「雨」
〜本日の登場者・如月翡翠(1)〜


龍麻「翡翠……?」
如月「……………」(傘を差したまま、無表情で龍麻を見下ろす如月)
龍麻「……い、たんだ……」
如月「……………」
龍麻「…何処…行ってたんだ…?」
如月「……………」
龍麻「橘さんから聞いてたんだ。お前がどっか行っちゃって店もずっと閉めてるって。だから俺―」
如月「龍麻」

龍麻「……ッ!」(びくんとなって肩をすぼめる龍麻)
如月「君は…ここで一体何をしているんだ?」(ようやく歩み寄って龍麻に傘を掲げる如月)
龍麻「何って……」
如月「傘は?」
龍麻「ない……」
如月「ないじゃないだろう。持って来なかったのか? 濡れながらここまで歩いて来たのか? この寒い中?」

龍麻「それは……俺、分からないうちにここに飛ばされたから……」
如月「飛ばされた?」
龍麻「………裏密さんが、ここに飛ばしたんだ」

如月「……? よく分からないが…だが、そうか。それは彼女も悪戯が過ぎるな」(ゆっくりと屈みこみ、龍麻の顔をようやく覗き込む如月)
龍麻「……………」(気まずそうに視線を逸らす龍麻)
如月「……………」(そんな龍麻をじっと見つめる如月)

龍麻「………ひ、翡翠」
如月「……………」
龍麻「翡翠…ッ。な、何で……」
如月「龍麻」
龍麻「え…ッ」

如月「……このままでは風邪を引く。家の中に入ろう。身体も拭いた方がいい」
龍麻「あ……」
如月「今は少し家の中もごたごたしているから、大した物はないが…お茶くらいは出せる」(すっと立ち上がり、店先に目をやる如月)
龍麻「で、でも翡翠、俺
如月「話は後でもいいだろう。とにかく立つんだ。そんなずぶ濡れの格好でこんな所にずっといられても困る」(龍麻の肩に傘を差して、自分は先に店へと近づく)
龍麻「……困る?」
如月「……………」(鍵を開けようとして動きを止め、ちらと龍麻を振り返る如月。どことなく不快な表情をしている)

龍麻「……迷惑だった…? やっぱり、こんな突然押しかけてさ……」
如月「……それは君のせいじゃないだろう」
龍麻「俺のせいだよ……」(ぐっと唇を噛み、地面を見つめる龍麻)
如月「……………」
龍麻「全部俺のせいなんだ……」
如月「……………」
龍麻「俺がこんなだから……」
如月「こんな?」
龍麻「そうだよ……」
如月「……………」
龍麻「だから翡翠に…迷惑、かけてる」
如月「……僕の態度に問題があったのなら謝る。君を迷惑になど感じていない」
龍麻「でも困ったんだろ」
如月「龍麻」
龍麻「そうなんだよな…俺がこんなだから……」
如月「……………」
龍麻「俺のせいなんだ…だから翡翠は……」

如月「………何だい」
龍麻「え…………」
如月「だから何だい」
龍麻「ひ、翡翠…?」
如月「『こんなだから』? だから何が言いたいんだ、龍麻」
龍麻「……………」
如月「………それで
龍麻「!」
如月「それで君は僕に何て言って欲しいんだい」

龍麻「翡………」
如月「君のせい…? 何が……?」(再び龍麻の方へと完全に向き直り、すっと近寄る如月)
龍麻「それ…は…」(一瞬腰をつけたまま後退しようとして、肩にかかっていた傘がぽとりと落ちる)
如月「……………」
龍麻「全部……俺が……悪いから………」
如月「だから何がだ」
龍麻「ここに……飛ばされた事とか……」
如月「……………」(龍麻の前に再び屈み込む)
龍麻「…雨が…ずっと降っている事とか……」
如月「……………」
龍麻「翡翠が……俺を嫌っている事とか……」(ぽろりと涙をこぼす龍麻)

如月「………龍麻」
龍麻「だから…ごめん…ッ」(如月を見つめたまま泣き出してしまう龍麻)
如月「……………」

龍麻「ごめん、翡翠……ッ」
如月「………何故君は―」(そっと龍麻の濡れた頬に指を当てる如月。それはもう涙か雨の滴かも分からなくなってしまっているのだが―)
龍麻「ひ、すい…?」

如月「何故君が謝る…」
龍麻「だって……」
如月「だってじゃない。こんな風に突然現れて…こんな風に突然泣くなんて、本当に君はずるい。龍麻、君はいつもそうだね。いつも自分1人で抱え、いつも自分1人だけで苦しむんだ。その君の気持ちの半分でも僕に分け与えてくれたら…そうしたら僕は…」
龍麻「翡翠…?」
如月「龍麻。だから僕は…君を見ているといつもイライラしてしまう。居た堪れなくなるんだ」
龍麻「…………」
如月「だから僕はいつも―」

龍麻「ごめん…」
如月「………またそれか」
龍麻「だって……」
如月「君に謝られるのは嫌いなんだ。頼むからもうやめてくれ」
龍麻「だって俺、バカなんだ…本当に。迷ってばかりで…いつもはっきりしなくて…」
如月「……迷わない人間がこの世にいるとでも思っているのかい」
龍麻「翡翠は迷ったりしないよ」
如月「何をバカな…」
龍麻「自分を見失ったりしないだろ。……俺みたいに」
如月「それ…本気で言っているのか?」
龍麻「翡翠、本当良い迷惑だよな…。俺が黄龍だってばっかりに、義務でこんなのに構ってさ…」

如月「……龍麻」
龍麻「だってそうだろ? 俺が黄龍じゃなかったら…翡翠、俺みたいな面倒臭い奴、関わりたくもないだろ。嫌いなんだもんな、元々、人と関わるのがさ」
如月「龍麻、僕を怒らせたいのかい」
龍麻「翡翠は怒ったりしないよ。翡翠はいつだって冷静
如月「・…………」
龍麻「……冷静…で……」
如月「……冷静?」
龍麻「……ッ!?」
如月「この僕が冷静だって…? 怒ったりしないだって…?」(ぐっと龍麻の胸倉を掴む如月)
龍麻「ひ…す…ッ!?」(苦しそうに顔を歪める龍麻)
如月「………冗談も大概にしてくれ」(すぐにズルリと龍麻への拘束を解く如月)

龍麻「翡翠…?」
如月「君は………」
龍麻「…………何」
如月「君はこの僕を何だと思っているんだ……」
龍麻「え………」
如月「君は…僕の事なんか、何も分かってやしない……」
龍麻「ひ、翡翠……?」
如月「……分かってやしない……」
龍麻「翡翠……」
如月「だがそれは…きっと僕自身のせいなんだろう」
龍麻「え……」

如月「僕は…自分を表現する術を知らないから」
龍麻「ひす……」
如月「それだけじゃない。僕はいつだって君を傷つけてしまう。君の気持ちも理解できずに…理解したフリだけをして、思っている事の一欠けらも伝える事ができない」
龍麻「思っている事って……?」
如月「……………」
龍麻「翡翠……」
如月「こんなに僕は……君を大切に想っているのに」

龍麻「翡翠……」(唖然として如月を見つめる龍麻)
如月「でも口を開けば君に対しての怒り…自分に対しての怒りばかり吐き出してしまう……」
龍麻「そんな事な……」
如月「君の前に出ると…僕は自分を見失う。いつだってそうなんだ、龍麻」
龍麻「俺……」

如月「義務なんかじゃない。そんな感情は…当に捨てた。だからもし仮に君ではない誰かが黄龍だったとして……その者か君かを護らなければならない事があったとしたら……」
龍麻「……………」
如月「僕は迷わず君を護るよ。君だから…」
龍麻「……翡翠」
如月「……………」
龍麻「本当…に…?」
如月「この気持ちを…」
龍麻「……?」
如月「……この気持ちを君に知られるのが…僕は嫌だった……」
龍麻「どうして……」
如月「どうしてだろうな……」(自嘲気味に笑う如月)
龍麻「……………」
如月「……………」
龍麻「でも、俺も……」
如月「………?」
龍麻「怖かったから…言えなかった」
如月「……何をだい」
龍麻「それじゃ駄目だって分かっていたのに」
如月「龍麻?」
龍麻「翡翠……お願い……」
如月「何だい……?」
龍麻「俺と一緒にいて…。俺と一緒に…来て欲しい」




以下、次号…








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