ひーちゃんの外法旅行(19)




天戒と如月との闘いは、それほど長くは続かなかった。
どちらが言い出したわけでもなく、その勝負が剣のみで行われる事になったからだ。
当初如月は天戒から渡された刀で闘う気などはなく、自らの水技を屈指して相手を翻弄しようと考えていた。
しかしどうした事かそんな如月に対し、天戒は自らの術を使おうとはしなかった。せいぜい自分の身体を防護するのにその《力》を使うくらいで、如月を攻撃するのは、あくまでも自分が手にする「剣」のみだったのだ。そして如月が攻撃をする合間に何度かその事を責めても、天戒はただ不敵に笑うだけだった。
癪に触った。
そんな相手に自分だけ術を使うわけにはいかないと如月は思った。
そんな「勝負」に徹する事など馬鹿馬鹿しいと、心のどこかでは思っているはずなのに。
いつの間にかそのバカバカしい勝負を如月は受けていた。
百戦錬磨の武士を相手に剣で闘う。そんな自分は滑稽で愚かだと、頭では分かっていた。
それでも。
剣を振るう天戒の眼から逃げる事だけはしたくなかった。


天戒「……もう終わりか」(倒れる如月の喉元に剣の切先を当てて言う天戒)
如月「…………」
天戒「まだまだ修行が足りぬようだな」(すらりと刀を鞘に収める)
如月「……そのようだ」(身体を起こす如月)
龍斗「…………」
天戒「……冗談だ。お前が本来の《力》を使っていれば、俺もどうなっていたかは分からぬ」
龍斗「そんな事ないだろ。翡翠は弱いよ」
如月「はっきり言うな……」
天戒「龍はそう思うのか?」
龍斗「思うね。翡翠は甘いよ。天戒に合わせて刀だけで闘うなんてどうかしている。向こうが《力》を使わないのなら、それこそ自分はこれ幸いとめいっぱい《力》を使うべきだ。それで徹底的に叩きのめしてやればいいのさ」
天戒「……ふ」
如月「…………」
龍斗「翡翠。勝負というのはそういうものだ。お前はそういう事を知っている男だと思ったが」(腕組みして小首をかしげる龍斗。どこか不満気である)
如月「……闘う相手が」
龍斗「ん?」
天戒「…………」
如月「闘う相手が本当の敵なら、僕だってきっとそうしたさ」
龍斗「敵じゃないのか」
如月「そそのかすなよ」
龍斗「愛しい龍麻を盗っちゃった鬼だぜ、天戒は?」
如月「違う……」
天戒「…………」
如月「……と、僕は思った。この僕がそう感じたから、こうしたまでだ」
天戒「…………」
如月「目には自信があるんだ。それに剣で敵わなかったのは彼の言う通り、僕の力が足りないからだ。言い訳はしない」
龍斗「じゃあ、どうするんだよ。龍麻を返してもらえないぞ」
如月「いや。龍麻は返してもらう」(再びすらりと剣を構える如月)
龍斗「負けて尚欲しいと言うか。図々しい奴だ」
天戒「は……もう一度俺と戦ると言うのか?」(どことなく嬉しそうな目を閃かせる天戒)
如月「何度でも挑む。九角、君に勝つまで…龍麻を取り戻すまで、僕は君に剣を向ける」
龍斗「……天戒」(ため息をついて天戒を見やる龍斗)
天戒「ハハハハハッ! そうか……何度でも俺と闘うか!」
龍斗「天戒。大人気ない真似はやめろ。元々龍麻は翡翠のものだ。返してやれよ」
天戒「ああ…そうだな。翡翠、俺の負けだ」
如月「………九角、君は龍麻の事を―」
天戒「龍麻は良い子だ。泣かせるなよ」
如月「………言われるまでもない」
龍斗「翡翠、良かったな。やっと龍麻に会えるぞ」
如月「ああ……」(ほっと息をつく如月)
天戒「ああ、すまんな。龍麻はもうここにはいないぞ」
如月・龍斗「………は?」
天戒「ハハハハハッ! 悪いな! 実は龍麻はつい先刻、お前を探してこの村を出て行った。まだそれほど遠くには行っていないと思うがな!」(豪快に笑う天戒)
龍斗「ぽかーん」
如月「き……き、貴様〜!」(わなわなと震える如月)
天戒「ハハハッ、そう怒るな。龍麻が惚れるほどの男だ。どれほどの奴か、是非その腕と心根を見てみたかった!」
龍斗「天戒…俺はお前の意外な一面を見た気がするぞ…」
如月「くそ、こんなところでまた時間を無駄にしてしまった…! 早く龍麻を…ん…!?」
龍斗「数珠が……」
天戒「龍麻の氣か…?」


如月が身に付けていた数珠が、その時今までで1番激しい光を放った。
同時に三人の間をもの凄い《力》が横切ったような気がした。それは力強く、そして優しく、鬼哭村全体をも包み込んだような気がした。
そして、その時―。


美里「うふふふふ……龍麻、そこね、そこにいるのね……」


不意に、如月たちがいる場所の空間がぽっかりと空いて、中から再び美里が姿を現した。いい加減、空間移動をするのは止めろと如月は心の中だけで毒づいたが、当の美里はまるで構う風もなく、異界の扉を開いたまま3人がいる地に降り立ってきょろきょろと辺りを見回した。


美里「あら? 龍麻は何処? 今もの凄い龍麻の氣を感じてやって来たのに……」
龍斗「それはその数珠から溢れてきたものだよ」
美里「あら、ひーちゃん。また会ったわね、嬉しいわ」
龍斗「うふふの人、こんばんは」
美里「はい、こんばんは♪ あら…そちらの方は?」
龍斗「天戒だよ。天戒、こっちはね、うふふの人」
天戒「………?」
美里「こんにちは。あら、如月君もいたの…って、如月君、貴方何しているの…?」
如月「………悪いが」
龍斗「翡翠?」
美里「ちょっと如月君?」


如月は美里の開いた空間をじっと眺めた後、何を思ったのかその扉に向かって早足で進んで行った。
そうしてその中に自らの身体を潜り込ませると、唖然としている美里に言った。


如月「これは場所を移動するのにとても便利そうだ。悪いが借りるよ」
美里「それは困るわ。如月君、出てちょうだい」
如月「聞けないね。龍斗、九角。ここでお別れだ。僕は龍麻の所へ行くよ」
天戒「ん……な、何だか分からないが、そうか。達者でな」
如月「ああ。今度勝負する時は、もう少しマシになっているよ」
天戒「ふ…そうか。期待している」
如月「龍斗」
龍斗「……ん……」
如月「色々ありがとう。短い間だったけど、君と会えて良かった。楽しかったよ」
龍斗「本当?」
如月「ああ、本当さ。君は龍麻よりも僕を翻弄してくれたけど…感謝している」
龍斗「もう会えない?」
如月「いや…きっと会えるよ。また……会いたい」
龍斗「そうか。なら…」(言って龍斗は如月にふっと近寄った)
如月「……?」
龍斗「また会おうという証」(龍斗はそう言って如月の唇に触れるだけの口づけをした)
如月「………!」
龍斗「ふ……。さあ、行け。龍麻が待っている…」
如月「龍斗……」(しかし扉はすうっと閉じ、異界の空間は如月を飲み込んだまま消えた)
美里「ちょっと待って如月君。それがないと私が不便じゃない!」
天戒「ちょっと待つのはお前だ、娘」(不意に美里の腕を掴む天戒)
美里「何、悪いけれど私、急いでいるのよ! ああ、移動の扉が…」(物惜しげに閉じた空間を見つめる美里)
天戒「……いや、お前が開けたあの穴から、もの凄い数の異形が出て来てしまったんだが……」
異形の群れ「ピギャー!! ゴギャー!!」(うようよと辺りに蠢いている異形たち。美里を慕って出て来てしまったらしい)
美里「あら、また。うふふ…仕様のない子たちね……」
天戒「村にどんどん入って行くぞ。あれをどうにかしてもらおうか」
美里「そんなの貴方たちでやってちょうだいよ。私は急いでい―」
天戒「ならぬ。己の仕出かした事くらい、己で片を付けて行ってくれ」(どうした事か、今兄の気分な天戒。←本能?)
美里「ちょ、ちょっと! 本当に私はこんな所で異形の相手なんかしている暇は!」(そして何故か天戒の手を振り切れない美里)
龍斗「うふふの人」
美里「いやね、ひーちゃん。私の事は葵って呼んでちょうだい」
龍斗「葵。さっきのやつ、また見せてよ。戦わずして異形を手懐ける技、教えて」(甘えるように言う龍斗)
美里「………まあ。ひーちゃんにそう言われたら、私も断りにくいわ……」(ぽっと頬を染める美里)
龍斗「うん♪ やってやって♪」←べた甘え
美里「うふふふふ…それじゃあその後は、私にも今如月君にやった事やってちょうだいねvv」
龍斗「ん……?」(不意に空を見上げる龍斗)
天戒「どうかしたか、龍」
龍斗「雨が…止んだ」


こうして美里が龍斗の魅力に捕らわれている隙に、如月は龍麻の元へとまっしぐらに向かった。
そしてその状況の少し前、風祭と共に方陣技を繰り出した龍麻は。
いつの間にか止んだ雨にも気づかずに、茫然としばしその場に立ち尽くしていた。


風祭「はあはあ……っ。な、何だ……?」
奈涸「ふーむ……」(顎に手をやって何事か考え込むような仕草をする奈涸)
龍麻「………ッ」(風祭同様荒く息を継ぐ龍麻)
風祭「おい龍麻、お前……」
龍麻「わー! やったー! 見て、すごいやった、ちゃんと技出せたー【喜】!!」
風祭「あほかー【怒】!!」
龍麻「!?」
風祭「こんの野郎〜人の事使って方陣技使っておいて、な、何だこのザマは〜!!」
龍麻「え、何、でも今すごいピカーって光ってすごい技できたじゃん! 一応できたじゃん!」
風祭「できたけど、全然こいつらに効いてねえじゃねーかよッ!!」
異形の群れ「グギャーゴギャー!!」(異形たちは大声で騒ぎ、動きもより機敏になっている観すらある…汗)
奈涸「ふっ……。力を貰って元気になっている感じだな……」(興味深気にそんな異形たちの群れを眺める奈涸)
龍麻「ああ、まあ…。そうだけど…でも俺、最近全然《力》出せなかったのにさ…」
風祭「《力》が出せたってな、これっぽっちじゃ何の役にも立たねーよっ!」
奈涸「まあ喩えて言うなら、この澳継がレベル50だったとして、龍麻君のレベルが1なので、思ったほどのパワーが出せなかったと言う事だな」
風祭「すげえ貧弱…。あー…何か俺の戦闘意欲もなくなったし」(どっかりと地面に座り込む風祭)
龍麻「むっ、何だよー。俺が素直に喜んでいるのに」
風祭「喜んでろ、勝手に」
龍麻「な、何だよ、この馬鹿澳継めっ【蹴】!」
風祭「いてっ! て、てめえ、何すんだよ!」
龍麻「俺を馬鹿にしたからだ、こいつめこいつめっ【蹴蹴】!!」
風祭「いていて、やめろこのー! おい、奈涸! お前も見てないで止め…」
奈涸「……………」
風祭「……? おい、奈涸。どうしたんだよ?」
奈涸「……妙だ」
風祭「……何が?」
奈涸「異形どもの動きが止まった」
風祭「え………」
龍麻「…………?」
奈涸「……君を見ているようだ、龍麻君」
龍麻「え、俺……?」
異形の群れ「……………」
龍麻「お、俺の事…? 何で……?」(戸惑ったように異形を見やる龍麻)
奈涸「……実に面白い。この澳継同様、こいつらも戦う意欲を削がれたようだぞ」
風祭「こ、こら! こんな化け物と俺を一緒にすんじゃねーって!」
奈涸「……龍麻君」
龍麻「え……?」
奈涸「これが君の《力》なんだろうか?」
風祭「………!」(怪訝な顔をしつつもはっとして龍麻を見やる風祭)
龍麻「お、俺……」
奈涸「…………」
龍麻「……わ、分からないよ。でも……」(龍麻はじっと自分の拳を見やった)
奈涸「……………」
風祭「……どうしたんだよ……」
龍麻「何だか…すごく、『何か』が戻った感じだ……」
奈涸「……………」
風祭「なあ…一体何の話しているんだ?」
奈涸「ふ…そして数珠も共鳴をやめたようだよ」
龍麻「え…あ………」


奈涸に言われた後、龍麻は数珠を見てはっとした。
先刻まであんなに激しく呼び合っていたかのような数珠の光と音がぴたりと消えていた。
そうして、目の前にいきなり異界の空間がぽっかりと開いたかと思うと。
まずは動きを止めていた異形たちがその中に吸い込まれて行き、そして―。


如月「龍麻。良かった、無事か」
龍麻「翡……」


その暗闇の中から如月が姿を現し、茫然とする龍麻の名前をしっかりと呼んだ。





次回、最終話………






戻る