「雨」
〜本日の訪問?・芙蓉〜


芙蓉「龍麻様」(犬神の家から出て来た龍麻に声をかける芙蓉)
龍麻「ふ、芙蓉…っ。どうして…?」
芙蓉「晴明様が龍麻様はこちらの方角におられると」
龍麻「それで芙蓉がわざわざ迎えに来てくれたの?」(犬神から借りた傘を開いて歩き出す龍麻)
芙蓉「龍麻様、車の用意がそちらに」
龍麻「いいよ。俺、歩いて帰りたいから」
芙蓉「ですが……」
龍麻「ごめんね、我がまま言って。でもさ…俺の事は気にしなくていいから」

芙蓉「……では私も龍麻様のご自宅までご一緒致します」
龍麻「いいよ……」
芙蓉「私が晴明様に怒られます」
龍麻「……………」
芙蓉「邪魔にならぬよう、龍麻様の視界に入らぬよう、背後に控えております故…」
龍麻「……そんな言い方やめてほしい」

芙蓉「……ですが
龍麻「そんな風に言うんなら、背後にだっていて欲しくない。帰ってよ」
芙蓉「それはできませぬ」
龍麻「なら……なら、俺の横を歩いて

芙蓉「………はい、分かりました」(すっと龍麻の横につく芙蓉)
龍麻「……………」
芙蓉「……………」
龍麻「……冷たいね、雨」
芙蓉「は……」

龍麻「寒くない? 芙蓉は…」
芙蓉「私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
龍麻「気遣ってなんかないよ。今のはただの社交辞令」
芙蓉「社交…辞令、ですか…?」
龍麻「そうだよ。女の子にはね、優しくしろって。昔好きだった学校の先生に言われたんだ」

芙蓉「そうですか。ですが、私は女子ではありませんが」
龍麻「言うと思った。でも芙蓉は女の子なの、俺の中では。だからそういう事にしておいてよ」
芙蓉「そうですか…。はい、ではそういう事に致します」
龍麻「……………」
芙蓉「……………」
龍麻「ねえ、芙蓉。芙蓉は御門の式神だよね。なのにどうして俺に対してそんなに丁寧に接してくれるの。御門にそう命令されてんの?」
芙蓉「はい、そうです。主である晴明様より、龍麻様には最大限の礼をもって尽くせと仰せつかっております」
龍麻「ふうん、そうなんだ。御門は何でそんな事言うんだろ。やっぱり俺が黄龍でこの街を護る為に必要な存在だからかな」
芙蓉「それだけではありません。晴明様は龍麻様のことを特別に想っていると」
龍麻「特別?」
芙蓉「以前、私にそういう話をされていました」
龍麻「それってどういう意味?」
芙蓉「私にもよくは分かりませんでした。ですが村雨に聞いたところ、それは晴明様がマサキ様を想う気持ちとはまた違った心なのだと」
龍麻「……よく分からないや。心、か」
芙蓉「………龍麻様」
龍麻「ん…?」
芙蓉「一つ、伺っても宜しいでしょうか」
龍麻「…へえ珍しいね、芙蓉が訊きたい事があるなんて。いいよ、何?」
芙蓉「龍麻様の心がなくなってしまったという事で、今周囲は晴明様を始め大変な騒ぎになっております。村雨など、その隙に勝手に龍麻様を外に連れ出したという事で、皆様より散々責められておりましたが」
龍麻「え、別にあいつが悪いんじゃないのに。俺も外に出て気分転換したかったし」
芙蓉「龍麻様。心が失くなったというのは、一体どういう事なのでしょうか」
龍麻「知らないよ。俺にもよく分からない」
芙蓉「お身体の具合が悪くなるという事はないのですか」
龍麻「別に平気だね。身体はどうって事ないよ。まあ…強いて言うなら、何となく胃が痛いね。ストレスかな」

芙蓉「……元よりあったものが失われるという事は…とても空虚な感覚に捕らわれるのだと、以前マサキ様より教えて頂いた事がございます」
龍麻「……………」
芙蓉「龍麻様。私にはよく分かりません。私は式神です。私は晴明様より生み出され、晴明様の御為だけに使役するだけの存在…。そもそも心というものが、私にはよく分からないのです」
龍麻「俺だってよく分からないよ。心なんて、元々目にも見えないものだしね」
芙蓉「ですが、マサキ様は以前私にこうも仰いました。晴明様やマサキ様を護りたいと想う気持ち、龍麻様や皆様のお役に立ちたいと想う気持ち…その想いこそが私の中に宿っている私だけの心なのだと」
龍麻「……想う気持ち」
芙蓉「ですが私はこうも思いました。そう想う気持ちも、もしや晴明様によって作り出されたモノなのではないかと。私の中に想う気持ちがあるという事、それ自体が晴明様によって作られたモノなのではないかと…」
龍麻「芙蓉……悲しい事を言うんだね」
芙蓉「はい。この事を思った時、何故だか胸が苦しゅうございました」
龍麻「……そう。じゃあ、それは芙蓉の心が痛いって言ったんだろうね。そんな悲しい事を思ったから」
芙蓉「龍麻様は…苦しいですか」
龍麻「俺……?」
芙蓉「とても苦しそうです。とても辛そうに見えるのです。差し出がましいようですが、私は、今の龍麻様が心とやらを失くしているようにはとても見えないのでございます。心がないというのなら…」
龍麻「芙蓉?」
芙蓉「心がないというのなら……龍麻様がこのように苦しまれている理由が分かりません」
龍麻「………大丈夫。俺は別に苦しくないよ」
芙蓉「……………」
龍麻「ただ疲れているだけなんだ。本当だよ? だから…ちょっとみんなと離れていたいって思っただけ。それが…何だか大変な騒ぎになっちゃったね。芙蓉にも心配かけちゃった」(苦笑)
芙蓉「わ…私は……晴明様に言われて来ただけです」
龍麻「本当? じゃあもし……御門に言われなかったら、俺とこうして歩く事なんてなかった? 俺と一緒にいるのは嫌?」

芙蓉「………いいえ。私は誰に命令されずとも、龍麻様をお探ししたいと思っておりました…」(自分自身の台詞に途惑ったようになり、俯く芙蓉)
龍麻「……芙蓉は可愛いな。ありがとう。俺も……ちょっとは頑張らないと」



以下、次号…







戻る