第52話 目醒めの前 |
名もない村の地下通路。 天童と名乗った戦士は炎のように紅い髪と鋭い眼光が印象的な男だった。黒の剣士服を身に纏い、腰にはその長身に勝るとも劣らぬ長刀を差している。それが先刻の壁を一刀両断した恐ろしく底光りする銀でできているのを龍麻は見て知っていた。 静かな地下通路。否、時々だが水滴の落ちる音は聞こえる。どこかの水脈と通じているのかもしれない。気のせいか歩く毎に水の匂いが強くなっていく気がした。 「 …つ…っ」 先刻、天童が指をぱちんと鳴らしたのと同時に周囲は仄かな明かりに包まれていた。その為、視界は明瞭だ。 「 ……うぅ」 しかし、龍麻は前方を行くその天童を前に段々と意識が朦朧としてきていた。フラフラとしながらも何とか足を動かすも、ひどい眩暈と冷や汗に襲われ、歩く度にひどい激痛が伴った。 龍麻は3のダメージを受けた!! 龍麻は3のダメージを受けた!! 「 ……っ」 歩く度に身体から生気を吸い取られるかのようだ。 龍麻は壁にもたれかかり、遂に動けなくなった。 「 ………お前。それは何の遊びだ」 その時、前を歩いていた天童が不快な顔で振り返った。 「 テメエはマゾか? よくもまあそんなダメージを引きずって歩けるもんだな」 「 え……」 「 だが、俺はテメエのそのチンタラした歩調に合わせてやってる暇なんぞねェんだ。ついてきたきゃ、もちっと早く歩きやがれ」 「 だって…足が動かないんだ…」 「 ったりめえだろ。毒持ったまま歩いてりゃ、そのうち死ぬ」 「 ど、く…?」 龍麻が茫然として目の前の天童を見つめていると、相手はぴくりと眉を動かし、ひどく不可解な顔をした。 「 ……まさか気づいてなかったのか」 「 これ…この傷、確かに痛いなあと思ってたんだけど…。止血すれば治るかなって。途中でホイミもかけたし…」 「 ………」 ぼうとしながらそう言う龍麻に、天童はいよいよ気味の悪いものでも見るような顔をした。 それからツカツカと歩み寄ると、龍麻の手首を掴み、その傷口をじっと見やった。 「 いっ…つ!」 「 餓鬼。テメエはこれが毒か普通の怪我かも分からねェのか?」 「 ガ、ガキじゃない…っ」 「 るせえッ! 俺は素でテメエがわざと放っておいてンのかと思ってたぜ。毒けし草なりキアリーなりが使えるだろうが?」 「 そんなの使えたらこんな痛いの放っておかないよ…。アイテムは小屋に全部置いてきちゃって何もないし、俺、魔法もホイミとさっき覚えたラリホーしか知らないもん。あと魔物ならし」 「 使えねえ……」 「 うっ…うるさいなっ! ああっもう! 力入れさせるなよ、HPが減るじゃんか〜!!」 何気に龍麻のHPは現在6だった!! 毒でどんどん減っていたのだ!! 更に龍麻は3のダメージを受けた!! 「 ううう…もう死ぬ…」 「 死ね。テメエみてえな世間知らずの餓鬼はそこで死ね。俺も余計な体力を使わずに済む」 「 み……」 「 あ?」 「 見せて…くれるって、言ったじゃないか…」 「 ………」 「 この世界…どうなってる、か…」 ズズズと壁にもたれかかりながら倒れ込む龍麻。その龍麻の消え入るような抗議の声に、天童は心底面倒そうな顔をした。 しかし、暫くの間の後。 「 ……あ……?」 天童はキアリーを唱えた!! 龍麻の身体から毒が消えた!! 「 ………身体…ら、くに、なった…」 「 ちッ」 ひどく苛立たしそうに天童は舌打ちをした後、再び踵を返すと歩き始めた。 「 あ…ま、待って、待ってくれよ…!」 龍麻は慌ててそんな天童の後を追った!! どれほど歩いた事だろう。 「 ハアハア…す、ごく長いんだな、この通路……」 自分よりも足の長い者の後を追うのは辛いと思う。 龍麻は早足になりながら必死に目の前を行く天童を追った。向こうは涼しい顔ですいすい歩いて行くが、とにかくこの剣士が相当の《力》の持ち主であることは先刻からの出来事により龍麻には嫌というほど分かっていた。 地下通路には血に飢えたような異形やモンスターが呆れる程湧いて出てきた。恐らくは龍山が言っていた地殻変動の影響がこの辺りにもモロに出ているのだろう。 「 暫くこない間に随分と騒がしくなったもんだぜ」 天童が忌々しそうに呟いた。 しかしその「騒がしい」モンスターたちも、先ほどからその天童が一瞬のうちに倒してしまって龍麻など出る幕もない。勿論、向こうも龍麻の力などあてにはしていないのだろうが。 何者なのだろう、その背中を眺めながら龍麻は思った。 この人もまた、自分の仲間になってくれる存在なのだろうか。とてもそうは見えないが、後で裏密がくれたカードを見てみよう、龍麻は呑気にそんな事を考えていた。 「 おい」 その時、不意に天童の足がぴたりと止まった。 そして龍麻を呼んだ。突然話しかけられた事で龍麻は思い切り意表をつかれ、言葉を出すのが遅れた。何しろ天童は先ほどから龍麻が幾ら話しかけても完全無視状態だったから。 「 な、何…?」 「 ここだ。テメエがぶち壊せ」 「 へ…」 そう言って天童が顎でしゃくったのは、すぐ目の前にある古びた鉄の格子で遮られた小さな真四角の空間だった。 「 何…これ…」 「 見て分かンねえか、このバカ餓鬼。コイツは大昔に作られた水牢だ」 「 水牢?」 「 今は水も引いて違う事に使ってるようだがな。……クソ生意気に魔法で封印してやがるぜ。俺はこの先に用があるんだ。だからテメエがぶち壊せ」 「 う、うん…」 天童の方があの刀で簡単に壊せるだろうに。 そう思いつつ、頼んでついてきている手前、逆らうわけにもいかなかった。 「 破ッ!!」 龍麻は堅い格子に向かって拳を繰り出した!! しかし格子はびくともしない!! 「 このバカ餓鬼!」 するとすかさず天童の足蹴りが飛んできた!! 龍麻は1のダメージを受けた!! 「 痛ッ! な、何すんだよ、俺、ただでさえHP少ないのに…!!」 「 黙れ、この役立たずが! 俺の話を聞いてなかったのか? これは魔法で封じられてんだよ、テメエの貧相なパンチで開くわけがねえだろうが?」 「 ……だ、だって俺、他に……」 「 さっきのオーラを出せ」 「 は…?」 天童の言っている意味が分からず、龍麻は眉をひそめた。天童はそんな龍麻にイライラしたような表情を浮かべた。 「 テメエがさっき俺の攻撃から身を護ろうとして出したやつだ。こいつは、それに呼応する」 「 さっきのって…言われても…」 「 出せねえのか? ならやっぱここで死ぬか?」 「 ひっ…ひどいじゃないかっ。お前、俺を利用する為にここまでつれてきたのか!?」 龍麻がショックを受けたような顔で訊くと、天童はより一層鋭い眼光を見せて侮蔑するような笑みを向けた。 「 偉そうな口をきくんじゃねえよ。見せてやると言ったのは本当だ。テメエがのうのうと生きてきた世界で何が起きているのか教えてやる。その後テメエがこの世界をどう思おうが、俺の知った事じゃねえがな」 「 ………」 「 どうだ、やれねェのか?」 「 やれない」 「 ……何だと?」 龍麻の返答に天童は目を見開き、まさに鬼のような形相になった。 龍麻はそんな相手に一瞬怯んだようになって後ずさったが、ごくりと唾を飲み込むと、目の前の牢の前にぴたりと背中をつけて目をつむった。 「 ……俺のこと、攻撃して」 「 何だと?」 「 さっきみたいに斬りかかってみてくれよ。そしたらさっきのやつ出せるかもしれないから」 「 ………」 「 俺って危機感ってやつがイマイチ希薄みたいだし」 「 ……ハッ」 龍麻の言葉に天童はみるみる好奇の目を漂わせ、どことなく嬉しそうな顔をしてみせた。 目をつむっていた龍麻にそれは見えなかったのであるが。 「 そのまま斬られてあの世行きかもしれねえぜ?」 「 俺、死なないよ。死んだら皆に悪いもん」 「 皆だ?」 「 うん。それに俺、どうせこのままじゃあんたに蹴られて死ぬんだろうし。今、HP2くらいだから、どっちみち死ぬって」 「 へっ、なかなか楽しい事を言うじゃねえか、餓鬼」 「 だからガキじゃない!」 「 ……龍麻」 「 え」 突然名前を呼ばれ、ぎくっとして目を開いた時には、天童はもう剣を振り上げていた!! 「 ……ッ!!」 「 死ぬか、生きるか、テメエに賭けてみなッ!!」 「 くっ……!!」 龍麻は全身にぎゅっと力を込めた!! そして。 「 ……いつまで呆けている」 「 え……」 天童の声で龍麻がゆっくりと目を開くと。 「 これ…俺が?」 固く閉ざされた格子はナイフでスッパリと切られたかのように鮮やかに破られていた。 そうして既にその中に入り丹念に床を探っていた天童によって。 「 あ…?」 ガコン、と。 石で出来た床の一部が鈍い音と共に崩れ落ちたと思うや否や、突如としてそこから下へ続く階段が現れた! 「 さ、更に地下が…?」 驚く龍麻に天童はちらとだけ視線を寄越し、素っ気無く言った。 「 下りるぞ」 「 あ、う、うん…!」 1人さっさと階段を下りて行く天童の後を龍麻は慌てて追った。 けれども息を切らせながら、龍麻は相手の背中に嬉々として話しかけた。 「 な、なあ…! 俺、さっきのやつ、また出せてたのか!? 目をつむってたから分からなかったけど!」 「 ………」 「 なあ、天童って!」 「 ……ああ」 「 ホントか!? すっげー、何なんだろうな、魔法の結界を破っちゃったんだろ!? それってすごい特技!?」 「 ………」 「 もしそうなら嬉しいな! 俺さ、旅先でもいっつも弱過ぎて仲間に迷惑かけちゃうし足手まといだから。もしあの不思議なオーラがいつでも出せて戦いにも使えそうなら―」 「 おい」 「 わっ!?」 やや興奮してはしゃぐ龍麻に、突然天童が歩みを止めた。 意表をつかれた龍麻はそのまま天童の背中に鼻先をぶつけてしまった。 「 いっ…てて……」 「 余計な事は喋るな。俺は騒がしい野郎が嫌いなんだ」 「 わ…分かったよ、ごめん…」 静かな、それでいて今までで一番の迫力を見せた天童に、龍麻はたちまちしゅんとなって黙りこくった。 それでも天童はそんな龍麻に無機的な表情を見せたまま容赦なく続けた。 「 ここから先は死にたくなかったら黙っていろ。……お前、むかつくぜ」 「 え……」 「 いいな」 「 ………」 そう言った後、再び背中を向けて歩き出した天童に、龍麻は急に恐ろしい心持ちがして暫しその場で竦んでしまった。 「 ………」 ただの脅しではない。 本気だと分かった。 「 ……遅れるな。ここまで来て後戻りはさせねえぜ…」 「 ……ッ!!」 暗闇の底、消えて行く天童の姿。それでも自分に向かい放たれたその声を聞いて、龍麻は慌てて後を追った。 カツンカツンと地下階段を下りる足音がいやによく響く。それは沈黙により一層際立ち、龍麻の緊張を余計に高めた。 「 ………天童」 堪らずに、龍麻は小さな小さな声でその名を呟いた。随分先を行ってしまったその相手にはその声は届かなかっただろう。 「 九角、天童…」 それでも龍麻はその名を口にし、実感していた。 自分は彼に相当憎まれている…という事を。 《現在の龍麻…Lv13/HP2/MP12/GOLD6940》 |
【つづく。】 |
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