはずであるのに、僕には何だかあの柳生やカオスとの戦いが遠い昔の事のような気がしていた。
「 ホント、お前ら出し抜いてくれたよなァ!」
「 またその話?」
そしてこの蓬莱寺の発言も、会う度に繰り返される言葉なものだから却って余計に実感が湧かなくなった。
本当は最後の決戦は、この蓬莱寺や他の仲間たちと一緒に行われるはずだったのに。
だから戦いが終わって再び目を開いた時、そこが病院で目の前に悪鬼の如く怒っていた蓬莱寺の顔を見た時は、あの約束していた初詣に遅れてしまった事を怒られているのかもしれないと半ば本気で思ったものだった。後で龍麻に聞いたら、彼も僕と同じように思ったという事だった。
「 俺はよ。ひーちゃんはいつだって危なっかしい奴って思ってたんだ」
駅ビルの石壁に寄りかかりながら蓬莱寺が言った。
「 ひーちゃんはいつだって俺らが望むように動いてくれた。行動して、俺らを引っ張って、そんでいつも笑ってた。あの可愛い顔でさ。あれで俺らがあいつに惚れないって、そんなわけないよな?」
「 ………そうだろうね」
「 まあ、そんな事は今はどうでもいいがよ」
蓬莱寺は僕が苦い顔をしたのが分かったのだろう、ひらひらと片手を振って自分が喋った言葉をかき消すと、改まった顔で続けた。
「 けど、ひーちゃんの危なっかしいって事の意味はさ。勿論、あいつの力のことじゃなくてここの事だよ」
蓬莱寺は自分の胸をげんこつでこづいて言った。
「 あいつはいつだって、心のどこかで俺らが守ろうとするものを壊したり潰したり…そういう事をするのの何が悪いって思ってたと思うぜ。それがひーちゃんが自分の運命から唯一逆らえることだから」
「 蓬莱寺…?」
どことなくいつもと彼の空気が違う気がして僕は躊躇った。
それでも蓬莱寺は続けた。相変わらず空を見上げたまま。
「 俺はよ、強引な男だし。バカだからな。そういうひーちゃんに、ただ俺が信じる道へって引っ張って行くことしかできなかった。けど、これだけは言える。俺がそうしてやらなきゃ、ひーちゃんは…龍麻は、絶対にあっち側の人間になってたってな」
「 ああ…」
「 お前。本当にそう思ってるわけ? 感謝してるわけ、俺に?」
「 してるよ」
「 ならいいけどよ」
はっと笑って蓬莱寺はそう言った後、背中を浮かしてから僕から離れた。
「 帰るわ。ひーちゃんが来る前にお前に言っておこうと思ってたんだ。俺は、卒業したら龍…ひーちゃんから離れる」
「 え…」
「 お前はいろよ。あいつといろ。お前みたいな暗い奴がいれば…ひーちゃんは自分が明るくしてるしかないって思うだろ?」
「 …………」
「 お前ら、ホントお似合いだよ」
他の奴らがどう思っているかまでは、責任持たないけどな。
蓬莱寺はいたずらっぽく笑うと、そのまま去って行った。僕は彼が雑踏の中に隠れて見えなくなるまで、彼の背中を眺め続けた。
何だか少し胸の奥がひりひりした。
あの戦いがどのように収束したのか、本当のところ僕にははっきりとした記憶が残っていない。
ただ龍麻の力と僕の力が混じりあった時、僕には龍麻がずっとひた隠しにしてきた押し殺された感情がもろに見えたと思ったし、多分龍麻にもずっと抑えてきた僕の生と死に対する葛藤を見抜かれてしまったと思った。
そうしてその力を受けたカオスがひどく人間臭い顔をして白い光に包まれ消えて行った姿だけ。
それだけは何となく思い出せた。ただそれだけなんだけど。それだけは思い出せる。逆に僕にはそれ以上のはっきりとした記憶は何も残っていないと言っても良かった。
「 俺はね。柳生と金色の龍の姿しか思い出せない」
けれど僕がそう言う反面、龍麻はそう言って苦笑した。あの時僕と一緒に見たはずのカオスを、龍麻は「覚えていない」と言って首をかしげた。2人は同じ場所にいたはずなのに、同じものを見ていなかったんだろうか。いや、感じたものが違ったんだろうか。僕たちは同じ人間ではないのだから、それは仕方のない事なんだろうけど。
そしてそれは当たり前のことなんだけれど。
ただ、何もかもが消えて元の世界に戻ったとき、病院のベッドから抜け出して隣室にいる龍麻を見た時は、僕はただ単純に嬉しかった。
龍麻が僕を見て笑ってくれたから。
僕にはもうそれだけで良かった。
それから退院した日、病院には一度も来なかった館長が予告もなく僕のマンションへやって来た。そうして自分は仕事があるから当分日本へは帰らない、だからお前もそれまでは好きにしろと本当に何でもない事のように言った。その時の僕は、多分どうして良いか分からない情けない顔をしていたと思う。館長はそんな僕を見て少しだけ笑い、母さんの事は心配しなくても良いと付け加えてくれた。そしてそれだけを言うと後はお茶も飲まずに帰って行った。
「 紅葉!」
龍麻が来た。僕は彼に僕が持つ精一杯の笑顔を返した。
「 なーアイス食べよう、アイス!」
いつもの龍麻。いつも甘い物を食べたがって、僕が少しでも躊躇すると「塩入れるぞ」と冗談を言う龍麻。もう街で龍麻と肩を並べて歩く事が当たり前のようになっていて。
それがとても嬉しい。
「 俺はトリプル! 紅葉はダブルね!」
相変わらず勝手にどんどん決めていく龍麻は、僕に何を食べたいのかも訊かないですぐに飛び込むようにして入った店でチョコチップだのメロンだのを次々に注文した。僕が慌てて後ろから店員にお金を払うと、龍麻は「悪いなあ」とか何とか言いながらも、僕の分のアイスクリームを持ったまましめたと思ってでもいるようににこにこしていた。
「 公園行って食べような!」
そして龍麻は、後から財布をしまいながら店を出た僕に乱暴にアイスクリームを渡すと、今度はどんどん先を歩いて行った。今日に限って何を急いでいるのだろうと少しだけ気になったが、それでもどことなく楽しそうな様子の龍麻に自然顔がほころんで、僕は彼に渡されたアイスクリームを一口舐めた。こんな風に誰かと、こんな風に街を歩いて、こんな風に胸が軽くなる日が来るなんて思った事はなかった。不意に襲う不安な気持ちも、自らが犯した罪の重さに苦しむ夜も、龍麻を見る事で僕はいつだって癒された。
龍麻が僕の傍で笑っていてくれるから。
いつもの公園に足を運ぶと、枯れ木が立ち並ぶその散歩コースは、しかし休日という事もあって多くの人でごった返していた。中央の芝生ではビニールシートを敷いてお弁当を食べる家族連れやカップルの姿もあったし、石階段を降りた先にある広場にはフリスビーに興じる学生たちもいた。
「 のどかだなあ」
空いているベンチを見つけてそこに素早く腰を下ろした龍麻は、既にそこに到着する前に二段のアイスを食べ尽くしていた。そうして眩しそうに目を細めながら辺りの景色を見やった後、龍麻はまたぺろりとアイスを舐めて僕を見た。
「 今日、天気良くって良かったな!」
「 あ、うん」
「 俺、いっつもお願いしてる。紅葉と会う日は晴れますようにってさ」
「 そうなの?」
「 うん!」
憎らしいほど可愛い顔でそんな風に言われ僕は一瞬たじろいだけれど、それが嬉しい事に変わりはなかった。うまく笑えただろうか、そんな事を心配しながら、僕は、でも胸の中は確実に踊りながら、そう言ってくれた龍麻の隣に腰かけた。吹く風もまだまだ冷たいはずであるのに、寒さは全く感じられなかった。
「 えーっと何から話そうかなあ、今日は」
龍麻はぱくぱくと口を動かしながら、忙しなく言葉も出す。そうして口下手な僕をいつもリードしてくれた。
「 あ、そうだ。昨夜見た夢の話しようかな」
「 夢?」
「 うん。俺が夢見るのなんて珍しくないけど。俺はいつもあっちこっちヘンな世界行く人だからさあ」
「 …………」
僕は一瞬無表情のまま沈黙してしまった。
おどけて言っているけれど、果たして龍麻が今の台詞を心底何とも感じずに出した言葉なのか、少しだけ気になったから。
「 おい、紅葉? 聞いてるか?」
「 あ、うん、ごめん」
「 許す」
龍麻はすぐに笑ってそう言い、コーンの部分を少しだけかじった。そうしてなかなか減らない僕のアイスを見て、「一口くれ」と当然のように言ってきた。
「 そんなに食べたらお腹壊すよ」
「 大丈夫。俺の胃は無敵の黄龍の器だから!」
龍麻は何だか訳の分からない理由を述べてから、首をにゅっと突き出して僕の手にあるアイスをそっと舐めた。それから僕を見上げて何やら思惑有り気ににっと笑った。
「 これ、あの店でいっちばん甘いの。紅葉にはきつかったろ?」
「 龍麻…もしかしてわざと選んだの?」
「 うん。これにしたら紅葉残して、俺にくれると思ったから」
「 ……あげるよ」
苦笑して残りのアイスを渡すと龍麻は子供のようにはしゃいでそれを受け取った。結局僕も龍麻のお腹の心配をするよりも先に、彼のこんな喜ぶ顔を見たくて彼の言う通りにしてしまうんだ。
「 それで? 話を戻しなよ。夢の話だろ?」
「 あ、そうだった、そうだった」
龍麻はまずは自分の残ったアイスのコーンを全てたいらげてから、ぺろりと指を舐めて思い出したような声を出した。
それからふいと遠くを見ると続けた。
「 あのなあ、昨日の夢は昔の友達が出てきたんだ。紅葉にも前話した事あるだろ、比良坂さん」
「 え…」
その名前に何故だか急にどきりとして僕は思わず聞き返した。
それは僕と龍麻がまだすれ違いを繰り返していた頃、何故か急に僕の前に現れ、そして消えていった人の名前だった。
「 彼女がどうしたの?」
「 どうもしないよ。ただ出てきただけ。笑ってた。相変わらず可愛くってさ。生きてたら、きっと彼女にしたいって思っただろうな」
「 た……」
「 冗談」
龍麻は「ばか」と言ってから僕を見つめ、それからまたふいと視線を逸らした。それから今度は急にふてくされたような顔になり、頬を膨らませた。そのころころ変わる顔は何とも見ていて面白かったんだけれど、どうやら気分を害したようなので僕は困ったように首をかしげた。
「 龍麻…?」
「 紅葉。そこの販売機でジュース買ってきて」
「 え…あ、うん。でも龍麻…」
「 早く!」
「 あ、ああ……」
こうなると僕は敵わない。
突然怒り出したような龍麻にどうする事もできなくて、僕は途惑いながらも押されるように立ち上がり、それから龍麻を振り返り振り返り販売機へ向かった。
「 あ…何飲―」
「 コーラ!」
アイスクリームとコーラだなんて、と心の中でつぶやいたけど、僕はおとなしく指定されたものを買う為、硬貨を入れてコーラのボタンを押した。ガチャンと音がして、それが下に落ちてくる。僕はそれを取り出すとすぐに龍麻を見ようと振り返った。
けれど。
「 あ……?」
龍麻の姿がない。
「 龍麻?」
おかしい、ついさっきまでそこにいたのに。僕はきょろきょろと辺りを見回して、それから数歩、先刻までいたベンチに近寄った。
「 龍麻」
もう一度呼んだけれど、返事はなかった。
「 龍……」
何だか急に不安になった。
さっきまであんなに明るくて笑っていて、僕にアイスをねだっていたのに。こんな風に急にいなくなるなんて人が悪すぎる。きっと隠れてうろたえる僕を見ているんだろうけれど、こんな冗談、好きじゃない。
僕は龍麻を見る為に、会うのを楽しみに今日ここに来たのに。
「 龍麻…出てきなよ」
やや強めに言ってみた。
「 ………」
駄目だ。返答はない。
「 龍麻!」
今度はもっと大きな声で言ってみた。手にしたコーラの缶がひんやりと僕の手を凍らす。じんと指先が縮むような感覚を覚える。どうでもいい事ではあるけれど。
それにしても、何だって龍麻はこんな事をするんだろう。
「 龍―」
トゥルルルル………
けれど更に呼ぼうとした時、不意に僕の携帯が鳴った。
「 あ……」
すぐに取り出して画面を見ると、それは龍麻の携帯からだった。僕は慌ててそれを取ると、すぐに「龍麻!」と彼の名前を呼んだ。
「 龍麻、どういうつもりだい?」
僕が言うと、電話の向こうで、間違いない龍麻のあの声が僕にからかうような言葉を投げかけてきた。
『 壬生紅葉。お前は完全に包囲されている!』
「 は、はあ…?」
呆れて思わず妙な声を出すと、龍麻はむっとしたように続けた。
『 今のお前の位置からは俺の姿を捉えられないだろう! でも、俺は違う。俺は陰からお前を見張ってるぞ! 君は俺の手中にあるのだよ、紅葉君!』
「 龍麻…これって何の遊びなんだい?」
『 うるさいな! いいから乗れ! 怯えてうろたえろ!』
「 ………」
遂にヒステリックに叫んだ龍麻に僕は仕方なく沈黙した。それから一間隔置いて、静かに彼に言った。
「 ……僕は君の姿が見えなくなった時点で十分うろたえたよ。出てきてよ、龍麻」
『 ………駄目』
「 どうして?」
『 なあ。俺たちって付き合ってるんだよな?』
「 え……」
突然何を言い出すんだろう。僕は龍麻のその台詞に急にどくんと心臓が高鳴って言い淀んだ。
『 どうなんだよ…っ』
するとそんな僕にイラだったような龍麻の声が受話器越しに聞こえてきた。
僕は慌てた。
「 龍麻…?」
『 俺はいつだって…不安なんだぞ』
龍麻が言った。
『 いつだって…紅葉と一緒じゃなきゃ駄目なんだから…』
「 龍麻……」
ここ最近は明るい龍麻としか接していなかったから、こんな面を見せられて正直血の気が引いた。
いつだって、不安で。
いつだって、心配で。
「 それは…僕もだよ、龍麻」
『 気づいてた……』
龍麻はそっと言って、それからぷつんと電話を切った。はっとして振り返ると、そこにはいつから立っていたのだろう、龍麻の姿があった。僕はこんな時なのに安堵で思わず笑みがこぼれた。
「 龍麻……」
「 ……ストーカーごっこは、今日でおしまいにしたいな……」
龍麻は罰の悪い顔でそう言ってから、一歩二歩と僕に近づいた。そして僕の袖口を掴むと俯いたまま言った。
「 なあ。今日さ…紅葉の部屋に泊まろうかな」
そして龍麻は、あの戦いが終わってから初めてその言葉を出した。
何故かあれ以来、彼は僕の部屋には来なくなっていて、何故か会うのは毎週日曜日のこの時間の、場所はこの公園で。
そう決まっていた。
僕も彼を自分の部屋に誘ったりはしなくて。だらしない男だとは自分でも思ったけど、駄目だった。それは多分、龍麻と同じ理由で。
「 いいか、な……」
でも、今は。
「 うん」
頷くと、龍麻はほっと肩で息をして、安心したような顔で僕の事を見上げた。
だから自然、僕にも笑みがわいた。
「 龍麻」
僕はそっと龍麻に顔を寄せて、そのまま彼の唇に自分のものを重ねた。不意のものだったせいか龍麻は驚いて避ける所作を見せたけれど、僕は殆ど問答無用で強引なキスを続けた。
「 ……紅葉ッ、人…」
やがて龍麻は僕の胸を片手で押し困ったような声を出した。心なしか赤くなっている龍麻の頬が愛しくて、伏し目がちな龍麻の瞳をただ僕のものだけにしたくて。
僕はひたすらに龍麻の事を見つめ続けた。言葉なんかもどかしい。初めてそう思った。
でも、これだけは言いたくて。
「 僕は…君を愛してる」
「 紅……」
龍麻は僕のことを呼びかけて、けれど口を閉じた。きっと彼も僕と同じように感じたからだろう。黙って僕の手をぎゅっと握り、それから龍麻はぽつりと言った。
「 じゃあずっと…見てろよな」
彼が悪い方へ行かないように。
「 俺もずっと…見てるから」
僕が悪い方へ行かないように。
「 うん」
僕は龍麻のその二つの台詞にしっかりと頷き、握られていない方の手で龍麻の背中を抱いた。拍子、先刻まで磁石のようにくっついていたコーラの缶がガランと音を立ててコンクリート面に落ちたけれど、構わないと思った。
僕はただ龍麻を抱きしめた。強くて儚いこの人を守るために。
いや、違う。
僕たちは共に歩いて行くんだ。これから先、2人でずっと。
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