恋の亀急便(前編)
その日、突然<如月骨董品店>の扉を開きやって来た黒髪の少年に如月は思い切り眉をひそめた。
「 こんにちは」
「 ……いらっしゃい」
少年は風貌から言えば日本人、それも高校生くらいの年齢に見えたのだけれど、明らかにどこか「普通とは違う」という感じがした。
そう感じたのは、まずその格好がおかしかったからかもしれない。
何処かで遭難でもしていたのかと思わせるような救命胴衣のようなベストにサバイバル用の厚生地パンツ。黒いブーツ。頭にはおかしな望遠眼鏡のようなものをつけている。荷物は背中に小さなリュックが1つだけ。
そしてどこかあどけなさを残すその顔は土と埃に塗れていた。
「 まだこんなお店があったんだ。東京にも」
そんな如何にも怪しい少年はにこにこと笑いながら、物珍し気に店内を見回し「凄いなー」と感嘆の声を漏らした。
「 ………」
如月は黙ったまま不意に現れたその奇異なる少年を黙って観察した。
害はないようだが、どことなく浮世離れしているというか地に足がついていないような空虚な雰囲気にはどうしても警戒心が働く。かと言って自分のように特別な《力》は感じない。
いずれにしろ、自分がこれ程不機嫌な時にここへ来るとは、よくよくツイていない奴だと如月は思う。
「 ところで俺、凄く困ってて」
如月の想いを他所に少年は別段困っている風でもなく言った。
「 俺って何か《よくよくツイてない》って言うか、いつも余計な事に巻き込まれちゃうんですよね。まあそんなに凄腕ってわけでもないから仕方ないけど」
「 君は客じゃないのか?」
「 んー…?」
冷たく切り捨てるように言う如月に少年は考え込むような仕草をした後、黙りこくった。
如月はふいと視線を逸らすと帳場に置いていた本を閉じ、素っ気無く続けた。
「 入用な物がないなら帰ってくれ。今日はもう店仕舞いだよ」
「 俺、行く所がない」
「 ……そんな事は僕の知った事ではないね」
「 ホテル泊まるにもお金ないし。だって貰うはずの報酬、ライセンス失くしたせいで受け取り損ねたし。ここへ帰ってくるのだって手を変え品を変え…」
「 ちょっと待て」
ぐちぐちと何事か語り出した少年を片手で制止し、如月はいい加減怒筋の浮かびそうな自分を堪え押し殺した声で言った。
「 そんな訳の分からない話は他所でしてくれ。君はうちの客ではないし、僕個人の知り合いというわけでもない。悪いが僕は忙しい―」
「 緋勇龍麻って」
「 !?」
突然少年が出した単語に如月は不覚にも思い切り反応してしまった。
今日まさに機嫌が悪いその最大の要因。それをこの見知らぬ少年が口にしたから。
「 ……何だって?」
「 緋勇龍麻さんって貴方の…JADEさんの知り合いでしょ?」
「 何者だ」
「 わっ。ちょっと待って! 変な物出さないで!」
急激に殺気を放ち傍の刀に手をやって如月に少年は慌てたようになって二歩三歩と後退した。ぶんぶんと首を左右に振り、腑抜けた笑いを見せる。
それがわざとなのか素でやっているものなのか、正直如月には判断がつかなかった。
「 俺が貴方のもう1つの…裏の名前を知っているのは当たり前だよ。だって俺、JADEショップの常連さんだもん。俺、プロのハンターだよ。ロゼッタ協会所属の」
「 ……だとしてもこの場所が分かるはずがない」
「 そこはほら、俺がプロのハンターだから」
困ったように笑う少年にはやはり悪意は感じられなかった。未だ警戒を解こうとしない如月をちらちらと遠慮がちに見やりながら、少年はやがて泣き出しそうな瞳すら見せた。
「 プロのハンターのくせに情けないけど。俺、前回の任務の時に協会から貰ったライセンスを失くしちゃったんだ。追っ手から逃げている時に落としたみたいで」
床に下ろしたリュックの中身をごそごそとやり、少年はそこから実に奇怪な形をした古ぼけた仮面を差し出して、「これがその前の任務のお宝。エジプト王の面」などと嘘か本当か分からない事を言った。
「 それで色々と調べていたんだけど、いつの間にか俺に成り代わって次々と任務をこなしている<もう一人の俺>ってのがいる事が分かって。俺の持っていたライセンスで仕事しているんだよ、その人。何でも『俺は違う』『人違いだ』なんて最初の方では言ってたらしいから、まず間違いないね。その人、俺に間違われて俺の仕事しているんだよ。……協会にもそれちゃんと話したのに、その人は凄く優秀だからもうその人が『俺』でいいって。俺がちゃんと『俺』として認められたいなら、その人に直接話しに行けって。もうめちゃくちゃだよ」
「 ……確かに」
如月は手にしていた刀を放すとふうとため息をついた。
「 協会にとっては仕事さえこなせばその渡したライセンスを誰が使おうがどうでもいいんだろうな。元々あそこのハンターたちは仕事の度に名前を変えると言うし」
「 俺は違うよ。俺は俺の名前を変えたりしない。いつも一緒だ」
「 君、この仕事をしてどれくらいになる」
「 んー。この間エジプトでしたのが初めてかな」
「 ………」
「 でも大丈夫。これからやり手になるから」
「 やり手に、ね」
にっこりと笑う少年に冷たい眼を向け、如月は帳場の上で頬杖をついた。
「 それで? 君はこの僕に何の用だい」
「 だから。その俺の代わりになっているって人が緋勇龍麻。貴方の知り合いなんですよ」
「 だから?」
「 驚かないの?」
「 知っているからね…」
如月はつまらなそうに言った後、肘をついていた帳場から離れてちらと背後の部屋に目をやった。ここからは見えないが、奥の間には如月骨董品店とはまた別の顔―やり手のハンターたちに主な必要アイテムを提供する「JADEショップ」の管理用PCがある。普段そのウェブサイトの管理は高校時代の優秀な同級生が引き受けてくれているのだが、自分でも客の入り具合などのチェックは時折している。
その顧客の中に突然「緋勇龍麻」の名が挙がり始めたのはつい先月の事だ。
あの名前がパルス弾だのガスHGだの、果てはライフル、ハンドガンと次々注文しまくるものだから「まさか」としか思えなかった。
けれど龍麻が如月の前から姿を消して大分経つ。今更こういう形で現れようが驚くつもりはない。
ない、のだけれど。
「 まあ知ってたなら話が早いです。俺、ライセンス返してもらいたいんで、その緋勇さんに会いたいんですよ」
「 それで?」
「 調べたら今仕事で東京の天香学園って所にいるって。でもあそこって完全寮制の監獄みたいな学校だから、なかなか入り込めないんです。だから」
「 だから?」
「 ここで雇って下さい」
「 は?」
当然のように言う少年に如月は思わず間の抜けた声を出してしまった。
そんな如月に構わず少年は尚も続けた。
「 俺、亀急便の人になってあの学校に乗り込むから。あの人もJADEショップ利用しまくってるんでしょ? 元々JADEさんの知り合いなんだし」
「 ………」
「 ついでにここで雇ってもらえたら俺、金稼げるし。助かるんだけど」
「 何故僕が見知らぬ君にそこまで協力しなくちゃならないんだい」
「 えー…」
「 ええ、じゃない。悪いが僕は君の間抜けなミスに付き合ってやる暇はない」
「 冷たい人だなあ…」
「 用がそれだけなら帰ってくれ」
「 葉佩九龍」
「 ……何だって?」
「 俺の名前」
「 ………」
胡散臭げに見やる如月にその少年…九龍はまた人好きのする笑顔を向けた。
それはやはり人間味の感じられないものだったのだけれど。
「 これで見知らぬ人じゃなくなったでしょ。ごめん、冷たい人だなんて言って。分かってる、駄目だよ冷たいフリをしたって。貴方は俺に協力してくれる」
「 ……ふざけた奴だ」
「 ごめんなさい」
呆れたように言う如月に九龍は今度は申し訳なさそうに笑った。けれど立ち去るつもりもないようだった。
「 ………」
如月は深く深くため息をついた後、今は自分から遠く離れて行った「主」の顔を思い浮かべて、心の中で毒づいた。
結局何処へ行こうが、君は僕に苦労を掛けるんじゃないか。
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