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ジオットが「ここへ君の友人を連れて来ようと思うんだが」と言ったとき、クリスはそのことに対して、すぐに返答できなかった。 まずもって、「誰のことだろう」と思ったし、またその直後にはすぐさま「リシュリュー様はどう思われるのか」と心配になった。 「ジオット様、それは――」 そのため、クリスは即その懸念を口にしようとしたのだが、「そんなことは分かっている」と言わんばかりのジオットからサッと制されてしまった。 「リシュリューにはすでに許可をもらっているから、余計な心配はしなくて良いよ。それより、俺が連れて来ようと思っている人間が、『クリスが自分のことを友人として認識しているか分からない』と言っているのだけど」 「えっ…」 「誰のことか分かるかい?」 「………」 探るような目を向けるジオットに、クリスは思わず目を伏せた。クリスにとて、人並に羞恥というものがある。自分のことを「酷い人間」だという自覚は以前から強く持ってはいるが、そうしたことをすでに目前の尊敬する人からも見抜かれていると感じるのは堪らない。 第一、「友人」にそんな心配をさせている時点で最低だ――。クリスは自然と小さな声で返答した。 「はい…。そういう言い方をする友人なら、一人しか思い当たりません。ヴィリー。ヴィリー・アーベルですね」 「良かった。クリスは彼を友人と認めるんだね?」 嫌味ではなく、心底ほっとしたような顔をするジオットに、クリスはさすがに眉をひそめた。 「当たり前です。彼がそんな心配を口にするなんて…。いえ、それも僕のせいだと分かってはいますが。彼にはいつも迷惑ばかりかけていて、対等な友人というよりは、僕にとっては面倒見の良い先輩のような存在で――」 「はははっ」 突然笑い出すジオットにクリスは驚いて口を閉ざした。ジオットはそんなクリスに「ああ、ごめん」とかぶりを振った後、しかし未だに可笑しさを止められないという風に目じりを下げた。 「いや申し訳ない。あまりに可笑しかったものだから。いや実はね、彼も今のクリスと全く同じことを言っていたんだよ。――ただし、今の君の台詞とはまるっきり逆に」 「逆?」 「クリスにはいつも迷惑ばかりかけていた、と。だから自分は対等な友人というよりは、世話のかかる後輩とでも思われていたんじゃないかってね」 「まさか!」 先刻よりさらに驚き、クリスが思わず声を上げると、ジオットはそれをとても珍しいという風に眺めてから、ゆっくりと続けた。 「彼は君と同じ二等級貴族の出だから、あの学園の大半の生徒が夢見る、高官吏や正騎士の座を目指すのは難しい。――と、いう名目で俺の所へ来たのだけれど、まぁそんなこと、まさに名目だろうね。何せ彼はあの学園を首席で卒業したのだから、どこへ行っても引く手数多なのは間違いない。きっといろいろな方面から声がかかっていたと思うんだよ」 「はい。ですが、彼は以前からジオット様のことをとても尊敬していました」 「そうなのかい? それはそれは。メディシス家の末端にお邪魔している身とは言え、俺も有名になったものだ」 どことなく皮肉気な言い方のジオットに、クリスは何故か妙にムキになる想いがして、らしくもなく声を上げた。 「当然です! ジオット様は身分に囚われない自由な生き方をされていて、その上、我が国の財政にも大きな影響力をお持ちの偉大な御方ですから。あの頃はまだヴィリーと進路について明確な話をしたことはありませんでしたが、彼は皆が目指すような官吏の道には興味がないとは常々話していましたし…、ですから、彼がジオット様の所にいるとお聞きして、とても驚きましたが、納得でもあります」 「そうかい。まぁ何であれ、クリスからそうやって誉めてもらえるのは嬉しいよ」 「ジオット様…」 自分の力説したことがあまり響いていないと分かり、クリスは率直に落胆した。真実を話しているつもりなのに、単なるお世辞と取られたらしい。だとしたら残念だし、もっと他に上手い言い方があったのかもしれないと思ってしまう。 「ああ、それで話を本題に戻すのだけどね。さっきも言ったように、リシュリューからはもう許しを得ているんだ。ヴィリーの仕事の予定は俺の方でどうとでも調整できるので、後はクリスの都合を聞いて日程を決めるだけだ。いつなら彼をここへ招待しても良い?」 「それは…。ですが、本当にリシュリュー様は…」 「クリス。そんなに心配しなくても大丈夫だ。大体、今までが余程おかしかったんだ。家の事情で学園を辞めた身とは言え、これまで学生時代の友人と一度も会えずにいたなんて。……まぁ君の場合、実の家族ともあれ以来一度も顔を合わせていないわけだが」 「それは僕が望んでしていることです」 「じゃあ、学生時代の友人と会えなかったことも、別にどうでも良いと?」 「どうでも…というか…」 「自分には本当の友だちなんていないと思っていた?」 「!」 「まぁ俺はどちらでも構わないんだがね。クリス、君がどういう風に思っていようと、この際どうでも構わない」 ジオットは絶句するクリスを前にきっぱりと言った。 「しかし、君は籠の中の鳥ではないんだ。君はもっと外に出るべきだし、リシュリュー以外の人間とももっと積極的に交流を持つべきだよ。というか、持ちたまえ。これは義務だ。リシュリューの正当なる伴侶になる為のね」 「義務?」 「ああ、そうさ。今の君の閉鎖傾向、リシュリューにとっても良いことだとはとても思えないからね。彼はいわばこの国の顔だよ? その伴侶になるんだよ、君は? そんな君が、こんな風に誰とも会わない、必要ないと言わんばかりに屋敷の中に四六時中閉じこもって。それで周りは、世間は、どうやって君を認められると言うんだい?」 「…………」 「というのは、少しきつい言い方だったね。しかしまぁ、少なくとも私はそう思っているという話だ。だからとりあえず、友人レベルからでいいから。とにかく人と会って話しなさい、いいね?」 「……っ」 そうまで言われているのに、「でもリシュリュー様は」という単語が再びクリスの頭に浮かび、唇も半分以上、開きかけた。さすがに口にすることまでは堪えたが、実際、「そのこと」はクリスにとって最大の関心事だった。学園時代の友人がやって来る、「でもリシュリュー様は」、「リシュリュー様はそのことを一体どう思われるのか」、それに尽きる。そのことを懸念せずにはいられない。そして最後にはやはり、「リシュリュー様は望んでいないのではないか」と思ってしまう。仮に今の選択が身近な周囲の人々や世間が望んでいないことだとしても、クリスとしては1番にリシュリューの意を汲みたい。リシュリューの意に反することはしたくないのだ。 ただ一方で、それが「公」のリシュリューにとってマイナスに働くのであれば、勿論それも避けたい。実際、ジオットの言うことも一理ある。きっとリシュリューもそう思ったからこそ、ジオットの提案に頷いたのだろう、本当は本意ではなかったのに。 「ではリシュリュー様がいらっしゃる時に……」 故にクリスがそう提案すると、ジオットはそれも予測済みだったのだろう、大して驚きもせずに「分かった」と即答した。その後、大きなため息もついたけれど。 |
To be continued… |
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