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管理人の案内がなくとも、クリスは小竜の居場所がすぐに分かった。明らかあの仲良しの竜が苦悶のような低い啼き声を発していたから。すぐに戻るからと一人にさせてもらい、クリスは足早に森の奥の小さな洞を目指した。人工のそれは、以前リシュリューが小竜の為に作らせた彼専用の「巣」である。元々野生でもなく、生まれつき片翼に障害のあった小竜は、奥地にいる他の竜たちに受け入れてもらえず、独りでいることが多い。それだけならまだしも、時には虐められて生傷を作ってくることもあった為、リシュリューが随分と前にここを彼の隠れ家として用意したのだ。 「小竜、僕だよっ。クリスだ…! 入るよ?」 洞の入り口から声をかけると、明らか声色に変化があった。小竜もクリスのことがすぐに分かったのだろう。甘えたような「きゅんきゅん」いう声が漏れ聞こえ、クリスは殆ど反射的に洞へ飛び込んだ。中は薄暗いはずだが、まだ日中ということもあり、岩の隙間から差し込む光で視界が遮断されることはない。 「小竜!」 数メートルほどの奥行きしかない洞だ、すぐさまその姿は認められた。小さな身体をさらに丸めた小竜は、藁を敷き詰めたその場所にうずくまり、目を瞑った状態でふうふうと荒い息を吐いていた。クリスは急いでその場へ駆け寄って屈みこみ、その身体に触れた。久しぶりの小竜の鱗は相変わらず滑らかで感触が良い。しかしそれが大きく上下に動いている。苦しいのだろうかと、クリスは焦りながらさらに顔を近づけた。 ぱちり、と。 「あ!」 しかし、小竜の顔を覗きこんだ、まさにその途端だ。 閉じられていたはずのその眼は突然大きく開き、ぎょろりと傍のクリスを認めると一瞬だけそれを細め、再び大きく見開かれた。 ≪クオオォーン!!!≫ そうして小竜はこれまでにあまり聴いたことのない高い声で一つ啼き、嬉しそうに口を大きく開けながら舌を震わせ、さらにのそりと起き上がった。 「しょ、小竜!? 起きて大丈――」 けれどクリスは思わず口を閉じた。小さな竜と言っても、それは他の成竜と比べればということで、人間のクリスと比べればそれは巨体だ。その身体がいきなりのそりと寄ってきて、体当たりはしないまでも、長い首がぐるんと動き、クリスの身体にすり寄ってきたのだ。さらに小竜は「ぐるぐる」とまた甘えた風に喉を鳴らし、クリスに会えたことが嬉しくてならない、ということを身体全部で表し始めた。 先ほど見たあの苦しそうな様子は何だったのか。クリスはただ困惑しながら、自分にくっつき離れない小竜を必死に撫でながら目をくるくるさせた。 「小竜…具合…悪くないの?」 ≪クオッ! グオッ、グオッ!≫ 「大丈夫…なんだね?」 ≪クオォン! ゴロゴロゴロ……≫ 小竜はクリスに顔を近づけ、大きなザラザラとした舌を出すと、未だボー然としているクリスの頬をぺろんと舐めた。「わっ」とクリスは思わず声を出した。別にそうされることは初めてではない。けれど、この頃は小竜も自分の「巨体」がクリスを押し潰さないようにと気を遣う風が見えたし、こんな風に身体を摺り寄せることはめったになかったから。 「お前…仮病を使ったのか…」 「え?」 突然の声に驚き、小竜を抱き返したままクリスが振り返ると、そこにはクリスと同じくらいボー然とした表情のリシュリューが立っていた。 「リシュリュー様…! もうお城から戻っていらっしゃったのですか!?」 「ああ…こいつが病気に罹るなんて初めてだと驚いてな…。しかしこの様子を見る限りでは、病気だなどと、完全なる嘘だな」 「う、嘘?」 リシュリューが突然現れたことにもまだ驚きが解けないのに、さらにその口から発せられた言葉に、クリスは仰天するよりなかった。 しかしリシュリューの方は冷静だ。 「クリス。こいつはお前に会いたかったんだ。こいつ…小竜は、自分の具合が悪くなれば、お前がここへ来てくれるかもしれないと考えたんだ」 「え…えぇ…?」 「竜が仮病を使えるとは初めての事例だ。都の獣医師や研究者に教えてやったら、さぞ飛び上がって驚くだろうよ」 そう言うリシュリュー自身は、ただただ静かに呆れている。きっと内心では見た目より遥かに驚いているに違いないのだが。何せ多くの竜を見てきたリシュリューが「初めての事例」と言っているのだから。 クリスは何とも言えずに小竜を改めて見やった。小竜は悪びれた様子もなく、ただ目を細めてそんなクリスを見返している。その瞳はやはり大きな喜びに満ちていた。 会いたかった。とっても会いたかったんだよ? 小竜の瞳が言外にそう訴えてきているのが分かり、クリスは思わず「ごめん」と謝った。それからきゅっと小竜を抱く手に力を込めて、もう一度「ごめんね」と。 ≪グオォン!≫ するとそれに小竜はさらに嬉しそうな顔をしてから一声鳴いた。彼は「いいよ」とあっさり許して、再度クリスに擦り寄った。 |
To be continued… |
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