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最初はクリスも緊張していたが、リノの持つ穏やかな雰囲気と優しい語り口、何より最大の関心事である目前のセラの花畑を見ていたら自然と気持ちも落ち着き、笑顔も増えていった。リノは自分が神官庁に入庁した折、このセラの花を一株だけ、国王から貰い受けたのだと語り、特に増やそうと思って育てていたわけではないが、気づいた時にはこうなっていたと事もなげに言って笑った。 「ですが、この花は増やすのがとても難しいと聞きました。実は私も先日、友人からこの花の種を頂いたのですが、どう育てたら良いのかと思っていたところなのです」 「心を込めて大切にお世話してあげれば、それで良いですよ」 「それは…きっとそうなのだと思いますが」 「無論、少しのお日様と少しのお水も必要ですけどね。堆肥等には特に配慮しなくても良いと思います。ここの土地が元より豊かだからというのもあると思いますが、メディシス様のお屋敷でしたら、その庭の土もこちらとそう大差ないでしょう。あとは増えた時に多少間引きしてあげて、抜いた分も別の場所に移してあげると良いと思います」 折角咲いてくれたのに、ただ抜いてしまうのも可哀想ですしねとリノは付け足し、それからやや困ったように苦笑した。 「けれど最近では増えた分を他へ移しきれなくて、神官長がそれらを城下のお花屋さんにお譲りしていると伺っていたのですが…、どうやらタダではないらしくて」 (あ…もしかして商売って…) クリスがはっとなりながらその話を聞いていると、リノはさらに眉尻を下げて続けた。 「そうしてお金に変えた分をご病気されている方や、他に困っている方などへお分けするなら、それはこの神官庁の役割にも適っていて良いと思うのですが…、どうもそのような使われ方はしていないようなので少し困っております」 「……そうですか」 「あっ、申し訳ありません! このような話はするべきではありませんでした! つい、クリス様とはお話しやすくて…! 大変失礼致しました!」 「そ、そんな、とんでもないですっ! ぼ…私こそ、リノ様とはとても接しやすくて…楽しいです!!」 クリスが慌ててそう言うと、リノはたちまちほっとしたようになりながら、また柔らかい微笑を浮かべた。 「そのように仰って頂けて、とても光栄です。……お優しいお言葉に甘えてさらに申し上げますと、実は先ほど初めてお会いした時、私もクリス様とは初めてお会いしたように感じられないほど、とても近しい感覚を抱きました」 「え?」 クリスが驚くと、リノはそのクリスの反応に再び恐縮し、すぐさま厚かましいことを言ったと謝罪した。勿論クリスはそれに自分もより慌てて、親しみを感じたのは自分も同じだからと付け加えたのだが、その互いが互いに頭を下げ合うのがあまりに何度も続くものだから―…、やがて2人は共に笑いあった。 この人と自分は似ているのかもしれないと、ふとクリスは感じた。 その後リノは、セラの花が現国王の竜の主食としても活用されていると言った。クリスはその話にとても驚いたが、リノは、ひと昔前の竜はみな等しくこの植物を主食としていたこと、しかし増えるのが難しいとされるセラの花の生息地が狭まったことで、必然的に竜の主食も変化したようだと教えてくれた。 「やはり…セラの花を育てるのは大変なのですね」 「うーん、どうしてでしょうね。この土地ではこんなにも簡単に育つのですが。やはりオーリエンスの質の良い土のお陰でしょうか」 リノは不思議そうにそう返したが、クリスは、(それもあるだろうが)と心の中で同意しつつ、けれどと、この目の前の若き神官を見つめた。 (多分、この方の力だ…。この方は植物を育てる力が抜きんでてある御方なのだ) オーリエンスの土地がというのなら、他の花業者とて、神官長から得た株で増やしていくことが可能なはずだ。しかし実際、友人のビリーが言っていたように、未だにこの花やその種を入手することは難しく、セラの花はその実も種も稀少なものとされている。増やすのは容易ではないのだ、この神官以外は。 「あ、文官長殿がお戻りになりましたよ!」 花を前に考え込んでいると、リノが一際はっきりとした声を上げてクリスに教えた。クリスがそれにハッとして顔を上げると、神殿の前でリシュリューが軽く手を挙げているのが見えた。 クリスは急いでそれに頭を下げて応え、リノを振り返った。リノは勝手知ったる様子で「お気をつけて」と別れの挨拶をすると、しかし「また遊びに来て下さいね」と言った。 クリスは同年代の友人ができたようでとても嬉しく、その誘いには一も二もなく笑って頷いて見せた――…が、その後、再合流したリシュリューから「楽しかったか?」と訊かれた後に知らされた事実には愕然としてしまった。 リノはクリスよりも、それどころかリシュリューよりも大分年上だったのだ。 |
To be continued… |
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