ひーちゃんの外法旅行(10)
鬼哭村を出る前に、「気をつけて行くのだぞ」と言って見送ってくれた天戒の顔は。
やはりどことなく物憂げのような気が、龍麻にはした。
そんな龍麻たちに同行すると言った龍斗は、しかし天戒に引き止められて村に残る事になった。
龍斗は少しだけ困ったように笑っていたが、龍麻には「またな」とだけ言った。
道中は真夏日のように暑く、一片の風すら流れてはこなかった。
風祭「ふう〜、暑いな。蝉でも鳴き出しそうな勢いだぜ」
龍麻「うん。でも晴れて良かった」
風祭「…………」(先を歩きながら憮然として龍麻を振り返る風祭)
龍麻「何?」
風祭「お前、たんたんと何の話してたんだよ?」
龍麻「え…いや、別に話ってほどの事は…」
風祭「俺に言えない事なのかよ!」
龍麻「な、何ムキになってんだよ…。本当に大した話なんかしてないんだって。ただ龍斗に朝日の見える場所に連れて行ってもらったんだ。あとは…」
風祭「あとは?」
龍麻「……雨が降ったり異形が出たりしたのは、俺のせいだって話したんだ」
風祭「……………」
龍麻「それだけ」
風祭「それでたんたんは何て言ったんだよ」
龍麻「ロクでなしだって」
風祭「はっ」
龍麻「でも、雨は自然の悪戯じゃないかって」
風祭「当たり前だろ」
龍麻「……………」
風祭「普通の人間にそんな事できるわけないだろうが」
龍麻「……………」
風祭「まあ…たんたんがそれやったっていうなら、まだ分かるけどな」
龍麻「どっ…それ、どういう意味?」
風祭「あいつは普通じゃないって意味だよ」
龍麻「え……」
風祭「何考えてんのかさっぱり分かンねえしな! 俺の事は蹴りまくるけど、大抵の奴には気色悪いほど親切だったり。でもよ、そうかと思えば…」
龍麻「何?」
風祭「……………」
龍麻「何だよ、そこで黙るなよ! 気になるだろー!」
風祭「煩ェな! つまりは、あいつは誰とも馴れ合わないんだ!」
龍麻「え……」
風祭「あいつは絶対自分を見せない。御屋形様や桔梗や九洞…あ、俺らの仲間な。それに…村の奴らみんなにすげえ善人ぶった態度取るくせに…どっか外れてる。本当、よく分からない奴なんだ」
龍麻「うん……」
風祭「ま、あいつがそういう奴だって事は俺がちゃんと分かってるけどな」
龍麻「龍斗って、元々鬼哭村の人間じゃないんだ?」
風祭「ああ、違う。あいつはお前と一緒で、ある日突然御屋形様に拾われてきたんだ」
龍麻「拾わ……」
風祭「最初は桔梗が見つけたらしいけど。あんまり喋らないでヘンな奴だと思ったけど、腕も立つし、役に立つかもしれないって事でな。村に入れてやったってわけさ。ふん…けど、たんたんなんかいなくたって、戦力は俺さえいれば十分ってとこあるけどな」
龍麻「……龍斗って、謎な奴なんだな」
風祭「何言ってんだ。お前だって十分謎な奴じゃねえか」
龍麻「え」
風祭「え、じゃねえよ。呆けた声出してんじゃねえ! 村に来てまだほんのちょっとのくせして、御屋形様や屋敷の連中にも気に入られてよ! あの偏屈龍斗と2人で散歩にまで行きやがる! お前こそ何者だよ!」
龍麻「何者って何だよ。俺は緋勇龍麻だよ。ただの龍麻」
風祭「そういう事訊いてんじゃねえよ! どっから来て、何でここに来たのかって訊いてんだよ」
龍麻「何でって…それは……」
風祭「……大体な。お前のその空気は、気色悪いんだよ!」
龍麻「な、何だよ……」
風祭「俺と全く正反対の感じがするんだよ! 氣が…お前、陽の人間だ!」
龍麻「は…? な、何の話だよ…?」
風祭「煩い! だから…だから俺はお前が嫌いなんだよ!」
龍麻「何だよ! 何むちゃくちゃな事言ってんだよ! 腹減ってんのか? それで俺に当たってるのかよ!」
風祭「〜〜〜! そんなわけあるか、バカ! もういい、お前なんかと口きいてやらねえ!」
龍麻「な、何〜!? こ、このかんしゃく澳継め〜【怒】!!」(けりっ【蹴】)
風祭「いてっ! 何すんだ、このくそにせたんたんめ〜!」(けりけりっ【蹴】)
龍麻「あ、こいつめ、俺を蹴ったな! やり返してやる〜!!」(けりけりけりっ【蹴】)
風祭「このやろう〜!! 俺はそんなに蹴ってないだろ〜!!」
……などと、またしても2人のじゃれあいが人知れず山中で繰り広げられている一方で。
場所は再び戻って鬼哭村。天戒の屋敷。
天戒「どうした、龍斗」(庭を眺めながらごろりとしている龍斗に声をかける天戒)
龍斗「……いい陽気だ」
天戒「つまらぬか」
龍斗「ん? そんな事はないよ」
天戒「……龍麻たちと一緒に行かせなかった事を怒っているのか」
龍斗「ふ……どうしたの、天戒」(ごろりと身体を反転させ、傍に座る天戒に視線を向ける龍斗)
天戒「……………」
龍斗「天戒こそ、心配している」
天戒「……龍には、そう見えるのか」
龍斗「うん」
天戒「……………」
龍斗「なあ、天戒。お前はもう気づいていると思うけど…あの龍麻は俺なんかとちっとも似ていないじゃないか」
天戒「…そうだな」
龍斗「龍麻がお前の実の弟だと言っても、俺は驚かないよ」
天戒「バカを言うな」
龍斗「……………」
天戒「だが俺には…何故かあれの…龍麻の痛みが分かったのだ」
龍斗「……………」
天戒「龍麻は多くを話してはくれなかった。何に苦しんでいるのかもな…。だが龍麻の苦しみ…あれは、まるで己のもののようだった」
龍斗「優しい人は、相手の痛みを自分の事のように感じるものさ」
天戒「……………」
龍斗「何?」
天戒「……お前はいつもそうやって俺を誉める。そして自分を責める」
龍斗「ん……」
天戒「もういい加減にしておけ。龍。俺はお前が好きだ」
龍斗「……………」
天戒「俺はお前に苦しんで欲しくはないのだ」
龍斗「……無理だよ」
天戒「龍」
龍斗「天戒、気にしないでくれ。俺がこういう己でいるのは、この俺が好んでやっている事だ。俺に構うな。そうすれば俺はお前の望みに手を貸してやる」
天戒「……お前は鬼にはなれぬ」
龍斗「ははっ……」
天戒「何だ?」
龍斗「鬼になれないのは、天戒。お前だよ」
天戒「……………」
龍斗「鬼には見えないって…龍麻にも言われたんじゃないか?」(見透かしたように微笑する龍斗)
天戒「………龍」
龍斗「……おや、何かが来るな」(不意に何かに気を取られたようになり、視線を外に向ける龍斗)
天戒「む………」
龍斗「……………」
天戒「確かに…。俺の結界内に誰か入りこんだな」
龍斗「奈涸?」
天戒「ん……いや、違う。あいつなら分かる。これは今まで感じた事のない見知らぬ氣だな。確かに奈涸に似てはいるが」
龍斗「……涼浬とも違う」
天戒「? ……誰だ?」
龍斗「……………」
天戒「龍。どうした?」
龍斗「……玄武の氣」
天戒「ん…?」
龍斗「……………」(むっくりと起き上がる龍斗)
天戒「……近づいてくるな。明らかにこの村を目指しているようだ」
龍斗「……そういえば」
天戒「ん」
龍斗「龍麻が探しているという奴。名前、何て言ったっけ」
天戒「ああ。確か…翡翠、と言っていたな」
龍斗「飛水……」
天戒「……龍は翡翠がここに向かっていると思うのか」
龍斗「どうだろう」
天戒「……………」
龍斗「天戒はどう思う」
天戒「あの龍麻があれほどまでに慕う男だ。興味はあるがな」
龍斗「……俺も」(笑みがこぼれ、瞳に光が宿る龍斗)
鬼哭村へと続く山中。如月は奈涸に教えられるままに人気のない異様な氣が満ちる山道をただひたすら登っていた。
自分の使命は一刻も早く龍麻を見つけ、彼を護る事にある。その為には多少気が急いても如月骨董品店にいる事が何よりの得策だと分かってはいた。
けれど昨晩の奈涸の台詞が。
緋勇龍斗の存在が。
如月の足を動かしてしまった。彼に出会う事が、自分にも龍麻にも必要な事のように思えた。
奈涸は言った。
奈涸「緋勇龍斗は江戸を混乱に陥れていると町中でも評判の鬼道衆の一員さ。だがね、そんな彼の奥底は……実に見えにくい。心があるのかというくらいに」
以下、次号………