第153話 奴がまたやって来る

  龍麻はあ然としてしまったが、黙っているわけにもいかず、オズオズと壬生の陰から口を割った。

「そ、そのう…。親分のフィアンセ様と同一人物かは分からないですけど、全く同じ名前の女性なら、俺、知ってます」
「何だと…!?」
「龍麻、本当?」

 イゾウ親分だけでなく、壬生も驚いたように振り返って訊ねた。そうか、壬生と美里は会ったことはなかったかもしれないと思いながら、龍麻は頷いた。

「うん…。壬生にも話したことあると思うけど、俺のこの服とかアイテム袋を調達してくれた仲間のひとりだよ。美里葵って言うんだ」
「美里…」
「ミサトアオイと名乗ったのか! それで、アオイは今どこにいる!!」

 親分はゼエゼエと息を切りながらも椅子から離れ、龍麻に近づこうとした。けれども、やはり体調が優れないのだろう、その場に倒れ伏してしまった。龍麻は「あっ」となり、思わずといった風に今度こそ親分の元へ駆け寄った。壬生は驚いた。しっかり押さえているつもりだったのに、龍麻がいとも簡単に自分の手からするりと抜けて走って行くから―。

「親分、大丈夫ですか…!? あ、親分ってまた言っちゃった!!」
「…ざけんんじゃねェぞ…ッ。俺に気安く触ンじゃねェ!!」
「でも! 具合悪そうだし! 一度休んだ方が!」
「いいから言え! アオイは今どこにいる!?」
「そ、それは…それは、俺にも、分からないんです」

 苦しそうにする親分の肩を抱き、支えるようにしながらも龍麻は項垂れた。何故か親分がとても可哀想に見えたし、自分の情報は結局何の役にも立たないと感じて。

「美里はとても頼もしい仲間だけど、いつも何処に行っているかは分からないんです…。神出鬼没というか…。俺が出会ったのは俺の村がある所から少し離れた荒野で、美里は≪ボサツショップ≫っていう何でも屋さんを開いていて」
「ボサツショップだ…?」
「確かに美里は、みんなにはない不思議な力を持っていました。女神様って言われても納得というか。この服も、俺の仲間が言うには、すでに最高レベルの装備だって…。何でも揃えられて、それに、呪いもかけられて。俺よく、呪いをかけられて、今もかかったままらしいんですけど」
「……女神様のすることではないよね」

 壬生がボソリと呟いた言葉を、しかしこの場にいた2人はスルーした。

「そ、そう、それによく考えたらこのカバンも…! 俺はこの国に入ってすぐ、このカバンも含めて、アイテム全部盗まれちゃったんですけど、何故かこのカバンだけは、いつの間にか俺の元に戻ってきてた!」←いや不思議に思えよ
「……確かにアオイは……治癒魔法だけでなく、他の魔法についても研究していたようだ…。俺には隠したがっていたが」
「じゃあ…親分が探しているアオイ様って、やっぱりみさっ…美里様、のことかもしれないです!!」
「最後に見た場所はどこだ…」

 親分に訊かれて龍麻は困惑した。どこだっただろうか、確か―。

「よく覚えていないんですけど、確か天童…九角国だったと思います。美里と天童…その、九角国の王様とは、親戚って言っていましたけど…」
「九角…だと!?」
「九角って…あの、黒龍を信奉している…? 龍麻、君はあの国へ行ったことがあるの?」

 これには壬生も驚いたようだ。龍麻はそんな壬生たちの反応にこそ驚いてびくっとしてしまったが、すぐに頷いて「行ったことあるよ」と告げた上、さらに(彼らにとっては)トンデモ発言をサラリと発した。

「天童は俺の…友だちなんだ。いろいろあったけど、今は友だち。いっつも偉そうだけどね」
「……龍麻。あの九角国の皇子を友だちだなんて言う人間は、きっと君だけだろうね」
「え、何で?」
「ざけやがって…。あの野郎、まだアオイのこと、諦めていなかったのか…!」
「え? 諦めて…って?」

 ぎりりと歯軋りする親分を龍麻が振り返り見ると、親分は見るも恐ろしい歪んだ顔をしていた。龍麻は「ひえっ」と小さな悲鳴を上げ、思わず親分から手を放した。拍子、親分はどさりとその場に倒れ込んでしまう。

「あ、ご、ごめんなさい! あんまり怖い顔しているもんだから…!」
「くそが…!」

 倒れ込んだままの親分は、床を自らの拳で叩きながら悪態をついた。しかしその様子は、別段龍麻に怒りを向けているわけではないようだった。どこでもない虚空を怒りに満ちた眼で見つめ、「九角の野郎は…!」と呻くように告げる。

「あいつは…美里家とは古くからの繋がりがあるとか適当並べて、アオイとの婚約を無理やり迫った文を寄越しやがった…! アオイには俺という男がいるのに、有り得ねえ! すでに滅びかけの貧国のくせしやがって…!」
「え、婚約を? まさか…」

 龍麻の思わず口をついて出た台詞を親分は聞きとがめ、青白い顔を仄かに赤くした。

「何がまさかだ! 現にあの野郎の城にいたんだろう、アオイは!? 奴に拉致されていたのか!?」
「い、いやいやいや、全然違うというか…!」

 むしろ美里によって天童の城は一部破壊されたらしい。いかにも「招かれざる客」というかで、鬼道衆の人達も大変そうだったし、当の美里と天童も、誰がどう見ても仲は悪そうだった。

(まぁでも、あんな風に憎まれ口叩きあえてたってことは…それだけ親しいってことだったのかも?)

 しかしまさかあの2人が結婚を約束した仲だったとは!? …とは言え、見た目に関しては美男美女カップル、この親分と美里、というよりは、天童と美里が並んだ方が、遥かにお似合いカップルだと龍麻は感じた(あまりにも失礼過ぎる勇者)。←ついでに天童と美里がこの龍麻の考えを知ったらどうなることか…
 ただ、幸か不幸か、龍麻のこの考えが外に漏れることはなかった。

≪……ビル≫

 それは謁見の間の外から、不穏な空気がすっと流れ込んできたからなのだが。

「龍麻!」

 その気配に一番に気づいたのは壬生だった。さっと振り返り戦闘の態勢を取る。
 何かが来る。
 分からないが、不吉な、何かが。
 そして龍麻も壬生の反応から一歩遅れ、ゾワリと背筋が凍る感触を味わった。

「ぐうっ!」

 そしてその場にいたイゾウ親分も、また―。

「親分!?」
「ぐ、ぐうう…! な…何だ…!?」

 親分は胸をかきむしり、呻くように視線を泳がせた。確かに、何かが来る。何か、明らかによくないものが。
 けれども、懐かしい何かをも感じる……。
 そして不意に頭を過ぎった、自分の傍にいるこの勇者の姿。

「俺は…お前を…知って、いる…?」
「え?」

 龍麻が驚いて親分を見下ろした。瞬間、親分の中で何かが弾けた。

 ギギギギイイィ…。

 そして重い扉が開かれ、そこから現れたモノ、それは――。



 以下、次号…!!!



  《現在の龍麻…Lv23/HP180/MP135/GOLD100》


【つづく。】
152へ/154へ