第76話 新たなる世界へ…

  龍麻たちは夥しい数の魚人たちを前に戦闘を繰り広げた!!
  そして何とか勝った!!
  龍麻たちは魚人との戦いに勝利した!!(はやっ)
  結構な数の経験値を獲得、50ゴールドを手に入れた!!
  戦闘終了――。



「 はあっ、はあっ…。龍麻さん、お怪我はありませんかッ!?」
「 う、うん…っ。だ、大丈夫…!」
「 ちょっと霧島君、さやかの心配もしてよ!!」
「 大丈夫そうだね、さやかちゃん!!」
「 むかつく…【怒】」
  ぐるりと囲まれた魚人を一掃し、龍麻たちは荒く肩で息をしつつもひとまずの山場を乗り切った。
  もっとも、肝心の1人…水岐は依然として暗闇の中に佇んだままそこにいるのだが。
  水岐は自らが仕向けた魚人を殲滅されても、まるで動じた風がない。冷ややかに笑い、くっと俯く。
「 ふ…。さすがは緋勇君だ。やはりあんな化け物にはびくともしなかったね」
「 水岐さん…!」
  再び水岐に向かって拳を構える龍麻。不思議と水岐の周りだけ仄かな光が瞬いている。それは水岐自身が発するオーラなのだろうか。その光は彼の美しさを一際際立たせていた。
「 水岐さん教えて下さい! 貴方なんですか!? 徳川国に呪いをばらまき、魚人を操って町を混乱に陥れていたのは!」
  龍麻が叫んだ。
「 ………」
「 水岐さん!」
「 僕がした事など、何もしていないのと変わりない」
「 え?」
  水岐の発した言葉の意味が分からず龍麻は眉を顰めた。
  水岐は依然として俯いたままだ。口元に微かな笑みを浮かべてはいるが、それもやはりどことなく寂しそうだった。そう、龍麻が村で感じた時と同じ。何とも言えない悲しい氣。
「 緋勇君。以前会った時僕は言ったね。村で失踪したと言われる人間たちは、自らの意思で姿を消したのだと」
「 え? あ、う、うん…」
  龍麻は頷きながらしんとした名もない村での夜を思い出していた。村では恐ろしい何かが村人たちを攫って行くと、皆一様に堅くドアを閉ざして、余所者の龍麻たちとは口もきこうとしなかった。
「 あの村だけじゃない。ターフ村も、そして徳川の人間たちも。皆望んで自分たちの家を捨て、家族を捨てて新しい世界を求めて旅立ったのさ」
「 一体どういう事?」
「 この先にね…」
  水岐はすっと片腕を伸ばして背後の闇を指し示し、続けた。
「 この先は選ばれた者しか通る事のできない、至高の門が…そして神が存在しているんだ。そこには素晴らしき新たなる世界が広がっている…」
「 ……門?」
「 増上門だ」
  如月が龍麻の傍に来て小声で教えた。
  龍麻は依然として意を飲み込めないままに、水岐に対した。
「 そこには何があるの?」
「 さあね…。僕もまだ門の前までしか行った事はないから」
「 はあ?」
「 先に行った人たちで帰ってきた者もいないしね…。それはそうだろう、こんな堕ちた世界から抜け出せたんだ、戻ってくるわけがない」
「 ねえ水岐さん、俺には貴方の話している事の意味が全然分からないよ。その門の向こうに何があるのか知らないよ。でも、俺が知っている事もある。とにかくこの地下はとても危険だって事!」
「 危険? どうして?」
「 どうしてじゃないよ!!」
  淡々と抑揚をつけて話す水岐の様子に龍麻は焦れたようになって地団駄踏んだ。
「 この地下には恐ろしい魚人がいっぱいいて…。ああ、何か知らないけど水岐さんそいつらを操れるから貴方は危険じゃないかもしれないけど! でもその他にもこの地下にはいっぱい宝箱があって、その中にある不思議な玉に触ると、お城の人も皆変になっちゃって、とにかくめちゃくちゃになっちゃうんだよ!? 危ないんだよ!」
「 霧島君、パニックになってる龍麻さんて可愛くない?」
  必死な龍麻の背後でさやか姫が不謹慎な発言をしたが、それも霧島王子がほっぺたを引っ張った事ですぐに収まった(勿論彼女はぶうたれていたが)。
「 ねえ水岐さん!」
  そんな背後の2人に構わず龍麻は水岐に呼びかけた。
「 貴方は何か知っているんですよね? この国やその周辺で何が起きているのか! 教えて下さい!」
「 ………」
「 水岐さん!」
「 龍麻。あまり近づくな」
  水岐本人に迫ろうとした龍麻を如月が片手だけで制した。視線はただ厳しく水岐に据えられている。
  それで龍麻もおとなしくその場で立ち尽くし、黙り込んだ。
「 ふふふ…」
  すると水岐がくぐもった笑いを浮かべ、微かに肩を揺らした。
  そしてようやく顔を上げると。
「 緋勇君、言っただろう。僕は何もしていないよ。ただ僕は…歌っただけ。本当の詩は忘れてしまったけれど、それでもこの嘆きの音だけは、まだ枯れる事なく僕の胸の中で燻っているから。人は僕のその叫びを聞き、僕と同じように審判を受ける為地下へと下りる…。翼のない人間は空へ行く事はできないからね。だから下へ潜るのさ」
「 水岐さ…」
「 貴様が」
  口を開きかけた龍麻の声をかき消したのは如月だ。殺気立った表情と共に剣の柄に手が掛かる。
「 人々を籠絡し、ここへ誘い込んで魚人を…作ったのか」
「 え?」
「 魚人を作った? え?」
  龍麻の声の後にぎょっとした声を発したのはさやか姫だった。状況を理解できていないのは彼女も同じようで、ただ不安そうに傍らの霧島王子を見上げる。
「 何てことだ…」
  霧島王子はさやか姫よりは事態を把握しているようだ。深刻な面持ちでさやか姫を後ろに隠し、抑えた声で呟く。
「 確かにあの勾玉には何か良くない陰氣を感じました。…あれを城の者に掴ませて人でないモノに変えた…。つまり、鬼道を使った、と…」
「 何…言ってるんだよ?」
「 そうよ霧島君! 私と龍麻さんにも分かるように話して!」
  さやか姫が悲痛な声を発した。まるで霧島王子を責めるように服の裾を引っ張る。
  しかし彼女も分かったようだ。
  あの魚人は、元は普通の人間たちだったという事を。
「 そう…。あの神官さんたちも、目の前で魚人になったじゃないか…」
  龍麻が掠れた声でぽつりと発した。
  それでも実感がなかったのだ。人が人でないモノになる。そして人を襲う。そんな事は「ありえない」から実際に目の前でその光景を目にしても、あれは元から異形であって、それが人に化けていたのだろうと都合の良い解釈をして済ませていた。気づかぬフリをしていたのだ。
「 じゃあさっきの魚人たちも…」
  失踪した名もない村の者たちか、はたまたターフ村の人間か。もしくは徐々にその姿を消しているという徳川王宮の人間たちかも。
「 緋勇君」
  水岐が言った。
「 君が何を考えているのか僕は知らない…。けれど、この地下へ下り立った者たちは皆自らの意思でここへ来たんだ。自らの意思で人であり続けるか否かの審判を受けたんだ。選ばれた者は新たな世界で新たな生を受ける為にあの門の奥へ消え…。人である価値のない者は、あの勾玉に魂を吸われて人でないモノ…モンスターとなったのさ」
「 勾玉を何処で手にした。鬼道衆から渡されたか」
  如月の問いに龍麻がはっとして顔を上げた。
  水岐は侮蔑の表情を浮かべるとかぶりを振った。
「 あんな者たち…。僕を利用しているつもりだろうが知った事ではない…。僕の詩を呪いの賛歌だと侮蔑した上に、徳川王国に呪縛を掛ける手伝いをすれば、僕の身に降りかかった呪いを逆に解いてやるなどと嘯いた。僕のこの呪われた身はあいつら如きに解けはしないのに…」
「 水岐さんも何かの呪いに…?」
「 ああ掛かっているよ。人である事をこれほどまでに嫌悪しているのに、それでも人である事を望み続けている。この矛盾した自らの身体を浄化させるべく、僕はただ……待っていた」
「 何を…?」
「 君をだよ、緋勇龍麻君」
  水岐が言った。そして笑った。
「 僕は君みたいな人が来るのをずっと待っていたんだ。僕もここで審判を受け、そして人である事を許されたが、それでもまだあの門の向こう…新しい世界へは行けないと思った。こちらの世界で救える人間を探し、同時に僕と一緒に向こうで新世界の指導者たりえる相手を見つけるまでは、と」
「 ………」
「 君しかいないよ、僕の伴侶は。……龍麻君」
「 お、俺……」
  自身の言葉に陶酔しきっている水岐に、龍麻は掛ける言葉を持たなかった。
「 貴様の御託など最早どうでも良い」
  すると代わりに如月が声を発し、刀を抜いた。
  龍麻が止めようとするのを目だけで制し、如月は言った。
「 国中に呪いを発し、我が王や国の者たち大勢を惑わせた罪は重い…。いやそれだけじゃない。勇者が黒竜を滅した古の時代より禁じられていた増上門に、貴様如きが触れるとは…!」
「 門は勝手に開くのさ…。選ばれた人間だけを通してくれる…」
「 黙れ、戯言はもうたくさんだ! 覚悟しろ…!」
「 ひ、翡翠、待ってよ…」
  今にも水岐に斬りかかりそうな如月の腕を龍麻は必死に引っ張った。
「 離せ、龍麻!」
「 待っ…! 水岐さんを殺しちゃうの…!?」
「 見たくないなら目でも瞑っていろ…!」
「 なっ…。何だよその言い方!」
「 きゃー!!」
  しかし龍麻が如月に向かって怒鳴り返したその瞬間、さやか姫が悲鳴を上げ水岐の背後を指差した。


『 グオオオオオオ!!!』


  闇の奥深くから聞こえてきたその恐ろしい咆哮と共に、そのモノは現れた。
「 な、何だあれは…!?」
  その姿を見たその場の全員の想いを霧島王子が代弁した。
  それは今までに見た事もないほど巨大な、そして異質な姿をした「何か」。
  もぞもぞと蠢く数十からなる触手、空気を吸い込んでいるのか吐き出しているのか、しきりに収縮している無数の穴。
  そして鈍く光る十以上ある眼光。

『 グオオオオオオ!!!』


  巨大な化け物は明らかに龍麻たちを見据えていた。
  そして水岐も。


「 バカな…。こ、この異形は…?」
  一番その異形から近い位置にいた水岐は茫然自失ながらも戦慄かせた唇の端にその言葉を乗せた。
「 これが…これがあの世界の神、なのか…?」
「 水岐さん、危ないよ!」
「 龍麻、近づくな!」
「 やだ、危ないよ!」
「 龍麻!」
  龍麻は如月を押し退け、駆け出した。動けないままに化け物を見上げる水岐は危険過ぎる。引きずってでもあの場から遠ざけなくては。
  しかし。


『 グオオオオオオ!!!』


「 ぎゃああっ」
「 水岐さん!!」
  異形は龍麻が駆け出したのをまるで合図とするかのように水岐に襲い掛かり、そしてあっという間に自らの「体内」に水岐を取り込んでしまった!!
  水岐は倒された!!
「 水岐さん!!」
「 龍麻、危険だ!!」
  いつの間に追いかけてきていたのか、如月が龍麻の腕を引っ張り力任せに背後へ放り投げた。その力はその如月の細い腕のどこに秘められていたのかという程のものだったが、意表をつかれた龍麻はそのまま化け物から離れた位置で尻餅をついた。
「 龍麻さん、大丈夫ですか!?」
  霧島王子が慌てて駆け寄る。
「 うっ…」
  けれど龍麻がそれに答える間もなく、異形が前方に出た如月に襲い掛かった!!
「 翡翠!?」


『 グオオオオオオ!!!』


  その化け物の咆哮は龍麻の耳に痛い程こびりついた。



  《現在の龍麻…Lv15/HP55/MP70/GOLD8090》


【つづく。】
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