ひーちゃんの外法旅行(最終話)




龍麻は目の前に現れた如月の姿を黙ってじっと見つめた。
如月もまた、そんな龍麻と同じ。視線をただひたすら龍麻に向けていた。
先に身体を動かしたのは、龍麻。


龍麻「翡翠―――――ッ!!」(だっと駆け寄って思い切り飛びつき、如月に抱きつく龍麻)
如月「龍麻…っ」
龍麻「もう…ッ。やっと、会えた…! やっと〜!!」
如月「すまない、龍麻…」(ぎゅっと龍麻を抱きしめる腕に力をこめる如月)
龍麻「謝ったって駄目だ…っ。お、俺…すごい…すごく不安だったんだからな…!」
如月「分かってる」
龍麻「分かってないよ! もう、もう…翡翠、傍にいるって言ったくせに!」
如月「ああ」
龍麻「護るって言ったくせに!!」
如月「……言った」
龍麻「なのにずっと何処行ってたんだよ! 嘘つき! 翡翠の大嘘つき!」
如月「本当にすまない、龍麻」
龍麻「…………」
如月「責めてくれて構わない」
龍麻「…………」
如月「本当に僕は未熟者だ」
龍麻「……嘘……」
如月「龍麻……?」
龍麻「今の全部嘘…」
如月「……………」
龍麻「翡翠はちゃんといてくれた。翡翠が一緒に来てくれたから…この世界の何処かにいるんだって思えたから…俺、必死になれた…」
如月「龍麻……」
龍麻「俺、色々大切なもの思い出せた」
如月「龍麻。僕もだ」
龍麻「え…?」
如月「僕もなんだ。僕も…ここに来られたお陰で、今まで得られなかったものを手に出来た気がする」
龍麻「………うん」
如月「君の《力》。感じられたよ」
龍麻「あ、数珠。光ってたよな」
如月「ああ…。それでここに来られた」
龍麻「うん。持っていて良かった」
奈涸「では、もうそれは用済みなのかな?」
如月・龍麻「!?」
奈涸「その如何にも 『 いたのか』 って顔はやめてくれないかな」(意地悪い笑みを浮かべる奈涸)
如月「そうせずにはいられなかったものでね」
奈涸「ふっ…。隣の子犬など、唖然として声も出ないようだぞ」
龍麻「あ…澳継が石になってる(汗)」(慌てて如月に抱きついていた腕を解いて赤面する龍麻)
風祭「………はっ! け、けっ! ったく、何なんだよ! 男同士でいちゃいちゃしやがって、気持ち悪ィ!!」(腕を組んでぷいとそっぽを向く風祭)
奈涸「そう妬くな。これが龍麻君の幸せだ。素直に喜んでやれ」
風祭「だ、誰が妬いてるんだ、誰がっ【怒】!!」
奈涸「ところで翡翠。君たちが出会えたのも、この俺のお陰と言えなくもないだろう。その数珠、譲ってくれないか」
如月「断る」
奈涸「じゃあ、龍麻君に頼もう。どうかな、龍麻君」
龍麻「こ、これ…元々、俺のじゃないし…」(困ったように如月を見上げる龍麻)
奈涸「そうか…。翡翠」
如月「断ると言っているだろうが」
奈涸「強情な奴だな。無料でとは言わないぞ。店にある最上の刀と交換ってのはどうだ?」←それは美里様が京梧にあげちまいました
如月「奈涸」
奈涸「ん」
如月「もし君が選ばれたら……」
奈涸「………?」
如月「そう焦らずとも、これは君の手に渡るよ。そう遠くない未来にな」
奈涸「……………」(如月の心意を量るように目を細める奈涸)
風祭「あ、やべえ! そういや俺、御屋形様の所に行って報告すんの忘れてた!!」
龍麻「報告?」
風祭「色々あった事をだよ! ヘンな女…そうだ、菩薩眼とかよ、翡翠が来た事とかを報告しろってたんたんに…ってあれ? おい、お前! お前たんたんと一緒にいたろ! たんたんは!?」
如月「もう君たちの村に帰ったよ。君が言うところの菩薩眼も村にいる」
風祭「はあ!? い、一体どうなってるんだー??」
龍麻「翡翠、菩薩眼って…何の事だ?」
如月「何でもないよ、龍麻。それより、そろそろ帰ろう。東京がどうなったのか、気になるところだ」
龍麻「あ、うん…」
如月「もうあちらの雨も止んだとは思うが」
龍麻「あ……そういや、雨、止んでる」


龍麻はふと気づいたようになって、空を見上げた。
そろそろ夜も明ける。
白んできた明るい空と雨上がりの森は、実に美しく眩しく光っていた。
そしてその景色の間を優しくぬって流れる風は、とても清清しく晴れ晴れとした感触を龍麻の肌に与えてくれた。


如月「それじゃあ、僕たちは行く」
奈涸「……そうか」
風祭「は? 行くって何処行くんだ?」
奈涸「彼らの住む場所へだよ」
風祭「え………」
奈涸「龍麻君」(すっと龍麻の傍へ近寄る奈涸)
龍麻「え?」
奈涸「僅かの刻だけでも君と共にあれた事を幸福に思う。……元気で」(言って奈涸は跪くと龍麻の手を取ってその甲に唇を当てた)
龍麻「わっ! な、ななな奈涸さん…!」(赤面)
如月「………奈涸【怒】」
奈涸「ふ…どうせ君だって似たような事、やっただろう?」
如月「ば、馬鹿を言うな(焦)!」←ふと思い出した事があるらしい
龍麻「…………?」(訝しげな目を向ける龍麻)
如月「……まったく。さあ行こう、龍麻。これはある偉大な淑女が開けてくれた時代と時代を繋ぐ扉さ。この空間から元の時代へ帰れるはずだ」
龍麻「偉大な淑女??」
如月「気にしなくていい。その人はその人で何とかして帰ってくるだろうから」
龍麻「う、うん??」
風祭「おい!」
龍麻「あ………」
風祭「おい、龍麻! お前、帰るって、何処へ帰るんだよ!」
奈涸「だから彼らの住む場所だと言っただろう」
風祭「くそ忍者は黙っていやがれ! お前! 本当に行くのかよ! もう…もう戻って来ないのかよ!」
龍麻「澳継………」
風祭「勝手な事ばっかやって、勝手な事ばっか言って…今度は勝手にとんずらかよ!」
龍麻「澳継…俺、お前と会えて本当良かった。本当…ありがとう」
風祭「そんな事聞きたいんじゃねえよ! 俺は…!」
龍麻「…………」
風祭「俺は……くそっ、何でもねえよ!」
龍麻「澳継」(言いながら龍麻は風祭に近づいた)
風祭「何だよ……」
龍麻「またさ…会えると思うから」(そうして龍麻はぎゅっと風祭を抱きしめた)
風祭「わあっ! な、何すんだ、離せこのやろっ(焦)!!」
龍麻「やだ」
風祭「やだじゃねー!! 離せってのが…!!」
龍麻「じゃな、澳継っ【蹴】!!」
風祭「いてっ!! こ、こらー!! てめえ、最後の最後まで…!!」
龍麻「またな!! 奈涸!! 龍斗にも宜しく言っておいて!!」
奈涸「伝えよう」
龍麻「ありがとう、本当! ばいばい!!」
如月「……僕も礼を言うよ。ありがとう」
風祭「もう来んなーっ!! 騒ぎの元だー!!」
奈涸「………いつか」


奈涸が口許でぽつりとつぶやいた言葉は、けれど2人にはもう届かなかった。
如月の後に龍麻が黒い空間内に飛び込むと、異界と異界を繋ぐその穴は、その刻を待っていたかのように音も立てず塞がり―。
そうして、その扉は跡形もなく奈涸たちがいる場から消え失せてしまった。


龍斗「龍麻……」


暗く何も見えない空間の中、しかし龍麻は如月の手をぎゅっと握ったまま、その時その声を聞いたような気がした。


龍斗「龍麻…聞こえるか……」
龍麻「龍斗……?」
龍斗「龍麻。元気でな………」
龍麻「あ、うん…! た、龍斗も…!!」
龍斗「俺はお前と違っていつだって元気だ。それより、俺の事は―」
龍麻「あ…あはははは……!」


龍斗の最後の台詞は何かにかき消され、龍麻の耳に聞こえる事はなかった。
それでも龍麻には龍斗の言おうとした事が分かり過ぎる程に分かった。
だから、笑わずにはいられなかった。
そして、何故か涙が出て止まらなかった。


気がつくと―。



如月「龍麻」
龍麻「あ……?」
如月「大丈夫か。怪我はないか?」
龍麻「うん……。ここは?」
如月「僕の家だ。あの世界に飛ばされる前と変わらない……時間も」
龍麻「え?」
如月「飛ばされた日から1日も経っていない。今日は、あの時と同じ日付だ」
龍麻「………そうなんだ」(茫然として、なかなか頭がはっきりとしてこない龍麻)
如月「大丈夫かい、龍麻?」(龍麻を抱いたまま、心配そうな視線を向ける如月)
龍麻「うん……平気………」
如月「…………」
龍麻「あれは…夢じゃ、ないよね?」
如月「龍麻はそう思うのか?」
龍麻「ううん……。そんなの嫌だ。そんなわけない」
如月「勿論だ」(如月は言ってから不意に立ち上がって部屋の障子をすらりと開けた)
龍麻「………翡翠?」
如月「龍麻。良い天気だよ」
龍麻「…………」(黙って立ち上がり、外の景色を見やる龍麻)
如月「久しぶりの晴れ間だ」
龍麻「うん」(言いながら、ゆっくりとその場に座り込む龍麻)
如月「…………」
龍麻「何?」
如月「…何だかとても綺麗になったな」
龍麻「な、何言ってんだよ、突然…っ」
如月「龍麻……」(自分もその場に身体を屈め、龍麻の唇を近づける如月)
龍麻「翡…あ……」
如月「…………」
龍麻「…んッ…ふ…」(ぎゅっと如月の腕を掴む龍麻)
如月「…………」(龍麻をその場に押し倒す如月)
龍麻「……翡翠」(じっと目をつむり、如月におとなしく従う龍麻)
如月「…………」
龍麻「…………」
如月「…………」(しかし龍麻に覆い被さったまま、ぴくりとも動かない如月)
龍麻「……? 翡翠……?」
如月「…………zzz」
龍麻「は……?」
如月「zzzzz………」
龍麻「ひ、翡翠…? 寝ちゃった……の……?」(じたじたと身体を動かしながら、如月の顔を覗き込もうとする龍麻)
如月「……龍麻……」
龍麻「……も、もう。寝言なんかで呼ぶなよ……」
如月「…………」
龍麻「あっちでは寝てなかったのかな……。ずっと……」(ぎゅっと如月を抱いたままつぶやく龍麻)
如月「………zz」
龍麻「おやすみ、翡翠……」


そっと如月の耳元で囁いて、龍麻はふっと微笑んだ。
それから顔をずらし、明るい日差しに包まれている庭を見やった。
明日はみんなに、この旅の報告をしよう。そして色々な事を話そう。そう思った。
けれど、今日は。
今日は、ここにいよう。ここにいて、如月と2人この場所にいたいと……龍麻は思うのだった。




ひーちゃんの外法旅行……完。






完、だけど。



@「もう終わり? 名残惜しいので、もうちょっとこの後の2人が見たい」という方は…

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A「この2人はハッピーだからもういいけど、美里様はどうなった!?」という方は…
こちらへ。




やっと終わったのね…