ひーちゃんの外法旅行(2)
龍麻「天戒…一体何処へ行くんだ…?」
天戒「鬼哭村」
龍麻「鬼哭…村?」
龍麻は九角天戒と名乗る男に連れられ、山の中を歩いていた。
しかし天戒が張っていたあの暗い結界からは解放されたのか、周囲は穏やかな景色に移り変わっていた。
それでも龍麻は天戒の背中を不安そうに見つめた。
天戒「……龍麻、と言ったな」
龍麻「……うん」
天戒「俺に連いて来るのは不安か」
龍麻「そんな事は…ないけど」
天戒「嘘をつくな。顔に不安だと書いてある。恐ろしいとな」
龍麻「恐ろしいって…貴方の事を?」
天戒「……恐ろしいだろう?」
龍麻「どうして?」
天戒「……………」
龍麻「貴方が鬼、だから?」
天戒「……………」
龍麻「よく分からないけど…怖くはないよ。俺が恐れているものは…俺自身だから」
天戒「……そうか」
龍麻「不安な気持ちは、そりゃあ勿論あるけどさ……」
天戒「行く所がないのなら村に置いてやる。見たところお前は…江戸の人間でもなさそうだ」
龍麻「えっ、あ、あ、うん…。俺、未来人間だから」
天戒「ん……?」
龍麻「何でもないよっ。ところで鬼哭村って…この山の中にあるの? こんな見ず知らずの奴…連れて行っていいの?」
天戒「お前の…その緋勇という名……」
龍麻「え、何?」
天戒「その名に興味があるのでな」
龍麻「? ……ま、まあ、助かるよ。行くあてもなかったし…村はあとどのくらい?」
天戒「疲れたか? あと少しだ…見ろ、あの灯り」
龍麻「あ…本当だ…」
天戒の指差す方に視線を向ける。仄かな灯りと共に、何人かの人影がこちらを伺っている。
何人かが、天戒を認めて叫んだ。「御屋形様だ!」「御屋形様のお帰りだ!」と…。
天戒「皆、変わりはないか」
村人A「はっ」
村人B「お帰りなさいませ、天戒様!」
天戒「うむ。私は屋敷にいる。何かあったら呼ぶのだぞ」
村人A「はっ、村の見張りは我らにお任せ下さいッ!」
龍麻「……………」
村の広場を抜け、家屋を通り過ぎる度に、村人たちが天戒に声をかける。
その一人一人に天戒は視線を送る。言葉を投げる。
龍麻は前を行く天戒との距離に気を遣いながら後をついて歩いた。
龍麻「天戒は…この村の長なんだ」
天戒「……そうだ」
龍麻「偉い人なんだ?」
天戒「それは違う」
龍麻「……? 違うの? でもみんな御屋形様、天戒様って言って慕ってる」
天戒「我らが信頼し合っている事と、俺が偉いと言う事とは関係がない。俺はただ―」
龍麻「うん?」
天戒「……いや。何でもない」
龍麻「……?」
???「こら〜!! たんたんッ!!」
龍麻「うわ…ッ!?」
突然、背後から強い衝撃が走り、龍麻はもんどり打って倒れた。
いきなり龍麻の背中に思い切り飛び蹴りをくらわしてきた相手がいたのだ。
何の受身も取っていなかった龍麻は、ただ面食らってその場に伏してしまった。
龍麻「う…いっ…てェ………」
???「てめェ、たんたん! 勝手に何処へ行ったのかと思っていたら、俺を差し置いて御屋形様のお供かよッ!」
龍麻「はあ……?」(龍麻、ゆっくりと上体を起こしたものの、未だ顔は上げられずにいる)
???「俺だってこんな所で留守番よりはなあ! 外に偵察へ行く方がマシなんだよ! ずりィぞ、お前ばっかり!」
天戒「澳継」
風祭「……ッ! は、はいっ」
天戒「『こんな所』、とは何だ?」
風祭「うっ…! い、いや、それはそのう……」
天戒「澳継」
風祭「!! す、すみません……」
天戒「…桔梗や尚雲が町へ下りているのだ。その間は、俺かお前がこの村にいなければならぬ。それは分かるな?」
風祭「はい……」
天戒「…それからこの者にも謝るのだ。確かに似ているが…龍麻は、龍ではない」
風祭「は……?」
龍麻「いててて…おーいて。一体何するんだよ…急に……」(ようやく立ち上がって埃を払う龍麻)
風祭「ん!?」
龍麻「………いきなり人の事蹴り飛ばして、何のつもりだよ」
風祭「ん〜???」(ずいっと龍麻に近づいてその顔を見つめる風祭)
龍麻「な、何だよ……」
風祭「本当だ。こいつ、たんたんじゃねえっ!!」
天戒「だからそう言っているだろうが」
風祭「似ている…けど、違う。どうりでおかしな格好してやがると思った。突然洋服なんか着てやがるから……」
天戒「それより、龍はいないのか?」
風祭「はっ! そうなんですよ御屋形様ッ! たんたんの奴、今朝方どっかへ行ったきり、姿が見えなくて!!」
天戒「………そうか」
風祭「あいつはいっつもそうなんだ! 1人で勝手にフラフラしやがって、お陰で俺があちこち探し回るハメに…」
天戒「まあ良い。そのうち戻るだろう。あいつはいつもそうだ」
風祭「……御屋形様はたんたんにはいつも甘いんだよな」(ぼそり)
天戒「何か言ったか?」
風祭「いっ、言ってません! 何も!」
天戒「それより龍麻は疲れている。屋敷に戻るぞ」
風祭「は? ま、まさか御屋形様、またこんなの拾ってきて…?」
龍麻「拾ってきてって何だよ」
風祭「反対ッ! 絶対絶対反対ですッ! たんたん1人でも鬱陶しいってのに、またこんな奴まで屋敷に!? 俺は絶対―」
天戒「澳継」
風祭「!!」
天戒「もう決めた事だ。行くぞ」
風祭「……はい」(しかしぎっと龍麻を睨む風祭)
龍麻「な、何だよその目は〜(汗)」
天戒の屋敷―。
龍麻は天戒のはからいによって、何とか落ち着く場所を確保する事ができた。
夕餉の折、天戒は再び一度だけ龍麻の出自を訊ねたが、龍麻が言葉を濁すともうそれ以上は何も問い掛けてはこなかった。
その代わり、風祭が言うところの「たんたん」が戻るまで、村にいるようにと言われた。
その後は好きにして良い、とも。
天戒「見たところ、お前には龍のような《力》があるわけではないらしい。名が同じなのも…単なる偶然かもしれぬな…」
ああ、だから自分は鬼になれとは言われないのか、と龍麻はぼんやりと思った。
それから、本当に自分には《力》がなくなってしまったのだろうか?と、龍麻は自らの拳をぎゅっと握った。
その夜。
風祭「おい、お前。起きろ!」
龍麻「んあ?」
風祭「寝ぼけてンじゃねェ! ったく、図々しい奴だな。ぐーぐーぐーぐー煩ェんだよ!」
龍麻「だって疲れてたんだよ」
風祭「ごちゃごちゃ言うな! 俺が眠れねェんだよ! 寝るなら息とか吸うな!」
龍麻「……無茶言うなよー」
風祭「大体な…俺は御屋形様と違って、お前の事なんかこれっぽっちも信用してないんだからな。下手な事をしてみろ……」
龍麻「何?」
風祭「一瞬で殺してやる」
龍麻「物騒な奴〜」
風祭「本気で言ってんだぞ!!」
龍麻「……澳継、煩い」
風祭「きっ、気安く人の名前を呼ぶんじゃねえッ!!」
龍麻「ごめん、澳継君」
風祭「死にてえのか、テメエ!!」
龍麻「それ以上叫ぶと、マジで天戒に怒られるよ?」
風祭「!!」(慌てて口を両手で塞ぐ風祭)
龍麻「あーあ。澳継のせいで目がすっかり覚めちゃったよ」
風祭「それは俺の台詞だッ!」
龍麻は激昂する風祭を無視すると、立ち上がってすらりと障子を開いた。すぐに庭の景色が飛び込んでくる。
月灯りに照らされて、池や周囲の草木がほのかに燃えるような色を放っている。
龍麻「……翡翠、どうしてるかな」
風祭「何だ?」(龍麻の傍に寄ってきて怪訝な顔をする風祭)
龍麻「ん…? ここに…一緒に来た奴がいるんだけど…はぐれちゃったんだ」
風祭「……お前、山で気を失ってたんだろ」
龍麻「うん」
風祭「そいつはいなかったんだろ」
龍麻「うん…」
風祭「なら、お前を置いて1人で何処かへ行ったんだろ」
龍麻「! そんな事あるわけないっ!」
風祭「ふん、分かるもんか。お前、そいつを信用してたのか? 誰かを信用するなんてバカのする事だぜ」
龍麻「信用するとかしないとかの問題じゃない! 翡翠がそんな事するわけないんだ!!」
風祭「はあ? 何訳分からない事言ってんだよ。とにかくな、人間なんて所詮自分が1番大事なんだよ。信用できるのは自分だけだ!」
龍麻「だから信用とかそういう問題じゃない! 俺と翡翠は…!」
風祭「な、何だよ…?」(龍麻の迫力に押され後退する風祭)
龍麻「〜〜〜! うるせー!」(どげしっ【蹴】!)
風祭「い、いってーッ! テ、テメエ…ッ! 突然何しやがんだーッ!」
龍麻「お返しだよ、お返し! 昼間蹴られたのに何もできなかったからな!」
風祭「こんの野郎〜。人が下手に出てりゃ、調子に乗りやがって…! 殺されたいらしいなッ!」
龍麻「お前みたいなちびに殺されるかッ! 俺は黄龍の器様だぞッ!」
風祭「ち…!? テ、テメエ、この俺の事を…チビと言いやがったな〜【怒】!」
龍麻「ああ、言ったよちび! ちびちびちびちびちび〜!」
最早子供の喧嘩状態。
風祭「コイツ、このくそ龍麻め! ぼっこぼこにしてやる!」
龍麻「やれるもんならやってみろ! このくそちび澳継めっ!」
風祭「またちびと言ったな、このあほ龍麻! テメエなんか、弱っちいくせに!」
龍麻「弱くねェよっ! 俺はお前より強いッ!」
風祭「はんッ。その割にゃ、翡翠だ何だ、連れがいなくて寂しくて泣いてたじゃねえか!」
龍麻「な、泣いてなんかない…ッ!」
風祭「何が翡翠だよ、なっさけねえ顔でつぶやきやがって! ヘッ、翡翠は今頃山の獣に食われてあの世行きだろうよ!」
龍麻「ま、また! お前は言っちゃーならん事言いやがったな〜【怒】!」
風祭「ヘンッ、だって翡翠はお前を置いて何処かへ行ったりしないんだろッ。ならこれしか考えられないだろーが」
龍麻「ないないないない、あるわけないーッ! この性悪小僧の澳継め〜!」(蹴り蹴り蹴り蹴り)
風祭「いていていていて、何すんだ、コイツーッ! もう容赦しねえぞ、くらえ、俺の蹴りをーッ!」
龍麻「おう、いくらでも来やがれーッ!」
風祭「弱い奴は死にやがれーッ!」
天戒「お前たち」
風祭・龍麻「!?」(はっとして互いを引っ張りあったまま動きを止める2人)
天戒「随分楽しそうだが……まだ暴れ足りぬのか」(渡り廊下から声をかけている天戒)
風祭・龍麻「………だらだらだら(汗)」
天戒「……三つ数えるぞ。その間に床に就け。一……」
風祭・龍麻「だだだだだ……ッ!」(もうダッシュで布団に入り込む二人)
天戒「ニ………」
風祭・龍麻「ぐーぐーぐーぐー(大汗)」(わざとらしく寝息をたてる2人)
天戒「三………」
風祭・龍麻「しーん(焦)」
天戒「………。やれやれ、この俺が子守りをするハメになるとはな……」
苦笑しつつ、渡り廊下を静かに去って行く天戒であった……。
以下、次号………