第6話 ちび龍、攫われまくり。 |
「うまいか?」 「うんっ」 (変な顔……)←天童心の声 「おにーちゃんは、んぐ。たべないの?」 「食いながら話すな。行儀悪ィな」 龍麻の目の前に用意されたのは山のように積まれたお菓子の数々。団子・饅頭・羊羹・煎餅と和風ものから始まって、ホールケーキやカステラ、チョコレートクッキーなど、洋物お菓子も色とりどり所狭しと並べられている。 龍麻は大きな目をキラキラさせてそれらを見つめ、天童が「食ってよし」の合図を出したと同時にもぐもぐと頬張り始めた。訊けば朝から何も食べていないのだと言う。ならばちゃんとした食事も用意せねばと慌しく炊事場へと駆けて行ったのは、前回お空の星となったはずの鬼道衆たちであった。(※言うまでもなく、お菓子を用意したのも彼ら。しかも手作り多し) 天童は必死にお菓子を口に入れる龍麻を退屈そうに見やっていたが、龍麻がようやく人心地ついてちらちらと視線を寄越してくると、怪訝そうな目を向けた。 「何見てんだテメエ」 「おにいちゃん、ありがとう」 「ああ…?」 「こんなにごちそう。すごいね。ぼく、はじめて」 「…初めてだ? お前、いっつも連中から美味いもん食わせてもらってるだろーが」 「え?」 「…最近の記憶はないんだったか。―それにしても」 天童は形の良い眉をさっと吊り上げると頬杖をついていた手を解いて顔を上げた。龍麻の両親の事はよく知らないが、確か2人共柳生の戦いで命を落としているはず。幼少時代はその親の知り合い達が相談してどこぞの夫婦へ養子に出したと聞いていたが。 「お前の親。飯食わせてくれねーのか」 「え? …ぼくのおとうさんとおかあさんはね…もう、しんじゃって、いないんだ…」 「……?」 「おじさんとおばさんと、おじいちゃんならいるよ!」 「ああ…」 コイツはこの年でもう自分が貰われ子だと知っていたのか。 初めて知る龍麻の過去に天童は僅か好奇の色を漂わせたものの、それもすぐに消し去った。 「そのジジイ共はお前にこういうもん、食わせねーのかよ」 「……おじさんたちはとってもやさしいよ?」 敏い龍麻は天童が毒を持って自分の養父母を悪く言った事を素早く悟ったようだ。少しだけ困った顔をして握っていたフォークを置くと、ちび龍は唇を噛んで下を向いた。 「おじいちゃんはときどきこわいけどね。…でも、やさしいよ。ふつうじゃないぼくを、いえにおいてくれてるもん」 「あ…?」 「ぼく…ときどきへんだから、みんな、こわがるんだ」 「………」 「でも、おじいちゃんはこわがらない。ぼくがつよくなれば、へんなものがみえてもこわくないって」 「はっ…」 天童は吐き捨てるように微かな笑いを漏らした後、ふいと横を向いた。 よくは分からないが、龍麻の力の素地を作ったのは恐らくその祖父代わりの男だろう。こんなにチビの龍麻を鍛えていたというのだから、恐らくは己にも、そして勿論龍麻にも厳しかったに違いない。 菓子の貰えない子ども。普通とは違う子ども。 その事を自覚している子ども。 「………くだらねえ」 天童はそう一言呟いて、けれど気づけば皿に積まれたチョコレートをひょいと1つつまんでいた。 そしてそれを目の前に座る龍麻に向けてにゅっと突き出してやる。 「ほらよ」 「おにいちゃん?」 「その呼び方やめろって言ってんだろーが。……いいから、食え」 「……うん。ありがとう」 龍麻は最初こそどこか途惑った風な顔をしていたものの、すぐに笑顔になると顔を突き出して天童の手からそのチョコレートをぱくっと食べた。 「おいしいっ!」 もふもふと口を動かす龍麻は本当に幸せそうだ。 天童はふと気まずく、何故か身体が熱くなる想いがして、再び視線を龍麻から逸らした。 「―………」 そして見てしまった。 襖の陰から覗く、忌まわしい5つの影を。 「じいいい……」 「おおお…御屋形様、自ら食べさせてたぞ、今! 見たかよ水角!」 「勿論だぞよ! スケッチ! スケッチせねばだぞよ!」 「おでも食べたいな〜。ひーちゃん様を」←菓子じゃねえのかよ 「イエーイ! めくるめくスイーツなハウスだぜイエーイ」 「……テメエら」 「「「「「はッ…!!!」」」」」←気づかれた!?という顔(仮面で素顔見えないけど) 「何でそうゴキブリみてえにわさわさすぐ沸いてきやがるーッ【怒】!!」 「「「「「ぎゃああああああ【吐血】!!!!」」」」」 ドガシャーンという大きな音と共に、5人の鬼面たちが物凄い勢いで何枚もの襖を突き破り、すっ飛んでいく。 天童はそれに荒く息を継ぎながら、更にとどめを刺さねばとしつこく追いかけて再度の攻撃を容赦なく仕掛けていた。屋敷はとんでもなく騒がしく、また凄惨な様相を呈し始めた。 「………?」 けれど短時間の間で見事そんな天童と鬼道衆たちとの「じゃれあい」に慣れてしまったちび龍は、その大騒動をまともに見てはいなかった。 それどころかハッとしたような顔をしてただ1点のみを見つめている。 龍麻の様子の変化に逸早く気づいたのは勿論一番近くにいた天童だ。 「―龍麻。どうした」 「………おにいちゃん」 龍麻は天童が声を掛けてくれたのに顔を上げる事はせず、ただじいっと同じものに視線を向けていた。それで不審に思った天童がボコボコになって伏してしまった鬼道衆から離れてちび龍に近づくと、追った視線の先には一つのお菓子が置いてあった。 「それがどうかしたか」 「これ…これ、なんておかし?」 「月餅だ」 「……? あのね…ぼく、これ、どこかでみたことある」 天童に必死にそう言い、ちび龍はどこか焦った風になってその月餅を両手でそっと持ち上げた。何かを思い出そうとしているような、その菓子の向こうに映る誰かを見ているような。ちび龍はそんな顔をしていた。 「…それ、誰かに貰った事でもあんのか」 「うん…。でも、よくおもいだせないよ。でもね、これはしってるんだ。すごくおいしいの!」 「………」 「あ……うーんと…。おもいだせそうなのにな…。これね、これ、だれかつくってくれたんだ。こわいんだけど」 「怖い?」 「うん。これつくってくれたひと、こわいの。いっつもおこってて……ぼくのことだめって…。あれ…?」 「………」 天童はすっかり機嫌が悪くなり、立ち尽くしたまま必死に元の記憶を辿ろうとしているちび龍を冷たい眼光で見下ろした。 確信はないまでも、恐らく今龍麻が思い出そうとしているのはあの仲間うちの誰かだろう。いつもべろべろに甘やかしている連中の中で龍麻を「怒っている」というのは合点がいかないが、けれどだからこそ、こんなに幼くなった龍麻の心に「そいつ」は残っているのかもしれなかった。 面白くない。 「俺の前で他の奴の事を想うとはいい度胸じゃねえか―…」 誰の事も考えられなくしてやろうか? しかし天童がそう発しようとして更に一歩を踏み出した、その時だ。 「それ以上、私の龍麻さんに近寄らないで下さいッ」 「!?」 突如として眩い光と衝撃が屋敷の中を襲った。 既に瀕死状態だった鬼道衆たちはその衝撃波だけで更に遠方まで吹っ飛んで消え、辺りの家具やら折角のお菓子やらもどんどんその強風に煽られてめちゃくちゃにちりじりと飛ばされたり倒されたりしていく。 「く…! 酷ェ歌だ…!」 天童は倒れこそしなかったものの、光だけでなく脳に直接響いてくるかのようなそのとんでもなく「音痴」な歌声にやや体勢を崩した。それは恐らくそこらの下級異形ならばその歌声を1フレーズ聴いただけで消滅してしまうであろう程の《力》を秘めたものだった。 咄嗟に龍麻は大丈夫かと目をやったが、どうやら相手は龍麻を意図的に攻撃対象から外しているらしい。お菓子がなくなってちび龍はびっくりして固まっていたが、別段ダメージは受けていないようだった。 少し安堵してから天童は傍に携えていた刀をスラリと抜いた。 「どこの鼠野郎だ。真正面から攻めてくるとは舐めやがって」 「野郎じゃありませんッ。私は龍麻さんの天使ですからッ!! ―力よ」 「…くッ! こいつ…!」 別段油断していたわけではないが、姿の見えない相手はその声から言って明らかに女。 既に鬼道衆同様戦う事から遠ざかっていた天童にもどこか甘さが芽生えていたのかもしれない。相手が女なら本気を出すのもバカバカしいと思っているところがあった。 しかし本気で怒らせたら厄介なのは、いつの世も男より女。おまけに魔人世界だと女性キャラ皆とんでもなく容赦ないし。 だからその容赦ない代表格の「彼女」も、この時はとことんまで非常識だった。 「……!? バッ…!!」 天童が叫び掛けた声は、傍にいた龍麻にも少ししか聞こえなかった。 「あ…っ。おにいちゃ…!?」 あっという間に真っ白な眩い光が辺りを包んだかと思うと、龍麻の視界は遮断された。 同時、辺りは全くの無音状態。視界もひたすらに白いままで、龍麻はその息苦しさに動く事も出来ず、また何も視認できなくなってしまった。 「おにいちゃん…?」 何も「痛い事」は起きていないが、不安になって龍麻は天童を呼んだ。ぶっきらぼうだけれど天童はとても優しい。鬼面の人たちもお菓子をたくさんくれた。でも、やはり自分に優しくしたせいで何か悪い事が起きて彼らは何処かへ行ってしまったのだろうか。 また独りになってしまった? 「おにいちゃ……」 えぐ、と泣きかけたところで、けれどその時すうっと白く細い手が龍麻の目の前に伸びてきた。 「あ…!」 「龍麻さん。もう大丈夫です。安全な所にまで逃げてこられましたよ」 「……だ、だれ?」 「比良坂紗夜です! 龍麻さん、貴方を助けに来たんですよ!」 「………?」 徐々に開けてきた視界に龍麻は何度か瞬きした。 やがて完全に晴れた視界に映ったのは、にこりと微笑む少女が1人。 そしてきょろりと見渡した今いる所は、先ほどまでいた天童の屋敷とは全く異なる場所だった。 「どこなの…ここ、どこ?」 ちび龍は不安そうに声をあげた。 けれど目の前の少女はただやんわりと微笑むのみ。その笑顔は美しいのに、どこかあの「みさとおねえちゃん」に通じるものを感じてちび龍は瞬時震えた。 「てんどうのおにいちゃんはっ」 「大丈夫です龍麻さん。私たちの恋路を邪魔する鬼は紗夜がきちんと足止めしてきましたから! ここも絶対バレません!」 「……ぼく、いやだ。おにいちゃんのとこ、かえる!」 「そっ…! そんな、龍麻さん! あの人は物凄く悪い人なんですよ!?」 「いやー。ぼく、かえる、おにいちゃんとこ、かえるー!」 「ふっふ……おやおや。こんな小さな子ども一人扱えないのかい、紗夜は」 「兄さん…っ!? どうして!?」 「……?」 不意に現れた背の高い青年に、少女がぎくりと振り返ってちび龍を隠すように身構えた。 龍麻は尋常ならざる雰囲気にすかさず興奮して叫んでいた声をぴたりと止め、紗夜と名乗る少女を不思議そうに見上げた。 そして自分たちのすぐ傍にまで来た青年には……今まで感じてきた危機感以上のものを感じて、思わずぶるりと身体を震わせた。 「ふっふっふ…。こんなオイシイ状況で登場しないわけないじゃないか」 死蝋影司。紗夜の兄であるマッドサイエンティストは、ぺろりと舌舐めずりをして、小さな龍麻をにたりとした笑みで見つめやった。 以下次号。 |
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