第4話 ぶか萌え



  閑静な住宅街を抜けると、背後に大きな林を控え、荘厳な雰囲気漂う大きな武家屋敷のような家が現れる。
  壬生はちび龍の手を握り締めながら黙ってその屋敷の中へと足を踏み入れた。

「わあ〜、おっきい〜」

  龍麻はそのどこか懐かしい匂いを感じさせる「聖なる場所」に、キラキラとした眼差しを向けている。

「ゆかもぴかぴかだよ! くれはのおにいちゃん! みて! キレイだね!」
「そうだね…」
「「み、壬生……。本当に龍麻なのか? この子どもが…?」」
「わあ〜、このゆか、つめたくてきもちいい〜」

  ころころと意味もなく道場の床に転がり遊ぶちび龍を見つめるのは、2人の男。
  一人は先刻「血の海地獄」から何とか奇跡の生還を果たした煩悩の男・壬生紅葉。
  そしてもう一人は―。

「「むう…。まさか世の中にこんな恐ろしい呪いがあるとは。何ともはや、摩訶不思議だな」」
「お…おじ……おにい、ちゃん?」
「「んん?」」
「おにいちゃんは、なんで2人ともそっくりなの? なんで2人でおなじことばをしゃべってるの?」
「「んん? わっははは! それはな、龍麻。俺たちは《2人共この俺自身》だからだ!」」
「??」

  ……そう、壬生が龍麻を連れてきたのは、ドッペルゲンガー現象よろしく、空手家の紫暮兵庫の所であった。

「…紫暮さん。ちょっと真面目に話したいので、1人になってもらえませんか【疲】」
「「むむ? いや、すまんすまん。お前が来たから、てっきり手合わせの申し込みだと思ってな! すっかり戦闘態勢だったんだ! わっははは!」」
「うわあ…。おっきいおにいちゃんがわらうと、ゆかがぶるぶるってふるえるよお」
「ん? そうか? わっはははは!」
「うわあっ。おにいちゃん、1人になった!? どう、どうして…っ【驚】!?」

  ちび龍はやはり仲間全員に対する記憶がないようで、紫暮の特技が珍しくて仕方ないらしい。1人の状態に戻った紫暮の足元で必死にその姿を見上げながら興味津々な顔を向けている。
  そのつぶらな瞳に紫暮も思わず見入ってしまった。

「紫暮さん」
「……んっ!? お、おお、すまん。何だ壬生?」
「……貴方なら大丈夫だと信用して、龍麻を連れてきました」
「ん?」
「お分かりかと思いますが、この龍麻を巡って現在新宿ではとても醜い争いが行われています」
「む? ……あ、ああ。なるほど」

  一瞬は考え込んだ紫暮だったが、壬生の神妙な顔つきにすぐさま事態を飲み込んだように頷く。

  まあ、考えられる事はただ1つ。
  こんなに可愛らしい小さな龍麻だ。はしゃいで珍しがって(特に真神組)、皆が龍麻を「自分が見る!」と言ってきかなかったのだろう。
  それで壬生が龍麻をここへ避難させてきたというわけか。

  そこまで考えてから、紫暮は不思議そうな顔をして壬生を見た。

「しかし、何故お前が龍麻を見ないんだ? 勿論俺が預かるのにやぶさかではないが、龍麻もお前に懐いているようだし…。それに正直、あいつら全員に一斉攻撃されたら俺もひとたまりもない。お前がどこぞへ龍麻を隠した方が安全だと思うが?」
「……そうしようと思いました」
「ん?」
「でも出来なかったんです…!」
「……んんん??」

  何故かとても苦しそうな顔をして俯き唇を噛む壬生に、紫暮はますます不思議そうな顔をして首をかしげた。
  しかし、魔人学園の中では「一応」結構な常識派で通っているノーマルな紫暮兵庫である(さやかちゃんを好きな時点でもうちょっとおかしいけど)。とりあえずは晴れ晴れとした顔でどんと厚い胸板を叩き、紫暮は豪快に言い放った。

「何だか分からんが、とにかく龍麻を預かれば良いのだな? お安いごようだ! 喜んで引き受けるさ! 勿論、龍麻がいいなら、だが」
「……ありがとうございます。―龍麻」
「なあに? くれはのおにいちゃん」
「この紫暮のお兄さんと一緒に待っていられる?」
「くれはのおにいちゃん、どこかいっちゃうの?」

  えっとなり、途端寂しそうに目を潤ませるちび龍麻。
  そんなミニひーに胸を抉られるような想いをしつつ、壬生はしかしさっと顔を背けた(また出血しては事だったため)。

「た…龍麻の為なんだ。龍麻がちゃんと元に戻れるように、あの裏密さんをこれから縛り上げ…い、いや、探してくるから。龍麻はここでいい子にして待ってて?」
「……うん。わかった」
「龍麻、俺と遊んで待ってるか!」
「……うんっ。おっきいおにいちゃん、おもしろいもんね!」

  紫暮の害のない笑みに龍麻も最初から警戒心を解いている。
  紫暮もそんな龍麻の笑顔に嬉しくなり、勢い良く自らの肩に龍麻をちょこりと乗せて「わははは」と笑って見せた。

「よおし、それじゃあ龍麻には俺が強い男になる為の特訓をしてやる!」
「とっくん?」
「そうだっ! 龍麻も男だからな、自分の身は自分で護らねば!」
「あ、しゅぎょうだね。ぼく、それならいつもやってる!」
「ほう? そうか、龍麻はこんな幼い頃から特訓をしていたのか」
「…知らなかった」

  これには壬生も驚いたように軽く目を見開いた。
  壬生と龍麻の共通の師である鳴瀧と龍麻が出会ったのは1年程前と聞く。それまでは一体どのように腕を磨いていたのか、思えば聞いた事はなかった。

「よおし、面白い。では、最初は軽く型から入って、それから実際に手合わせしてみよう!」
「うんっ」

  紫暮の誘いに龍麻も道場にいるせいでやる気になったのか、すぐさまぴょこんと肩から下りて嬉しそうな顔をした。
  しかしこれに途惑いを覚えたのは壬生だ。

「ちょ、ちょっと紫暮さん。幾ら相手は龍麻と言っても、彼は今こんな子どもなんですよ。手合わせなんて無茶です」
「はははは! 壬生は心配性だな! 無論俺とて本気など出しやせんよ! ただの軽いお遊びだ。たとえちびでも、男同士たるもの、やはり拳を交える事で分かりあわなければな!」
「だから相手は龍麻なんですから、今さら分かりあうも何も―」
「龍麻、胴着に着替えるといい。そこに予備のものがあるから」
「はいっ」(たたたたーっ)
「紫暮さん…。(聞いてないし…。まあいいか。龍麻も乗り気だし、やっぱり紫暮さん相手なら僕も変な心配しなくて済むし……)」

  しかし、壬生がそんな風に思って自らは裏密を探しに道場を去ろうとした時だった。

「おっきいおにいちゃん〜。どうぎ、ぴったりのがないよ〜」
「!!」

  龍麻の声に壬生は思わずぎくりとして振り返った。
  紫暮も何気ない風で龍麻の声に反応してそちらを見る。

「ん、駄目か。小学生用のだから着られるかと思ったんだが―…」
「ぶかぶかだよー。えへへ、みてみて。おててとおあしがね、ちゃんとでないの」
「……」
「……」

  その場でフリーズする「一応」硬派と知られる男2人。

  龍麻も龍麻なのだが……。ぽいぽーいと着ている物をその場で脱いで(でもちゃんとたたんでる)、胴着に身を通したその姿は―はっきり言ってやばかった。
  何せそのあまりのぶかぶか具合に、殆どまっぱな状態で胴着を身に纏っているだけなのだから……それはもう「とてもオイシイ格好」と言う他ない。

「おにいちゃん、ぼくね、どうぎすきなんだ。おじいちゃんがね、どうぎをきると、どんなこもみんなつよくなれるって」
「………」←壬生
「………」←紫暮
「ぼく、いっつもね、いじめられてたし。つよくなりたいなっておもってたから、おじいちゃんのどうじょうでがんばってしゅぎょうしてたの。そのときは、いつもこんなどうぎをきてたんだよ」

  何故か妙にハイテンションになっている龍麻はこの時とても饒舌だった。
  その為、未だ動きのない2人の存在に全く気づいていない。
  だからよせばいいのに、龍麻はとてとてと危なげな足取りで2人のいる方へ近づき、尚も無邪気な笑顔を向けた。

「えへへ…。おっきいおにいちゃん、しょうぶしよっ。ぼくねー、つきとかできるよー」(えいっと正拳突きの構え)
「お、おお……【傾】」(よろ〜り)
「! し、紫暮さん…っ。くぅっ…。(でも僕も龍麻の方をまともに見れない…【苦】)!」
「? おにいちゃん、どうしたの?」
「た、龍麻…その…」
「なあに?」
「〜〜〜」
「おっきい…おにい、ちゃん?」


「ぐおおおおおおおお!!!! 何てカワイイんだ―――ッ【激愛連打】!!!!!」


  その時、紫暮の大豪邸は天変地異が起きたのかという程大きく震動したという。


「わああああ【怯】!!!」
「ぐおおおお、龍麻! 可愛過ぎるぞおお!!! アイドルなぞ目ではないっ! その瞳! 声! おまけにその格好!! ぐおおっ、血が! 俺の全身の血肉が踊り騒ぐ〜〜!!!!」(壊れた)

「わあんわあんわあん、怖いよー!!」(逃)
「ま、待ってくれ、龍麻。少しでいい、その身体に少し触らせてくれー!!」
「やめて下さい紫暮さん【殺】! 貴方って人は〜【蹴】!!!」
「ぐはあっ。じゃ、邪魔だてするな壬生【怒】!」←マジギレ
「見損ないましたよ! 結局同じじゃないですか、他の連中と!」
「違う! 俺は、龍麻があまりに可愛いから、少し触りたいと思っているだけだあ!」
「だからそれが同じだって言うんですよ【怒】!!」←こっちもマジギレ
「わあんわあんわあん」

  2人の男が拳を交えた「話し合い」をしている中、それが熾烈を極めるうちに龍麻のパニックも極限に達してしまった。

「こわいよー【逃】!!」(だだだーっ)
「龍麻!?」
「あ、龍麻、待ってくれ、最後にちょっとでいい、触らせ―」←まだ言ってる

  壬生が慌てて引きとめようとした時には既に遅かった。
  龍麻は泣き喚きながら猛ダッシュをし、壬生と紫暮の前から姿を消してしまったのだ。



  そんなぶかぶか胴着着てよく走れるな龍麻…とか思いながら、次回へ続く。。。



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※「ひーちゃんが縮んだ時、服はどうなったんでしょう?」というようなご質問を頂きましたが、勿論変わっちゃった時は服ぶかぶかの萌え萌えスタイルになっていたに違いありません。でもそれはミサちゃんしか見てないです。ミサちゃんは皆にお披露目した時はちっさい子の服着させちゃってましたから。―で、ぶかぶかなところを!というご希望があったので、今回はこんな話にしてみました。でも絵じゃないから分かりづらいですよね、ぶか萌えって…(笑)。