ひーちゃんの外法旅行(6)
日が落ちる前に鬼哭村へ戻りたかった風祭と龍麻であったが、不意に降り出した雨のせいで2人の歩く速度は確実に落ちてしまった。
辺りはもう真っ暗である。
風祭「くそ、全くツイてないぜ。こんな時に降り出すなんてよ!」
龍麻「……………」
風祭「…? おい、龍麻どうした。ちゃんとついて来てるんだろうな」
龍麻「うん………」
風祭「疲れたとか言うなよ! 村に着くまで休む気はないからな。俺が御屋形様に怒られちまう」
龍麻「……………」
風祭「……………」(ちらちらとどことなく元気のない龍麻を振り返る風祭)
龍麻「……………」(龍麻は俯いたまま黙って歩を進めている)
風祭「だーッ!! ったく、もう!!」
龍麻「……? 澳継?」
風祭「しょうがねえな! 来い!」
龍麻「え、来いって…? わ、ちょっと、引っ張るなってば!!」
途惑う龍麻をよそに、風祭は突然今まで歩いていた道から逸れて違う方向を歩き出した。
龍麻の手首を掴んで、ぐいぐいと引っ張って行く。龍麻はそれに従うほかなかった。
やがて。
2人は雨を凌げるような小さな洞穴に辿り着いた。
龍麻「澳継、ここは?」
風祭「ちょっとだぞ! 本当の本当にちょっとの間だけだからな! 休憩したらすぐ村に向かう!」
龍麻「え、休憩? いいのか、そんな事して。だって―」
風祭「龍麻が疲れたような顔しているからだろ!」
龍麻「あ………」
風祭「ったく、面倒臭ェ奴だぜ。弱い上に体力もねえの!」
龍麻「…………」(風祭の言葉を耳に入れながらすとんとその場に腰をおろす龍麻)
風祭「お、おい…泣くなよ…」(いやにおとなしい龍麻にびびったように言う風祭)
龍麻「泣きたい」
風祭「おい、こら!!」
龍麻「だって……ここでも、雨なんか降るから」
風祭「はあ? そりゃ雨くらい降るさ。山の天気は変わりやすいからな」
龍麻「違うよ…」
風祭「? 違うって何がだよ」
龍麻「…………」
風祭「何なんだよ……何が違うって言うんだ?」
龍麻「俺が雨を呼んでるんだ」
風祭「はあ?」
龍麻「……………」
風祭「おい何バカな事言ってンだよ! 天候を操るなんて事はなァ、御屋形様にだって出来ない事なンだぞ! 何でお前がそんな事できンだよ!」
龍麻「わざとやってるわけじゃなくて」
風祭「???」
龍麻「……いいよ、別に。澳継に言ったって分からないし」
風祭「むっ! お前、それ俺をバカにしているのか!」
龍麻「違う」
風祭「えっ…そ、そうかよ」
龍麻「事実を言っただけ」
風祭「殺されたいのか、テメエ!!」
龍麻「……ッ! しっ……!」(指を口に当て、辺りの気配を伺う龍麻)
風祭「ん……ッ!?」(風祭もそれで周囲に耳を済ませた)
異形の群れ「ギギギギギィィィィィ―――ッ!!」(突然2人がいる洞窟をぐるりと囲むようにして、夥しい数の異形が現れた!!)
風祭「何だァ? ここらじゃ見ない奴らだぜ!」
龍麻「……こっちの世界にはこういうやつ、いないの……?」
風祭「あん? 龍麻、お前はこういうの見た事あるのかよ?」
龍麻「……顔馴染み」
風祭「……………」(どことなく不審の眼を龍麻に向ける風祭)
龍麻「ついて来たんだ、わざわざ…」
風祭「おい、何の話か分からねェけど、奥に下がってろよ。弱い奴は足手まといだからな!」
龍麻「俺も戦うよ」
風祭「……バカかよ、お前。お前はたんたんじゃないんだぞ。ニセモノだ。そんなお前がどうやってこんな奴らと戦うんだ? 《力》もないくせに!」
龍麻「え……でもちょっとくらい…」
異形「ギギギギギィィィィィ―――ッ!!」
風祭「いいからお前は下がってろッ!!」(言って洞窟の外へと飛び出して行く風祭)
龍麻「澳継!」
風祭「見てろよ、龍麻! 俺の強さ!!」
龍麻「……ッ!」
風祭は言葉の通り、不敵な笑みを浮かべながら次々と異形を倒していった。
龍麻はその風祭の動きにしばし圧倒された。
しかし。
異形「ギギギギギィィィィィ―――ッ!!」
敵の数は一向に減らなかった。
むしろ…そう、増えて行く感すらある。
一体、また一体と風祭に葬られる異形。けれどそれを嘲笑うかのようにまた一体、そして一体と、その数は増していくのだ。
龍麻は自然と洞窟の外へと足を向けた。風祭を援護しなければと拳に力を込めた。
龍麻は《力》を、出そうとした。
風祭「くっそー!! どうなってんだ、コイツら〜!!」
龍麻「………ッ」(自らの掌を見つめ、絶句する龍麻)
風祭「! お、おい、龍麻! あんまり表に出るな! コイツらに狙い討ちされるだろッ!」
龍麻「俺…どうして……?」
風祭「おいこら龍麻! テメエ、人の話聞いてンのかよッ!」(けれど、敵に囲まれて思うように龍麻の所へ戻れない風祭)
龍麻「力が…入らない……」
風祭「龍麻ッ!」
異形「ギギギギギィィィィィ―――ッ!!」(一体の異形が龍麻に襲いかかってきた!!)
龍麻「何でだよ……」
異形「ギギギギギィィィィィ―――ッ!!」
龍麻「俺…本当に……?」(茫然としたまま襲いくる異形を見つめ、動かない龍麻)
風祭「避けろよ、死ぬ気かッ!!」
異形「ギギギギギィィィィィ―――ッ!!」
天戒「剣掌……鬼氣練勁ッ!!」
龍麻「………ッ!?」
異形「ギギャギャギャ―――ッ!!」(異形は悲鳴を上げて消滅した!!)
風祭「御屋形様ッ!!」
龍麻「あ………」
天戒「我が結界内で暴れるとは、良い度胸だ」(言いながら刀を鞘に戻す天戒)
龍麻「……………」(放心し、龍麻はその場にへたり込んだ)
天戒「龍麻、怪我はないか」
風祭「すげーッ! 一瞬であいつら全部消えちまった! さすが御屋形様だッ!」(嬉しそうに2人の元に駆け寄る風祭)
天戒「そう言うお前はどうした澳継。あれの本体も見破れず、不毛な戦いを続けていたな」
風祭「うっ…! だ、だってあんなの初めて見たし…」
天戒「あまりにお前たちの戻りが遅いので心配したぞ。龍麻、大丈夫か。立ち上がれるか?」
龍麻「…………」
風祭「何だよ龍麻。お前、腰抜かしてんのか? なっさけねェ!」(からかうように笑う風祭)
龍麻「…………」
風祭「おい、どうしたんだよ龍麻! ホントにびびっちまってんのかよ?」
龍麻「う………」
風祭「龍麻?」
天戒「……………」
風祭「おい、龍麻―」
龍麻「ぐ……ッ」(突然立ち上がり、龍麻は2人を無視して駆け出した)
風祭「たっ…龍麻…!?」
天戒「……………」
風祭「ま、待てよ、おいこら! 龍麻、てめ……!」(慌てて後を追おうとする風祭)
天戒「澳継」(そんな風祭の肩を掴んで引き止める天戒)
風祭「!? お、御屋形様ッ!? 何で止めるんですか、龍麻が…ッ!」
天戒「……………」
龍麻は訳も分からず、闇に支配されている山の中を闇雲に、めちゃくちゃに走った。
雨は降り続いたままだ。
視界は闇だけでなく、細く冷たい雨と霧にも遮断されている。
それでも龍麻は走らずにはおれなかった。心臓の鼓動が痛かった。
どうしようもない空虚感。
焦り。
龍麻「………ッ!」
しかし龍麻は不意に足を木の茎に取られ、もんどり打って倒れた。
どしゃり、と。濡れた土に身体がぶつかる嫌な音と、じわりと衣服に染み渡る水分と泥の感触が龍麻の感覚を刺激した。
龍麻「う………」
天戒「無茶な走り方をするからだ」
龍麻「………ッ!?」(突然背後でした天戒の声と気配にびくりとする龍麻)
天戒「立てるか」
龍麻「……………」(けれど龍麻は顔を上げない)
天戒「……ここは俺の結界内だ。何処へ行こうとも俺からは逃げられぬぞ」
龍麻「………別に」
天戒「……………」
龍麻「天戒から…逃げようとしたわけじゃない……」
天戒「澳継はそうは思っていないようだぞ。俺の結界内でお前の事を必死になって探し回っている」
龍麻「……………」
天戒「随分、気に入られたようだな」
龍麻「……………」
天戒「そろそろ顔を上げないか。お前の顔が見たい」
龍麻「……………」
天戒「龍麻」
龍麻「……天戒は」
天戒「ん……?」
龍麻「性格が悪いな」
天戒「……………」
龍麻「そんなに人の泣き顔が見たいのかよ……」
天戒「……………」
龍麻「…………ッ」(悔しそうに拳を地面に押し付けたまま動かない龍麻)
天戒「……何故泣く」
龍麻「……………」
天戒「龍麻」
龍麻「あんたには……分からない……」
天戒「……………」
龍麻「分かってたまるか…ッ!」
天戒「……そうか」
龍麻「……っ」(天戒の台詞にぎぐっとして肩を震わす龍麻)
天戒「……………」
龍麻「……ごめん、八つ当たりだ」
天戒「……………」
龍麻「ごめん。天戒には関係ないのに……」(言ってようやく身体を起こし、のそりとその場に胡座をかく龍麻。しかし天戒には背中を見せたままだ)
天戒「何故だ」(そんな龍麻の背中に声をかける天戒)
龍麻「………?」
天戒「お前の痛みを……俺が知ってはいけないか」
龍麻「……………」
天戒「関係はある。言っただろう。俺とお前は、よく似ている」
龍麻「……だから?」
天戒「お前の事が知りたいのだ、龍麻」
龍麻「ふ……さすが大勢を束ねる村長だ。お節介だね……」
天戒「……………」
龍麻「俺の仲間と一緒だよ。お節介で…あったかくて…優しくて。何でも包み込む強さがあるんだ」
天戒「……………」
龍麻「俺とは、違う。俺は……」
天戒「……龍麻。俺を見るがいい」
龍麻「……………」
天戒「そしてこの刃を見るがいい。血に濡れた、怨念に塗れた刀剣だ」(鞘に収めていた剣を抜き、龍麻に示す天戒)
龍麻「天戒……」(ようやく天戒の方に視線を向ける龍麻)
天戒「龍麻。今朝、お前は俺の事を正しいと言ったな。だが、それは違う。俺は鬼だ。修羅の道を歩む鬼なのだ」
龍麻「鬼………」
天戒「だが俺は俺の信じた道を突き進むだけだ。たとえそこに……絶える事のない痛みが伴おうともな」
龍麻「……………」
天戒「お前の痛みは、何だ。龍麻」
龍麻「……………」
天戒「鬼に語る口は持たぬか」
龍麻「………天戒」
天戒「……………」
龍麻「一つだけ……お願いがある」
天戒「聞こう」(天戒は再び刀を鞘に収めた)
龍麻「あんたの手に、触らせて」
天戒「何……?」
龍麻「俺の手…今すごく、泥まみれだけど」(寂しそうに笑う龍麻。それでもそっと天戒に自らの手を差し出した)
天戒「……………」(そんな龍麻に天戒も黙って手を差し伸べる)
龍麻「………熱、が」(天戒の手をぎゅっと握る龍麻)
天戒「龍麻……?」
龍麻「あったかいじゃないか……」
天戒「……………」
龍麻「天戒の手は…人間の手だよ」
天戒「龍麻……」
龍麻「…鬼には見えないって言っただろう。鬼ならここにいるよ…。心も力も…全部失くしちゃった鬼がさ……」
以下、次号………