ひーちゃんの外法旅行(17)




その突然の「マドンナ」の出現には、さすがの如月も言葉がなかった。
どうして彼女がここにいる。そんなのアリか、陰謀だズルだ贔屓だあり得ない!
……とまでは思わないが、それでも如月は不快な表情を隠す事ができなかった。
それでも当の美里葵嬢は実に涼やかな顔で、異形たちの間をぬってしずしずと3人の元へと歩み寄ってきた。


美里「うふふ。如月君、お久しぶり」
如月「………君という人は」
美里「何を言っても無駄よ。私と龍麻との愛は何者にも邪魔できないのだから。たとえ貴方でもね」
如月「それにしても一体どうやって後をつけて来たんだ。菩薩眼というのは何でもアリなのか?」
風祭「ぼ、菩薩眼!? 菩薩眼って言ったのか、今!?」
美里「…あら」
風祭「おい、たんたん聞いたか!? 菩薩眼だぞ、菩薩眼! この女がそうなんだってよ!!」
龍斗「一度言えば分かる。そうわめくな」
美里「……もしかして貴方……」(龍斗を物珍し気に眺める美里)
龍斗「……………」
風祭「なあなあ、たんたん! こりゃ思わぬ収穫だな! 菩薩眼って言ったらよ、言ったら……」
如月「………?」
風祭「言ったら……えーと、何だっけ?」(頭を抱えて考え込む風祭)
龍斗「カバ」
風祭「なっ…! そ、そりゃ俺の事か、たんたんっ! ちょっと度忘れしただけじゃーねーかっ!!」
如月「煩いな……」(ぼそりとつぶやく如月)
美里「うふふ……何だかよく分からないけれど、初めまして。お2人は、この如月君とどういうご関係?」
風祭「そ、そっちこそこの翡翠とはどういう関係だっ? 俺らは別にコイツとは無関係だぜ。こいつや龍麻が俺らの村に来てから、こんな風に見た事もない異形が増えまくって困ってんだよ!」
美里「あら……それはごめんなさい。お前たち!」
異形の群れ「ピギャ〜〜vvv」
美里「うふふ…いい子ね。さあ、おうちへお帰り! 言う事を聞かない子には…分かっているでしょうね?」
異形の群れ「ピ!! ギャーギャー【慌】!!」(どどどどどともの凄い勢いで、我先にと異界の空間へ消えて行く異形たち)
風祭「な…な、何だ……?」
龍斗「………あっさりいなくなった」
美里「うふふ。倒すばかりが能じゃないわ。絶対的な私の愛の前には、どんな敵も良き隣人になるのよ」
如月「君の場合は脅しているだけだろ」
龍斗「あれはあんたが出していたのか?」
美里「そういうつもりはなかったのだけれど。きっと私を慕ってついて来てしまったのね」
如月「移動の際に魔界の扉まで開けてしまったんじゃないのか」
美里「ところで」←聞いちゃいない
龍斗「……何?」
美里「私、美里葵と言うの。貴方は?」
龍斗「俺? 俺はひーちゃんって言うんだ。こいつはわんわん」
風祭「こらーたんたん【怒】!!」
美里「まあ…ひーちゃんって言うの…。そう…それじゃあ、貴方が……」
龍斗「美里さんって…俺の知っている人に少し似ている
美里「……うふふ……そう。その人、貴方にとってどんな人?」
龍斗「運命の恋人」
如月・風祭「!?」
龍斗「……って、すぐ言うんだ、その人。それで時々俺のこと押し倒してくる」
如月「やはり血か…」(ぼそり)
風祭「ちょ、ちょっと待て、たんたん! お前、そりゃ一体誰の事言ってんだ!? 俺らの村にそんな奴いたか!?」
龍斗「いない。寺にいる」
風祭「あん??」
美里「うふふ…そうなの。愛に言葉はいらないってやつね。押し倒すって素敵だわ」
龍斗「そうかな。大体、その人もそうだけどね。基本的に俺の周りには、人の話を聞かない奴が多いな」(ややため息をつく龍斗)
美里「まあ…でもね、ひーちゃん。それは貴方が可愛らしいからよ」
龍斗「俺?」
如月「美里さん、まさか龍斗も口説く気かい?」
美里「私は思った事を言っているだけよ。みんなね、貴方に振り向いて欲しくて、貴方の前では一生懸命になってしまって、だから饒舌になるのだと思うわ。それでついつい貴方の口を止めてしまうのよ」
龍斗「…………へえ」
美里「それでついついつい押し倒したりもしちゃうのよ、きっと」
如月「さすがよく分かっているようだね」(いい加減呆れてため息も出ない如月)
龍斗「そうだったのか」
美里「そうなのよ。うふふ…そうやって何か考え込む姿もとっても愛らしいわvv」
風祭「…おれ、たんたんの事を可愛いって言う奴と初めて会ったぜ・・・(汗)」
如月「……どうでもいいが、僕は行く」(先に歩き出す如月)
美里「ちょっと待って如月君。龍麻は一体何処なの?」
風祭「はっ、そうだ! あんた一体龍麻とどういう関係なんだよ!」
美里「運命の恋人よ」(きっぱり)
風祭「こっ……!? お、お前が!?」
龍斗「……どう考えても違うっぽい」(ぽつり)
如月「……………」
美里「如月君。貴方、龍麻を護ると豪語しておいて、彼と別行動を取っているってどういう事? 仮にも彼の護り手なら、私が来るまで離れていては駄目じゃない」
如月「君などに言われなくとも、そんな事は分かっている」
美里「…ふふ…。そうまで言うのなら競争ね。どちらが早く龍麻を見つけるか」
如月「ああ……」
風祭「龍麻は今、如月骨董品店にいるぜ?」
美里「え?」(怪訝な顔をする美里)
風祭「翡翠がそこにいるかもって事でよー。俺が今日あいつを店まで送ってやったんだよ。そしたらあのくそ忍者が…!」(思い出して怒り再燃の風祭)
美里「あら、それはおかしいわ。私、ついさっきお店に行ったら、誰もいなかったもの」
風祭「へ?」
如月「…………」
美里「それで龍麻の気配を追ってこの山まで来たのよ。だから龍麻はこの辺りの何処かにいるわ」
龍斗「……翡翠を待てずに追ってきたのか」
如月「………龍麻」
風祭「おいおいちょっと待てよ? この雨の中、あいつまた1人でこっちに向かってるってのか!? あいつ、何かああいう異形に憑かれる体質みたいだし、すげー危険じゃねえかよ!」
如月「……………」(黙って3人の元を離れる如月)
風祭「お、おい、お前! 何処へ行くんだよ!!」
龍斗「何処って龍麻の所だろ」
風祭「俺、御屋形様にあいつ連れて戻れって言われてるんだよ! おい、待てって!」
龍斗「翡翠は俺が連れて行く。お前は一度村へ戻ってこの事を天戒に報告しろ」
風祭「はあ〜? ま、また俺をそういう役にするかよ! 俺はなっ、お前も連れ帰れって言われてんだよ! お前ばっか勝手に動き回ってんじゃねえっての!」
龍斗「澳継」(風祭の両肩をぐっと掴み、顔を寄せる龍斗)
風祭「!? な、何だよ…」(龍斗の度アップで思わず赤面の風祭)
龍斗「愛しているから、さっさと行け」(言いながら如月の後を追う龍斗)
風祭「こ……」
美里「うふふふふ…それじゃあ、私ももう少し詳しく龍麻の匂いを追うとしようかしら…・」
風祭「……………」
美里「うふふふふ………待っていてね、龍麻………」(言って異空間の中へと消えて行く美里)
風祭「……こ、こら……こらーたんたん(焦)!! てめえ、そう言って逃げるなーッ!!」(それでもどうやら言われた事を遂行しようとしているらしい風祭であった…)


如月と龍斗。
神出鬼没の美里。
再び鬼哭村へと戻る風祭。
そんな中、九角の屋敷でお互いの温度を確かめあっていた天戒と龍麻は―。


龍麻「……天戒」
天戒「ん……」
龍麻「…………」(ゆっくりと顔を上げて天戒を見上げる龍麻)
天戒「どうした……」
龍麻「俺……やっぱり行かなくちゃ」
天戒「…………」
龍麻「もう、行かなくちゃ」
天戒「…………」
龍麻「前に天戒が、俺とお前は似てるって言ったの…俺、分かったような気がする」
天戒「…………」
龍麻「俺にも…先は全然見えないけど、行かないといけない道があるんだ」
天戒「…………」
龍麻「時々そこの道を歩くのはすごく面倒になるんだけど…はは、天戒は俺と違って面倒なんて思わないか。けど、今は俺も、そこに帰りたいってちゃんと思うんだ」
天戒「そうか……」
龍麻「うん」
天戒「そう、思うのだな?」
龍麻「うん。俺のことちゃんと分かってて、いつも見ててくれる奴と…そこに帰りたい」
天戒「翡翠か」
龍麻「うん」
天戒「翡翠はお前の事をしっかりと護れるのか」
龍麻「うん」
天戒「…………」
龍麻「でも俺自身ももっと強くならなきゃ。俺、きっと翡翠に甘えてた」
天戒「…………」
龍麻「きっと、だから…俺たちは一緒に旅立って、こうやって別れる必要があったんだと思う」
天戒「……そうかもしれぬな」
龍麻「でも天戒はさ、もうちょっと甘えた方がいいよ。龍斗とかに」
天戒「ふっ、龍にか?」
龍麻「そうだよ。龍斗、言ってた。天戒を見ていると、あいつの為に何かしてやりたくなるって」
天戒「……調子の良い事を」
龍麻「本当にそう言ってたよ。確かにあいつ…何考えてんのか、今イチ良く分からないけどさ。きっとあれは嘘じゃない」
天戒「では、今度試してみるとしよう」(ようやく笑みが戻る天戒)
龍麻「………それじゃあ」(すっと天戒から離れる龍麻)
天戒「龍麻……」
龍麻「……天戒。色々ありがとう」
天戒「俺こそ、礼を言う」
龍麻「天戒。握手」(言って龍麻は右手を差し出した)
天戒「…………」(その手を黙って握る天戒)
龍麻「やっぱり、天戒の手はあったかいや」
天戒「………龍麻」
龍麻「さよなら―」


言って、龍麻は立ち上がると天戒との手を離し、すらりと障子を開いた。
外に広がる黒い空は、相変わらず細く長い雨を断続的に鬼哭村に注ぎ続けている。
龍麻はすっとその雨空を見上げてから、もう一度天戒に振り返った。


龍麻「ねえ天戒」
天戒「ん………」
龍麻「でも龍斗は…あんな時、俺みたいに立ちすくんだりはしないんだろうな」
天戒「…………」
龍麻「だろ?」
天戒「……そうだな」
龍麻「……ちぇ。可愛くないよね」(龍麻はそう言って笑ってから、外に飛び出した)



天戒「…………奈涸」
奈涸「おや。気づいていたか」(すっと天戒のいる座敷に姿を現す奈涸)
天戒「よくもそう白々しい台詞を吐くな。……笑うか、俺のことを」
奈涸「まさか……」
天戒「龍麻の首筋の跡は…お前か」
奈涸「ふふ……思わぬ邪魔が入ったがね」
天戒「……まあ、いい。それより龍麻を1人で行かせるわけには行かぬ。翡翠と会うまで、見届けてやってくれ」
奈涸「言われるまでもなく」
天戒「・・…………」(ぼんやりと外の景色を見やる天戒)
奈涸「天戒」
天戒「ん………」
奈涸「……いや。いい」
天戒「……早く行け」
奈涸「……………」


奈涸の顔を天戒はもう見ていなかった。奈涸も物言いた気な瞳をすぐにしまうと。
龍麻の後を追うべく、村からその姿を消した。




以下、次号………






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