ひーちゃんの外法旅行(5)
如月は奈涸と名乗る老人が「着いたぞ」と言って指し示した場所に、一瞬声を失った。
【如月骨董品店】―。
如月「………ここは」
謎の老人「ふぉふぉ…。まァ、入りなさい」
如月「……………」
言われるまま如月は店の中に足を踏み入れた。
戸を開いた後、1人先にすいすいと中へと入った老人は、「茶でも淹れようかのう」と言いながら店の奥へと消えて行った。
しんとした空間の中、如月は改めて店の景観をぐるりと見渡した。
陳列棚。薄汚れた壁。やや高い天井。そして、骨董品の数々。
何てことだ。
如月は思わず心の中でつぶやいていた。
現代の東京とはまるで異なる景色・人々を目の当たりにしても、如月は自分の置かれた状況を今一つ信じる事ができずにいた。
けれど今は。認めざるを得ない現実に思わず息を飲む。
龍麻は無事だろうか。
???「やあ、いらっしゃい」(不意に店の奥から長い黒髪の男が現れた)
如月「!?」
???「何か入用かな。それとも、鑑定をお望みか」
如月「……主人は」
???「ん? ―あァ、彼に連れて来られたのかい。あれはここの使用人さ。この店の主は俺だ」
如月「……………」
???「……俺の顔に何かついているかな?」
如月「奈涸……」
???「………?」
如月「先ほどの老翁…化けていたか」
???「ん……おいおい、一体何の話だ?」
如月「くだらない遊びはやめてくれ。僕は冗談が好きじゃないんだ」(思い切り不機嫌な顔をする如月)
???「……………」
如月「それで僕を試しているつもりか」
???「ふ………」
如月「……………」
如月が警戒した眼で見つめていると、目の前の男はいきなり声を上げて笑い出した。
ひどく楽しそうでうある。けれどその後、男は急に挑むような眼を如月に向けてきた。
刹那、如月は背中が震えるほどの衝撃を受けた。
強い《力》を、男から感じた。
奈涸「ははは。まァ、そう硬くなるな。少し遊んでみただけさ」
如月「趣味の悪い遊びだな」
奈涸「………如月翡翠、と言ったな。翡翠、と呼んでも?」
如月「……構わない」
奈涸「改めて自己紹介をしよう、翡翠。俺はこの店―如月骨董品店の主、奈涸だ」
如月「……………」
奈涸「君の姓と同じ名を持つ店」
如月「………ああ」
奈涸「大した偶然だ……などと言う気はない。先ほどの水伎も、我が飛水流のもの。君が俺の一族と関係のある者だと言う事は容易に分かる」
如月「……その割には」(じりと奈涸から一定の距離を取る如月)
奈涸「……………」
如月「何故…そんな眼で僕を見る?」
奈涸「……生憎鏡でもない限り、俺は己の顔を見る事ができないのでね。俺はどんな眼をしている」
如月「……僕を殺す事も厭わない……」
奈涸「……………」
如月「そういう眼をしている」
奈涸「……そうか」
如月「忍たるもの、得体の知れない同じ流儀を持つ人間に警戒する気持ちは分かる。だが、敵か味方かを見極める術を持たないのかと訊いたのは貴方だ」
奈涸「言ったな」
如月「貴方は僕を敵だと認識しているのか」
奈涸「……正直に言おう、翡翠。俺は元々誰も信用していない」
如月「……………」
奈涸「元より俺は飛水を捨てた男。いつどこで命を狙われるやもしれぬ身となれば、それも当然だろう」
如月「飛水を捨てた…?」(怪訝な顔をする如月)
奈涸「……やはり知らぬか。お前のような人間を里で見た事はなかったから、もしやとは思ったが」
如月「どういう事だ、貴方は飛水の人間では…」
奈涸「俺は抜け忍だ。今はただの奈涸。ここで骨董品を眺めて暮らしているだけの、ただの男さ」
如月「何…だと……」
奈涸「俺の話は終わりだ。次は翡翠、君の話を聞こうか」(ようやく腰をおろす奈涸)
如月「飛水を捨てた……」
奈涸「………許せない、という眼をしているな」
如月「何故………」
奈涸「君に話す理由などない。俺は俺の意思であの里を出た…それだけの事だ」
如月「馬鹿な。では、徳川を…江戸を護るという使命はどうした…?」
奈涸「……くだらぬな」
如月「……ッ!」
奈涸「……君は確かに我が一族の人間だ。君のその眼…俺の妹とよく似ている」
一方、山を下りて如月骨董品店に向かっていたはずの龍麻と風祭は―。
龍麻「こら〜!! 澳継〜【怒】!!」(蹴り蹴り蹴り)
風祭「いていていてーッ!! だから蹴るなっつってんだろーッ!!」
龍麻「俺はッ! お前に如月骨董品店に行きたいんだって言っただろ!」(蹴り蹴り蹴り)
風祭「いって…! 痛ェ!! いい加減にしろ、にせたんたんーッ! その前に、『腹減って死にそうだ、江戸の美味い蕎麦の店に行きたい』っつったのはお前だろ!」
龍麻「だからって店と反対方向だって知ってたら、行きたいなんて言わなかった!」
風祭「煩ェっ! 龍麻がのろのろ歩いてさえなきゃ、ちゃんとあっちに寄ってたって日暮れまでには着く算段だったんだ! それをなーッ!」
龍麻「「何だよっ! 俺はちゃんと歩いてた! 大体、澳継だって途中で見世物小屋覗こうとか、だんご屋寄りたいとかごちゃごちゃ言ってたじゃないか! そうだ、総合したらお前のが絶対寄り道してる! こうなったのも全部ぜーんぶ澳継のせいだーッ!」
風祭「何を〜!? にせたんたんのくせに、生意気抜かしやがって…!」
龍麻「わーもうお前のせいでこんな夕暮れ刻になっちゃって! 俺は行きたいんだよ、どうしても! 如月骨董品店に!」
風祭「駄目だ! 御屋形様には今日中に戻れと言われてるんだ。今日はもう帰るぞ!」
龍麻「ヤだ!」(風祭を無視して歩いて行こうとする龍麻)
風祭「こ、こら、勝手に行こうとすんな! 帰るったら帰るんだよ!!」(龍麻の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張って行こうとする風祭)
龍麻「嫌だーッ! 俺は行くんだー!! 翡翠に会うーッ!!」(傍の柳の木にひっつかまって駄々をこねる龍麻)
風祭「こ、この…ッ! おとなしくついて来いって!!」(必死にそんな龍麻を木の幹から離そうとする風祭)
龍麻「………ッ」(ぎゅっと幹に抱きついている龍麻)
風祭「にせたんたんっ! テメエ、いい年こいて何我がまま言って…。……?」
龍麻「…………」
風祭「こ、こら…。……龍麻?」
龍麻「………俺」
風祭「な、何だよ…」
龍麻「…………」
風祭「こら、急に黙りこくるな! 何だってんだよ!」
龍麻「俺…一体、何してんだろ……」
風祭「はあ?」
龍麻「何やってんだ……」
風祭「何って…そりゃ、今日はちょっと遊んじまったけどよ…」
龍麻「今頃…東京では大変な事になってるってのに…」
風祭「は……?」
龍麻「澳継なんかと1日中遊んですげー楽しかったし・・・」
風祭「こ、こら! 『なんか』とは何だ、『なんか』とは!!」
龍麻「……翡翠だって…きっと心配してる…」(柳にしがみついたまま、顔を上げない龍麻)
風祭「……ちぇ! んな事言われたって、俺には分かんねェよ…ッ」
龍麻「ただの愚痴だから聞き流せ…」
風祭「……お前な」
龍麻「………澳継」
風祭「あ? 何だよ…」
龍麻「翡翠は……無事だよな?」
風祭「あぁ? だから、そんな事俺が知るわけ―」
龍麻「…………」(すっと顔を上げて風祭を見つめる龍麻)
風祭「……ッ! なっ…な、な……」(龍麻の顔を見てうろたえたようになり、後ずさりする風祭)
龍麻「…………」
風祭「〜〜〜!! ああ、無事だよ、無事だろうよ! テメエみたいな奴のお守をしてる奴なんだろ、その翡翠って奴は!? ならそう簡単にくたばりやしないだろ!」
龍麻「本当…?」
風祭「お前に疲れて今ちょっと休憩しに行ってんだよ! きっとな! だから・・・店には明日行けばいいだろ! とにかく今日はもう村に戻る! いいな!」
龍麻「…………」
風祭「分かったのかよ、龍麻!」
龍麻「うん。分かった」
風祭「…………」(心底ほっとしたように肩をなでおろす風祭)
龍麻「澳継」
風祭「何だよ」
龍麻「明日は寄り道するなよ」
風祭「お前が言うなーッ【怒】!!」(風祭は龍麻に飛び蹴りをくらわした!)
こうして2人は一体何の為に山を下りたのか?って感じで、再び鬼哭村へと戻る事になったのであった…。
(終わるのかよ、この話……汗)
以下、次号………