第5話 出た!



  闇雲に走り続けて、遂に龍麻は足をもつれさせ、その場にぐしゃっと倒れこんだ。

「うっ…うっ…」

  普段なら転んだくらいで泣いたりはしない。けれどこれまでの記憶があやふやな上、「変なお兄ちゃんたち」による度重なる凶行に晒されて、龍麻は孤独と恐怖でどうしようもなくなってしまったのだ。

「ふ…ふえ…」

  けれど憐れなちび龍に心休まる時は訪れない。

「ふっふっふ。ふっふっふっ…!」(ひたひたひた)
「げへへ。げへへへ…」(そろりそろり)
「ら〜らら〜♪ らららら〜♪」(しゃなりしゃなり)
「じゅるるるる…! う、う、う、うまそうだど……!」(どすんどすん)
「イエッ! イエイエイエ〜!」(ほっぷすてっぷ)

  ……このサイトに長い事来てくれてる方じゃないと全く意味不明な5つの影。
  無論、「彼ら」に関する一切の記憶がないちび龍にも、己に迫ってくるモノが何なのかは分からない。
  ただ、とんでもなく「キケンな状態」である事だけは感じて。

「だ、だれ…!?」

  龍麻は腰を抜かしたままの状態で忍び寄る者たちへ向け、声をあげた。
  すると―。

「おおお…! お労しやひーちゃん様…っ。私です、雷角です!」
「ひーちゃん様〜! 俺の事忘れちゃったのか!? 風角だよー!」
「わらわですッ、水角でございますひーちゃん様ー!!」
「岩角だどー! ひーちゃん様食いたいどー!」
「イエイ! イエイイエイイエーイッ! ダンッ!」←ダンス狂・炎角
「………だ、だれなの?」

  あまりのアホっぷりに恐怖よりも呆然とした気持ちが勝ったようだ。
  ちび龍はぽかんとした顔をして、自分の周りをぐるりと取り囲むようにして迫ってきた5人の鬼面たちを見上げた。
  そう、彼らは鬼道衆。九角天童の家臣団で、戦闘を引退した今は単なる天童と龍麻の間に萌えを見出す、変態同人グループである。
  因みにここは何処なのかも分からない竹林の中。前後不覚ながら走り続けたちび龍は、どうやら無意識のうちに都会の喧騒を抜け、人気のないこの場所へ迷い込んだようなのだ。

「一連の事情はすっかり把握しております、ひーちゃん様」

  5人のリーダー格である雷角が言った。

「あの頭のおかしい黒魔術士のせいで、ひーちゃん様は斯様な幼子の姿に…! 我らや御屋形様に対するご記憶まで失われて…」
「うっ、うっ、不憫だぜひーちゃん様〜」
「でも可愛くって可愛くって、もうわらわは…胸が一杯ですぞよ〜」
「ひーちゃん様、ちびっこいな〜。一口サイズだど!」(あんがー)
「イエイイエイ! ひーちゃん様、ある意味オイシイぜ〜【踊】!」

  この状況を悲しんでるんだか嬉しがってるんだか分からない鬼道衆は、未だどうしてよいか分からず固まっている龍麻を前にテンション高めであった。
  取り囲む距離をじりりと縮め、彼らはちび龍のやーらかいほっぺに触ろうと手を伸ばすのだが、しかしその都度遠慮がちに引っ込めている。互いに牽制しているというのもあるし、長年の経験でそれをすればどうなるかが分かっている為、恐ろしくて出来ないというのもある。

「ま、まあ。ここにいても拉致があかん。とりあえず、屋敷へ参りましょうひーちゃん様」

  雷角がゴホンと咳払いをしてそう提案した。

「このように幼いひーちゃん様を、真神をはじめとしたあの邪連中になど預けておけませぬっ。ひーちゃん様はこの鬼道衆が責任を持って、我らが御屋形様の元へお連れ致します」
「そうだぜひーちゃん様っ! あの拳武の野郎のせいで俺らなかなか手を出せなかったけど……俺たち、ひーちゃん様を助けるチャンスをずっと窺ってたんだぜ!」
「そうそう。ひーちゃん様、もう安心ですわよ。わらわ達がお守りします!」
「ひーちゃん様、食べたいどー!」
「イエイイエイ! 俺は一緒にダンスしたいぜ!」

  ちび龍は交互に訳の分からない事を話す鬼面たちに依然として不思議そうな顔を向けていたものの、やがて「連れて行く」という言葉に反応したのか、一挙に不安そうな様子を見せた。

「ど、どこへいくの…? ぼく、いかない」
「ひーちゃん様、心配はご無用です。御屋形様も大変心配しておられますよ」
「おやかたさま…?」
「ひーちゃん様のダーリンですぜい!」
「恋人です恋人! ああっ。御屋形様、こーんな愛らしいひーちゃん様を見たら一体どんな顔されるんだろうねえ。うっとり…」
「おでも御屋形様のびっくりな顔見たいどー。そんで食べる!」←しつこい
「イエイイエイイエイ!」

  けれど龍麻にしてみれば、仮面をした怪し過ぎる5人組。おまけに妙に興奮していて鼻息も荒い5人組。
  はいそうですかとついて行くほど愚かではない。
  ふるふると首を振ると、ちび龍は立ち上がってきっぱりと言った。

「ぼく、いかない…っ。しらないひとには、ついてっちゃいけないもんっ!」
「ぐはぁっ…! か、可愛…【悶】!」
「ひ、ひーちゃん様! 知らない人なんかじゃねーぜ俺たち! なあ水角!?」
「そーうですよひーちゃん様っ。わらわ達はひーちゃん様の忠実なる下僕にございます! 家来です家来!」
「う…うそ」
「嘘じゃありません!」
「でも、このおっきいかめんのおじちゃん、ぼくをたべるって」
「こいつはバカですからお気になさらず!」(パチコンッ!)
「痛っ! 酷いど風角、おでを殴るなんで〜」
「煩ェ! テメエ、ちょっとどっか行ってろ【怒】! ひーちゃん様が怯えてるだろうがッ!」
「そ、そこの赤いおめんのひともこわい…。ずっとぐるぐるまわってて、へんなふうにからだまがってる…」(ぶるぶる)
「炎角ッ! 貴様もどこかへ行っておれ! ひーちゃん様はわしら3人がお屋敷までお連れする!」
「OH〜NO〜。ショックショックショッキーング!」(ダンス!)

  ちび龍は何やらわあわあと内輪揉めを始めた5人をよそに、隙をついてじりじりと後ずさりをし始めた。とにかく危険。危ない。それだけは確信していた。
  しかし、忘れがちだが今のちび龍はぶかぶかの胴着を身に纏っている為、うまく歩けず後退した拍子にまたこけっと尻餅をついてしまった。
  そしてこつん、と。

「あ…っ」

  痛くはなかったが、龍麻は後頭部を何かにぶつけてしまった。咄嗟に頭を押さえながらそのぶつかったものが何なのかと振り返る。

「―………」
「……何だテメエ」

  見上げた先にいたのは、スラリと背の高い一人の青年。赤茶けた髪を後ろに結わえ、刀身を身に付けたその姿は、高校の制服を着ているのに侍のようだ。
  何より龍麻を見下ろすその目は爛々としていて、酷い殺気が込められていた。
  龍麻はその青年を見上げたままぴたりと動きを止めた。震える事すら出来なかった。少しでも動けば命が危ないと本能が告げていた。

「おお、御屋形様ッ! わざわざおいでになられなくとも、ひーちゃん様は我らでお連れ致しましたのに…っ」
「御屋形様っ! この方が既にお伝えしておりました、ちっさくなったひーちゃん様です!」
「……これが龍麻だと」

  興奮したように告げる雷角や水角を不機嫌そうに見やり、青年―彼ら鬼道衆の頭領である九角天童―は、すっと形の良い眉を吊り上げた。
  それからまたじっと幼い姿の龍麻を見下ろす。

「………凄ェ、ゴミみてェな氣だな」

  そして天童はバカにするように一言そう呟き、微かに哂った。

「御屋形様ッ! ひーちゃん様は真神の色魔連中をはじめ、仲間と称するエロエロ軍団に貞操の危機なのでございますっ! ここは我らがしっかとお守りせねば!」
「そうですぜ! 俺らが命に代えてもひーちゃん様をお守りします!」
「何と言っても、ひーちゃん様は御屋形様の大切なお方ですから〜」
「放っておけ」
「………は? お、御屋形様、今何と…?」
「力のねェコイツに興味なんかねえ。放っておけと言ったんだ。目障りだ」
「そ、そんなっ! ですが、御屋形様!?」

  オロオロとし始める鬼道衆たちをよそに、しかし天童は踵を返してもうちび龍を振り返りもしなかった。
  龍麻はそんな天童の背中をじっと黙って見つめていたものの、不意に胸の奥がちくりとしたような感覚を覚え、眉をひそめた。
  そして。

「……てん、どう……?」

  その一言に天童が音もなく振り返った。その表情には何の感情も見受けられない。
  それでも天童は龍麻を見つめ、龍麻もまた天童を見つめやっていた。

「お…おお…!? ひーちゃん様、もしや記憶が!?」

  最初に驚きの声を上げたのは雷角である。
  その後、どっと他の者たちもぞろ騒々しく騒ぎ始めた。

「す、すげえッ! ひーちゃん様、御屋形様の事は覚えてんだ!」
「萌えだぞよ〜【嬉】! 愛の力だぞよ〜!! きゃーきゃーきゃー!!!」
「ひーちゃん様、やっぱり御屋形様のごど、大好きなんだな〜」
「イエイイエイ! 祝砲をあげるぜいイエーイ!」
「テメエら、煩ェ【怒】!」

  しーん。

「………」

  天童の恫喝一発で口を噤んだ鬼道衆。辺りは途端しんとして鎮まり返った。
  天童はそうなってからゆっくりとちび龍に近づき、先刻したように鋭い眼光でその小さな存在を睨みつけた。ちび龍はそんな天童の視線にすぐさま怯えたようになってびくんと身体を震わせたが、それでもぐっと歯を食いしばり、顔を上げ続けた。

「テメエのようなクソガキに呼び捨てにされる謂れはねえな」

  すると天童がそう言った。

「俺を知ってるのか、お前は…」
「あ……しらない…。しりません…」
「じゃあ今のは何だよ」
「わか…わからない、です。ぼく…ぼく、でも、おにいちゃんとあったこと、ある…?」
「………」
「おにいちゃんに…きらわれて……かなしいっておもったの。ここ…」

  小さな胸を胴着ごしぎゅっと掴んでちび龍は唇を噛んだ。それからみるみる瞳を潤ませていく。鬼道衆たちはそれで既に悶絶必至だったが、天童の方はまだ静かにそんな龍麻を見やっていた。

「おにいちゃん……こわいひと?」
「……お前はどう思うんだ。俺が怖いか」
「………」
「今のお前に、この俺はどう見えるんだ。言ってみろ」
「……ぼく」
「何だ」
「…おにいちゃんのこと、しってる。おにいちゃん……こわいひと…だけど。だけど、でも。やさしい…ね?」
「………」

  仮面の変態5人衆はそう言ったちび龍のあまりにピュアでラブリーな瞳に瞬殺され、それぞれが卒倒して瀕死寸前になっていた。
  それでもしつこくうわ言のように「ひーちゃん様可愛い〜」とか、「ひーちゃん様萌え萌え〜」とか、「やっぱり食べたいど〜」とかわさわさと呻き続けるものだから、主である天童の怒りを無駄に買ってしまった。

「テメエらうぜーんだよ…! 消えろ…ッ【殴】!」
「うっぎゃあああああああ!!!」
「でもいいもん見られて幸せー!!!!」
「イエイイエイイエーイ!!!」

  そうしてキランと、まさに何年ぶりかの勢いで久々お空のお星様となっていき。
  その場には天童とちび龍が残された。

「……おい龍麻」
「……?」
「……来るか。俺の所に」
「おにいちゃんの、おうち?」
「その呼び方はやめろ。気色悪ィ」
「ぼ、ぼく……」
「来るなら来い。仕方ねえ、いつまでもンな姿でいられるのも敵わねえからな。―…元に戻るまで置いてやってもいいぜ」
「ぼく…めいわく、かけるかも…」
「ハッ。何でそう思う」
「え、えっと…。おにいちゃんたちやおねえちゃんたちが、ぼくをさがしてて…おそってくるかもって。くれはのおにいちゃんが」
「は、くだらねえ」

  望むところだ、返り討ちにしてやる。

「あ!」
「グズグズしてんじゃねえ。ガキ」
「わあ…たかい…!」

  不意に天童に抱き上げられ、そのまま肩車をされて…龍麻はぱっと顔を明るくさせた。嬉しくて、そうしてくれた天童の頭にしっかと掴まる。

「おにいちゃん、ありがとう。やっぱり、やさしいね…?」


  こうして他の仲間たちにとっては最も厄介な男―九角天童―の傍に、龍麻は匿われる事となったのである。

  以下次号。。。



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