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  ジオットには式などまだ挙げられないと言ったものの、リシュリューの気持ちは悶々としていた。いっそのこと既成事実だけさっさと作り上げて、正式な伴侶という関係性に持ち込んだ方が良いのでは…そう考えなくもない。どうせクリスのあの性格は早々変わるものでもないし、悠長に構えて、もしクリスに悪い虫がついたり、自分たちの仲を妨害するような何かが起きないとも限らない。否、悪い虫がつくなどと、クリスを信用していないような想像をすべきではないし、実際クリスはリシュリューがそういう心配をせずとも済むように、極力屋敷の人間以外と接触を持たないようにしている。だからそんな不安は杞憂に過ぎない。自分たちの仲を妨害するような何かというのも―…早くクリスを連れて来いとせっつく国王が一番の問題だが、最近、リシュリューが露骨に不機嫌な態度を表し始めたら少し落ち込んだのか、王も王妃もしつこく絡んでこなくなった。当面は深く考える必要もないだろう。

「メディシス文官長。神官庁よりお届け物でございます」

  その時、控えめに執務室をノックする音が聞こえて、リシュリューが入室を許すと、外から傍仕えの官吏が大きな花束を抱えてやってきた。中年の痩身なその男性官吏は、リシュリューの父がいた時代から文官庁に所属し、メディシス家の秘書のようなことも務めてきた者だ。もっと言うと、リシュリューの母親と親戚関係にあたる一族の1人でもある。

「何だ」

  だからというかで、リシュリューの態度も気安いし、容赦がない。考え事を邪魔されたこともあってはっきりと迷惑そうな顔を向けると、しかし向こうは向こうで「主」のそういった冷たい態度には慣れきっているのか、全く平静とした様子で「神官リノ様からの贈り物でございます」と差出人の名を告げた。

「先日のお礼だそうです。とても楽しい時間を過ごさせてもらったからと。もっと早くにお礼を申し上げようと思っていたところ、その後すぐに御身体の調子を悪くされたとのことで」
「そうか」

  基本的にリシュリューは他人のことに興味がない。だからこの時の反応も実に素っ気ないものだった。元々この神官とは知り合いでも何でもないのだ。彼の入庁時、実に優秀な新人が来たと噂くらいは聞いていたし、その「リノ」なる人物が、何やら不思議な力を持つ者らしいことも耳に入れて知っていた。だからこそ先日は、何やら「特別」という言葉にこだわって悩んでいるらしいクリスを彼の元へ連れて行こうという気にもなったのだ。リノという同じような力を持つ人間が他にもいることを知れば、クリスも少しは落ち着くかと思って。
  そしてその目的を達した今、あの神官に対して特別心を寄せる必要もない。あの一見年若く見える小さな神官が、これまでも身体を壊してすぐ寝込むという話は承知していたが、彼と近づきになりたい王侯貴族のようにこぞって見舞いに殺到するような真似を、勿論リシュリューはしたことがないし、これからもするつもりはない。
  それより困るのは、この贈り物の存在である。

「それをここに置く気か?」
「…と、仰いますと」

  官吏はリシュリューの反応にぴたりと足を止めて不思議そうな顔を向けた。執務室の端にでも飾ろうと思っていたのだろう、すでに花瓶まで用意していたのに不快な声を投げられて、官吏は胸に抱えた大きな花束と傍の上司とを交互に見やりながら首をかしげた。

「何か不都合がおありでしょうか」
「あぁ、あるな。他の花ならともかく」
「私は花に詳しくありませんが、これは神官庁の庭でしか咲かない希少種で、大変高価なものと理解しておりますが」
「知っている。うちの庭にも生えているから」
「はっ…? それはまた…。ああ、婚約者殿がリノ様から育て方をご教授頂いたわけですね」

  さすがに側近はいろいろと事情に明るいらしい。しかしリシュリューがそれに微かむっとした反応を寄越すと、花を抱えていた官吏はすぐさま軌道修正して現状の指示だけを求めた。

「それではこれは、どちらに飾れば宜しいでしょうか」
「どちらにも飾られたくない。お前にやる」
「恐れながら、それは問題がございましょう。一介の官吏である私ごときが受け取って良い品ではございません。畏れ多くも上位の神官様からの直々の贈り物でございますよ。ましてやこれは、聖なる花」
「聖なる花だから受け取りたくないのだ。その花はクリスが育てた物を一番に貰うと約束している」
「―…ああ、左様でございましたか」

  官吏はぽんと手と叩き、「それでは私以外のどなたかにお譲り下さい。しかもこっそりと」と言って花束を置いて退出してしまった。リシュリューはぎょっとして「それを置いて行くな」と口の中だけで唱えたのだが、相手はもういない。面倒だからと逃げたな、確かに仕事とは関係ないが嫌な奴だと、リシュリューはあからさま舌を打った。
  だから次に執務室に来た者がリシュリューの犠牲者となったわけだが、幸いその相手は、如何にも口の堅そうな第四竜騎士団長のオーレンだった。リシュリューが執務後に剣の相手をさせる為に呼んでいたのだが、オーレンは傍に無造作に置いてある花にすぐさま気づき、珍しく「飾らないのですか」などと口を出した。そこでリシュリューはこれ幸いと「要らん、お前にやる」と早口で言い、「神官から貰った物は人にやっては駄目らしいから、お前がこっそり貰え」と書類に目を落としながら続けた。何となく罰が悪いので、オーレンの方は全く見もせずに。
  そう言われたオーレンの方は暫し何も言わなかった…が、上役には逆らえないと思ったのか、或いは武骨そうでいて案外花好きなのか、それを大切そうに抱えると、「執務室に置いて参ります」と言って出て行った。リシュリューは一瞬そんな部下の態度を不審に思ったが、案外あっさりと片付いて良かったと、それだけを思った。



To be continued…



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