ひーちゃんの外法旅行(3)
龍麻「ふわあ…朝か……」
風祭「がーがーぐーぐー」
龍麻「…ちぇ。自分だってでっかいいびきかいてんじゃんか」
龍麻は自分の布団に片足を侵入させて豪快な眠りを貪っている風祭を恨めしそうに見やった。
それから、ぐんと伸びをする。
外はどうやら快晴のようだ。縁側へと続く障子がキラキラと眩しく光っている。
龍麻は風祭を起こさないようにして、そっと布団から抜け出した。
早朝から天戒の屋敷は活気があった。使用人たちは朝餉の支度に余念がない。
龍麻は広い屋敷の中を一通り眺めた後、天戒を探して庭に出た。
天戒「龍麻か」
龍麻「あ、天戒。おはよう」
天戒「おはよう。よく眠れたか」
龍麻「うん。でも、昨夜はちょっと騒いじゃってごめん」
天戒「ハハハ、構わん。澳継にも問題があったようだしな。しかしあれがあいつ流の歓迎なのだ。勘弁してやってくれ」
龍麻「え〜歓迎…? ふーん、そうなのか」
天戒「……………」
龍麻「ところで、これ、誰かのお墓?」(龍麻は天戒が佇む前にある石を指して訊いた)
天戒「……我が父が眠っている」
龍麻「あ、そうなんだ…」
天戒「龍麻。お前の父はどうした」
龍麻「え? えーと、俺が赤ん坊の頃死んじゃったんだ。だから違う家の養子になったんだけど…あんまり、そういう話したくない」
天戒「そうか。それは悪かった」
龍麻「いいよ。俺も、無遠慮に訊いちゃったし。天戒はお父さんが好きなんだね?」
天戒「ああ。尊敬して止まぬ人だ。父としては勿論、武将としても…男としてもな」
龍麻「ふうん。そっか。だから天戒はそうやって正しく生きてられるんだ」
天戒「正しい?」
龍麻「うん。堂々としてて、村を護っていてさ。理想の村長さんだよ。村の人、皆幸せそうだもん」
天戒「……………」
龍麻「人を引っ張って行く人ってさ…。きっと天戒みたいじゃないといけないと思うんだ」
天戒「……龍麻、お前も―」
龍麻「ん?」
天戒「俺と同じように…皆を導かねばならぬ星を持つのか」
龍麻「何で……」
天戒「そう…思っただけだが」
龍麻「俺は―」
風祭「あー! やっと見つけたぞ、にせたんたん!!」(びしっと指差して風祭登場)
龍麻「に、にせたんたんって…何だよ!」
風祭「いつの間にかいなくなっていたから、俺はてっきり逃げ出したのかと思ったぜ。勝手にウロウロ―」
天戒「澳継」
風祭「!」
天戒「龍麻は俺の客人だ。何か文句があるか」
風祭「べっ…別にない…です」
天戒「まったく、お前は何故そう龍麻に突っかかる。龍がいなくて落ち着かんのは分かるが―」
風祭「べっ、別にあんな奴! 俺は全然…ッ!」
天戒「ああ、分かった分かった。とりあえず中へ戻ろう。朝餉の時間だ」
再び、屋敷内―。
出された食事を一通りたいらげた後、龍麻は思い切って天戒に話を切り出した。
龍麻「ねえ、天戒。その…俺に会わせたいって人はさ…いつこの村に戻ってくるの?」
天戒「元々龍はこの村の人間ではないからな…。一度フラリと姿を消すと、いつ戻ってくるのか見当もつかぬ」
龍麻「………そう」
風祭「まったく、勝手な奴だぜ! 俺たちには大切な任務がそれこそ日を追ってあ―」
天戒「澳継」
風祭「! あ、いやその……」
龍麻「……? あの、それで、さ。親切に置いてもらってご飯まで貰って…。こんな事言うのも何だけど…俺、あまり長くここにはいられないんだ」
天戒「……………」
風祭「な、何言ってンだよ、お前! やっぱりお前、ここから逃げる気だな!」
龍麻「逃げる? そうじゃないよ、俺は―」
風祭「黙れ! いいか、この村の存在を知って無傷で帰れる奴なんざいねェんだよ! どうしてもそうしたけりゃ―」
天戒「よせ、澳継」
風祭「何でですかッ! だってコイツは―」
天戒「龍麻は何も知らぬ。我らの事は何も話しておらぬのだからな」
風祭「俺たちが言わなくたって想像はつきますよ! 大体、この村の存在が江戸の連中に知れたら!」
天戒「龍麻」
龍麻「あ、うん」
天戒「……逸れた連れが心配なのだな?」
龍麻「うん……」
天戒「そうか」
風祭「御屋形様! まさかコイツを自由にするって気じゃ…」
天戒「いや、それは許さぬ」
龍麻「!」
風祭「………そっ……そうでしょう」
天戒「澳継。共に山を下りろ」
風祭「えっ!?」
天戒「そして日が暮れる前に戻れ。……龍の行きそうな所で心当たりがあれば、そこへも行くようにな」
龍麻「天戒…?」
天戒「そういうわけだ、龍麻。俺はお前を手放す気はない」
龍麻「……どうしてもその龍って人と俺を会わせたいんだ?」
天戒「……そうだな」
龍麻「どうして?」
天戒「何故かな。実は俺にもよく分からぬ」
龍麻「え?」
天戒「だがな、龍麻。あの男と会う事は…お前にとって、決して無益な事ではないと思うぞ」
龍麻「……………」
天戒「この俺がそうだったようにな」
龍麻「………うん。分かった」
風祭「…………?」
天戒「龍麻。この澳継も言っていたと思うが、お前は我らが知っているあの男に見目はそっくりだ。おまけに名まで同じときている」
龍麻「うん」
天戒「だがな…どうやら、似ているのはそこまでのようだ」
龍麻「……?」
天戒「お前の魂は、どちらかと言えば俺と近い」
龍麻「え………」
風祭「なっ…何言ってるんですか、御屋形様ッ!?」
天戒「……………」
龍麻「似ているわけないよ。俺が、天戒みたいな人とさ」
風祭「当たり前だ! 大それた事言うンじゃねェッ!」
天戒「……さあ、もう行くがいい。時間は限られているぞ」
天戒はそれだけを言うと、茫然とする龍麻、激昂する風祭を置いてその場を去って行ってしまった。
龍麻は背後でぎゃーぎゃーと騒ぐ風祭の声を遠くで聞きながら、ぼんやりとそんな天戒の背中を見つめていた。
風祭「はーあ、全く飛んだ子守りを任せられたもんだぜ!」(山道を下りながらぶちぶちと文句を言う風祭)
龍麻「子守り〜? 澳継、お前偉そうに言っているけど、何歳なんだよ!」
風祭「へっ、テメエに教える義理はねえよっ」
龍麻「ったく、生意気な奴〜! いつか撒いてやる!」
風祭「おい、にせたんたん! 妙な事考えるなよ! 御屋形様の命令とは言え、お前がヘンな動き取ったらすぐ殺すからな!」
龍麻「お前さあ…何ですぐ死ねだの殺すだの言うんだよ」
風祭「お前が嫌な奴だからだ」
龍麻「むかっ! 嫌な奴だから死ねってか?」
風祭「ああ、そうさ。嫌な奴はさっさと殺す。これが俺のやり方だ」
龍麻「じゃあ訊くけど、何で俺が嫌な奴なんだよ。俺がお前に何したってんだ」←何か結構してたような…
風祭「……御屋形様は似てないって言ってたけどな」
龍麻「は?」
風祭「お前はたんたんと一緒だ。あの村を変えちまう、嫌な空気を持っている」
龍麻「な、何だよ、嫌な空気って…」
風祭「生温くって気色悪い空気だ。俺たちには不要なものだ」
龍麻「……澳継の言いたい事、俺には分からない」
風祭「お前、馬鹿面してるもんな」
龍麻「こ、こいつ……」
風祭「とにかく、いいか! お前は弱い! それだけは確かだから、俺もそんなお前に本気は出したくない。分かったら大人しくしてろよ」
龍麻「……あーあー分かったよ。どうせ俺、この町の事良く分からないし。お前に従う」
風祭「ふんっ、やっと分かったか。大体な、連れを探っすたって、何処を探すってんだ! 何か手がかりあるのかよ」
龍麻「手がかりって言うか…いそうな所に、まずは行ってみたい」
風祭「いそうな所? だってお前ら江戸の人間じゃないんだろ」
龍麻「違うけど、あいつン家、伝統あるからこの町にもあると思うし…」
風祭「はあ? 一体何の話してンだ? その連れの家、江戸にあるのか? 何処なんだよ、それ!」
龍麻「うん。澳継、場所知っているかな。そこ、『如月骨董品店』って言うんだ」
以下、次号………