ひーちゃんの外法旅行(11)




龍麻「あれ、何かあそこ賑やかだけど…何してんのかな」
風祭「あァ、瓦版屋が瓦版売ってンだよ。今のご時世、倒幕だの開国だの何だのっていちいち話題に事欠かないからな」
龍麻「ふーん」
風祭「……何だよ」
龍麻「鬼の話題も載っているかな…あの瓦版」
風祭「いいから行くぞ! お前、翡翠に会いたいんだろ!」
龍麻「あ、待ってよ澳継!」(先を行く風祭を慌てて追う龍麻)


2人が山を下ってから小1時間といったところだろうか。
雲行きは再び怪しくなってきていた。


風祭「ほらよ、あの角を曲がれば如月骨董品店だ」
龍麻「……………」
風祭「……? 何立ち止まってンだよ」
龍麻「翡翠……」
風祭「んあ?」
龍麻「ちゃんと…いてくれているかな」
風祭「はあ? 知るかよ、そんな事。行ってみれば分かるだろ!」
龍麻「でも…もしいなかったら、俺どうしよう…」
風祭「どうしようって何だよ…」
龍麻「俺、どうしていいか分からないんだ。何処行って何していいかも分からないし。翡翠がいないと、俺…」
風祭「……けっ、翡翠翡翠と煩い奴だぜ」(思い切り気分を害したような風祭)
龍麻「……………」
風祭「だーッ! だからそこで黙りこむなっての(焦)!!」
龍麻「………怖い。店に行くのが」
風祭「……だからってここに突っ立てるわけにもいかないだろうが。それに、大体な……別に翡翠がいなくたって困る事はないだろ」
龍麻「何言ってんだよ、困るよ。…俺…」
風祭「困らないんだよ! また村に戻ればいいだろっ。それで済む話だろ!」
龍麻「澳継……?」
風祭「お前みたいな弱い奴! それでもあの村に置いてやるって言ってんだぜ。ありがたく思えってんだよ!」
龍麻「……………」
風祭「分かったらさっさと行くぞ! 翡翠がいなかったら村に帰る! それでいいだろ!」
龍麻「俺は………」
風祭「おい、龍麻! 早く来いって!」(龍麻を置いて先に角を曲がって行ってしまう風祭)
龍麻「澳継…でも俺…俺がいなくちゃいけない世界は…」


天戒は優しい。
澳継といると楽しくなれる。
龍斗は、少々おかしな先祖だが…それでも自分を心配してくれているというのは分かる。
村の人も、皆親切だ。
居心地が良いと思う。心底素直に、龍麻はそう思う。
この時代には、自分の使命や《力》をどうこう言う人間はいない。誰も龍麻の「そういう」能力に期待しない。
自分はただの緋勇龍麻としていられる。見てもらえる。ここにいれば、自由だ。
龍麻は、そう思う。

けれど。

何だろう、この胸につかえるモヤモヤとした気持ちは。
何だろう、この居た堪れない気持ちは。
そしてこの世界で唯一「黄龍の器」である自分を知る如月翡翠、彼をこんなに恋しく思うのは何故だろう。
もしあの角を曲がって、店に辿り着いて。翡翠がいなかったら、自分はどんな気持ちになるのだろうか。
「ひ、すい……。」
声に出して言ってみる。足はもう動いていた。
翡翠に、会いたい。


【如月骨董品店】―。


龍麻「こんにちは……」
店はしんと静まり返っていた。
龍麻「翡翠……?」
一歩、二歩と、龍麻はまるで何かを警戒するようにゆっくりと店の中に足を踏み入れ、奥へと進んだ。
周囲の品物に目を移す。当たり前だが、現代の如月の店とはまた一風変わった趣を擁している。
空気の匂いも色も。全てが異質なもの。違うもの。
龍麻はまた泣き出したくなった。
龍麻「翡翠……」
ここは如月骨董品店であるはずなのに。知っている場所のはずなのに。
けれどそこは、決して自分を受け入れない空間。
そんな気がした。
???「わんッ!!」
龍麻「な…っ!?」
???「わんわんわん!!」
龍麻「い、犬……?」
謎の犬「わんわんわんわんわんわんわんっ【焦】!!」
龍麻「わっ…な、な、何…? そ、そんな飛びつかないで…」
謎の犬「わんわんわーんわんっ【怒】!!」
龍麻「お、怒ってる…? こ、怖い…そういえば澳継は何処に…」
謎の犬「わわんわわんわわーん!!」(どかどかと龍麻に体当たりする犬)
龍麻「
いった…! や、やめろって、何なんだお前!」
謎の犬「わわっ!? ぐるるるるるる……」(突然、店の奥に向かって警戒心を剥き出しにする犬)
龍麻「!?」
謎の犬「ううううう……」
龍麻「誰か…いるの…?」
???「ふ……」
龍麻「! 翡翠!?」(奥からした気配に如月を感じた龍麻。ぱっと表情を明るくする)
謎の犬「わう!?」
龍麻「翡翠!? やっぱり、ここにいてくれたんだ!」(だっと駆けて店の奥へ向かう龍麻)
謎の犬「わん(焦)!!」
龍麻「翡翠―ッ!」(同時に店に顔を出そうとしたその人物に思いきり体当たりして抱きつく龍麻)
???「……ッ!?」
龍麻「翡翠、会いたかった…!」
???「……………」
龍麻「良かった…もう、会えなかったら…俺、どうしようかと思った…っ」(ぎゅっと更に強く相手に抱きつく龍麻)
???「……………」
龍麻「翡翠の嘘つき、ずっと傍にいるって言ったくせに…!」
???「………申し訳ないが」
龍麻「はっ…!?」(相手の声に驚いて顔を上げる龍麻)
謎の犬「わんっ【怒】!!」
???「俺は君の翡翠ではないよ…残念だがね」(言いながらふっと龍麻に微笑みかける男)
龍麻「あ……」(慌てて男から離れようとする龍麻)
???「緋勇龍麻君、かい?」(それを何故かぐいと引き止めて龍麻の腕を取る男)
龍麻「あ、貴方は…?」
???「この店の…如月骨董品店の主、奈涸だ。初めまして、龍麻君」
龍麻「あ、あの……」
奈涸「ああ、でもいきなりで悪いがね…。うちの店は、動物は立ち入り禁止なんだ。外に繋いでおいてもらえるかな」
謎の犬「ぐわわんっ、ぐわわんっ【激怒】!!」
龍麻「え…あ、あの…? でもこの犬、俺……」
奈涸「おや、君のお供の犬じゃなかったのかい。ふっ…腹が減っていたと見えて、入ってくるなりうち特性の饅頭を食べていたよ」
龍麻「あ、お供って言えば澳継がいない…。先にここに来たはずなのに…」
奈涸「そうかい。まあ、彼の事だ。そのうち遊び疲れて帰ってくるさ」
謎の犬「がうがうがうーッ【悔】!!」
龍麻「な、奈涸さん……」
奈涸「奈涸、でいいよ。龍麻君」(相変わらず何故か龍麻の手を握っている奈涸)
龍麻「あ、は、はい…(焦)。あの、来る途中澳継から貴方の事、ちょっと聞きました。飛水の忍者だって」
奈涸「元、だがね」
龍麻「あの、それで俺、訊きたい事が―」
奈涸「ああ、その前に」
龍麻「え?」
奈涸「この俺の着物に牙を立てているこの犬をね」
龍麻「え? あ、ホ、ホントだ(汗)」
謎の犬「ぐるるるる……」(低い唸り声を発しながら奈涸に噛み付いている犬君)
奈涸「ふふ…まず外に繋いで来よう。龍麻君は奥の座敷に入っていてくれたまえ。茶でも淹れよう」
龍麻「あ、は、はい…。じゃあ、お邪魔します…」
謎の犬「ぎゃわわんぎゃわわんっ【悔泣】!!」(しかし犬なので抵抗しきれず、ずるずると縄につながれたまま奈涸によって外に連れ出されてしまった…)



如月の家。
龍麻は座敷に上がりこんでから、すうと息を吸い込んだ。
そこはいつもの、慣れ親しんだ場所のはずだった。
けれどそこは如月の家であって、そうではない。それは至極当然の事なのかもしれないが、その事実は少なからず今の龍麻に衝撃を与えた。
部屋を見渡してまた気持ちが暗くなる。先刻店に対して抱いた気持ちと全く同じだった。


奈涸「何か珍しい物はあったかい」(気配を消していつの間にか龍麻の背後に立っていた奈涸)
龍麻「あっ…! い、いえ、別に…ッ」
奈涸「……………」
龍麻「………あの、ここに翡翠…貴方に良く似た人が来ませんでしたか?」
奈涸「……………」
龍麻「あの……?」
奈涸「なるほど。似ている…が……」
龍麻「え?」
奈涸「龍麻君」(また龍麻の手を取る奈涸)
龍麻「は、はいっ…?」
奈涸「……珍しい数珠をつけているね。外して俺によく見せてはくれないか」
龍麻「あ……」
奈涸「俺は商売柄、こういう物に目がなくてね。良ければ鑑定させて欲しい」
龍麻「ご、ごめんなさい、駄目です、これは…ッ!」(慌てて奈涸の手を振り解き、もう片方の手で数珠に触る龍麻)
奈涸「ん……」
龍麻「すいません、これだけは駄目なんです!」
奈涸「別に盗ってしまおうというわけではないよ」(苦笑しながら龍麻を伺い見る奈涸)
龍麻「でも駄目なんです、これは! 絶対…外さないって約束したから…!」
奈涸「……翡翠とかい?」
龍麻「翡翠のこと、知っているんですかッ!?」
奈涸「……………」
龍麻「奈涸さん…?」
奈涸「さあ、どうかな」
龍麻「え………」
奈涸「まあ、そう急く必要はないだろう。座ってくれ、龍麻君。美味しいお茶を淹れるよ。お菓子もあげよう」
龍麻「な、奈涸さん……」
奈涸「奈涸、だよ。龍麻君」


澳継犬「ぐう……」(諦めて店の入り口で丸まって寝入っている)




以下、次号………






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