ひーちゃんの外法旅行(13)




龍麻「……………」(外の雨を座敷の障子窓越しにぼんやりと眺める龍麻)
奈涸「龍麻君」
龍麻「……………」
奈涸「龍麻君」
龍麻「あっ…はい…?」
奈涸「……あまり食べなかったね。食欲がないのかな」
龍麻「あ…ごめんなさい」
奈涸「やはり翡翠の事が心配かい」
龍麻「………いえ」
奈涸「……………」(傍に座って龍麻を見やる奈涸)
龍麻「……翡翠は大丈夫。俺なんかより、よっぽどしっかりしてるし」
奈涸「その割には元気がない」
龍麻「……………」
奈涸「君たちが一体何者なのか…訊いても良いかな」
龍麻「……………」
奈涸「翡翠は俺が捨てたあの里の人間だ。それは間違いない、分かるからね。だが俺は今まであそこにいて、彼を見かけた事が一度もない」
龍麻「……………」(困ったように奈涸に視線をやる龍麻)
奈涸「そして君だ、龍麻君」
龍麻「俺……?」
奈涸「君は一体何者なんだろうな?」
龍麻「俺は……別に……」
奈涸「……………」
龍麻「何者でもありません。俺はただの龍麻。……これ、澳継にも言いましたけど」
奈涸「……本当にそう思えているのなら、君はそんなに苦悩していないはずだがね」
龍麻「え………」(はっとしたようになって顔を上げる龍麻)
奈涸「君自身そう思いたいと強く願っているのに・・・実際はそうできていないのじゃないかな」
龍麻「奈涸さん……」
奈涸「龍麻君。奈涸と呼んでくれと言っただろう?」(言って龍麻にずずいといい寄る奈涸。またおもむろに手を握る)
龍麻「わ…っ。だ、だって奈涸さんは俺より年上でしょ…?」
奈涸「龍麻君は幾つなんだ?」
龍麻「18……」
奈涸「何だ俺と同じじゃないか」(けろりと嘘をつく奈涸さん)
龍麻「えっ!! う、嘘だ…!?」
奈涸「ふっ…嘘じゃないさ。俺は嘘をつくのが苦手なんだ」(平気で嘘を重ねる奈涸さん)
龍麻「ど、どうでもいいけど、手を離し…! わ、わわ…っ! 顔を近づけないで下さいって(焦)!」
奈涸「何故だい」
龍麻「な、何故って…! わーッ! な、奈涸さん、どこ触って…!?」
奈涸「翡翠とはこういう事…しないのかな?」(言いながら龍麻を押し倒しにかかる奈涸)
龍麻「や…や、やめて下さ…ッ! お、怒りますよ…っ!」(じたばたともがくも上からがんじがらめにされ身動き取れない龍麻)
奈涸「面白い。君の怒る姿…是非見てみたいね」(言って龍麻の首筋に唇を当てる奈涸)
龍麻「ん…っ!」
奈涸「……ふ。翡翠が夢中になるわけだ」
龍麻「………ぃ」
奈涸「ん………」
龍麻「……翡、翠…ッ」(じわりと涙声になる龍麻)
奈涸「…………」
龍麻「………ッ」(ぎゅっと目をつむったまま固まる龍麻)
奈涸「……無粋な奴め」
龍麻「え……?」
奈涸「静かに……」(言いながら、静かに上体を起こす奈涸)
龍麻「奈涸さ……?」
奈涸「………闇の世界から迷い出たか」
龍麻「!?」


異形の者「シャ――――――――ッ!!」


龍麻「な……っ」(突然座敷の天井に現れ、そこにべったり張り付いてこちらを威嚇している巨大な異形に絶句する龍麻)
奈涸「実に珍しい…。形もあまり見ない類のものだ」
龍麻「奈涸さん…ッ!」
奈涸「龍麻君。君はそこを動くな。あれは明らかに君を狙っている」
龍麻「……ッ!」
奈涸「動いて刺激してはいけない。いいね、そこにいなさい」(奈涸は言いながら自らは立ち上がり、傍の刀を取った)
龍麻「……………」
異形の者「シャ――――――――ッ!!」
奈涸「美しい者に誘われたか。深淵で眠っていればいいものを…」
異形の者「シャ――――――――ッ!!」

奈涸「滅ッ」(瞬殺)
異形の者「ピギャ―――――――ッ!!」(異形は断末魔の声と共に消滅した)
龍麻「…………ッ」(唖然とする龍麻)
奈涸「おや。何も落としていかないとは拍子抜けだな」(無表情だがもの凄く残念そうな奈涸)
龍麻「…………」
奈涸「………龍麻君。あれに見覚えが?」
龍麻「…………」
奈涸「……あるようだな」
龍麻「…………」
奈涸「どうした」
龍麻「……俺、やっぱり」(言いながら身体を起こして立ち上がる龍麻)
奈涸「ん………」
龍麻「この町中であんなのがこれからもうようよ出てきたら大変だ…。俺、行きます」
奈涸「何処へ」
龍麻「翡翠のとこ……」
奈涸「この雨の中をかい」
龍麻「関係ない……」
奈涸「待ちたまえ」
龍麻「嫌だ……」
奈涸「龍麻君」(ぐっと龍麻の腕を掴む奈涸)
龍麻「離せ…ッ!」(それに抵抗の所作を見せる龍麻)
奈涸「待てと言っている」
龍麻「嫌だ! 俺、ここにはいられないんだから!」
奈涸「龍麻君!」
龍麻「………ッ!」
奈涸「……落ち着け。あれは確かに君を狙っていた。だからこそ、今君がここを離れるのは危険なんだ。《力》のない君にはね」
龍麻「いいよ…!」
奈涸「……………」(初めて龍麻に厳しい眼を向ける奈涸)
龍麻「……っ。いいんだっ。それで俺がやられるなら所詮俺はそこまでの奴なんだし…! 《力》が失くなったのだって結局そういう事なんだよ! 俺は…ッ!」
奈涸「何だ」
龍麻「…俺…は……ッ」
奈涸「………死んでもいいのかい」
龍麻「…………!」
奈涸「どうなんだ、龍麻」
龍麻「……………」(ぐっと唇をかみ締めて下を向く龍麻。身体が震える)
奈涸「……俺は君を泣かせたくはない。さあ、座るんだ」
龍麻「う……」
奈涸「……………」(崩れるように座り込む龍麻を優しく抱きとめる奈涸)
龍麻「俺…俺、どうしていいか、分からないんだ…ッ」(そんな奈涸にぎゅっと抱きつく龍麻)
奈涸「世の中の大半の人間はそうさ」
龍麻「でも駄目なんだ…俺は…ちゃんとしてなくちゃ……」
奈涸「龍麻君」
龍麻「……こんなんじゃ、駄目なんだ……」
奈涸「……………」
龍麻「………ッ」
奈涸「龍麻君。俺は
君ととてもよく似た人を知っているんだ」
龍麻「……………」
奈涸「顔もそっくりならば、名前も同じなんだよ。君を初めて見た時は本当に驚いた」
龍麻「……龍斗の事?」
奈涸「ああ…そうか。鬼哭村で会ったのかい」
龍麻「うん……」
奈涸「彼をどう思った」
龍麻「ヘンな…奴だって」
奈涸「ふっ…そうだな」
龍麻「……………」
奈涸「だが、周囲の者たちは皆彼に惹きつけられる。皆が、彼を理解したいと望む」
龍麻「……理解?」
奈涸「ああ。だがね、難しいのさ。彼は決して自分を見せようとしないからね」
龍麻「……………」
奈涸「……………」
龍麻「何でかな……」
奈涸「君はどうだい」
龍麻「え………」
奈涸「緋勇龍斗を理解できたかい。君と同じ容貌…同じ名を持つ男の事を」
龍麻「ううん……よく分からなかった」
奈涸「そうか」
龍麻「龍斗は確かに俺と同じ名前で、顔も似ていたけど…。でも俺は、龍斗ほど強くないし」
奈涸「……………」
龍麻「駄目な奴なんだ」
奈涸「……君はそればかりだな」
龍麻「……ごめんなさい」
奈涸「謝る事はないさ。そこが君のいいところだ。自分の弱いところを隠さず、正直で純粋だ。龍斗にも見習わせたい」
龍麻「え………」
奈涸「だが逆に…『それ』が龍斗の良いところでもある。……君の悪いところでもある」
龍麻「……………」
奈涸「俺の言いたい事が…分かるかな」
龍麻「………何となく」
奈涸「上出来だ」
龍麻「奈涸さん」
奈涸「奈涸」
龍麻「……奈涸。貴方は、龍斗の事が好きなの?」
奈涸「ん……? ふっ、どうかな。傍にいたいとは思うがね…」(どことなく苦笑したような顔を閃かせる奈涸)
龍麻「…………」(そんな奈涸を龍麻はじっと見やった)


さて、場所は再び如月と「ひーちゃん」龍斗のいる山中へと戻る。


龍斗「なあ、翡翠」
如月「……何だい」
龍斗「雨、止まないな」
如月「ああ………」
龍斗「雷も激しいしな。風も鬱陶しいほど強い」
如月「そんな事は言われなくとも分かっている。君の隣にいるんだから」
龍斗「君?」
如月「………断っておくが、もう二度と呼ばないからな」
龍斗「ふふふ…いいよ。俺が一生忘れないから〜♪」
如月「………【怒】」
龍斗「しかしこの調子じゃ、お前の龍麻もきっと奈涸の所に足止めだ。……心配か」
如月「当たり前だ…」
龍斗「どういう意味で心配だ?」
如月「……それこそどういう意味だ」
龍斗「分からないなら良い。それより、俺は一旦村に戻らなければならない。あの場所にいた侍どもの事と、もう一隊別の一群が村に向かっているらしいという事を天戒に伝えないといけないからな」
如月「……………」
龍斗「何だ?」
如月「鬼というのは本当か」
龍斗「ん……」
如月「何故……鬼の仲間になっている?」
龍斗「翡翠は嫌?」
如月「………僕には関係ない」
龍斗「なら訊くなよ」
如月「……………」
龍斗「……それより、こいつら早く片付けちゃおうな」


異形の者「ゲヒャヒャヒャヒャ―――――ッ!!」


侍たちの群れから離れた龍斗と如月の前に突如現れたのは、数十体の巨大異形の群れだった。
まるで意図的に集団で2人を襲おうとしているかのように、異形たちはぐるりと周囲を取り囲んでいた。
雨は激しくなり、不気味な雷雲が空一帯に広がって、2人のいる辺りをより一層暗く陰惨な風景に変えていた。


龍斗「これ、知らないな。翡翠は」
如月「よく見るが…」
龍斗「ふうん」
如月「……何だ」
龍斗「この間、似たようなのが龍麻を狙って村に来た」
如月「………!」
龍斗「狙ってというのか。引き寄せられてというのか。まあ、とにかくあいつはそういう…魔を引きつける体質を持っているのだろうな」
如月「……君は違うのか」
龍斗「俺か」
如月「君も少なからず龍麻と同じ悩みを抱えているはずだ。異形に狙われ、抑えがたい《力》をその身に封じ…望まぬ使命を帯びているのではないか?」
龍斗「…………」
如月「君なら、龍麻の苦しみが分かると思ったが」
異形の者「ゲヒャヒャヒャヒャ―――――ッ!!」(異形の一体が如月に襲いかかった)
如月「煩い」(思い切り不機嫌な顔で相手に一撃を浴びせる如月)
異形の者「ギャ―――――ッ!!
」(異形は消滅)
龍斗「……おぉ。容赦ない」
如月「どうなんだ、龍斗」
龍斗「ん……何だっけ」
如月「君には龍麻の痛みが分からないのかと訊いている」
龍斗「痛み」
如月「だから僕は君に会わなければと思ったんだ」
龍斗「他人の痛みを分かってやれるほど、俺はできた人間ではないよ」
如月「…………」
龍斗「俺は知らんよ」
如月「龍斗」
龍斗「俺は俺のやりたいようにやるだけさ…。この《力》もな―」(言って龍斗は拳を揮った)
異形の者「ギャ―――――ッ!!」(異形はあっという間に消滅した)
如月「…………」
龍斗「慣れてしまえば、どうという事もない」
如月「…………」
龍斗「俺は龍麻のような…甘ったれた奴が大嫌いなのさ」
如月「…………」
龍斗「可愛いから許すけどな。顔、俺に似ているし」
如月「……龍斗」
龍斗「ひーちゃんと呼べよ」
如月「黙れ。龍斗。僕は君が嫌いだ」
龍斗「…………」
如月「龍麻とは大違いだ」
龍斗「くっ…。お前も奈涸とは大分違うな」
如月「…………」
龍斗「当たり前だよな、そんな事?」
如月「…………」
龍斗「さあ、お喋りは一時中断だ。これから5秒で奴らを倒そう。1人7体な」


龍麻はそう言って、如月に背中を向けた。
そんな相手の後ろ姿を、如月は黙って見つめた。
その背中は……。




以下、次号………






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