ひーちゃんの外法旅行(16)




鬼哭村は未だ戦いの興奮冷めやらぬといった様子であった。
村人たちは怪我人の手当てや破れた門の修復等、刻を厭わない活動をしながら自分たちの主を口々に崇め奉った。
雨は相変わらず降り続いている。
けれど村には安息の空気がじわりと広がっていた。


龍麻「…………」(無理やり九角の屋敷に連れて来られ、龍麻は座敷の隅で膝を抱えて俯いている)
天戒「……龍麻」(着替えを済ませた天戒が座敷に入って来た)
龍麻「…………」
天戒「龍麻。そこの着物に着替えろと言っただろう。……そのままでは風邪を引くぞ」
龍麻「…………」
天戒「龍麻」
龍麻「いいよ…」
天戒「何がいいのだ」
龍麻「俺、バカだから風邪なんか引かない。バカは風邪引かない」(龍麻は言いながら、それでも顔を上げない)
天戒「……何故そんな事を言う。お前のどこが愚かだと言うのだ」
龍麻「俺、何もできない」
天戒「…………」
龍麻「何も言えない」
天戒「俺に対してか」
龍麻「俺はバカなんだ」
天戒「…龍麻。ともかくは着替えろ。お前はそれで良いかもしれぬが、座敷も濡れる。迷惑だ」
龍麻「……迷惑なら、俺をここから追い出せばいい」
天戒「…………」
龍麻「俺をここから出してくれよ」
天戒「駄目だ」
龍麻「どうして…ッ」(ようやく龍麻は顔を上げた)
天戒「言っただろう。俺はお前を傍に置くと決めたのだ」
龍麻「そんな…事…」
天戒「………お前に、この俺の目指すものを見ていて欲しい」(言いながら龍麻に近寄る天戒)
龍麻「俺…っ」
天戒「龍麻」(龍麻の髪の毛に触れる天戒)
龍麻「離…っ」
天戒「……ほら、きちんと拭け」(濡れ鼠のようになっている龍麻の髪の毛を天戒は傍にあった手拭でごしごしと拭いた)
龍麻「あっ…」
天戒「お前は着物の着方も知らぬのか。昨夜は女たちに着せてもらっていたな」
龍麻「ち、違っ…あれはあの人たちが勝手に…! へ、平気だよ、だから子供扱いするなってば!」(天戒から手拭を奪う龍麻)
天戒「子供だろう」
龍麻「むっ…! 違う!」
天戒「だがお前は己の事を何もできない奴だと言って俯くだけだ」
龍麻「………!」
天戒「それは子供の泣き言ではないのか」
龍麻「な、何だよ…っ。そういう天戒だって…!」
天戒「何だ」
龍麻「…………っ」
天戒「俺がどうした」
龍麻「…自分の生き方に自信があるのなら、俺なんかにわざわざ見ていて欲しいなんて言うなよ…」
天戒「…………」
龍麻「俺が…天戒のこと怖いって言ったのは…天戒が思っているような理由からじゃないぞ……」
天戒「龍麻?」
龍麻「俺は、天戒が好きなんだ…! 不安だった俺に親切にしてくれた。俺のこと、心配してくれた」
天戒「ならば何故俺を畏れた」
龍麻「……そんな顔しないでよ」(そっと天戒の腕に触れる龍麻)
天戒「…………」
龍麻「天戒は…わざと殺した人の血が飛ぶような斬り方をした。その血を天戒は、自分で浴びた」
天戒「…………」
龍麻「何で……」(天戒の胸に頭をもたげかける龍麻)
天戒「…………」
龍麻「何であんな事したんだよ……」
天戒「あれらは生きる価値などない輩だった」
龍麻「違う…。俺はそういう事を言っているんじゃない…」
天戒「…………」
龍麻「俺は…俺には、何が正しいとか間違っているかなんて…言えないよ…」
天戒「龍麻」
龍麻「そうだろ…。俺は自分の事だってよく分からないんだから」
天戒「…………」
龍麻「そうじゃなくて…俺は…俺が言いたいのは……」
天戒「…………」
龍麻「俺が…畏れたのは……」
天戒「龍麻。もういい……」
龍麻「……っ。ちゃんと…言わなきゃ……」
天戒「龍麻。頼むから泣かないでくれ」(龍麻を抱きしめる天戒)
龍麻「泣…てなんか…っ」
天戒「……すまない。お前を困らせたな」
龍麻「違…天戒は…俺と同じ痛みを持った人だから……」
天戒「…………」
龍麻「それなのに…あんな眼をしていたから……」
天戒「龍麻」
龍麻「でも…それなのに、いつも優しくて、強くいられる……」
天戒「龍麻。無理ならば今だけでいい。俺といてくれ」
龍麻「…………」
天戒「ここにいてくれ」
龍麻「……今、だけ……」(ぎゅっと天戒にしがみつく龍麻)
天戒「龍麻…」(より強く引き寄せて龍麻の額に唇を当てる天戒)


やばいよ亀。のんびりしている暇ないよ亀。
と言うわけで、異形の群れに取り囲まれて前へ進めなかった如月翡翠と緋勇龍斗は。
まだ前へ進めずにいた(爆)。


龍斗「翡翠。疲れたから休憩するか」
如月「さっき休んだばかりだろう!」
龍斗「キリがないから疲れたよー」
如月「さっき異形を倒して村に帰ろうと言ったのは君だろうが!」(言いながら技を繰り出す如月)
龍斗「あー…まあ、急ぐ旅でもあるまいし」(そんな如月に戦闘を任せて自分は岩の上に座って胡座をかいている。濡れないように、大きな葉っぱを傘にして)
如月「仮にも黄龍の器だろう! もうちょっと働いてくれないか!」
龍斗「え、何それ。また翡翠は分からない事を言う」
如月「……君は強いんだから、さっさと動いて手伝ってくれと言っているんだ【怒】!」
龍斗「玄武なんだから俺の為に戦えよ〜」
如月「……知っているんじゃないか(呆)」
龍斗「天戒たちには内緒な。黄龍だ何だって…俺は面倒臭いの嫌いだから」
如月「バラされたくなければさっさと手伝ってくれ」
龍斗「おお…汚い。翡翠、お前案外嫌な奴だな」
如月「知るかっ! ほら、そっちへ行ったぞ」(龍斗に向かって行った異形を目だけで追い、何もしない如月。←それでも玄武か)
龍斗「……行け、わんわん」
風祭「どりゃああッ!!」(突然風祭が現れ、龍斗に向かって行った異形を蹴散らした!)
如月「………ッ!?」
龍斗「澳継、カッコいいぞお前」(ぱちぱちと拍手する龍斗)
風祭「……はあっ! おぉ〜何だ何だ、こいつらあっ。すげえ数じゃねーか…って、たんたん! お前、何かさっき俺の事変な風に呼ばなかったか!?」
龍斗「知らん。それより俺の事はひーちゃんと呼べと―」
風祭「んっ!? 客人ってコイツか!? お前、一体何者だ?」
龍斗「聞けよ」
如月「…………」(自分を指差す風祭を不審気に見やる如月)
風祭「おい、お前何者だって言ってんだよっ。たくよー人をこんな夜中に迎えにまで来させやがって。俺には明日大事な用が…」
龍斗「翡翠だよ」
風祭「あ?」
龍斗「コイツは翡翠だと言ったんだ。あ、澳継後ろ」
風祭「何ィ! コイツが翡翠!? こいつがあっ!?」(叫びながらとりあえず異形を蹴っておく風祭)
如月「…………」(如月もとりあえず異形を斬っておく)
風祭「細ェ〜! ひょろいし! こんな奴が翡翠かよー!!」
如月「何なんだ……」(思い切りむっとしている如月。しかしとりあえずまた異形を斬る)
龍斗「いい男だろ。龍麻が惚れるのも分かるな」
風祭「なっ…!? バ、バカな事言ってンじゃねえよ、たんたん!!」
龍斗「妬くな泣くな澳継。お前には俺がいる」
風祭「は、はあっ? ここここら、たんたん(焦)! お前は、いっつもそういう―」
龍斗「わんわん、後ろ」
風祭「うぜえっ【蹴】!!」(イライラしたように異形を蹴り飛ばす風祭)


気がつくと。
3人は更に多くの異形の群れに取り囲まれていた。いつの間にかその種類も数を増している。
決して力は強くない。1人1人の力で簡単にのせる相手ではあった。それでも、この夥しい数の異形は、3人の戦闘意欲を削ぐのには十分だった。


龍斗「……魔界の扉でも開いているのかな」
風祭「
物騒な事言うんじゃねえよっ!」
龍斗「しかしそうとしか考えられん。この調子では俺たちが何の手を下さなくとも、この山に来た侍どもは全滅だ」
風祭「……! やっぱり村を狙った連中がこの山のどっかに来ているのかっ」
龍斗「うん。見た」
風祭「たんたん! テメエ、そいつら始末したんだろうなっ!」
龍斗「何で」
風祭「何でじゃねえっ。幕府の手の連中は見つけ次第殺―」
如月「……………」
風祭「何だよ……」
如月「何も言っていないが」
風祭「その目っ! 何か言いたそうだ! 言いたい事があるならハッキリ言えよな!」
龍斗「何をいきなり突っかかっているんだ、お前は」(可笑しそうに笑う龍斗)
風祭「煩ェっ! あ〜もう何かむしゃくしゃする〜! 今日は厄日かよ、ちくしょう!」
龍斗「まあ。そういう日もあるさ。なあ翡翠」
如月「……それより、こいつらだ」
風祭「うおっ!? ちょっと話していただけでまた増えやがった!」
龍斗「俺はもう嫌だぞ。疲れた」
如月「……………」
龍斗「翡翠。何を考えている?
如月「いや…僕の考え過ぎだといいんだが…」
龍斗「ん……?」
風祭「こらーお前ら、俺だけに戦わせてンじゃねえーッ!!」(しかし律儀に1人で戦い始めている風祭)
龍斗「どうした? 何か翡翠、顔色が悪いぞ」
如月「……龍斗が魔界の扉が開いているなどと言うからだ」
龍斗「そう思ったのは…何か悪かったか」
如月「……その扉を開いた人間に心当たりがある」
龍斗「は?」
如月「いや、しかしまさか……本当に追ってきたのか……?」(頭痛がしたのか、片手で頭を抑える如月)


???「うふふふふふふ…………」


風祭「な、何だあ!? この強風はあっ!!」
龍斗「何か……今もの凄く不気味な声が聞こえたような……」
如月「やっぱり……」
???「うふふふふ……こっちよ…こっちから匂いがするわ…もうすぐそこね……」


不意に異形たちがざざざと一斉に列を作り、強風が起こりし場所に体躯を向けた。
…と、その方向から突如ぽっかりと異界の空間が顔を出し、そこからより強い風が3人のいる場所めがけて吹き荒んできた。
そしてその奥から、その扉を開けた張本人の姿が……。


美里「いちいち扉を開いて移動するのも大変だわ…。でも、ヒロインはやはり目立った登場をしなくてはね…」





以下、次号………






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