第7話 きょうだい



「ちょっと兄さんっ! 兄さんが出てくるとまた話がややこしくなるんだから! 出てこないで!」
「ふふ…紗夜、それが愛しい兄に言う台詞かい? 全く照れ屋さんだな」
「何も照れてません! というか、本当にいなくなって! 折角折角やっと龍麻さんと2人きりになれたと思ったのに〜!!
「おいおい紗夜、そんな暴言を吐きながら鞭を振るうのはやめてくれないかい? って、イタイイタイ当たってる【泣】!」
「これ、兄さんのお部屋にあった特注ものよ。兄さんはこういうマニアックなものが好きなんでしょう、今度藤咲さんに頼んで特別講義してもらえるように頼んでおくわね!」(びしりばしり)
「こら紗夜、ふざけるのも大概に…って、イテテテテッ!!」

  見知らぬ「おんなのひと」が現れたと思ったら、今度は見知らぬ「おとこのひと」。
  その2人はどうやら兄と妹らしいのだが、何やら妹が鞭でビシバシと兄をしばき始めた為、ちび龍麻は案の定震えてその場を逃げ出した!

「うっう……こわいよ……!」

  次々と襲ってくる試練にちび龍は孤独だった。
  一見、自分に笑顔で優しく接してくれる人たちも、結局は暴力的で危険の香り漂う「こわいひと」ばかりだ。おまけに見知らぬ白い空間の中、帰る場所も分からず、何処へ逃げていいかも分からず、龍麻はただ無我夢中で足を動かし、泣きながら異界の中を彷徨った。

「アニキ!」

  その時が一体どのくらい続いたのだろうか。

「ひっ…!」
「ストーップ! おお、やっと捕まえたで。こらこら、暴れんくてもだーいじょおぶ! わいや、アニキ! 劉弦月や!」
「やだ…っ。こわい、おにいちゃん…っ」

  不意に目の前に現れた青年に勢いよく抱え上げられ、ちび龍はあっという間にパニックに陥り、バタバタとその身を暴れさせた。本来はそこまで反抗的な態度を取る方ではなく、むしろ人懐こい部類に入る龍麻だが、もうここまで災難が続くと、早々新しい人物に心を開けるわけもない。
  必死に暴れ、ちび龍は泣きながら「おろしておろして」と訴えた。

「そうか、そうか。抱っこが嫌やったんやな? ほうれ、おろしたで!」
「う……?」

  けれど青年は意外にもすぐに龍麻からの拘束の手を解き、言われた通り龍麻を再び白い地面にそっとおろした。

「………うぐ」

  龍麻が泣き腫らした目でそうしてくれた相手を見やると、突然現れたその細目の青年は、膝を曲げ視線をちび龍にあわせてから、やがてニカッと白い歯を見せて微笑んだ。

「アニキ。わいや。迎えに来たで」
「……だれ?」
「ん? おお、そうか。アニキはわいの記憶も何もなくなってるんやったな。それなら怖いわけやな、すまんすまん」
「………」

  本当に申し訳なさそうに謝ったその「劉」と名乗る青年は、しまったという風に黒い髪の毛をがしがしとかいた後、その場にストンと胡坐をかいて完全にちび龍と目線を同じくした。

「なら―…龍麻、でええな。龍麻。わいはな、アンタの兄弟や」
「きょおだい…?」
「そや。アンタの弟やな」
「おとうと…? おにいちゃんが?」
「んー? ハハハッ、そやな、今はわいのがアニキに見えるわな。なら、それでもええ。どっちでもええわ。とにかく、わいと龍麻は家族なんや。だから、迎えに来た。分かるか?」
「ぼく……かぞくはいないって」
「うん。血ィは繋がってへんけどな。けど、そんなもんよりもーっと大事なもんで繋がってるから。わいらは、ここで深く繋がっとる。だから、誰にも文句は言わさん、れっきとした家族なんや」
「ここ…?」

  劉がどんと叩いた胸を自らも抑えて、ちび龍はますます不思議そうな顔をした。
  けれど、もう劉の事は怖くなかった。
  それどころか、ほんわかとホカホカと、とても安心で、とても優しい感じがした。

「おにいちゃん…」
「ん?」
「ぼくの…かぞく?」
「そやで! 龍麻はわいの大事な大事な家族や。せやから、こんな危ないとこにいつまでも置いておきたない。わいと一緒に帰ろ?」
「かえる……でも、ぼく……」

  何処へ行けばいいのか分からず途方に暮れていた龍麻は、そのあまりに魅力的な言葉に惹かれながらもやはり今いちピンと来る事が出来ず、困ったように首をかしげた。

「へへ…ッ」

  すると劉はもう一度得意気に笑うとすっくと立ち上がり、そのまま自信に満ち溢れた顔で龍麻に向かって手を差し出した。

「龍麻、わいと手、繋ぐか。そしたらもう、怖いこと何もないで」
「手……?」
「うん。わいも、龍麻と一緒におったら怖いもん何もないんや。だから、な?」
「でもぼく……。ぼくといると、おにいちゃんも……こわいめ、あうよ」
「ん……」

  劉の言葉に色々な事を思い出してしまい、ちび龍は再びぐりゅと瞳を潤ませた。

「ぎゃく、だもん…。ぼくといると、こわいこと、たくさんおきる。だから……みんな、ぼくのこと、きらいって」
「………やっぱり一緒やな」
「……え?」
「ほら、龍麻」
「あ…!」

  再び出会った時と同じように軽々と抱き上げられて、ちび龍は驚いて劉の顔を間近から見つめやった。
  すると劉はにこにこしながら自らの片腕にちび龍をのせるようにして抱え込むと、こつんと頭を寄せ、静かに笑った。

「わいも…よく思ってた。わいは不吉な星の下に生まれたのかもしれん。わいといるもんは、いつか皆死んでしまうんやないかってな」
「………おにいちゃん?」
「だからわいは、人と触れ合うんが怖かった。バカみたいにギャグ飛ばして、誰とでも仲良ォして。いつでもどこでも笑ってたけどな。―…わいは、もう誰とも馴れ合わんて、決めてたんや」

  けどな、と劉は突然先ほどの笑みとはまた別の穏やかなものに変えると、そのまますぐ傍にいるちび龍を見つめた。

「アニキの……龍麻のお陰で、わいはまた、生まれ変われた」
「ぼくの……?」
「そや。せやから、龍麻はわいの大事な大事なお人や。だからな。絶対に一緒にいて嫌な事や怖い事なんてあらへん。あるわけないで」
「……ほんとに?」
「わいは龍麻には嘘つかんで!」
「………」
「だから。行こ。わいと、ここを出ような?」
「……うん」

  劉の言葉が本当に温かくて安心で嬉しくて。
  龍麻は不意にこみ上げるものを感じ、そのままぎゅっと両腕を劉の首筋に巻きつけ、自らも強く強く抱きついた。
  劉はそんな龍麻を更に改めて抱え直すと、鼻歌交じりにその白い空間を歩き始めた。


  ―ところで、醜い争いを繰り広げていた「もう一方の兄妹」は―


「兄さんっ! 兄さんのせいで龍麻さんがいなくなっちゃったじゃない! どうしてくれるのうよもう〜【怒】!!」
「紗夜が自分だけ龍麻君を独り占めしようとしたのが悪いんだろう!? 昔はこんなに反抗的な妹じゃなかったのに一体どこからどうやって―…って、だから鞭を振るうのは止めないか【怒】!!」
「酷いわ兄さん! 兄さんはそうやって紗夜だけをいつも悪者にして、いつも紗夜の幸せを妨害するのね! ああもう、アニメの時みたいに兄さんなんて存在いなければ良かったのに!」
「それを言うなら、私だってあっちの素直で可愛い紗夜の方が良かった…って、ぐえええ【死】」
「もう我慢出来ない! 兄さんなんて、私の歌で滅殺してあげる〜!!」
「も、もう攻撃しまくってるだろうが………何年ぶりかの登場がこんなオチとは……ぐふ」
「せめて龍龍ページではもっといい役にしてー【怒】!!」


  龍麻と劉が消えた後も、延々とその場で自棄のような暴れっぷりを展開していたという…。

  以下次号。



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