ひーちゃんの外法旅行(15)




龍斗「うーん、不思議だ」
如月「…僕には君の方がよほど不思議な人に思えるが」
龍斗「よく言われる」(微笑して外の雨の様子を見上げる龍斗)


2人で瞬殺した異形は数知れずあったが、それでも龍斗たちはその場から先に進む事ができなかった。
より一層激しさを増すこの雷雨にも勿論原因はあったが…。
潰えないのである、異形らの群れが。
さすがに辟易して、2人は少し行った所の洞窟に身を潜め、執拗に迫り来る魔の手から一時逃れる選択を取った。


龍斗「一体どこからわいて出て来ているのだろうな」
如月「……………」
龍斗「……こら」(ぴんと如月の鼻先を指で弾く龍斗)
如月「な…ッ。何をする!」(思い切り意表をつかれて鼻を押さえる如月)
龍斗「無視するなよ
如月「少し考え事をしているんだ。話しかけないでくれ」
龍斗「冷たいな」
如月「……………」
龍斗「龍麻にも、いつもそんな風なのか?」
如月「黙っていてくれと言っている」
龍斗「それは翡翠の都合だろ。俺は知らない」
如月「……勝手にしろ……」
龍斗「うん」(にっこり)
如月「……………」
龍斗「なあ、翡翠。それ、何だ?」
如月「…………?」
龍斗「それ。その手首につけているやつだ」(言って龍斗は如月が身に付けている数珠を指差した)
如月「……別に……」
龍斗「ちょっと見せて」
如月「触るな」(数珠に手を伸ばす龍斗を嫌そうに払う如月)
龍斗「何で」
如月「…これは大事な物だからだ。他人に触らせたくはない」
龍斗「……龍麻も同じのしていた」
如月「……………」
龍斗「可愛い趣味だね、翡翠君
如月「……君といると、どうしてこうイライラしてしまうのだろうな」
龍斗「まあ、そう言うな。からかって悪い。今のは俺が悪かった。俺は余計なお喋りが多いな」
如月「……………」

龍斗「翡翠、怒ったか?」
如月「……いや」
龍斗「良かった」
如月「……………」
龍斗「止まないな」(何気なくつぶやきながら雨を見つめる龍斗)
如月「……………」
龍斗「何?」(自分を見つめている如月に笑いかける龍斗)
如月「………龍斗」
龍斗「ん?」
如月「これは…本来は君の物だった」(数珠をつけた手を少し掲げて言う如月)
龍斗「………?」(意味が分からないという風に首をかしげる龍斗)
如月「以前からこれの存在は祖父から聞いて知っていたんだ。遠い昔の先祖が、『緋勇』から預かった大事な品だと…」
龍斗「ん……??」
如月「こんな話には僕自身興味がなかった。バカバカしいと思っていたんだ。対を求め、互いに引かれ合う数珠なんて…きっと緋勇という名を持つ『誰か』も、そんな事は信じられずに、うちの店にこれを預けたのだろうと…そんな事を思っていた」
龍斗「一体何の話だ?」
如月「でももし君が…誰と再会する事も望まずにこれを手放していたのだとしたら……それを僕はとても寂しく思うよ」
龍斗「だから何の話だ」
如月「……簡単な質問だよ。龍斗、君には大切な人がいるかい」
龍斗「……………」
如月「決して離れていたくない人が…。共に生きていきたいと願う人がいるのか」
龍斗「……何故急にそんな事を訊く?」
如月「……………」
龍斗「翡翠。答えろ」
如月「緋勇の人間というのは…理由はどうあれ、他人を自分から引き離そうとうするところがあるからな」
龍斗「……………」
如月「そのくせ、とても寂しがり屋だ」
龍斗「龍麻の事か?」
如月「君たちの事だよ」
龍斗「……………」
如月「どうしてこの数珠が二つ合わせで僕の店にあったのか……僕は知りたい」
龍斗「………翡翠は分からない話ばかりするな」
如月「すまない」
龍斗「……………」
如月「そうだな。今の君に分かるはずもないな。まだこれを手にするのは……きっと、もっと先の事だろうから」
龍斗「……………」
如月「……それまでに、君の未来が変わっているといいのだが」
龍斗「だから、言っている意味が分からないよ、翡翠」
如月「……すまない」
龍斗「……………」
如月「ひどい降りだな……」
龍斗「……翡翠」
如月「ん………」
龍斗「…………」
如月「…意味不明な事ばかり並べられて気分が悪くなったかい。それなら今度は僕が謝るよ」
龍斗「…………」
如月「龍斗、僕は―」
龍斗「そんな事じゃない。翡翠。龍麻は、幸せだな」
如月「……………」
龍斗「君がいて、幸せだ」
如月「龍斗……?」
龍斗「安心した。龍麻は、きっと大丈夫さ」
如月「……………」
龍斗「君と再会した時、きっとあいつは何もかも取り戻すだろう」
如月「………?」
龍斗「そういう血筋なのさ。緋勇家はね、いつでも不安定なところがあるから」
如月「龍斗……」
龍斗「……さあ、体力も回復してきたし、そろそろ行くか。ここで待っていてもどうやら雨は止みそうにないからな」
如月「……………」
龍斗「異形を倒して鬼哭村へ帰ろう。翡翠にはもう少し、俺たちの今を見ていて欲しい」
如月「龍斗……?」
龍斗「そして龍麻にも。俺たちの戦いを見て欲しい。それがあいつにとって…少々辛い事になろうともね」
如月「……………」
龍斗「きっと翡翠は、また怒るな」(そう言ってどことなく寂しそうに笑う龍斗)


一方、【如月骨董品店】を後にした龍麻は。
龍麻「はー。着いた」
龍麻はハアハアと息を切らせながら、前方に見える村の入り口の光を見て声を漏らした。
一体どんな行き違いがあったのだろうか。また、どんなルートを使ったのか…。
龍麻は如月たちを追い抜き、自らが先に鬼哭村に辿り着いてしまったのだ!
そんな事は勿論想像できていない龍麻は、高鳴る胸を抑えて必死に村へと向かった。
しかし、村の表門付近にまで近づいた時、龍麻はただならぬ不穏な空気に気がついて足を止めた。


偉ぶった侍「グワッハハハハハーッ! さあ斬れ、やれ斬れ! 汚らわしい鬼どもなど、我らの手で一網打尽にしてくれるわッ!!」
侍が率いる一群「おーッ!! 殺せーッ!! 皆殺しだーッ!!」
偉ぶった侍「急げよ! どうやら我らとは別の一隊もここを目指しているらしいからな! 手柄を後から来た者どもに渡してなるものか!」
一群「おーッ!! 栄誉は我らが殿の御許にーッ!!」
鬼哭村の見張り「幕府の手の者などに負けるな! 武器を持て! 戦うぞーッ!!」
村の男たち「おーッ!! 殺せー!! 奴らを村から一歩も出すなーッ!!」
龍麻「………ッ!?」


あまりの事態に、龍麻はしばし硬直した。
この激しい雨の中、村の入り口は思わぬ侵入者たちと村の警護にあたる男たちとで入り乱れていた。
各々が刀を取り、鬼哭村の面々は馬上の侍たちと格闘している。ただの村人かと思っていたが、これがどうして腕の立つ者が多い。
しかし一方の村を襲う侍たちも、刀だけでなく長槍や弓矢で村の男たちに次々と攻撃を加えている。
そこは穏やかな村から一点、血みどろの戦場に変わり果てようとしていた。


龍麻「と、止めないと…!」
侍「ぐははあっ! こんな所にも卑しい鬼が一匹おったぞーッ!!」(突然、龍麻の前に馬上の侍の1人が気づいてやって来た)
龍麻「!?」
侍「ほっほー。武器も持たずに、油断したな! こんな山奥にこそこそ隠れおって、我らが天誅を受けよ!!」(言って男は刀を龍麻に振り落としてきた!)
龍麻「わ…っ!」(龍麻は素早くそれを避ける)
侍「むっ! こしゃくな…! これでも喰らえ、これでも喰らえっ!!」
龍麻「や、やめろ、こんな事…! どうしてこんな事をするんだっ!?」
侍「はあ〜? 何故だと!! 貴様らのやっている事を胸に手を当ててよおく考えてみろっ。江戸の平穏を乱し、人を殺め、この世を血に塗れた混乱に陥れようとしている邪悪な鬼めがっ!」
龍麻「な、何…何をバカな事…!」
侍「とにかく死ねー!! 死ね死ね死ぬのだーッ!!」
龍麻「くっ…」(執拗な侍の攻撃をただひたすら避ける龍麻)
侍「ぎゃははは、みっともなく逃げおって! ほれほれ、醜く逃げ惑えーっ!!」(更にぶんぶんと龍麻に刀を向ける侍)
龍麻「……ったく、どっちが醜いんだよ…!」
偉ぶった侍「焼き払えーなぎ払えー!! こんな恐ろしい村は我らが手で消してしまおうぞー!!」(入り口付近で檄だけを飛ばしている)
龍麻「と、とにかくこいつら何とか追い出さなきゃ…!」
侍「貴様、どこを見ている!? いい加減、ちょろちょろ逃げていないで俺の手にかかって死ねーッ!」
龍麻「誰がお前なんかに―」(うざったそうに振り返って自分を襲う侍に目を向ける龍麻)
侍「ぎゃああああ!!」
龍麻「………ッ!?」


不意に。
龍麻を襲おうとしていた侍が、甲高い絶叫を残して馬の背からその身体を横転させた。
そして侍は固い土に激しく叩き落ちる大粒の雨と共に、その地にひれ伏してそのまま動かなくなった。
だくだくと赤い血が濡れた地面の中に染み渡っていく。
龍麻は茫然としてその様を眺め、それから侍の背後に立つ男を見やった。


龍麻「天戒………」


一瞬、しんと静まり返った空気の中、すぐに再び激しい歓声と安堵の声が周囲から沸き起こった。
村人A「御屋形様ーッ!!」
村人B「天戒様ーッ!!」
村人たちの喜びの声に、けれど天戒は無反応だった。ただじっと目の前の龍麻を見つめ、それからひどく冷めた眼で視線を他所へ移した。
視線を注がれた男は天戒の存在に一瞬怯んだようになりながらも、より一層声を高めて自分の周囲を囲む侍たちに命令した。
偉ぶった侍「……出たな、鬼どもの頭目め…! 構わん、皆の者!! こやつを先に血祭りにあげるのだッ!!」
侍たち「ははーッ!!」
村人C「御屋形様…ッ」
天戒「……皆は離れていろ」
天戒は村人たちにそれだけを言うと、怒涛の如く自分に襲いかかってくる大群にすっと刀の切っ先を向けた。
その眼光に。
龍麻は一瞬、自分が何処に立っているのかすら分からなくなってしまった。
侍たち「死ねーッ!!」
天戒「………死ぬのは、貴様らだ」
龍麻「……!! て、天―ッ!!」
天戒「鬼剣…ッ」
侍たち「ギャアアーッ!!!」
龍麻「………ッ!」


天戒の動きは、恐らく殆どの者にとって不可解なものであっただろう。
一瞬閃いた光の中、武器を持って襲いかかった侍たちは何故か甲高い悲鳴を上げ、方々に蹴散らされて、そのまま絶命した。
天戒の目の前には、ただ身動きが取れずに立ち尽くす龍麻だけが残った。
その龍麻がゆっくりと顔を上げ、目の前の天戒に視線を向けると…。
そこには赤い血と雨に塗れた天戒の無機的な顔があった。


村人A「やったー御屋形様ーッ!!」
村人B「ざまあみろ、幕府の狗どもめッ!!」
村人C「あとはこの頭目の首をはねるだけだ!!」
村人D「俺に殺らせろ!!」
村人E「いや、俺が殺る!!」
村の男たちが口々に言い合いながら、偉ぶった侍を取り囲む。
偉ぶった侍は今ではもう顔面蒼白になり、恐怖に満ちた様子で今にも馬上から転がり落ちそうであった。
偉ぶった侍「う…う、うう……」(がたがたわなわなと震える侍)
天戒「……お前たちは下がっていろ」(血気盛んな村人たちの間をぬって天戒が侍に近づく)
偉ぶった侍「! た、助けてくれ、命だけは…! か、金なら幾らでも…!」
天戒「……覚悟はできたか」
偉ぶった男「ひ、ひいぃっ! た、頼む頼む命だけは…! そ、そうだ、俺の他にもこの村の情報を聞きつけてこちらに向かっている輩がいるのだ…! そいつらの事を知りたくはないかっ!? だから俺の命だけは―」
天戒「黙れ」(天戒は言って刀を振り下ろした)
偉ぶった男「うぎゃあっ!!」(男は斬られて馬からもんどり落ちた)
村人A「やったー!!」
村人B「御屋形様ばんざーい!!」
村人たち「ばんざーい!!」
龍麻「…………」


龍麻は未だ動けずに、その場に立ち尽くしていた。
血など、見慣れているはずなのに。
何故だか、動けない。


天戒「龍麻」(龍麻の傍に戻ってきた天戒)
龍麻「…………」
天戒「龍麻」
龍麻「………え」(はっとなったように天戒を見る龍麻)
天戒「大丈夫か」
龍麻「う、うん……」
天戒「……驚いたぞ。今宵は奈涸の所にいるはずだっただろう?」
龍麻「…………」
天戒「龍麻?」
龍麻「あ………ひ、翡翠が、いる、と、思ったか…ら……」
天戒「……残念だが、翡翠はまだ村には来ていない。龍と澳継が迎えに行った。直、戻ってくるだろう」
龍麻「まだ…来てない……?」
天戒「すれ違いになったのだろう。だが、必ず会える。こちらに向かっている事は間違いないからな。だからお前は屋敷にいて待つんだ。随分濡れているじゃないか」
龍麻「それは…天戒も……」
天戒「ん……。ああ、俺は平気だ。それより龍麻、お前は平気か」
龍麻「…………」
天戒「龍麻」
龍麻「あ…俺…? 何で…?」
天戒「真っ青だ」
龍麻「え………」
天戒「……さあ、龍麻」(龍麻に片手を差し伸べる天戒)
龍麻「あ、俺…いいよ。もう一度来る途中探してみる…。翡翠に会えるかもしれないから…」(天戒から一歩後退する龍麻)
天戒「…またすれ違いにならぬとも限らぬ。ここにいろ」
龍麻「で、でも、やっぱり俺……」(更に一歩。天戒から後退する龍麻)
天戒「龍麻」(しかし瞬間、天戒は更に歩み寄って龍麻の腕を掴んだ)
龍麻「あっ…?」
天戒「……行く事は許さぬ」
龍麻「て…っ! 天戒、離して……ッ!」
天戒「ここにいろと言っているのだ…」(そして龍麻をぎゅっと抱き寄せる天戒)
龍麻「て……」
天戒「……この俺が怖いか」
龍麻「そ、そんな事…ッ!」
天戒「ならば何故、この俺から逃げようとする」
龍麻「そんなんじゃないよ…! は、離せってば!」(めちゃくちゃに暴れる龍麻)
天戒「あの時」(そんな龍麻をより強く抱きしめる天戒)
龍麻「い、た……ッ!」
天戒「あの時、お前は俺の事をこう言ったな。鬼には見えぬ、と。……今は、どうだ」
龍麻「て、天戒……」
天戒「答えろ、龍麻」
龍麻「天戒……離して……お願いだから離してくれよ…!」
天戒「……駄目だ」
龍麻「……怖いよ」
天戒「……………」
龍麻「今の天戒は…怖いよ。すごく、怖い……」(けれどすっかり抵抗する事をやめてだらりと力を抜く龍麻)
天戒「……………」
龍麻「怖い……」
天戒「……何処にもやらぬ」
龍麻「……………」
天戒「翡翠にも渡さぬ。お前はここに…俺の傍に置く」
龍麻「天―」


名前を呼ぼうとして、けれど龍麻は口を閉ざした。
見上げた先に見た天戒の顔は、龍麻には………。




以下、次号………






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