ひーちゃんの外法旅行(8)



まだ夜の明けぬ鬼哭村。未だ雨も降り続いたままである。
しかし混乱を極めていた村一帯も、全ての火を消し止めた事でようやく落ち着きを取り戻そうとしていた。


さて、そんな九角の屋敷では―。


風祭「こらーたんたんッ! テメエ、今まで一体何処へ行って―」
龍斗「……俺の」(どげしっ【蹴】)
風祭「痛ェッ!!」
龍斗「あだ名は」(げしげしっ【蹴】)
風祭「イテイテッ!!」
龍斗「ひーちゃんだと」(げしーんっ【蹴】)
風祭「ぐあっ!!!」
龍斗「いつも言っているだろーが」(無表情のまま、倒れた風祭を見下ろす龍斗)
龍麻「………(呆)」
風祭「いってえ…。こ、この、くそたんたんめ…この俺を石ころのようにめちゃくちゃ蹴りやがって…!」
龍斗「人の話を聞け」
龍麻「あ、あの…」
龍斗「…………」(ちらりと龍麻を見たまま、口を閉ざす龍斗)
天戒「龍」(天戒が少し遅れて屋敷に帰ってきた)
龍斗「天戒」
天戒「すまなかったな、龍。異形の始末…助かったぞ」
龍斗「通りかかったついでだよ」(にっこりと柔らかく笑む龍斗)
風祭「……御屋形様には文句言わねェくせに……」(ぶつぶつ)
天戒「ふ…何にしろ、良い時に戻って来てくれた」
風祭「そ、そうだ御屋形様! 見張り搭の方はもう大丈夫なんですかっ?」
天戒「ああ、心配ない。怪我人たちの中にもそれほど重症の者はいなかったしな。あれくらいの被害で済んで良かった」
龍麻「て、天戒、俺…ッ」
天戒「そういうわけだ、龍麻。お前は何も気にする事はないのだからな」
龍麻「………でも」
龍斗「……………」
天戒「それよりお前たち、もう挨拶は済ませたか。龍、このお前にそっくりな男は―」
龍斗「緋勇龍麻だろ」
天戒「む…そうだが、お前
龍斗「先刻自己紹介は済ませたよ。……似ているな」(龍斗は龍麻の方は見ず、俯いて微かに笑っているようだ…?)
風祭「似ているなんてもんじゃねえよッ! そっくりだ! 俺、初めてコイツ見た時、たんたんかと思って蹴りを―」
龍斗「蹴るなよ」
風祭「お前がいつも俺を蹴ってるんだろーがッ【怒】!!」
天戒「こら澳継、お前が口を出すとどうにも収拾がつかん。ここに居たくば黙っていろ」
風祭「うぐっ……」

天戒「龍は…龍麻に見覚えはないのか」
龍斗「ないね」
龍麻「……………」
天戒「ふむ…そうか。俺はてっきりお前と同じ血筋の者かと思っていたが」
龍斗「同じかも」
龍麻「!!」
天戒「……………」
風祭「おい、たんたん! そりゃあ一体どういう意味だよ!? お前、このにせたんたんの事、知らないんだろう!?」
龍斗「知らない」
風祭「なら何で同じ血筋の者かも、なんて事が言えるんだよ!」
龍斗「そうかもしれないし、違うかもしれない。その程度の台詞だよ。あまり深く考えるな」
風祭「……ったく、いつでも適当な奴!」
天戒「……龍麻はどうだ。やはり龍の事、見覚えはないか」
龍麻「う、うん……」
天戒「……………」
風祭「は〜じゃあ、やっぱりお前ら他人の空似ってやつかあ。そういう事ってあるんだな」
天戒「……………」
風祭「でもま、何となく納得かな。このにせたんたんの方は戦いの方はからっきしだし。たんたんと同じ血が流れてたら、もうちょっとやれてもおかしくはないもんな」
龍斗「馬鹿なお前が愛しいぞ、澳継
風祭「なっ! な、何だと、どういう意味だ、テメエ〜【怒】!」
天戒「……………」(何やら考え込む天戒)
龍斗「……………」(その様子を見やる龍斗)
龍麻「………?」
風祭「こら、たんたん! 俺のどこが馬鹿なのか言ってみろって!!」
龍斗「そうがっかりしないで、天戒」
風祭「たんた……!」
龍斗「………ね」
天戒「ん………」
龍斗「俺の事が分からなくても…あんたはそれで良いと言ったじゃないか」
天戒「ああ……」
龍斗「俺はこうして帰って来ているだろう?」
天戒「ああ……そうだな……」
風祭・龍麻「………?」
天戒「そうだったな……」
龍斗「……さて、俺はもう寝るとするよ。ん……けど、今夜は何処で寝たらいいんだ?」
風祭「あーッ、そうだッ! 御屋形様ッ! 俺! こいつらと3人で寝るなんてごめんですよっ。ただでさえ狭いって言うのに―」
龍斗「お前が言うな。しょっちゅうごろごろ転がって人の寝床にまで入ってくるくせに」(軽く蹴りっ【蹴】)
風祭「いてっ! お、お前だってそれでそうやって俺に蹴り入れてくるじゃねえかよッ。まだこの龍麻の方が―」
龍麻「天戒」
天戒「ん……」
龍麻「俺、俺はさ…俺は寝る場所なんて何処でもいいから」
天戒「…………」
風祭「う……」
龍麻「明日まで置いてくれればいいんだからさ…。別に布団なんてなくてもいいし」
風祭「お前なあ、何みじめったらしい事言って同情引こうとしてんだよ! そんな事言って御屋形様が『そうか』って言うと思うか?」
龍斗「ならお前、土間で寝るか」
風祭「何で俺がッ!」
天戒「やめろ、2人とも。休む場所など他にもある。……龍、すまぬがお前は別の部屋で寝てくれ」
龍斗「……御意」(ふっと笑って部屋を出て行く龍斗)
天戒「澳継。お前は昨晩と同じ、龍麻と一緒だ。龍麻も、いいな」
風祭「……まあ、俺はどっちでも」(ちらりと龍麻の方を見る)
龍麻「…………」
天戒「龍麻、どうした」
龍麻「……天戒」
天戒「……何だ」
龍麻「あの人と会ったんだから…俺はもう自由なんだよね?」
天戒「…………」
龍麻「天戒、そう言ったよね。緋勇龍斗と会った後は、俺の好きにしていいって。俺がこの村を出て行っても、別に構わないんでしょう」
風祭「な、何言ってんだよ、お前!」
龍麻「だってそういう約束だった」
風祭「
そ…し、知るかよ、そんな約束! お前、まだここから逃げ出そうなんて考えていたのかよッ! 言っただろ、この村を知った人間は無事に生きてこっから出る事はできねェんだよ!
天戒「澳継」
風祭「だって御屋形様! そうでしょう、こいつはたんたんとは違うッ。鬼道衆の一員になったわけでもないのにッ! ここから出たくなったから、じゃあハイさよならってわけにはいかないでしょう!?」
天戒「……………」
龍麻「……………」
風祭「何で黙ってるんですか、御屋形様ッ!」

天戒「龍麻」
龍麻「……………」
天戒「お前は龍を見て…お前の中の何かが変わる事はなかったのか」
龍麻「…………」
天戒「お前たちが顔を合わせてからまだ1日と経っていない。言葉もそれほど交わしてはいないだろう。このまま龍と別れるのは惜しくはないか」
龍麻「……逆、だよ」
天戒「逆?」
龍麻「……あんな感じだとは……」
天戒「どうした。龍に出会って、何を思った」
龍麻「一見…すごく平然としていて…優しい感じだけど……」
天戒「…………」
龍麻「俺……あの人が怖い……」
天戒「龍麻……」
龍麻「嫌だ…俺、あの人と一緒にいたくない……」
天戒「……龍が、怖いか」
龍麻「怖い…。あの人は、すごく強い…。俺とは全然違うよ……」
天戒「………そうか」
風祭「………? 一体、何言ってンだ……?」
天戒「…………」
風祭「おい…おい、龍麻。お前、また泣いてんのかよ……」
龍麻「………泣…て、ない…」
風祭「おい、何ショック受けてンだよっ。たんたんがお前より強いのなんて当たり前だろー? そんな事でいちいち落ち込んでンじゃねえって!!」
龍麻「………ッ」
天戒「…………」
風祭「おい、龍麻!」


一方、場面は再び舞い戻る。如月がいる、【如月骨董品店】へ―。


奈涸「翡翠。君は眠らないのかい」(ほの暗い店の中、蝋燭の灯り一つで書物を貪っている如月を呆れたように眺める奈涸)
如月「………そういう貴方は」
奈涸「ふむ。身体は睡眠を欲しているんだがね。得体の知れぬ忍が我が家に居着いているので、気になって眠るに眠れないのさ」
如月「迷惑ですか」
奈涸「ああ、迷惑だね」
如月「……………」
奈涸「だがそれ以上に…興味深い」(にやりと笑う奈涸)
如月「……………」
奈涸「飛水の掟を破り、抜け忍となった俺を…君は恨んでいるのだろう?」
如月「……………」
奈涸「何故、大人しくここにいる。何故俺の命を奪おうとしないんだ」
如月「……僕には関係ない事だ」
奈涸「とてもそんな風には見えなかったがね」
如月「……………」
奈涸「俺の正体を知った時の君の顔…君自身に見せてあげたかった。驚き、怒り、そして失望…全てが入り混じった顔をしていたよ」
如月「……………」
奈涸「敢えて心を殺したか。それは何故だ」
如月「……………」
奈涸「無口だな」
如月「………僕に何を言わせたい」
奈涸「ん………」
如月「訳あってここから動く事はできない。僕はここで待たなければならない。だが…これ以上貴方が僕の逆鱗に触れるようならば……」
奈涸「何だ」
如月「……………」
奈涸「先刻もそんな事を言っていたが…君はここで誰を待っているんだ」
如月「……………」
奈涸「裏切り者を前にして…君が俺に手を出さない理由がそこにある。君はここで誰を待っているんだ」
如月「僕の……生きる理由……」
奈涸「何…?」
如月「貴方にはあるのか。飛水の使命を放棄し、徳川も江戸も興味のないものとなった貴方に…何を置いても護りたいものが、貴方にはあるか」
奈涸「……別にないと言ったら?」
如月「……構わないさ」
奈涸「……………」
如月「別に構わない。言っただろう、僕には関係ない事だ。ただ―」
奈涸「ただ?」
如月「それが本当なら…僕と貴方はきっと他人だ。貴方は直ここで同じ飛水の人間に殺される。そしてこの店だけが…何故か同じ一族の者によって受け継がれていくんだ」
奈涸「はは、何だいそれは。君は予言師か何かかい」
如月「違う。知っているというだけだ」
奈涸「益々分からないな」
如月「……………」
奈涸「………なあ、翡翠」
如月「……………」
奈涸「君は今この江戸が…どんな状況にあるか知っているか」
如月「……………」
奈涸「我ら飛水が護るべき徳川が…どんな状態だか知っているか。いや、それよりも何よりも…我ら一族の現在の姿を、君は知っているのだろうか」
如月「………?」
奈涸「どうなんだい、翡翠」
如月「……何が言いたい」
奈涸「知らぬのなら…君には知っていて欲しい。それだけさ」
如月「江戸や徳川…一族の事を?」
奈涸「ああ、そうだ。江戸を見つめ、徳川を見つめ、そして我が一族を……見つめていて欲しいのさ」
如月「……………」
奈涸「これは俺の単なる我がままだがね」(楽しそうに笑って如月を見やる奈涸)
如月「……奈涸」
奈涸「ん…何だ」
如月「これは僕の率直な感想だ。気分を害したなら済まない」
奈涸「おいおい、何だ。改まって」
如月「貴方が望むと望まないとに関わらず…貴方は根っからの忍者だな。その感情全てを押し殺した笑顔の裏で、一体何を思っているんだ」
奈涸「……………」
如月「誰も信じない、か。納得だよ」
奈涸「ふ……」
如月「何がおかしい?」
奈涸「…これを教えてくれた友人がいてね」
如月「………?」
奈涸「俺はこう見えても直情型なんだ。忍たるもの、いつでも己の感情は消し去っていなければならないのにな。翡翠だってそう習っただろう」
如月「ああ……」
奈涸「だがね、俺にはなかなかそれが出来なかった。せいぜい頑張って無の表情を作るくらいだ」
如月「……………」
奈涸「しかしそんな俺に彼は言った。『鉄面皮は余計に人々の警戒心を煽る。誤魔化したければ、笑っていろ』とね」
如月「………笑う」
奈涸「俺のわざとらしい笑みを綺麗だと、その人は言ってくれたよ」
如月「……………」
奈涸「そんな彼も実に器用に美しく笑う。翡翠にも会わせてやりたいものだ」
如月「…………・・」
奈涸「緋勇龍斗。それが俺の友人の名前さ」




以下、次号………






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