ひーちゃんの外法旅行(1)



龍麻「こ、こは……?」


龍麻は辺りを見回し、息を飲む。鬱蒼と茂る木々に囲まれ、暗闇の中、龍麻は独りだ。


龍麻「翡翠…?」


如月の姿を探す。しかし夜目に慣れても、その人物の陰すら気配すら龍麻は掴めない。


龍麻「翡翠! 何処!」


ギャーギャーと鳥の声が聞こえ、羽ばたく音がした。辺りは暗いが、どうやらまだ昼間らしい。
何らかの結界が山をこんなに暗くしているのだと龍麻は思った。


龍麻「…翡翠…。傍にいるって言ったのに…ばか」


???「そこのお前、何をしている?」


その時、龍麻の背後から突然凛とした声が響いた。
龍麻が慌てて振り返ると、そこには赤い髪を肩まで垂らした、鋭い風貌の男が立っていた。

誰かに、似ている。


龍麻「!?」
???「……この俺の張った結界内に入ってくるとはな…何者だ」
龍麻「…………」
???「……お前の返答如何では、悪いが生かして帰すわけにはいかん」
龍麻「…………」


龍麻は混乱している為、声を出せなかった。ただ茫然と座り込んだまま、目の前の相手を見上げる。
向こうは静かに、そんな龍麻を見下ろしていた。


???「答えよ。お前は何故、ここにいる」
龍麻「俺……?」
???「口はきけるようだな。そうだ、お前の事を訊いている。お前は、何故ここにいる」
龍麻「何故……」
???「……ここは鬼の住処だ。人は決して寄り付けぬ。…寄り付かぬ」
龍麻「…………」
???「……答える気がないか」
龍麻「貴方は……人でしょ……」
???「…………」
龍麻「鬼には…見えない」
???「…………」
龍麻「貴方…俺の友達に似ている」
???「…………」
龍麻「………俺こそ訊きたい…ここは何処……」
???「…………」
龍麻「……頭が、痛い……」
???「お前―」
龍麻「……え…?」
???「……お前も似ている、な」
龍麻「なに、に…?」
???「……俺の信頼する友にだ。…とても、似ている」
龍麻「………そう」


赤い髪の男はふっと張り詰めていた氣を消した。
ざわついていた辺りの風はやみ、龍麻は急に訪れた静寂に再び顔を上げた。


???「名乗れ。お前の名を聞こう」
龍麻「……………」
???「もしそれすら答えられぬのなら、最早情けはかけん。俺は今ここでお前を斬る」
龍麻「どうして……」
???「それが俺に定められた道だからだ」
龍麻「……ヘンなの……」
???「……もうお前に問い掛ける言葉を、俺は持たぬぞ」
龍麻「…………」
???「………答えよ」

龍麻「………麻」
???「ん………」
龍麻「龍麻、だよ。俺の名前は、緋勇龍麻」
???「緋勇…だと……?」
龍麻「………貴方は?」
???「……………」
龍麻「相手に名乗らせておいて、自分はなし? 翡翠が聞いたらきっと怒る。そういうのは失礼だって、あいつ言ってた」
???「………なるほど。それは道理だな」
龍麻「……あいつはそういう話しかしないから」
???「そうか」
龍麻「……それで、貴方の名前は?」

???「…………」
龍麻「………?」
???「龍麻、か……」
龍麻「うん……?」

???「俺の名は、天戒―」


男は言った。それから龍麻の方に二歩、三歩と歩み寄る。
その男の出で立ち、意思の強さが伺える表情からは、何ものをも魅了する氣が感じられた。
龍麻はしばし、男に魅入った。そしてその男の名前を口にしてみた。


龍麻「天、戒……」


すると男は微かに笑ったようだった。頷いてから、更によく通った声で龍麻に言った。


天戒「そうだ。俺の名前は天戒。九角天戒だ」





以下、次号………






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