第75話 歓喜の円舞曲

「 な、何があったのですか、一体!?」
  戦闘の間は恐ろしくてその場に近づけなかったのだろう。
  音が止んだ頃を見計らい、大臣を始め、城の人間たちがバラバラと龍麻たちの所へ押しかけてきた。衛兵にぐるりと囲まれた状況に龍麻がただ困惑していると、その中の高官らしい1人が如月に向かって口を開いた。
「 飛水よ、これは一体どういう事なのだ! この者たちは一体何だ!? 我が国の宝物庫がこのように荒れて…!」
「 あのですね、私たちはこのお城にいたモンスターを倒してあげたんですよ!」
「 さやかちゃん」
  さやか姫に喋らせると話がややこしくなると踏んだのだろう、霧島王子がたしなめるような声を出した。
  しかし、そんなさやか姫を弁護したのは傷ついたところを介抱された衛兵だった。
「 こ、この方の仰ている事は本当です…! ダゴン将軍…いえ、ダゴンはモンスターだったのです!!」
「 何と…!?」
「 それでは…近頃、夜な夜な王宮を徘徊していたあの化け物はダゴン…!?」
「 王宮内の者たちも奴に殺られたというのかッ!?」
  兵の台詞に途端一同がざわつき始めた。国の中枢を任されていた人物がモンスターだったという事実に、皆が一様に恐怖で慄く。
  それに眉を顰めたのは如月だ。
「 そうすぐに決め付けるのは早急でしょう。将軍に化けたモンスターが城内に侵入したという事も考えられる」
「 し、しかし、それならばダゴン将軍は今何処におられるのだ…!?」
「 それについては私にお任せ下さい。それよりも今は王や城内にいる者たちの安全を確保する事が先です。騒ぎが大きくならぬようこの事は内密にし、他の者にはこれまで通り部屋の外へ出ない事を徹底させて下さい」
「 むぅ…。わ、分かった。…おい!」
「 は…ッ」
  高官の1人が目配せすると、命令された兵士たちは敬礼の後、慌てて持ち場へ去って行った。
  しかしその場に残った何人かは未だ不安そうに如月に言い募る。
「 しかし飛水、本当に我らは大丈夫なんだろうな!?」
「 だ、大体この事を王にはどうご説明する…!? 王は最近では、ダゴン以外の者にはお会いする事すら…!」
「 あ、あの〜、俺が行きます!」
「 むっ…!? だっ、だから何なんだ貴様はッ!?」
  龍麻が今だとばかりに挟んだ声に、その場に残った1人、たくましい髭を鼻の下に生やした男があからさまに嫌悪の表情を示した。
「 貴様、何者なのだっ!? 現在城内では昼間は勿論のこと、夜の間も余所者は誰も通さぬようにしているというのに…!」
「 お、俺、緋勇龍麻…」
「 そのような事は訊いておらんっ!! 何故に王宮内に―」
「 大臣」
  怒り心頭で龍麻に迫ろうとした男を如月が片手を伸ばして制した。さり気なく龍麻を隠すように前に歩み出て、他の人間たちにも鋭い眼を向ける。
「 この者たちの身元は私が保証致します。それよりもこの辺りは未だ異形がうろついているとも限りません。城の警備は兵に任せ、どうぞ朝が来るまでお待ち下さい」
「 な、何異形が…っ!? そ、そうだな、まだここも危険かもしれぬからなッ!!」
  如月の言葉で大臣はあからさまに焦った風になり、きょろきょろと辺りを見回した。そうしてもう龍麻たちの事を追求する事もやめ、だっとの如く自分たちの部屋へ戻って行ってしまった。
「 所詮我が身が一番よね」
「 さやかちゃんと同じだね」
「 むっ。何よ霧島君! 何が言いたいの!」
「 別に」
「 もう〜!」
「 龍麻」
  2人を無視して如月が龍麻に声を掛けた。視線は龍麻の右手にいっている。
  あの禍々しい物をいとも簡単に破壊してしまった龍麻の右手に。
「 ……本当に行く気か」
「 うん」
「 ………」
「 止めても無駄だよ? アランを助けなくちゃいけないし、それに、地下にあんな危ない物がたくさんあってこの城の人を苦しめてるのならそれも全部壊さなくちゃ! 王様の許可がなきゃ下へ下りちゃいけないって言うなら一応頼んでみてもいいけど、もし駄目だって言われても俺はその何とか門って所へ行く!」
「 ………」
「 翡翠が王様の言うことを破れなくて来られないって言うなら、1人でも行く」
「 龍麻さん、僕もお供しますよ」
「 霧島君?」
  さっきまでさやか姫と口論していたはずの霧島王子がすかさず龍麻の傍に歩み寄った。
「 あのような化け物がまた出ないとも限らない。いえ、その確率はずっと高い。そんな危険な所に貴方を1人で行かせられません! どうかこの僕に貴方を護るナイト役をさせて下さい!」
「 で、でもおかしいよ…。霧島君とはさっき会ったばっかりなのにそんなに親切にしてもらうなんて…」
「 何言ってるんです龍麻さん! この貴方に対する僕の昂ぶる気持ちは、出会った時間などとは関係ありません!」
「 わっ…! そ、そんな顔近づけないで…っ」
「 エロ禁止【殴】」
「 ぶっ!」
  龍麻の両手を固く握り締め熱っぽく迫った霧島王子を背後からさやか姫が持っていたはりせんで殴った。
  それから未だ不満そうな顔をしつつも、諦めたように苦笑して言う。
「 龍麻さん、私は徳川王が心変わりされたなんてあまり思いたくないんですけど、この国が何か良くない方向に行っているっていう龍麻さんの考えには同意するしかないです。だからさやかも行きます。もしこの国が、そして王が何らかの呪いで苦しめられているのなら、私たちでお救いしなくちゃ!」
「 さやか姫…! あ、ありがとう!!」
  ここに、霧島諸羽、舞園さやかが完全に龍麻の仲間になった!!(とっくになってたかと思い切や、まだ完全な仲間ではなかったのだ)
  2人が改めてパーティに加わった!!
  ンチャチャチャチャチャチャチャ♪ンチャチャチャチャチャチャチャ♪チャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャ〜チャ〜♪←仲間になった時の音楽(長っ)



「 それじゃあどうします? とりあえず東の塔に行きますか」
「 でもどうせ地下への許可は下りないんでしょ? だったら勝手に下りちゃった方が」
「 と言っても場所が…」
  そこで3人は一斉に如月の事を見やった。
「 ………」
  如月は黙ったままだ。
  龍麻は恐る恐る声を掛けた。
「 あの、翡翠…。よく考えたらお前に訊かないとその何とか門へ行けないや…。一緒に来てくれないまでも場所だけ教えてくれないかな…?」
「 ……何故僕が来ないと言い切る」
「 え…。だって翡翠、王様に忠誠を…」
「 ………」
  如月はキッと龍麻を睨んだきり、しかしすぐにその瞳に宿っていた光を消すとじっと黙りこくった。
  龍麻はそんな如月を見つめながら、やっぱり如月も自分と同じなんだと改めて思った。
  迷ったり、苦しんだり。失敗したり躊躇したりする、普通の人間。
「 なあ、翡…」
「 僕は君に玄武の鍵を託したんだ」
「 えっ…。あ、うん」
「 言ったはずだ。その時から、僕の主は君だと」
「 翡翠…!」
「 ……君が行くというのなら僕も行く。君が地下へ案内しろと言うのなら…連れて行くさ」
「 うんっ。連れてけっ」
「 ………」
「 あっ(焦)! えっと、その〜」(←焦る龍麻)
「 ……ねえ霧島君。あれじゃ一体どっちがご主人様なのか分からないわね」
「 ………」
  こっそりそんな事を耳打ちするさやか姫に霧島王子は仏頂面のまま答えない。
「 あっ、分かった。きっと表向きは龍麻さんがご主人様だけど、夜になるとその立場が逆転…」
「 さやかちゃん!」
「 いっ! いったーい、いたたた! ひっどい、霧島君! さやかのほっぺたつねるなんて!」
「 それ以上くだらない事言うともっと痛くするよ!」
「 もう〜。これだから嫉妬する男は困り者よね…」
「 2人共どうしたの、行くよ!?」
「 あ、行きまーす!」
  もう先に歩いて行ってしまっている龍麻たちにさやか姫は慌てて答え、先に走り出した。
  霧島王子はそんな3人の後ろ姿を複雑そうな顔で見つめながら、やがて自分も急いで駆け出した。


×××××


「 王様には会って行かなくていいの?」
  龍麻の問いに如月はかぶりを振った。
「 ……夜は特に口をきいて下さらない。行っても無駄さ」
「 あ、やっぱりそうですよね。こんな遅くじゃもうとっくにお休みになってますよね」
「 さやかちゃん、そういう意味じゃないと思うよ」
「 それじゃどういう意味よ?」
  さやか姫の問いには誰も答えなかった。
  如月は龍麻たちを城の地下、ただし3人が小舟でやってきた方向とは別の階段を下りて行き、その通路の一角にある秘密の扉を開けた。
  ギギギギイと重い音がして、その石壁は未知なる通路を開かせた。
「 うわあ…こんな所に隠し扉があるんだあ」
「 お城にはこういった通路の1つや2つはあるものなんですよ」
  さやか姫の答えに龍麻が不思議そうにする。
「 へえ…。何で?」
「 戦争とか…。敵に襲われた時に咄嗟に脱出する為とかに」
「 ふうん」
「 あとはそうですね…。何か良くない物を封印する時なんかにも。結界を作ってこういったところに隠します」
「 良くないもの?」
「 そうですよ」
「 う〜ん」
  龍麻は依然よく分からないという風に首をかしげたが、如月が構わずどんどんと先に行くので考えるのはやめ、急いで後を追った。
  長い長い通路を歩いて行くと、やがてそこは地下水路と通じた。
  細い水路には濁った水がゆっくりと流れている。微かな異臭に龍麻は顔をしかめた。
「 何か…嫌な感じだ…」
「 龍麻、ここから先はモンスターも出てくる。注意を怠らないでくれ」
「 えっ、わ、分かった」
「 大丈夫ですよ龍麻さん! 僕がお守りしますから!」
「 霧島君、さやかは!?」
「 さやかちゃんはいざとなったら自力でも大丈夫だと思うけど」
「 まー! 遂にそう言い出す!?」
「 2人共静かに…っ」
  如月が怒り出さないうちに龍麻はしーっと口に指を当てた。幸い如月は前方に注意を払うのみで背後の霧島王子たちには気を回さなかった。しかしそれは反面、ここがどれほど危険かという事を感じさせた。
  そうしてやがて細い道筋が終わりを告げると、少し開けた場所から今度は一転、あちこち人の手によって掘り崩された跡が目立ち始めた。傍にはシャベルや木枠の箱や台車などが放置された状態でそこにある。
  そして周辺には数え切れない程の宝箱が!!
「 うわっ。何だこれ!?」
「 すっごーい!! 何でこんな所に『はいどうぞ』って感じであるの〜!?」
「 ……露骨で却って怪しいな…インバス!!」
  霧島王子が宝箱に魔法を掛けた!!
  宝箱の中身は赤く光っている!!
「 やっぱりだ…。これには手をつけない方がいいです」
「 え〜どうして〜。一個くらい開けてみましょうよ〜」
「 さやかちゃん! 今君、僕が魔法掛けたの見てなかったのかい!? 赤く光ったんだよ!?」
「 赤く光ると何なの?」
  龍麻がきょとんとして訊くと霧島王子はぎょっとしたように目を見張ったが、すぐに気を取り直すと咳払いをしてから告げた。
「 インパスは宝箱の中身を鑑定する魔法です。こういうところでは人食い箱やミミックなどのモンスターが入っている場合がありますからね。青く光れば安全。赤く光れば危険な物が入ってるって事です」
「 へえ〜。危険なんだ〜」
「 でも案外とモンスターを倒した後、いいものが貰えるかもよ?」
「 さやっ…!?」
  さやか姫が宝箱を開けた!!
「 うわ〜〜!!!」
  龍麻は焦って戦闘態勢を取った!!
  しかし宝箱は空っぽだった……。
「 あれ?」
「 何だ〜。霧島君、空っぽじゃない!」
「 おかしいな、そんなはずは…」
「 あ…」
  しかし宝箱を覗いた龍麻は思わず声をあげた。
  そこには城で見つけた勾玉が入っていたのだ。
「 ……龍麻、潰しておいてくれ」
  いつの間にか3人の傍に戻ってきていた如月が箱の中身を見て言った。
「 う、うん…?」
  龍麻がそれに手を触れると、玉は跡形も泣く消滅した!!
「 わ〜すごいすごい」
  さやか姫は龍麻のその所作に素直な賞賛を送る。
「 ………」
  しかしぱちぱちと拍手するそんな姫とは対照的に、如月は依然として厳しい目をしたまま龍麻の手元を見つめていた。
  龍麻はそれがとにかく居心地悪かった。
「 翡翠? どうかした?」
「 いや…」
「 それにしても不思議ですね。何故龍麻さんが触ると消えてしまうんでしょうか」
  恐らくは如月が考えていただろう事を霧島王子が口にした。


「 それは君が選ばれた人間だからだよ……」


  その時、不意にそんな歌うような美声が掛けられ――。
「 あっ!」
  龍麻は声をあげた。
「 ようこそ緋勇龍麻君…。待っていたよ水際で…。君が僕の所に来てくれるのをね…」
「 水岐さん!!」
  龍麻たちの前方、暗闇からすっと姿を現したのは水岐涼だった。名もない村、そしてターフ村で出会った美貌の青年。
「 ふふふ…この先へ向かう気だね。でもできるかな…。この迷宮のような地下で、キミ達は君たち自身の心と対峙するんだ。人である事に惑い、そして試される…」
「 水岐さん、貴方は一体何を…!」
  しかし龍麻がそう叫びかけた時だった。
  薄っすらと笑みを浮かべた水岐がパチンと指を鳴らした先。
「 あ…!」
  その背後には夥しい数の魚人が蠢いていた。鈍い眼光、鈍い動作ながらも明らかに龍麻たちを狙っている。
  水岐が言った。
「 さあ始めよう…。生か死か…歓喜の円舞曲を奏でてあげるよ」



  《現在の龍麻…Lv15/HP75/MP70/GOLD8040》


【つづく。】
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