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「クリス!」

  底抜けに明るい、弾けるような声が庭に響き渡ったが、その当人、笑顔の直前は憐れなくらい蒼褪めており、身体も硬直していた。クリスは慌ててそんな「危機的状況」に陥っている友人の元へ駆け寄った。

「小竜っ、近過ぎるよ!」
≪グウウゥ…!≫
「だっ、大丈夫っ。何もされていないし、匂いを嗅がれただけだから! って、凄いなクリスは、竜と話ができるだなんて!」
≪ガウウーッ!≫
「ぎゃっ!?」
「小竜! そんな近くで吼えないで!」
≪ブウウウ〜!≫

  大好きなクリスから2回も叱られて、小竜は見るに明らかなほど悔しそうに歯軋りし、喉を鳴らし、あまつさえダンダンと、長い尻尾を激しく地面に叩きつけた。イライラしているのがよく分かる。並んでその様子を眺めている使用人たちもハラハラするほどだ。何せ小竜は、このヴィリー・アーベルという、クリスの学生時代の友人がバラ園に通されるや否や、彼を「クリスのテリトリーを侵す不審人物」とでも思ったのか、襲いはしないものの、椅子に座る彼の真横に舞い降りて、クリスがくるまでそれは執拗に鼻を寄せたり、不穏な唸り声を上げたりしていたものだから―…。
  それをされていた当人は勿論生きた心地がしなかっただろう、冷や汗・脂汗が止まらない様子で、本当に周囲の人間にとっては「可哀想」としか言えなかった。

「ク、クリス…。改めまして、久しぶり…」

  そのヴィリーは、クリスから首筋を撫でられてようやく落ち着いたように目を細める小竜をびくびくと見やっていたが、やがて絞り出すようにそう言った。

「あ、う、うん。本当に…久しぶり」

  それにクリスもハッとなって照れたように頭を下げ、微苦笑を漏らした。あまりに小竜が殺気立っているから焦ってしまって気も逸れたが、そうなのだ。この目前の友人とはもう1年以上も顔を合わせていなかったのだ。
  久しぶりの再会。
  きっともう二度と会うことはないと思っていた友人。

「ショーリューって言うんだ、その竜。小さな竜≠セね? 僕には、竜はみんな大きく見えるけど、確かに竜の中では小さいのかな?」
「うん…」
「クリスに凄く懐いているんだね。だから僕のことをあんな風に調べたんだ? クリスにとって悪い奴じゃないかってさ。偉いなぁ、小竜は」
≪グルルルル…!≫
「わっ…あ、あははは…。『あんまり馴れ馴れしくするな』って、今のは僕にも分かったよ、竜の言葉」
「ヴィリーはジオット様の所で竜を扱ったりすることはあるの?」

  クリスの質問に、ヴィリーは焦ったように目前で両手を振った。

「まさか! 僕なんかじゃ滅多にお目にかかれないよ、ジオット様の竜は特別だから。というか、街の人間にとって竜はまだまだ遠い存在だよ。ジオット様ぐらいの方じゃないと竜は持てないし。そもそも、例え子飼いでも竜を扱える人間は少ないからね」
「………」
「でも、クリスならきっとメディシス様の竜とも仲良くできると思ってた。それだけじゃなくて、君が学園を辞める時も、僕は何の力にもなれなくて、心配することしかできなかったけど、でもクリスなら何処へ行っても大丈夫とも思っていた。その通り、元気そうで良かった」
「……ありがとう」

  早口で話すヴィリーに押され気味になりつつ、クリスは何とか礼を言った。もっと他に、最初に話すことがある気がする。そう思うのに、なかなか言葉が出てこない。メイドがお茶を運んできてくれたタイミングで、何とか2人は目前のテーブル席に着いたが、その後もクリスは何を話して良いか分からず沈黙した。ヴィリーはそんなクリスに構わず、庭園のバラを誉めたり、屋敷へ来る前いかに緊張したかをとつとつと語ったが、最初に小竜に脅された時の委縮した気持ちが残っているのか、多少硬さが見られた。
  それでもクリスにとって彼は学生時代の頃から変わらない、自信に満ち溢れた学友だけれど。
  そう、ヴィリーはいつも堂々としていた。自分とは違って――クリスは自虐気味にそんなことを思う。

「そうだ。僕、今日、クリスにプレゼントを持ってきたんだよ。緊張していたからすっかり忘れていた」

  その時ふいにヴィリーがそんなことを言い出して、クリスははたと瞬いた。
  ヴィリーはそんなクリスに気づいているのかいないのか、マイペースに続ける。

「贈り物は最初に渡すものだと言い聞かせていたのに、何せ緊張が酷くて…って、緊張緊張って、さっきから僕、同じことばっかり言ってる? はは。でも、何と言っても、あのリシュリュー・メディシス様のお屋敷へのご招待だから、もうずっと気が張って眠れなくって。リシュリュー様にお会いできないというのは昨日知ったんだけれど、残念なようなほっとしたような、そんな気持ちだよ。あっ、こんなことを言ったら失礼かな!?」
「そんなことないよ。それより、プレゼントなんてそんな気を遣わなくても良かったのに…。それにごめん、僕は何にも用意していなくて…」
「いいんだよ、そんなの! ここへ呼んでくれただけで十分さ! 末代までの自慢だね! って、まだ末代作れるか、そんな予定も全然ないんだけどね」

  そう自らを茶化しながらヴィリーが懐から出したのは、小さく折りたたまれた四角い紙片だった。



To be continued…



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