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  寝室を共にしたから、例えリシュリューと気まずい雰囲気になったとしても、夜は一緒だ。
  もっとも、「気まずい」などという感情をクリスは自分が抱いてはいけないものだとは自覚している。そもそもそうなったのも全て自分が悪い。だからクリスは努めて夕餉の会話を引きずらないよう、リシュリューがこれ以上不愉快な想いをしないようにと身の回りの世話をやいた。いつもは寝所で着替えの手伝いなどしないし、休む前のお茶もシューマンかメイドが用意するのに、この日はクリス自らが準備した。その方が気楽だった。動いていないとまた余計なことを考えてしまいそうで。

「クリス」

  だからリシュリューが名を呼んで腕を引いてくれた時もほっとした。リシュリューの機嫌は悪くないように見える。大人しくベッドに連れて行かれると、そのまま口づけされて髪を撫でられた。目を瞑ってそれを受け入れると、リシュリューは尚も唇を重ね、クリスの服に手をかけた。それでクリスはまたほっとした。抱いてもらえればより一層、今日のことを忘れられるのではないか、そんな気がしたのだ。
  けれど何を思ったのか、いつものようにクリスの肌を晒しそこにキスをしていたリシュリューは、ふと動きを止めてため息をついた。クリスがそれに驚いて目を開くと、覆いかぶさっていたリシュリューと見事に視線が絡み合った。リシュリューは怒っていない、それは確かだ。ただ、夜によく見せてくれる甘い眼差しがそこにはなかった。
  それで一気に心細くなり、クリスは「リシュリュー様…」とその名を呼んだ。

「望まれているのは分かるが、それが逃避のためというのも分かるので、何とも複雑な気持ちだ」
「えっ…」
「まぁそれでもいいのだがな…。クリスを抱くことは俺にとって何よりの至福だ。だから例えそこにお前の心がなくても、別に構わないと思う俺がいる。情けない話だが、それくらい、俺はお前に溺れているのだ」

  クリスがその言葉に驚いて思わず起き上がろうとすると、リシュリューはそんなクリスの手首をベッドに縫い付けて動きを封じ、自嘲の笑みを浮かべた。

「もう謝ってくれるな。今のは、酷い嫌味だったな…悪かった。……だが、やはり今日、お前に何があったのかは知りたいと思う」

  リシュリューは言って片方の手を動かすと、クリスの髪の毛を、頬を、優しくさらりと撫でつけた。

「言いたくなければ構わないと言ったくせに、どうも俺はお前に見栄ばかり張ってしまう。そしてそのくせ、それを貫き通すこともできない。要は、俺はお前の優しさに甘えているのだろう」
「……僕は違います。お優しいのはリシュリュー様です」
「そんなことを言うのはお前くらいだよ」

  リシュリューはクリスに一つだけ口づけを落とし、それからすっと身体を起こした。クリスも慌ててそれに倣うと、リシュリューはそんなクリスに背を向けたまま言った。

「話す気はあるか? 今日のことを」
「…はい。本当に、ジオット様もヴィリーも何も悪くありません。僕が勝手に一人で落ちこんで…。一人で腹を立てていただけです」
「お前が? 何故腹を立てた」
「………ヴィリーから、僕は特別な人間だと言われました」
「何?」

  リシュリューがちらりとクリスを振り返った。闇夜でもその瞳は怖いくらいによく見える。如何にも怪訝そうな光がそこにはあった。

「ずっとそう思っていたと。彼だけでなく、学園の皆が僕に好意を抱いてくれていたのだと聞かされました。でもそんなこと…僕は彼が思うような、そんな人間じゃないんです」
「……クリスは、特別と言われることが嫌か」

  リシュリューが何を考えているのか分からない、抑揚のとれた声でそう訊いてきた。クリスはリシュリューが自分に背を向けているのを良いことに、いつもにはない強い口調で、いっそムキになって即答した。

「嫌に決まっています。違う意味での特別なら―…確かに自分は異端な存在だとずっと思っていて、その点では皆とは違うところもあるのかもしれませんが――」
「異端というのは、お前の見た目のことか」
「は…はい、そうです」
「しかし異国の血が流れている人間など、この国には他にも大勢いる。お前も知っている竜騎士団長のオーレンも、元は異国の者だ」
「ですが我が国の宗教上、僕のこの色は――」
「本来は不吉とされる色だな。にもかかわらず、学園の者たちはお前のその色を忌み嫌うでもなく、お前の内面を見た上で親しみを覚えていたというのだから、彼らにとってお前が特別な存在だったというのはもっともな話なのではないか」
「………リシュリュー様」
「どうにも不思議だ。こんな話を聞かされて、いつもの俺なら嫉妬で荒れ狂うはずなんだが、驚くほど全く腹が立たない。むしろ、くだらぬ迷信に惑わされず、お前を正当に評価していた昔の学友どもを誉めてやりたいくらいだ。……そして逆に、そいつらの好意を素直に受け取れないクリスを、重症だと思う」
「重症」
「お前は自己肯定感が低過ぎる」

  それはもう尋常でないほどに低いとリシュリューは繰り返し、ここで大きなため息をついた。

「まぁそのお陰で、俺と出会うまでおかしな虫もつかずに無事でいられたのだと良い方にも受け取れるが。それにしても、クリスの自分に対する評価の低さには時々呆れてしまう。もちろん、俺はそんなクリスの奥ゆかしいところも大好きだが、しかしクリス自身は、このままでは生きづらいだろう」

  クリスが何も言えずにいると、リシュリューは再びちらりと首だけ振り返ってみせたが、すぐまた前へ向き直るとさらりと言った。

「明日は出掛けるか。お前に会わせたい者がいる」
「え…」
「きっと楽しいぞ」

  そうして珍しくそんな言い方をすると、リシュリューは再度クリスを見やってふっと優しく微笑んだ。



To be continued…



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