第51話 紅い髪の男

  人家を離れ影を追った先は行き止まりだった。
「 ハアハア…あれ? おかしいな…」
  殆ど間をおかず追いかけてきたはずであるのに、いつの間にか音の主を見失っていた。
  龍麻は大樹に囲まれた茂みをきょろきょろと見渡した後、ふとその一角に土が不自然に盛り上がった部分を見つけ眉をひそめた。
「 何だ…これ…?」
  龍麻は足元を調べた!
  何と地下通路を見つけた!
「 わっ。びっくりした…」
  中を覗くと、ずっと下まで石の階段が続いている。奥は見えない。龍麻はごくりと息を呑んだ。
「 ど、どうしよう…。さすがにここを1人で降りるのは危ないかな…」
  龍麻は逡巡した!
  しかし。

  ヒタヒタヒタ……

「 あっ! あの音!」
  それはまるで龍麻を誘うように、地下のずっと下の方から聞こえてきていた。
「 い、行くしかないな…!」
  龍麻は地下の階段を1人で下り始めた!!


「 う…暗い、な…」
  暫くじっと立ち止まって目が慣れるのを待ったが、それでも視界が不明瞭なのに変わりはない。龍麻は全神経を耳に集中させながら歩を進め続けた。
『 グハアアー!!』
「 えっ!?」
  その時、モンスターが現れた!!姿形はよく見えないがかなり大きい!!
『 グハッハー!!』
  モンスターの攻撃!!
「 ぐっ…」
  龍麻は10のダメージを受けた!!
「 はっ!!」
  龍麻の攻撃!!
『 グオオッ!!』
  モンスターは10のダメージを受けた!!モンスターは怒り心頭で更に激しく襲いかかってきた!!
  モンスターの攻撃!!
「 ……っ!? な、に…?」
  龍麻は10のダメージを受けた!!龍麻は毒を受けた!!
「 いっ…」
  龍麻は更に5のダメージを受けた!!
  しかし龍麻は珍しくへこたれなかった!!
「 こん…こんなんで、死んだら…皆に悪過ぎるって…!!」
  龍麻渾身の攻撃!!
『 グッハアー!!』
  会心の一撃!!
  モンスターは50のダメージを受けた!!
『 グシュウウゥ〜……』
  モンスターを倒した!!モンスターは溶解し、地下通路に付着していた苔に戻った!!
  40の経験値を獲得、300ゴールドを手に入れた!!
  龍麻はやくそうを手に入れた!!
  チャラララッチャッチャッチャ〜!!
「 ん…?」
  龍麻はレベルは上がっていないが、ラリホーを覚えた!!(何で!!)
  戦闘終了。


「 はあ…もしかして…俺、初めて1人で勝ったかも…」
  ぺたんと尻もちをつき、龍麻は暗い地下の中で荒く息を継いだ。
  ようやく辺りがぼんやりと見えてきたような気がする。
  細く長い地下通路だ。しかし明らかに人の手が加えられているそこは、以前はどこかの町とこの村を繋ぐ重要行路だったのかもしれない。石の壁に手をつきながら、龍麻は、今はすっかり寂れてしまっているようなそこで暫し茫然としていたが、やがて立ち上がるとぐっと唾を飲み込んで再び歩き始めた。
「 とにかく…先へ進もう」
  龍麻自身、どうしてそう思ったのか分からない。今まで誰かといなければ不安で、1人で戦うなどとんでもない話だった。
  それなのに何故か足は、気持ちは急いていた。先刻の足音のせいではない。それはきっかけの1つに過ぎなかった。
「 ん…そういや、さっきのラリホーって何に使う魔法なんだろ」
  誰もいない地下通路の中、龍麻はそんな事を呟きながらただ前へ進んだ。
  この時の龍麻に恐怖はなかった。
  ただ。


「 ん…?」
  どれだけ進んだことだろう。幾つかあった曲がり角を全て無視して真っ直ぐ進んできた先には、何やら丸まっている黒く大きな「何ものか」がいた。
「 何だ…?」
  そこはもう大きな壁に遮られ行き止まりだった。そんな場所で、影はその壁に片手を添えるようにしてどこか苦し気にうずくまっていた。
『 うぐぐぐぐ……』
「 人…?」
  はっとして龍麻は歩を進めた。近づくにつれ、それが人の形をしている影だと分かる。この人があの足音の正体なのだろうか。
「 どうかしましたか…」
『 ぐぐぐぐ…ぐぐぐぐ……』
  影はひどく苦しんでいた。龍麻は尚も近づき、そして屈み込むようにしてその背中を丸め座り込んでいる人物に声をかけた。
「 具合でも悪いんですか? どうしたんです…?」
『 ……ミ、ズ…』
「 水…? 水ですか、えっと…」
  持っていないな、と龍麻が一瞬躊躇した時だった。
『 キエエエエエエ!!!!』
「 !!!」
  それは人ではなかった!!
「 な…」
『 キエエエエ!! シュワアアアア!!!』
  奇声のような音を出し、それは龍麻に向かって高々と両手を挙げ、鋭い爪をむき出しにしてきた。
「 ……!!」
  龍麻は驚きのあまり声が出なかった。
  今まで多くのモンスターを見てきた。動物系、植物系、はてはそのいずれにも属さない異形まで。
  しかし、これは。
「 ひ、人、じゃない、のか……」
  人ではない。龍麻にもそれは分かった。
『 キエエエエ!!』
  しかし、その者は魚のような顔をしてはいたが、姿形はまるきりの人そのものだった。
  そして、気配も。
「 う…っ…」
『 ギエエエエ!!!』
  魚人はそんな龍麻に構わず攻撃を仕掛けてくる!!
  魚人の攻撃!!
「 うわっ…!!」
  龍麻は7のダメージを受けた!!
  龍麻は何故か攻撃できない!!
『 ギエエエエ!!』
  魚人は無抵抗の龍麻を嘲笑うかのように攻撃を仕掛けてくる!!
  魚人の攻撃!!
「 ……ッ!!」
  龍麻は3のダメージを受けた!!
  龍麻は防御の体勢を取っていた!!
「 ………ラリホー!!」
『 ギ!?』
  龍麻はラリホーを唱えた!!
『 ギ…ギギギ……zzzzz』
  魚人が眠った!!
  魚人は眠っている!!
「 はあ…何だ…こういう魔法だったんだ…」
  しかし龍麻が魚人が眠りこんだ事でほっと力を抜いた時、だった。


  ……鬼道閃……!!


  一瞬、何かがキラリと光った。
「 は……!?」
『 ギエエエエエ!!!』
  魚人は150のダメージを受けた!!
  魚人を倒した!!
  60の経験値を獲得、20ゴールドを手に入れた!!
  龍麻はやくそうを手に入れた!!
『 プシュウウウゥ〜…』
  魚人は消滅した!!後には何も残らなかった!!
「 ……!!」
  戦闘終了。



「 な、な、に…?」
「 おい」
「 !!」
  愕然としている龍麻に、突然背後から声がかかった。
「 なっ…」
  ぎくりとして振り返る。
  そこには1人の青年が立っていた。
  顔はよく見えない。けれど向こうが不機嫌そうだということ、それに赤く燃えるような長い髪を1つに結っていること、それだけは確かに見る事ができた。
「 あ……」
「 邪魔だ。どけ」
「 な、な……」
「 死にたいのか。どけ」
「 !!」
  静かな声ではある。けれど、相手は本気だった。
  びくりとして、反射的に背中を壁につけるようにしてその場からどくと、相手はフンと鼻を鳴らした後、手にした長刀をとんとんと肩で叩きながらそんな龍麻の横を通り過ぎた。
「 ……?」
  ここから先は行き止まりのはずなのに。
「 あの…」
「 ………」
  青年は龍麻の方はちらとも見ない。声掛けも耳に入っていないようだった。
「 ……ふん、くだらねえ結界だ」
  そうして青年は目の前の壁に向かって突然持っていた長刀を振り上げると、それをそのまま下に叩き付けた。
「 破ァッ!!」
「 ひ…っ!」
  ピシッ…!! ガラガラガラ……!!
  龍麻が小さく悲鳴をもらし目をつむったすぐ後、何かが割れる音と、物凄い轟音がほぼ同時に沸き起こった。
「 あ…!」
  そして目を開いた先、その破壊された壁の向こうにはまた新たな道が続いていた。
「 行き止まりじゃ…なかったのか…」
「 おい。餓鬼」
「 え…?」
  青年はその道を見据えたまま、再び龍麻に声をかけた。その凛とした物言いに龍麻は怒られているような感じを覚え、自然肩を強張らせた。
「 な、何…ですか…?」
「 死ね」
「 !!」
  青年は突然龍麻に向かって斬りつけてきた!!
  謎の青年の攻撃!!

  しかし!!





  2人の間にどれほどの沈黙があったのだろうか。
「 ………はっ。テメエ、ただの餓鬼じゃねえな……」
「 え……」
  青年は向けた剣先を寸止めし、龍麻の周囲を取り囲む光のオーラに目を光らせていた。龍麻は突然攻撃された事で思い切り意表をつかれ、不覚にも目をつむって固まってしまっていたのだが、つい先刻まであった青年の殺気が消えている事でようやく両目を開く事ができた。
  青年はじっと龍麻のことを見つめていた。それで龍麻も自分自身にふと目を落とした。
「 あ……」
  龍麻の身体を陽氣が覆っている!!それは眩しい程に龍麻の全身を優しく包み護っていた。
「 何、これ……」
「 知らねェのか」
  茫然としている龍麻に青年は奇異の目を向け、そして口の端で笑った。
  そして何を思ったのか剣を仕舞うと、崩した壁の向こうを1人歩き始めた。
「 あ…ちょっと…」
「 テメエなんぞ斬っても剣が汚れるだけだ。消えろ」
「 き、消えろって…」
  どうやら殺されずに済んだようではあるが、龍麻は未だどきどきとした心臓の鼓動を止める事ができなかった。
  相手は突然現れ、そして突然こちらの事を殺そうとした。恐らく彼のその行動に意味はないのだろう。目に入ったから、目障りだったから殺そうとした。それだけだったに違いない。
  キケンキケンキケン……。
  龍麻の脳が激しくそう訴えていた。それでも龍麻は去っていく男の背を黙って見ていた。
  そして、気づいた時にはもう声を出していた。
「 ちょっと待ってくれ!!」
「 ………」
  意外にも男はそう叫んだ龍麻にぴたりと歩を止めた。振り返りはしない。けれど立ち止まったのだ。
  龍麻は言った。
「 俺、知りたいんだ! 何が起きているのか!」
「 あ…?」
  男は龍麻の発言に振り返るまではしなかったが、ちらとだけ視線を寄越してきた。それは怒りのこもったような声ではあったが、それでもそう口走った龍麻に興味は湧いたようだった。
  龍麻は必死になって言った。何故この青年にそんな事を訊こうとしているのかも分からずに。
「 世界に何が起きているのか知りたいんだ! どうしても!」
「 ……だから何だ?」
「 だから…だから、貴方は何を知ってる…?」
「 …………」
  青年は何も答えなかった。
  けれど暫く黙りこくった後、青年は龍麻に向かって心底バカにするような声を出した。
「 俺から何かを得たいだと? 身の程を知らねえバカ餓鬼だ。ならテメエは俺に何を差し出せる」
「 お、俺は餓鬼じゃない…っ」
「 へえ?」
「 俺は緋勇龍麻! 俺だって戦える!」
  龍麻の精一杯の言葉を青年はまた軽く笑い飛ばした。そしてその底に計り知れない殺気が込められている事も、龍麻は確かに感じていた。
  それでも青年を直視していると。
「 ハッ…テメエの力なんぞ知るか。…だが、まあいいだろ。見せてやる」
  青年は言った。
「 ……龍麻と言ったか。上の名前は捨てちまえ。俺は天童。九角天童だ」



  《現在の龍麻…Lv13/HP35※毒/MP50/GOLD7160》


【つづく。】
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