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夕食の席でクリスがジオットからされた話を持ち出すと、リシュリューは至って平静な様子で「ああ、聞いている」と答えた。クリスはこの話をするのに大分勇気が要ったし、この件に対するリシュリューの「いろいろな態度」・「表情」を悪い方向に想像していたのだが、目前の人物はその予想のいずれにも当てはまる態度をとらなかった。 リシュリューはクリスを真っ直ぐ見据えながら言った。 「クリスには友人がいていいな。俺にはそういう相手が全くいない」 「え?」 「ジオットにこの話をされた時ふと、そう言えば自分はどうかと改めて考えたら、俺にはここに招いて話をしたいと思える人間などいないし、そもそも好きだと思える人間も然程いないことを思い出した。クリスと出会ってからは久しく考えていなかったが…俺は人間が嫌いなのだった」 「リ、シュリュー様…?」 「ああ勿論、クリスは別だぞ? この屋敷にいる連中とて、シューマンは時々嫌味なところを感じるが、まぁ俺が子どもの頃から世話になっている人間だから、あのおぞましい母親よりよほど身近な存在だ。仕事を補佐する城の連中も、俺自身が選んだからというのもあるが、なかなか優秀な奴が多いので、不快に思うことは少ない」 「………」 「だが別に、好きではない」 「ジオット様は…」 「ジオット? あんな奴、大嫌いだ」 形の良い眉を上げたリシュリューは、ここで初めてクリスに不快な顔をして見せた。しかし、とことんまで不機嫌な様子はない。今もむしろ、どこか茶化して言ったような雰囲気がある。 だからクリスももっと訊いてみようと口を開いた。 「ですが、リシュリュー様にも立派なご友人がいらっしゃるではありませんか。隣国の皇子様であられる――」 「アロイスか? あいつは友などというものじゃないな。向こうもそんな風には思っていないに違いない」 「では、どのようなご関係なのですか」 「……そう改めて訊かれると自分でも即答しかねるが……まぁ腐れ縁、としか言い様がないな」 「世間ではそのように仰る方こそを友人と呼ぶのだと思います」 「そうなのか? 俺はそういう意味では世間というものに疎いようなので、一概に違うとすぐに否定もできないが…しかし、あんな奴、本当に好きでも何でもないぞ?」 リシュリューはそう答えて再び苦虫を噛み潰した顔をしながら手元のグラスを煽った。が、ややあってから、今度はクリスの方に視線を向けず、ボソリと言った。 「クリスは、そのジオットの所で働いているという友人のことは好きなのか?」 「え…」 「ああ、いや。勘違いしないでもらいたい。今は純粋に疑問を感じて訊ねている。クリスは元より誰かを嫌ったりすることがないし、勿論、その友人のことも好きだろう。5年も共に学んでいれば尚さらだ。……しかし俺が思うに、好きな友人と1年以上…いや、もっとか? そんなにも長い間会わずとも、それは平気なものなのか?」 「……僕は平気でした」 クリスがやや間を置いてから答えると、リシュリューはふっと顔を上げて視線を向けてきた。逆にクリスは俯いてしまったので目が合うことはなかったが、リシュリューが自分を見つめているだろうことは容易に分かったので息苦しかった。 それでも自分からこの話をしたのだからと、クリスは下を向いたままながら言った。 「それどころか、彼とはもう二度と会うことはないとも思っていました」 「二度と?」 「はい。彼だけでなく、他のアカデミアの同級生や先生や、お世話になった寮母さん、食堂の皆さん。図書室の司書さんや農園の管理者さん…あそこでお世話になった人、全員と。もう会うことはないと思っていました」 「それは俺の所へ来なくてはならなくなったからか?」 「それも少しは関係があったかもしれませんが、恐らく根本的な理由は違います。これは僕自身の心の問題だと思います」 「心の問題」 「何というか…例えば、別れが寂しいとか、また会いたいとかいう気持ちがわいても、暫くするとそういう未練のようなものは消えるんです。そういう風にできているというか…」 クリスはクリスなりに真剣に考えてそう言ったのだが、結局その回答は自分自身でも明確になっていない部分も多々あることが分かっただけで、そんな呟きを聞かされる人間にとっても「微妙」としか言い様がないものだった。現に、目前のリシュリューはクリスのその発言にすっかり神妙な様子となり、黙り込んでしまっている。 クリスは焦った。 「あ、あの! すみません、こんな、よく分からないことをお話してしまって! 要は冷たい人間だってことなんだと思います、僕は! こんな風に思うなんて!」 「…いや」 「でも、リシュリュー様からヴィリーに会うご許可を頂けたことには感謝していますし、ジオット様のお気遣いにも勿論、感謝しているんです。それは本当です」 ただ、そのことをリシュリューは本心でどう思っているのか心配ではある…とは、クリスもさすがに言えないので口を噤む。ただそっとリシュリューの反応を伺った。 「そうか」 するとリシュリューは表情をさっと変えて笑顔すら見せ、クリスに優し気な眼差しを向けた。 「それならいいんだ。クリスが楽しみならそれでいい。相手が友人だろうがそうでない者だろうが、それも些末なことだ。お前が会って嬉しいと思える相手なら、今後もここへ呼ぶといい」 「え…」 「お前の喜びは俺の喜びなのだから」 「――……」 リシュリューのその発言に、本来であればクリスは微笑みで返すべきだった。 しかしあまりに驚いてしまい咄嗟にそうすることができず、そのことを悔やんだのも大分時間が経ってからのことだ。 クリスはリシュリューに対して、リシュリューが望むような態度がとれない。リシュリューがどう思っているかは分からないが、少なくともクリス自身はそう思っていた。 |
To be continued… |
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