ひーちゃんの外法旅行(14)
龍麻が奈涸の店に、如月と龍斗が山中に、それぞれの理由で足止めを喰らっている頃。
場所は再び、鬼哭村。
風祭「くっそおおおおお!! あンのクソ忍者ァ――――ッ!!」(呪いを解いてもらって初の怒りの人間語)
天戒「喚くな、澳継」(奈涸からの書簡に目を落とす天戒)
風祭「だって御屋形様! あ、あいつ俺の事犬にしやがったんですよ!? しかもこの俺にこんな使いっ走りみたいなマネさせやがって…!」
天戒「修行の足らぬ己の未熟さをこそ責めろ」
風祭「うぐ…ッ。でも…ううう〜!」
天戒「……それより、澳継。仕事だ」
風祭「はっ…?」
天戒「龍が客人を迎えに行ったまま戻って来ぬ。どうやらこの雨のせいだけではないようだ…」
風祭「客人?」
天戒「俺の結界を侵すこの不遜な氣とも関係あるやもしれぬな……」
風祭「……? この山に侵入者でも?」
天戒「分からぬ。とにかくは、龍を連れ戻して来い」
風祭「……………」
天戒「どうした」
風祭「……龍麻はどうするんですか」
天戒「ん……?」
風祭「あ、あいつの事なんかどうだっていいけど…っ。で、でも…あのバカエロ忍者の所になんか置いておいたらあいつが…!」
天戒「……龍麻の事は奈涸に任せておけ」
風祭「でも!」
天戒「それより早く行け。悪いが今夜は休んでいる暇はないぞ」
風祭「……分かりました」
天戒「……………」
風祭「でも御屋形様! 俺、明日は! また奈涸の店に行きますから!」
天戒「……………」
風祭「いいですよね、御屋形様!」
天戒「澳継。龍麻が好きか」
風祭「なっ…!? そ、そそそそんな事あるわけな…っ!」(思い切り動揺したようになってうろたえる風祭)
天戒「俺も、あいつを気に入っている」
風祭「お、俺は! あんないい加減な奴に龍麻を任せておいたら、あいつがまた隙見て逃げ出すかもしれないし! それが…俺はそれが心配なだけです!」
天戒「……そうか」
風祭「と、とにかくたんたんを迎えに行けばいいんですね! 行きますよ、行ってきます! ……って、あれ? たんたんとあと他に誰がいるんでしたっけ?」
天戒「ああ……」
風祭「えーとえーと、誰でしたっけ」
天戒「行けば分かる…。ともかく、さあ早く行け」
風祭「は、はい…!」
天戒「煩い蝿どもがいても放っておけよ」
風祭「えっ。は、は〜い…」(やや不服そうに頬を膨らませながら出て行く風祭」
天戒「………。如月翡翠……」
さて、場所は変わって【如月骨董品店】入り口付近―。
そっと店の扉が開き、中から龍麻がこそこそきょろきょろしながら、雨の降りしきる外の通りに姿を現した。
龍麻「奈涸さん、ごめんなさい…。でも俺、やっぱり一晩も待てないよ。どうしても翡翠に会いたいんだ…ッ!」
こっそりとそうつぶやき、龍麻は店を飛び出した。
雨に濡れる事も構わず。暗い夜道を1人、彼は駆け出して行った……。
奈涸「…やれやれ。案外と強情なんだな」
その一部始終を見ていた奈涸はそうつぶやいて苦笑を漏らした。
それでも、彼を独りで行かせる気など毛頭ない。奈涸は龍麻を追うべく、すっと自らも姿を消した。
……そのすぐ後に、凄まじい強風が彼の大事な店を襲う事など知る由もなく……。
???「うふふふふふふ…………」
不気味な笑い声は無人の如月骨董品店・蔵の周囲に響き渡った。
その何とも言えぬ恐ろしい声に、嵐のような激しい雨も驚き慄いて一時静かになるほどだった。
声の主は黒い風と共に、颯爽と過去の地に降り立った。
???「うふふふふ……。ここね、過去の如月骨董品店は。変わり映えのない外観だわ。でも、ここに龍麻が…」
言って、「彼女」はきょろきょろと辺りを見渡し、それから怪訝な顔をしてふんふんと鼻を鳴らした。
???「おかしい…。龍麻の匂いはするけれど…彼はもう、ここにはいないみたいだわ…」
それから彼女は更にふんふんふんふんと鼻を鳴らし、それからバキッと派手な音を立てて扉を壊すと裏口から店の中に入った。
やはり、誰もいない。
龍麻がいたという形跡もここからは色濃く感じることはできるけれど、しかしそれも既に消えつつある。
???「何てことかしら…。一歩遅かったみたい」
声の主は実に悔しそうに顔を歪め(暗くてその表情はハッキリしないが)、再びバキッと傍に立掛けてあった長刀をへし折った。
そうして心を落ち着けようと、目をつむり、神経を集中させる。
???「何処…何処へ行ったの、私の可愛い龍麻…。今、この私…貴方の美里葵が迎えに行くわ……」
彼女はそう言った。
そう! この「???」の人物は、何と龍麻を追って現代からやって来た、菩薩眼アイドル・美里葵様だったのだ!!
美里様はすぐにでも龍麻を追って外に飛び出したいと考えたが、しかしそこでふと思いとどまりぴたりと足を止めた。
闇雲に何も持たず外を歩き回るのは危険だ。とりあえずこの店で使えそうな物がないか物色し、それから龍麻捜索に出た方が安全度は増す。
美里様はそう考え、店の中をごそごそと漁り出した。さすが考えが深い美里様である。
しかし、その時。
???「おーい、こんな夜中に悪ィ。けどよ、店開いているみたいだから寄らせてもらったぜ」
美里「…………」
???「……って、あれ? み、美里…か…?」
美里「…そういう貴方は京一君?」
???「はあ? おいおい、どうしちまったんだ、美里? 俺を誰と間違えてンだよ」
美里「……ごめんなさい。人違いみたい。でも、私も貴方が言う美里さんとは違うわ」
???「へ…? じゃあ、あんた誰だ?」
美里「このお店の関係者です」(にっこり)
???「え? あ、そうなのか? へえ…今まで見なかったな。それに何だか…変わった格好しているな?」
美里「いずれ流行るわ」(美里は自らが着ている真神学園の制服を堂々と相手の男に見せつけた)
???「………まあ、いいや。これなんだが。今まで使っていた愛刀だが、遂にイカれちまってな。ちょいと荒っぽく使い過ぎちまったようだ」(言って男は差していた刀を取り出した)
美里「…まあ真剣」
???「はあ? ……当たり前だろうが。あんた、大丈夫か(汗)?」
美里「ふふ…ええ、勿論。私、貴方に良く似た赤い髪の剣士を知っているの。でも彼はいつも背に木の刀を背負っているから」
???「ほう…木刀で闘うか。強いのか、そいつ?」
美里「さあ、どうかしら。でも私は、彼が負けたところを見た事がないわ」
???「へへ…どうやら骨のありそうな男みたいだ。俺は強い奴の話を聞くのが大好きでね…木の刀で闘う男か。いっぺん会ってみたいもんだな」
美里「うふふ……彼もきっとそう言うわ」
???「へっ…。それにあんた。あんたも、やっぱり俺の知っている奴に似ているぜ」
美里「さっき言っていた美里さんね?」
???「ああ。そうやって丁寧に話すし、いつもにこにこ笑っているんだが…どうにも毒のある強い女でな」
美里「あら。私、毒なんか持っていないわよ」
???「そうかい、そりゃ失礼。それより、今夜は異様に魔のつく夜みたいでよ。寺に帰るまでにまだ何体の異形に会うか分からねえ。あんた、俺にいい剣を選んでくれるか」
美里「私が選んでいいの?」
???「どうにも…あんたが選んだ剣なら、あいつらもおとなしく引き下がりそうな気がするんでね」(意味ありげに美里に笑みを向ける男)
美里「……まるで私がその異形を惹き付けているみたいな言い方をするのね…。うふふ…まあいいわ。それなら、この刀を持っておいきなさい」
???「む……」(美里に渡された刀を手に取り、多少驚いた風に目を見開く男)
美里「多分、それが今この店にある最高級品よ」
???「こりゃ…いいな。だが、残念ながら俺にはこれを買えるだけの持ち合わせがない」
美里「いいわ。あげるわよ」
???「あん?」
美里「遠慮せずに持っていきなさい。ここに降り立った事は失敗だと思っていたけれど、思いがけずに面白いものが見れたわ」
???「………あんた、一体何者だ?」
美里「私。美里葵というの」
???「何…?」
美里「うふふふふ……さようなら……。私の宿敵の1人…蓬莱寺一族の人……」(不意に突風が美里の周りを包み込んだ!!)
京梧「お、おい……!? ……消えやがった……」
しんとした如月骨董品店の中、そこにはもう美里葵の姿はなかった。
荒らされ、店の商品が幾つか姿を消している事に奈涸が気づくのは、このずっと後の事である。
以下、次号………