《15》
鬼道衆の一翼を担う九桐尚雲が偵察の旅から久しぶりに古里へと帰り着くと。
村のあちこちは何やら異様な熱気に包まれていた。


九桐「何だ……?」


人だかりは、御神槌がいる村の礼拝堂の方にある。
九桐がその群れに近づき、1番後ろの者に声をかける。村人は九桐の存在に気づいて深々と頭を下げたが、何かあったのかと聞かれると頬を紅潮させて答えた。


村人「何だか今日のミサは一味も二味も違う感じなのですよ!」


九桐が首をかしげつつひょいと首を伸ばして中の様子を伺うと、あれは御神槌だろう、相変わらずの牧師風スタイルで、祈りを奉げる娘たちに何やら厳かな雰囲気で話をしているのがちらりと見えた。
しかし別段、いつもと変わった様子には見えないのだが。


娘A「はあ〜…素敵……」
娘B「そんな事実があったなんてねえ…」(うっとり)
娘C「何だか目が覚めた気分だわ。開眼したって言うのかしら!」
娘D「ホントホント!」


礼拝を終えて外に出てくる娘たちは皆口々にそう言い、満足した様子で帰って行く。
九桐はそんな村娘たちの背中を見送りながら、さすが御神槌、さぞかし彼女らに諭す言葉も優しく立派なものなのだろうなと感心した。
その後も次々と礼拝には人が訪れて来る。
九桐はそんな村人たちの邪魔にならぬよう、そっとその場を離れた。


娘E「きゃーもう見せて見せて!」
娘F「待って待って、私が先よー!」
九桐「ん……?」


すると、今度はまた違う方向から華やかな声と娘たちの群れが九桐の横を通り越して行った。
怪訝に思ってそちらへ目をやると、どうやら彼女らが喜び勇んで出てきたのは雹の屋敷であるようだった。


九桐「ほう。雹が人を屋敷に入れたか…!」


多少驚いて九桐は思わずそう声を漏らした。その後も次々と年若い娘、幼子を抱えた母親、そして孫の手を引いた婆様など(それでも何故か殆ど女。男もたまにいる)が、雹の家から出てくる。
近くの村人を捕まえて話を聞くと、何やら最近雹は村人たちを楽しませる為に絵巻物をガンリュウと作るようになったのだという。人並み外れた《力》によって、ガンリュウだけでなく、多くの人形たちを操って大量の書物を作り上げているそうなのだ。
九桐はまたしても感心してしまった。
あんなに塞ぎこんでいた雹が。
暗い過去を持ち、哀しみに暮れる村人たちの為にそんな事をするようになったとは。


娘G「はー萌えー」
娘H「萌え萌えー」


九桐「………?」


通りすがりの娘たちの言語は九桐には理解不能だったが、それでもその幸せそうな笑顔にとりあえずは自分も微笑んでしまうのだった。
燃え……きっと気持ちが燃えるように熱中してしまう恋愛絵巻なのだろうと思う。←ある意味正しい


火邑「………ぶつぶつぶつ………」(何事かつぶやきながら歩いてくる火邑)
九桐「お。よう、火邑! 久しぶりだな!」
火邑「……ッ!?」
九桐「はははっ。どうした、お前が俯きながら歩くとは珍しい。金でも落としたか?」
火邑「ち、違う! あんなのは本当の俺じゃねえっ(焦)!」
九桐「ん……?」
火邑「あれは何かの間違いだっ! 俺は何も見ちゃいねえ! あれは悪夢だ! 俺を惑わす為に幕府が送ってきた刺客なンだッ!!」
九桐「な……おい、落ち着け。一体何があったと言うのだ…ッ!?」
火邑「何もかも幻だーッ! 俺は闘う男! 踊る男なんかじゃねーッ!!」(だーっと走り去る火邑)
九桐「…………ぽかーん」


訳が分からず、火邑の去っていった方向を見やる九桐に、しかし今度は反対方向から子供たちのはしゃぐ声がどたどたと聞こえてきた。
子供たちは何やらカゴいっぱいに入った魚やら木の実やらを運び、とても興奮している。


九桐「おい、どうしたんだ、それは? 随分大漁じゃないか」
子供A「あ、尚雲様! うん! あのねえ、泰山がくれたんだ!」
九桐「ほう、あいつが? 山を下りてきているのか?」
子供B「うん、でももう帰っちゃった。まだまだ色々獲れるから、すごく忙しいって。競争しているといっぱい獲れるんだって」
九桐「競争?」
子供C「うん! あのねえ、その人と魚採りとか山菜とか焚き木運びとかしてて楽しいって! それでね、たくさん余ったから僕たちにもおすそ分けって、こんなにいっぱい!」
九桐「それはスゴイな……」
子供D「早くおっかあにも見せてやろ! わー!!」(そして子供らはちりじりに帰って行った)
九桐「澳継が山にでも篭もっているのか…?」


九桐が村での異変を感じたのは、これだけではなかった。
一刻も早く主である天戒の所へ向かいたかったが、ふと発見してしまったのだ。
同じ天戒の片腕である男の、おかしな行動を。


九桐「嵐王……?」
嵐王「ぎくっ!!」(後ろからいきなり声をかけられて驚いて身体を跳ねさせる嵐王)
九桐「お前…何をしているんだ?」
嵐王「あ、あ〜…その、まあ、あれだな。戸締りってやつだな!」(そう言いながら何故か手にしていたトンカチをさっと隠す嵐王)
九桐「……外から家の戸締りか?」
嵐王「お、おう! まあな。この中には俺のよー、その、大事な実験道具がいっぱい入っているから! 俺の留守中、泥棒に入られぬように…な…」
九桐「…………」
嵐王「そ、それよりお前…え、えーと…お前! お前もこれから御屋形様の所に行くのか!? な、なら一緒に、だな…!」
九桐「…………」
嵐王「一緒…に……(汗)」
九桐「……嵐王。俺の名を忘れたか?」
嵐王「びくっ(大汗)。ま、まさか、ははは…! 忘れるわけないだろーよ、なあ、相棒?」
九桐「………お前。嵐王か?」
嵐王「あ、あ、あ、当たり前だろぅ〜? ほら、この背格好! この声! この鳥面! は、ははは、面をしてたら俺だって事は分からないかっ」
九桐「……確かに発する氣はお前そのものだが……」
嵐王「だ、だろ!? まあ、俺も一夜明けてこっそりこいつの面取った顔見てびっくりしたよ。まさか俺の先祖がこんなマニアックな……」(はっとして口を塞ぐ……嵐王…?)
九桐「……先祖?」
嵐王「……だらだらだら(汗)」
九桐「お前……何者だ……」
嵐王「だ、だから俺は嵐王……」


???「おーい、嵐王」


その時、殺気に満ちた九桐と慌てた様子の嵐王(?)の前に、助けのような声が降り注いだ。
その人物は飄々とした様子で片手を挙げ、何やら気まずい空気の2人の間にも構わず割り込むとにっこりと笑った。
九桐の空気が目に見えて和らぐのを嵐王(?)は感じた。
それも、そのはず。


九桐「師匠」
龍斗「あー九桐。お前。帰ってきてたのか」
九桐「今、な」(嬉しそうに笑う九桐。例に漏れず九桐も龍斗が好きらしい)
龍斗「そう。お帰り」(にっこり)
嵐王「お、おおお……(震)!」(龍斗を見るなりぷるぷると肩を震わし、感動している様子)
九桐「む……。そうだ、おい、お前…」
龍斗「嵐王」
嵐王「え…っ!?」(はっとしたように我に返る嵐王・?)
九桐「し、師匠…この男は…」
龍斗「ん、嵐王だよ」
九桐「何……」
龍斗「な、嵐王」
嵐王「は、はいぃ…!」
龍斗「御屋形様がお呼びだ。さ、行こうか」


さてさて、先祖に化けた鬼道衆一の平凡男・風角の運命や如何に!?



以下次号……






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