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  クリスが屋敷の庭でバラ園をはじめとする花の世話をしなくなって10日あまりが経つ。はじめの2〜3日は、執事のシューマンはじめ、屋敷の使用人たちも皆「納得」の体で、誰もそのことについて言及はしなかったのだが、さすがに10日ともなると周囲はざわつく。というより、何とも言えない悲壮感が漂う。何せクリスは庭師へ花の世話に関する託こそするが、頑なに外へ出ようとしない。馬や他の家畜に会うこともしないし、つまりは、仲良しの小竜とすら。クリスは大好きな植物の世話も動物たちとの交流も、全て絶ってしまったのだ。
  それが先日の「ヴァージバル来襲・クリス登城事件」のせいだとは、誰しも理解している。無論、リシュリューも。クリスの「閉じこもり」はそのせいだと知っている。
 けれどリシュリューは、何も言わない。



「リシュリュー様。今日は風が強かったですが、雨には降られませんでしたか」
「いや、大丈夫だ。こちらは降ったのか」
「はい、少しだけですが。王宮の方角も大分黒い雲が見えたので、心配していたんです。濡れずにお帰りになられて良かったです。お疲れではありませんか」

  早めに帰宅したリシュリューを、クリスは控えめに微笑みながらそう言って労わった。
  クリスが外へ一歩も出ない生活を続けるようになってからは、こうしてリシュリューをすぐに出迎えられるようになった。以前は帰宅に気づかず庭園にいたり、小竜と戯れていたりということがザラだったから。クリスはその度恐縮していたが、リシュリューはだしぬけクリスが息を抜いて心から笑んでいるような顔を見るのが好きだったし、そのことを責める気はなかったけれど、いざこうして、自分のことだけを待ち、自分の方だけを向いて暮らしてくれるクリスを前にすると、「これが普通の正妻の姿なのではないか」などと思ってしまう。
  そう思うからこそ、リシュリューはこの不自然なクリスの生活を黙認し、いっそそれを喜んですらいた。そんな自分を自覚はしている。
  ただ、今日は「さすがに言わねば」と思っていた。

「クリス…、お前は最近、外へ全く出ていないだろう。――小竜が苛立っている」

  居室でクリスと向かい合い、今日の他愛もない1日を報告し合った後、リシュリューは咳き込みながらそう告げた。

「あいつは、俺がお前を屋敷の中に閉じ込めていると思い込んでいるようだ。今日は出掛けにも帰りにも大分強く威嚇された」
「いつも窓から挨拶はしています。全く会っていないわけではありません」

  クリスの淡々とした返答にリシュリューはやや戸惑ったが、「それでも」と後を続けた。

「偶に構うくらいはしてやってくれ。それにお前自身……外に出たいだろう?」
「いえ、そんなことはありません」
「………」

  またしても即答。リシュリューは思わず言い淀んだが、さらにクリスはいやに早い口調で付け加えた。

「僕は、今はお屋敷の中で過ごすことが楽しいんです。小竜に寂しい想いをさせてしまったことは申し訳ないと思いますし、後でそのことは彼にも謝ります。でも、リシュリュー様さえ良ければ、今のこの生活を続けさせて下さい」
「別に俺は……お前の好きなようにすればいいと思っている」
「ありがとうございます」

  やんわりと笑んだクリスに嘘偽りは含まれていない…ように、リシュリューには見えた。だからリシュリューももうそれ以上は口にせず、おもむろにテーブル越し、腕を伸ばしてクリスの手を取った。クリスはそれにすかさずもう片方の手を添え、再び静かに微笑む。クリスは嬉しそうだ。だから自分も幸せで、それで良いとリシュリューには思える。
  だからもうこんな不毛な会話はこれきりにしようと、リシュリューは自身もふっと笑み返した。



To be continued…