「雨」
〜本日の登場者・九角天童〜


某所。竹林が開けた場所にひっそりと立つ荒屋。
粗末な入り口を素通りし、裏手へ回って声のする方へと向かうと、果たしてその家の縁側には男が1人―。

龍麻「天童……」
九角「……龍麻か」(腐りかけた柱に背中を預け、粗末な縁側に九角は座っている)
龍麻「今、歌っていたの、お前?」
九角「…………」(そ知らぬ顔で空を見上げる九角)
龍麻「すごく綺麗な唄だな。何て言うの?」
九角「…………」
龍麻「…座るよ」(九角の返事を待たず、縁側に腰を下ろす龍麻)

霧雨。時刻は正午になろうと言うのに、辺りはうすぼんやりとした白い空気に包まれている。
龍麻「ここ、お前ン家? …のわけ、ないよな。隠れ家、とか?」
九角「…………」

龍麻「俺、何だか知らないうちにここに来ちゃったんだ。途中からはお前の気配を感じて…それから段々こっちの方から歌声が聞こえてきて…」
九角「…………」
龍麻「お前が唄を歌うなんて、何だか意外だ」
九角「……フン」

龍麻「……? 何?」
九角「鬼は歌わんとでも思っていたか」
龍麻「え、別にそんな意味で言ったんじゃ
九角「………ち」(不意に殺気立った眼を閃かせ、周囲を見やる九角)

龍麻「天童?」
九角「お前。さっさと帰れ」
龍麻「え…何で…」
九角「…………」
龍麻「天童…?」

九角「禍禍しい陰の氣に満ちていやがる……」
龍麻「何処が……? ここが……?」(九角と一緒に辺りに視線をやる龍麻)
九角「…………」

龍麻「ちょ…天童! 何さっきから黙りこくってばかりなんだよ! 何なんだよ一体! ここ…何か、あるのか? 陰の氣って…何かがいるのか、ここ?」
九角「…………」(鬱陶しそうに辺りに眼をやる九角)

龍麻「こら天童! 俺の話聞いて―
九角「煩ェ、少し黙ってろ」
龍麻「な…!」
九角「…………」

龍麻「…………」
九角「……ざわついてンだろうが」
龍麻「え…何が…?」
九角「……お前には聞こえないのか」(やや失望したような顔をする九角)
龍麻「聞こえるって…だから何が……」

九角「分からないならいい。お前には関係ない」
龍麻「なっ…! そ、そんな言い方されたら気になるじゃないかッ! 何なんだよ、教えろよ! 関係ないって…もしこの街で何かが起きているって言うなら!」
九角「…………」(初めて龍麻の方を凝視する九角)
龍麻「………言うなら…」
九角「何だ」

龍麻「…………」
九角「何だ。答えろ、龍麻」
龍麻「………何でもない」(気まずそうに俯く龍麻)
九角「……フン」
龍麻「で、でも天童にだって……! 関係ないだろ…ッ。何がざわついてようが…この辺りがどうなっていようが…!」
九角「……あァ」
龍麻「じゃ、じゃあ何で…! お前はここにいて、その何かを気にしてんだよ!」
九角「…………」
龍麻「う、唄なんか歌って…! ま、まるでその『何か』を鎮める為みたいに……」
九角「…………」
龍麻「何かを…慰める…みたい、に…」(自分の言葉ではっとしたようになる龍麻)
九角「…そんなんじゃねェよ」
龍麻「…………」
九角「何をジロジロ見ていやがる。言っただろう、お前は帰れと」
龍麻「…………」
九角「龍麻」
龍麻「天童……。俺、うまく言えないけど…よくは分からないけど、ここには、何だかすごく悲しい氣がたくさん集まっているような気がするんだ。悲しくて苦しくて、でもどうしようもないって氣が。俺…だから俺は、ここに来てしまったような気がする」
九角「…………」
龍麻「…この雨のせいかな…。その悲しい氣は、陰の氣に包まれて余計に苦しそうだ……」
九角「そう思うのか、龍麻」
龍麻「……分からないけど……」
九角「分からない? フン、そうか、そうだろうな。お前みたいな奴には分からねェんだろうな」

龍麻「そ……じゃ、じゃあ…ッ! お前には! 天童には何が分かるって言うんだよ? 何を知っていて、お前はここにいるんだ? ここに来たって言うんだよ!」
九角「お前に教える義理はねェよ」
龍麻「ど、どうして…ッ」
九角「言っただろう。お前には関係ないからだ」
龍麻「どうして! どうして俺には関係ないんだよ! 何でそん…そんな風に言うんだよッ!」
九角「何で知りたい」
龍麻「え……」
九角「何をそんなにムキになっていやがる…」
龍麻「だ…だって…だって俺は……」
九角「…………」
龍麻「…………」(九角にじっと見つめられ、堪らず下を向く龍麻)
九角「龍麻」
龍麻「…!」
九角「答えろ。ここは…俺の領域だ。お前には関係ねェだろう」
龍麻「俺……」
九角「…………」
龍麻「俺、も……苦しいん、だ……」
九角「…………」
龍麻「ここで泣いている声たちと同じなんだ…。だから…俺は、知りたいんだ……」
九角「何をだ」
龍麻「……分からない……」
九角「…話にならねェな」(呆れたようにため息をつく九角)
龍麻「天童……」
九角「行け。今に取り込まれるぞ。お前みたいな奴がこんな所に来るンじゃねェよ」
龍麻「天童」
九角「行けと言ったのが聞こえなかったのか」
龍麻「行くよ…。でもその前に…その前に、もう一度だけ、歌ってくれない?」
九角「あ……?」
龍麻「俺にも聞かせてほしいんだ。お前の唄」
九角「…………」
龍麻「やっぱり…駄目……?」
九角「……ガキか、テメエは……」
龍麻「…………」
九角「……龍麻」
龍麻「ん……」
九角「いいか、よく聞け。俺はな…弱ェ奴には興味がねェんだ」

龍麻「…………」
九角「俺の傍にいたけりゃ…もう少しマシになるんだな。今のお前は…鬱陶しい、昔の俺を見ているみたいだぜ」
龍麻「……俺、天童ほど残酷じゃないぞ」
九角「言うじゃねえか。おら、さっさと来い」(ぐいと龍麻を引き寄せる九角)
龍麻「……天童。すごく温かいな、お前……」(九角の胸にもたれかかって目を閉じる龍麻)
九角「気色悪い事言うンじゃねェよ。この雨で熱全部取られたか? ……この俺が温かいだと…」(自嘲気味に笑う九角)」




以下、次号…








恒例〜(なかったら怒られそうだし・笑)。


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