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  やはり花の世話は楽しい。外に出ることが好きだ、改めてそう思う。静かな場所で本を読むことも好きだけれど、外には小竜や昔馴染みの馬たち、綺麗に咲いてくれた花々がある。クリスは心から癒される気持ちで、日中は所定の庭園に詰めては、その時間を心ゆくまで楽しんだ。
  気遣いだと分かっているが、リシュリューが開花したセラの花を自分に贈って欲しいと言ってくれたことも、クリスが外へ出る上での良い口実となった。友人から貰ったセラの花の種は次々と芽を出し、その新芽は日々天に向けて背を伸ばし続ける。そうしてある程度大きくなってきたところで、クリスはリシュリューに断っていた通り、そこから間引いた分を他の場所―小竜の棲み処の近く―へと移した。なるべく最初の土も一緒に持って行ったが、環境が変わったことで、当初移された分の芽はしょぼくれて元気がなくなってしまった。それでも、声をかけたり水をやったり、虫が喰わないよう網を張るなどこまめに世話を焼くことで立ち直り、再び新芽は順調に育ち始めた。そうなってくると、いよいよその成長を日々見守ることがより一層の楽しみとなった。

やっぱりクリスはこういうことをしている時が一番楽しそうだな。

  そんな時、ふっとクリスは、リシュリューが言った言葉を思い出す。
  そうだ、本当は「これ」が一番では駄目なのだ、と。けれども、日増しに緑の色を濃くする葉の逞しさに胸が躍るのを止められない。いつ花が咲くのだろう。楽しい。植物と向き合うのは楽しい。
  楽しい、と。そう思ってしまうのである。
  また、クリスがそんな気持ちだからか、隣の小竜も心なしかウキウキしているように見えた。タンタンといちいち足踏みしたり尻尾でリズムを踏んだり喉を鳴らしたり。それがまるで何かの音楽のようで、クリスも自然、歌を口ずさんだりするようになった。以前は歌など全く歌わなかったのに。身体の底から湧き上がる衝動を止められない。

「娘さんがご結婚されるのですか!」

  そんなある日、小竜の棲み処の方へ植えたセラを見に行った際、同行してくれた警備役のベンノから家族の近況を聴き、クリスはパッと表情を明るくさせた。
  このところクリスは、森の管理者や庭師、警備のベンノらと過ごすことが格段に多くなっていた。そのため、必然的に彼らの家族や余暇の過ごし方など、いろいろな話題を耳にする機会も増えていたのだが、その中で、ベンノの長女が長く想い続けていた青年と遂に結ばれたという話は、クリスをとても幸せな気持ちにさせた。何せベンノの話では、長女は相手から何度もフラれては周囲から物笑いの種にされていたのに、「彼が良いのだ」とずっと諦めなかったそうなのだ。一歩間違えれば相手から「迷惑な女」と言って怒鳴りこまれかねないと、ベンノは父として嘆いたりため息をつく連続だった。
  しかしながら、最終的に求婚してきたのは男性の方だったと言うのだから、世の中分からない。

「おめでとうございます、良かったですね! それに…凄いなぁ、前から頑張っていたのですものね!」
「まったく、お恥ずかしい限りです。我が娘ながら恥じらいというものを知らぬ子でして。どんなに迷惑がられても迫りに迫って、相手もきっと根負けしたのですよ。それに、結婚すれば毎日迫られずに済むと思ったのやもしれません」
「この頃の女性は頼もしい、強いタイプが増えましたな」
「私たちの若い頃では考えられませんよ」

  口々にそう言う男たちはすでに皆家庭を持ち、子どもも成人に達しているか、それに近い年齢を持つ者ばかりだ。世代間で価値観の違いが生まれているのか、皆がベンノの娘の積極性に呆れている様子だったが、クリスは傍で聴いているだけでも彼女の想いの強さを羨ましく思った。
  だからその浮かれた気持ちのまま、クリスは明るい口調でベンノに提案した。

「結婚式のお日にちはもう決まったのですか? もし、その日取りまでにこのセラの花が咲いたら、是非ともお祝いのお花として贈らせて頂きたいのですが」
「は…?」
「沢山というのは無理かもしれませんが、もうすぐ咲きそうなものも幾つかありますし、まとまった花束くらいはできると思うので。あっ、セラの花が間に合わなくとも、庭園のバラもありますし。バラや他のお花なら、テーブル装花分くらいは作れるかもしれません」
「そんな、めっそうもありません!」
「そうですよ、クリス様っ!」
「それは、それはいけませんっ!!」
「……え?」

  はしゃいでいたクリスを、その場にいた使用人たちが全員口を揃えて一斉に制止し始めた。それでクリスは出鼻を挫かれ、途端口を閉じたのだが、目の前の男たちは見るも蒼白で冷や汗を噴き出させ、明らか動揺した様子でわたわたと両手を振っていた。とにかく「そんなとんでもないことは絶対にやめてくれ」と全身で訴えてきている。
  やがてベンノが汗を拭きながら恐る恐ると口を開いた。

「クリス様のお気持ちは大変、大変ありがたく存じますが、もうそのお気持ちだけで十分、いえ十二分でございます。娘にもよくよく伝えておきます、クリス様がお前如きを祝って下さったと」
「……ですからせめてお花でお祝いを」
「いけません! い、いえ、申し訳ございません、声を荒げまして…! ですが!」
「クリス様。恐れながら、セラの花は、リシュリュー様に献上するお約束をしていたのではありませんか」
「え、ええ、そうですけど…。でも、花は一輪だけではありませんし…」

  クリスは言いかけて、しかしはたと瞬いて再び口を閉じた。

  そうか、うっかりしていた。
  何を惚けていたのだろう、駄目に決まっているではないか。

「あ…ご、ごめんなさい…」

  クリスも気づいたようで、周りの男たちは一様にほっとしたような顔を見せてひきつった笑いを浮かべた。

  そうだ、リシュリューにあげると約束したものを、他の人間にもやろうなどと。

  バラにしてもそうだ、庭園に咲く花はクリスのものではない、リシュリューのものだ。勝手に誰かに贈り物をするなどと、許されるわけがない。ましてや、リシュリューは気にしないと言うかもしれないが、警備兵のベンノも他の者たちも平民の身分に過ぎず、クリスという、「リシュリューの婚約者」との情報しか伝わっていない、しかし話題の人物から軽々に花など贈られても、却って迷惑になるに違いない。周囲の目というものもある。折角の2人の門出に水を差してしまうかもしれない。
  クリスが反省してもう一度謝ると、ベンノ達はあからさま恐縮しきって、自分たちもしょんぼりと項垂れた。さっきまでの楽しい気持ちがいっぺんに吹っ飛んでしまった。
  どうしてこう考えが浅いのだろうと、クリスはまた自分のことが嫌になった。



To be continued…



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