「雨」
〜本日の訪問客・紫暮兵庫〜


紫暮「おい、龍麻ッ! いるかッ!」(突然ドアが開き、豪快な声が)
龍麻「……うっるさいなぁ」
紫暮「お、いたな。おっす、龍麻! 元気か!!」
龍麻「…紫暮ほどには元気じゃないみたいだよ」
紫暮「むう…。話には聞いていたが、本当に辛気臭い面だな! 一体どうしたというんだ?」
龍麻「よく分からないよ。俺だって始めはフツーにゲームを楽しんでいただけなのに」
紫暮「だけなのに…何だ?」
龍麻「みんなが、この東京の雨が止まないのは俺のせいだって。俺がみんなやこの町の事を忘れちゃったからいけないんだって。それから…」
紫暮「何だ?」
龍麻「俺は……病気だって」
紫暮「…………」
龍麻「おかしいんだって、俺」
紫暮「お前自身は、別に悪いと思うところはないのか。気分が優れないとか」
龍麻「今は優れない。胸がムカムカするし、頭も痛いよ。熱もあるかも」
紫暮「どれ」(言って龍麻の額に手を当てる紫暮)
龍麻「…………」
紫暮「……フム」
龍麻「どう?」
紫暮「大丈夫だ! 熱はない! 龍麻、お前は健康体だよ」
龍麻「そう」
紫暮「何だ、何か不満か?」

龍麻「ううん」
紫暮「…………」
龍麻「ところで今日は紫暮なんだね。お前も俺に説教しに来たの?」
紫暮「ん…?」
龍麻「それとも自分を選べって言いに来たの?」
紫暮「龍麻」
龍麻「な、何だよ…。そんな…難しい顔してさ…」

紫暮「龍麻、立て」
龍麻「え……?」
紫暮「ほら、立てと言ったんだ。さっさとしろ!」
龍麻「な、何…? 何する気だよ…?」(促され、渋々立ち上がる龍麻)
紫暮「フッ。至って簡単だ! 龍麻、俺と一つ、手合わせしようじゃないか!!」
龍麻「は、はあ?」
紫暮「わっははは! 龍麻、お前と一戦交えるのは久しぶりだ! 今日の俺はかなり張り切って来たんだぞ。胴着も新しいのを卸してきた!」
龍麻「な、何言って…俺、今そんな気分じゃ…」
紫暮「断る事なぞ許さんぞ。お前が嫌だと言っても俺はお前と拳を交える」
龍麻「そ、そんな、何無茶苦茶な事言ってんだよ…ッ!」
紫暮「こんなじめじめとした部屋に独りで篭っているから、ロクな事を考えんのだ。いいか、龍麻。お前は俺と同じ、根っからの格闘家だ。思い切り身体を動かせば、気持ちも随分とスッキリするだろうよ」
龍麻「しないよ! 俺ヤだよ! 何でそんな事!!」
紫暮「龍麻」
龍麻「強引なんだよ! 何言ってんだよ! 俺は今そんな気分じゃないって言ってるだろ! 大体、俺は紫暮とは違う! 俺は…俺は別に好きで拳を揮っているわけじゃない! 俺は…ッ!」
紫暮「……何だ」
龍麻「俺は……」
紫暮「…………」
龍麻「…………」
紫暮「どうした、龍麻」
龍麻「…………」
紫暮「言いたい事があるんだろう。話せばいい。吐き出せばいいんだ。怒鳴れば少しは、お前の中に蟠っている胸のモヤモヤも晴れるかもしれないだろう」
龍麻「……いい」(すとんと座り込んで静かになる龍麻)
紫暮「……龍麻」
龍麻「晴れなくていい…」
紫暮「どうしてだ」
龍麻「…………」
紫暮「龍麻。俺には難しい事は分からん。俺がお前にしてやれる事と言ったら、せいぜいお前の鬱憤が少しでも晴れるよう、共に闘う事くらいだと、そう思って来たんだがな」
龍麻「ありがとう、紫暮」
紫暮「礼などいらん。お前が元の明るいお前に戻ってくれたら、それでいい」
龍麻「うん」
紫暮「龍麻?」
龍麻「よくは分からないけどさ」
紫暮「ん……」
龍麻「俺、自分の事がホント良く分からないんだよ」
紫暮「自分の事をちゃんと分かっている奴なんざ、少ないものさ」
龍麻「そうかもしれないけど…。でも、みんながこんなに心配してくれているのに、俺はここでゲームばっかりやって…。ただそうしていたくって…何考えてんだろうなあ…
紫暮「そう思うのか?」
龍麻「思うよ。みんなに悪いって思うもん」
紫暮「そうか」
龍麻「うん。でもそう思った後、反省した後も、すぐにまあいいかってなっちゃったりもする。みんなの親切がひどく煩わしくなったりね。ころころ変わるんだ、気持ちが。すごく不安定なんだ」
紫暮「そうか」
龍麻「俺の心ってやつが本当にどっかへ行っちゃってそうなっているんだったら…。俺はそれを探しに行かないといけないと思うよ。でも……」
紫暮「龍麻…」
龍麻「でもさ、紫暮。『元の明るい俺』っていうのは…それこそ、そんな俺こそが嘘だったのかもよ」
紫暮「今のお前はそう思うのか」
龍麻「………多分ね」



以下、次号…







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