―6―



  リシュリューが改めて「小竜には毎日会ってやってくれ」と頼んできたため、クリスも極端な引きこもりはやめた。
  ただし、独りでは絶対に出ない。外へ出るのはリシュリューがいる時だけだ。しかもリシュリューが屋敷にいない時は極力テラスから顔を出すことも避ける。そのため、小竜に会うのも、リシュリューが登城する前後の朝早い時間か夕暮れ時か。ほんの僅かな時間だけだ。当然、小竜は不満だっただろう、しかし元が賢いせいか、或いはクリスとは通じ合っていて彼の確固たる意思を感じ取っているせいか、以降、「仮病」を使う様子はない。

「思っていた以上に頑固だったんだな」
「……誰がだ?」

  そんなある日、リシュリューの叔父であるジオットがふらりと屋敷を訊ねてきて、そう言った。先日の件は当然ジオットの耳にも入っていて、彼もクリスのことを心配して、ずっと様子を伺いたいと思っていたらしいのだが、うまく時間をとることができなかったらしい。そして今回のことを受けての「クリスの変化」を想ってなのか、ジオットは明らか意図的に、自らも「リシュリューが在宅している夕刻過ぎ」にやってきた。
  そのジオットは、テラスでリシュリューとテーブルを囲みながら、目前のバラ園で小竜と戯れるクリスを見やりつつ、先の台詞を発したのである。

「誰って、クリスのことに決まっているだろう。あの子は俺が思っていた以上に頑固で融通の利かない性格らしい。いや……やはりあの硬質さは、どこかしら病的なものがあると言っても良いか」
「クリスを侮辱しているのか」
「そんなわけないだろう。それが分かっているから、お前も今の俺の台詞に、いつものような怒りをぶつけてこないのだろう?」
「……お前にいちいち怒ることに疲れただけだ。俺はお前の物知り顔な態度にはいつでも腹が立っている」

  それでもリシュリューはそれ以上言い返す気がしなくて、誤魔化すように手元の茶器に手をつけた。いつもこの時間はクリスとゆったりとした時間を過ごせる至福の時なのに、何を好んでこの男の相手をせねばならないのか。
  否、最近はさすがに小竜にもクリスとの時間を作ってやらねばと、ここ数日はいつもこんな風に、遠目に「2人」を眺めるだけで、さほど至福というわけでもなかったけれど。

「ところで、クリスに直接訊いたら即断られるだろうと思い、お前に頼むんだが」
「断る」
「まだ何も言っていないじゃないか」
「どうせロクな提案じゃないんだろう」

  リシュリューの氷のように冷たい声を前に、ジオットは大袈裟に嘆息した。

「失礼だな。そもそも、お前にクリスを紹介したのは誰だと思っているんだ。そんな俺が、お前たちにとって悪い話を持ってくるわけがないだろう? 俺は基本的にお前たちのことはうまくいけばいいと思っているし、幸いなことに、俺たちにとって災厄とも言うべきお前の母君も、クリスのことは大層気に入っている。だから、俺はクリスが望むなら、ここであの子が幸せになってくれることを願っている。お前の幸せはともかく、クリスのことに関しては本当に責任を感じているのでね」
「いちいち引っかかる言い方をする奴だ。それで結局何が言いたいんだ」
「ここに客人を呼びたい」
「客人?」

  リシュリューが眉をしかめると、ジオットは軽く肩を竦めながら苦笑した。

「そんな嫌そうな顔をするな。そんな風じゃあ、今から聞く話はもっと嫌だと思うに違いないが、けれども頼む。俺はここに、クリスの友人を連れて来たいのだ」
「友人だと…」
「ああ、アカデミア時代の友人だ。クリスとは5年ほどの親交があって、今は故あって俺の所で働いている。なかなか優秀な、いい奴だよ。いい奴過ぎて、時々胸焼けがするがね」
「5年来の友人…」
「そんな存在がクリスにいるとは想像もしなかったか?」
「……いや。ただ――」

  クリスはこれまでの人間関係をリシュリューに話したことがない。5年もの付き合いなら相当親しかっただろうに、そうした友人がいた話もクリスの口からは一度として出たことがない。リシュリューがあまりアカデミア時代の話を聴こうとしなかったから、というのもあるだろうが。
  何故って、アカデミア時代の話をすると、どうしてもクリスが専攻していた「グレキア」が出てくるし、リシュリューはその単語を持ち出すこと自体がとても嫌だったから。
  それに、もしかすると薄々思っていたのかもしれない。当時のクリスの人間関係など「知りたくない」と。知り合う前とは言え、クリスが自分の知らない人間と親しくしていたことを想像すると、やはり腹の奥からふつふつと熱くなる想いがするから。
  現に、今だって。

「クリスに直接言ったら、あの子はそういう顔≠するお前を察して、絶対にこの話を受けないだろう。だからお前の方に頼んでいるんだ」

  ジオットが勝手知ったる様子で言った。ほら、だから嫌なんだ。お前のそういうところが嫌いなんだ――。リシュリューはそう言いたい気持ちを必死で堪えて、また誤魔化すようにすっかり冷めてしまった苦い茶を一気に喉元へ流し込んだ。
  それからぶすりと、「好きにすればいい」と吐き捨てた。



To be continued…