雪也は大学に入ってから、コンビニエンスストアでアルバイトを始めた。別段取り立てて働いてみたいと思ったわけでも、遊びに遣う金が欲しいと思ったわけでもない。
  ただ、時間を潰したかった。



  ( 2 )



「 なあ、雪。どうしてあんな忙しいバイト始めちゃったんだよ」
  剣と付き合い始めた当初、我がままな恋人はそう言って口を尖らせながら、今日も朝方までバイトだと言う雪也に不満を述べた。
  大体2人きりで会う場所は決まっていた。涼一の1人暮らしのマンションか、大学の図書館センターにある自習室か。

  この時は後者だった。
「 ああいうバイトって自分の時間以外にも延長頼まれたり、急遽入ってくれって言われて休みが潰れたりもするんだろ? 友達で深夜のコンビニは金がいいからってやっている奴がいたけど、そいつバイト三昧でホント付き合い悪くなった」
「 ……仕事なんてどこも同じようなものだよ」
  涼一の声は澄んでいてとても綺麗だと雪也は思っていたが、時々通りが良すぎて気になる事もあった。あまり会話しているところを人に聞かれたくはなかった。
「 同じって何が」
 そんな雪也の気持ちには気づかず、涼一はいつものトーンで問い詰めてきた。雪也は涼一に気づかれないように、心の中だけで嘆息した。

「 残業とか、いきなり入ってくれって頼まれたりすること」
「 そうだとしても。雪は人がいいから余計周りの人間につけこまれるだろ。何でも都合良く使われる」
「 …………そんな事」
  ないと言いたかったが、イマイチそうも言い切れぬところが自分にもあることは、雪也にも分かっていた。1番の良い例が、実際自分の目の前に座っているし。
「 何だよ、雪。その何か言いたそうな顔は」
「 ……別に」
「 言いたいことがあるならはっきり言う」
  偉そうに涼一はそう言い、手にしていたシャーペンで雪也のノートを弾くようにしてつついた。
  しかし実際のところ、もし仮に雪也が逆らうような言葉を口にでもしたら、涼一はたちまち不機嫌になって怒り出すに違いなかった。涼一は誰にでも人当たりが良く、大抵いつも楽しそうに笑っているので、周囲からは気さくでとっつきやすい奴だと思われているが、雪也には何でも思った事をズバズバと言ってくるし、当たりの強い事も多かった。
  だから沈黙する事は2人の仲を保つ為には最善の策のように、雪也には思えた。

「 あーあ、雪はいつも俺に内緒で勝手な事をする。俺、こんなの初めて」
  涼一はそんな雪也には構わず、また1人で話し始めた。
「 知ってる、雪? 俺ね、こんなに自分の思い通りにならなかった奴っていなかったんだぜ。今まで付き合ってきた奴とかもみんな俺が望む事やってくれたし、俺が嫌だと思った事は絶対しなかった」
「 ……一度も?」
「 一度も。俺、自分が 『嫌だ』 と思った事って人にされた事ない」
「 ……そんな人間この世にいるの」
  雪也が疑わしそうにぽつりと返すと、涼一は平然としてすぐに応えてきた。
「 ここにいる」
「 剣は人に嫌われた事、ないの?」
「 ないね」
  それは嘘だろうと雪也は思った。自然、皮肉な口調が出てしまった。
「 ……自分で気づいてないだけじゃないの」
「 雪、お前性格悪いな〜」
  涼一は少しだけ呆れたような顔をしてから、雪也をバカにしたような目で見やってきた。
「 別に俺が特別ってわけじゃないぜ。そういう奴って案外いる。人に嫌われないように生きるのなんて簡単だよ」
  その言葉は涼一の口から実にあっさりと吐き出された。雪也は少しだけ嫌な顔をした。
「 ……難しいよ」
「 何で。雪だって別に誰にも嫌われてないじゃん」
「 ……そんな事はない」
「 そう? ふーん」
  涼一は良く分からないというように小首をかしげた後、いつもの爽快な笑みを見せた。
「 まあそれでもさ、別に雪は人に好かれていなくてもいいだろ。俺がその分、ちゃんと雪の事愛しているから」
  さすがにぎょっとして、雪也は慌てて周囲を見やった。幸い、周りに自分たち以外の人影はなかった。
  ふとした時に、涼一はさらりと気恥ずかしい台詞を吐く事があった。そんな時雪也はどんな顔をしたら良いか分からず困ったものだったが、当の涼一の方は逆にそんな恋人の表情を見やるのが大好きのようで、実際わざとやっているようなフシもあった。だからこの時も、困惑したように口を閉ざした雪也に、涼一は楽しそうな顔をして続けた。
「 それに俺も、仮に誰かに嫌われていたとしても、雪に嫌われてなければどうでもいいし」
「 ………」
「 だからいっぱいこうしていたいんだよ。……なのに、バイトかよ。ったく」
  涼一はそう言って、さっきまで笑顔だったというのにあっという間に頬を膨らませてそっぽを向いた。雪也はまたそんな涼一に何も言う事ができなかった。


*


  信じられないくらいお前が好きなのだと、涼一は何度も雪也に言った。


  その割には他の仲間たちより随分ぞんざいに扱われていたような気もするが、それも自分にだけ心を開いてくれているのかと良い方に解釈すれば、雪也も悪い気はしなかった。
  涼一は恐らく、同性という事を除けば誰もが羨む恋人に違いなかった。
  内部進学をしてきた割には、一般受験で大学に入ってきた雪也とそれほど成績に遜色もなく、それどころかむしろ他よりも抜きん出ているところが多かった。雪也自身、元々学力には自信があったから、せめてそれくらいはこの勝気な恋人と対等でいたいという思いがあったが、語学力、特に英語に関しては、雪也は完全に涼一に叶わなかった。
  父親の仕事の関係だとかで、涼一は生まれてから小学校低学年くらいの時期までイギリスにいたと言った。
「 英語なんて忘れちゃったよ」
  涼一はそう言って周囲の友達には照れ笑いをしていたが、時々じっと黙って向こうの原書を読んでいる時もあったし、映画も字幕は目が疲れるから見ないと言っていた。
「 涼一は頭もイイし、性格もイイし、おまけに顔もスタイルもイイ。完璧な奴だな」
  別段悪気もない口調で、仲間たちはそんな事をよく言った。
「 涼一って彼女いないのかな。話しぶりからすると何だかいるみたいだけど、あいつってそういうところは秘密主義なのか全然教えてくれない」
  涼一の大勢の女友達もそう言って悔しそうに噂をした。
  完璧な奴。
  涼一に対する周囲の評価に、雪也も異議を唱えるつもりは毛頭なかった。
  ただ、どうしてそんな人間に自分が選ばれたのかという事は、やはり分からなかった。


*


「 あれ、桐野じゃん?」
  新学年が始まってから2日後の火曜日の夜。
  雪也がいつものように自宅近くのコンビニで商品を棚に並べていると、車のキーを指にかけて回しながら中に入ってきた人物が驚いたように声をかけてきた。
「 知らなかった。お前ここでバイトしていたのか」
「 うん」
  それは大学のサークル仲間である藤堂だった。
  雪也は入学してから間もなく、涼一に無理やり連れられて、テニス同好会という、自分にとっては1番縁遠いのではと思われるサークルに入らされた。そこは涼一や藤堂といった、付属高校から上がってきた仲間たちがそのまま固まって結成した所謂「仲良しグループ」だったのだが、結束が固い分組織もしっかりしていて、大学内にあるたくさんのサークルの中でも、随分大所帯なものだった。
  そんな大サークルをまとめている藤堂はがたいもしっかりとした大柄な青年で、皆からも「お兄ちゃん」と呼ばれ親しまれていた。無精髭と脂性の丸顔が災いしているのだろうか、藤堂は大学2年生にしてはやや老けた顔立ちをしていたが、それでも彼は何を言われても動じず常にどっしりと構えていて、涼一も高校時代から特に仲良くしている人物の1人だった。
「 涼一、お前知っていたか? 桐野がここでバイトしているって」
  その時、その藤堂が振り返って、背後からやってきた涼一に声をかけた。
  雪也が商品を取っていた手を止めてそちらへ視線をやると、大きな藤堂の身体からにゅっと出て来た背の高いその人物は、間違いなく涼一だった。
  数日前に自分に別れを宣告してきた元・恋人。
「 ……そう言えばそんな事言っていたような」
  白々しい態度で涼一は素っ気無くそう言ってから、雪也の方には目もくれずに雑誌コーナーの方へさっさと歩いて行ってしまった。 
  藤堂はそれで唖然とした顔をしたが、涼一の後は追わずに、反対方向で立ち尽くしたままの雪也の方に寄ってきて小声で話しかけてきた。
「 喧嘩でもしたのか」
「 ………」
「 アイツ、この間からすげえ機嫌悪ィ」
「 え………」
  雪也が微かに声を出して聞き返すと、店内には他に誰もいないとはいえ、涼一が咎めるような大声を藤堂に向かって投げてきた。
「 おい、さっさと要る物買えよ。時間、過ぎてんだろ」
「 え…あ、ああ。でもそんな急がなくても」
  藤堂が雪也の方を気にしながら言い淀むと、雑誌に目を送ったまま、つまり2人には背を向けたまま涼一はぶすっとした口調で返してきた。
「 俺、腹減ってんだから。大介とか待ってるってメール何回も来てるし」
「 分かったよ」
  ややため息をついてから、藤堂はそれでも雪也にこっそりと耳打ちした。
「 なあ…お前なら聞いていると思うけどさ。あいつ、彼女と別れたらしいんだよな」
「 彼女…?」
「 いや、あいつってそういう事結構かわすからよ。中学からの腐れ縁である俺にすら、相手とかずっと言わなかったけど。でも、昨日酔っ払った拍子に言いやがっただよ」
「 言ったって?」
「 いやだから彼女の事」
「 ………何て」
「 『 バカなのと付き合っていた 』 って言ったんだよ!」
  いつの間にこちらに来ていたのか、涼一は吐き捨てるようにそう言ってから、雪也に応えようとした藤堂の頭を手にしていた雑誌で思い切りはたいた。
「 痛ェなあ…。何すんだ」
「 それはこっちの台詞だ。べらべら喋んなよ!」
「 いいだろ〜。どうせ桐野には言っていたんだろ、彼女のこと」
  2人の仲違いの事などまだ何も知らない藤堂は、当然の事のようにそう言ってから口を尖らせた。
「 桐野、どうにかしてくれよコイツ。多分フラれたんだろうけど、この間からずっとこの調子でカリカリしてんだよ」
「 誰がフラれたんだよ!」
  明らかに機嫌を損ねる涼一に、藤堂は叩かれて乱れた髪の毛をなでつけながら苦笑して言った。
「 そんなのはお前、どんな噂立てられても文句言えないよ? それは秘密主義のお前自身のせいだって。だってよ、いきなり合コン行くとか飲みに行くとか明らかに不自然だろう。俺の誘いを受けるなんざ、百年ぶりくらいってなもんだし」
「 知るか」
  涼一はフンと鼻を鳴らしてから、ふいと商品の陳列棚へ目をやった。
  藤堂は駄々をこねる弟を見るような目で涼一に視線を送った後、再び雪也の方に向き直った。
「 なあ桐野、今度教えてくれよな。涼一の事をフッた彼女のこと。仮にもモテモテ涼君をフッた女だぜ? すげえ顔とか見てみたいよなあ」
「 老け顔が好奇心丸出しの子供みたいな台詞吐くな」
「 うっ…。テ、テメエ、キツイなあ」
  本当にそうだ、と雪也は珍しいものを見るような目で涼一を見やった。
  いつでもどこでも愛想笑いを絶やさない、マイナスな面を相手に見せない涼一が、こんなにも不快な感情を丸出しにしてここにいる。きっとそれは中学時代からの付き合いである藤堂だからこそなのだろうが、それにしても涼一が普段と違うのは明らかだった。
  そんな涼一に藤堂も戸惑っていたのだろうか、半ば縋るような調子で彼は雪也に話を振り続けた。
「 俺らさ、これから大介の家行って酒盛りするんだよ。アイツの彼女とその友達も来ているって言うから、俺としてはちょっと楽しみだったんだけどな」
「 ……………」
「 でも涼一も行くって言ったら、大介の彼女まで喜び始めているんだってよ。だから俺としてはもう勝負は見えたってことで何か行く気もなくしているんだけどさ」
「 なら帰る?」
  視線を向けてこない格好のまま、涼一が横から言葉を投げてきた。雪也が黙ってそんな涼一を見やっていると、今度は藤堂の方がフンと鼻を鳴らした。
「 バカ、俺はお前の為に行ってやるんだよ。彼女にフラれて傷心のお前の為に、新しい出会いの場を提供してやるんだろ。ちょっとは感謝しろ」
「 だからフラれたんじゃないって言っているだろう!」
  涼一はウンザリしたような顔を藤堂に向け、それから雪也の顔をちらとだけ見やった。
「 ……なあ。そうだよな」
  そして雪也に向けてそう言ってきた。雪也がそれに促されるようにすぐ頷くと、藤堂は興奮したように人懐こそうな大きな目を見開いた。
「 うわ、やっぱり桐野は知っていたのか、彼女のこと! なあなあどんな奴だったんだよ?  教えてな、今度。涼一がいないところで」
「 俺が言ってやるよ」
  その時、涼一が藤堂の台詞をかき消すようにしてそう言った。
「 ソイツ。すげえバカでさ」
  涼一は雪也の事をじっと見て言った。
「 頭弱いし、トロイし。顔もぶっさいくでさ。おまけにセックスもすげえ下手。ヤッてる時も声もあんま出さないし、ちっとも動かないんだぜ? すげえつまんねえの」
  まくしたてるように涼一は一気にそう言った。雪也はそんな涼一を黙って見つめ返した。
「 お前。それってスゴイ言い様だな」
  そんな2人の雰囲気に気づかない藤堂は、涼一の冷たい台詞に多少引いたような顔をした。涼一はぶすくれたまま、ふいと顔を背けてぽつりと言った。
「 だってそうなんだから仕方ないだろ」
「 ええ〜でも俺、そういうコ結構好きだけど。きっと恥ずかしくて自分からエッチとかできないコなんじゃん。俺はどっちかというと手馴れたオンナの方が苦手…」
  藤堂という奴は顔の割にこんな話題でこんな風に照れた顔をするのか。
  雪也はひどく場違いな感想を頭の中だけで抱いた。
「 ソイツって感情がないんだよ」
  涼一は藤堂の発言に思い切りむっとしながらも続けた。
「 好きな事も嫌いな事もないんだぜ。いつも無表情。お前は人形かっての。気色悪ィ」
「 えっ、マジか…。それはちょっと…何か想像がつかない女だな」
  藤堂は能天気にそんな感想を漏らしたが、雪也はそこで初めて眉をひそめた。涼一の態度はさすがにあんまりなものだと思ったし、前々からそんな風に思われていたと知るのは、当然だが良い気分ではなかった。
  そんな風に思われながら抱かれていたのか。
  雪也のそんな想いが込められた視線を感じたのか、涼一はほんの一瞬だけ躊躇したように一旦口を閉じた。
 しかし、そのすぐ後。
「 ……ホント、俺の1年って何だったんだって感じ。これからはもうちょっとマシな奴を見つけたいよ」
  それから涼一はいつそこのコーナーを横切ったのか、手にしていたコンドームを雪也の前にピッと差し出した。
「 これ頂戴」
「 うわ、お前それでいきなりかよぉ」
  藤堂は悔しそうにそう言ってから、参ったというようにぽりぽりと頭をかいた。
  雪也は黙ってその商品を涼一から受け取り、レジへと向かった。



  バイトを始めた当初、仕事明けギリギリの頃を見計らって、涼一はよく雪也のことを迎えに来た。親がどんな仕事をしているのかといった事を雪也は聞いた事がなかったが、涼一はその「親がくれた」というシルバーの車を自宅から1時間程飛ばし、わざわざ雪也の家からバイト先までの僅か徒歩20分といった道のりを送ってくれた。
「 夜道は危ないから」
  女の子に対するようなそんな態度に、雪也はいつも戸惑った。
「 別に…平気なんだけど」
「 俺が平気じゃない。雪がこんな時間にこんな人気がない所を歩いているなんて。何かあったらどうするんだよ」
「 何かって…?」
「 暴漢に遭うとか」
「 有り得ないよ」
「 何でそう言い切れる」
  ぴしゃりと言い放ってから、涼一は車のキーを開けた。そして、「世の中なんてさ、いつ何が起こるか分からないんだぜ。だから人生って楽しかったり辛かったりするんだろうが」などと、まるで人生の全てを悟っているかのような偉そうな口をきいた。
「 だから。俺はいつだって雪の近くにいたい。少しでも多く雪と一緒にいたい」
  涼一はそう言って、助手席に乗り込んできた雪也の手をぎゅっと握った。
  紡ぐ言葉は毎回違っていたが、それでも必ず繰り返される熱っぽいその台詞に、雪也は時々だが目眩を感じた。
  また、その後はいつも同じ事を催促された。

「 なあ雪……雪にキスしたい」
「 でも…ここ………」
  いくら深夜とは言え店内の光で周辺は明るい。第一、人通りが全くないわけではない。バイト先の人間だってこちらを見ているかもしれない。
  雪也はすっと自分に覆い被さってきて顔を近づける涼一に困ったような視線を向けた。軽く涼一の胸を押しのけ、たしなめるように言う。
「 見られたら困るから」
「 何で。俺は別に構わない」
「 俺は嫌だ」
「 ………」
  雪也に完全に拒絶された事で、涼一は思い切り気分を害したような顔をして動きを止めた。
「 何でだよ……」
  不満いっぱいの声。
  それでもその次の瞬間、涼一は雪也の肩を力強く抑えつけ、有無を言わさず強引な口づけをしてきた。
「 ……ッ!」

  確実に重ねられるその唇の感触。 掬い取られるような熱のこもったそれに、雪也は肩を震わせた。
「 んぅ…ッ」
「 ……かわいいよ、雪」
  涼一は感嘆したように言った。
「 必死に抑えているって感じがかわいい。俺、雪の反応ダイスキ」
  そして涼一は抗議の言葉を紡ごうとする雪也を諌めるように、再びちゅっと音のするキスをして、いたずらっぽい笑みを向けた。


*


  雪也がバイトを終えて外に出た時、外は細い雨が降っていた。

「 雨―」
  まだ夜が明けない暗い闇夜の中で、雪也は春にしては冷たい外気に身体を震わせた。それから何となく、いつも涼一が止めていた店の駐車場に目を向けた。
  当然だが、もう涼一がここにこうして車を停めて自分を待つ事はないのだと思った。今頃涼一は藤堂やサークル仲間の大介と一緒に、女の子たちと楽しく談笑しているのだろう。実にまっとうな大学生らしい姿で。
  では自分には一体何ができるだろう。これから新しい何を始められるのだろう。
「 考えなきゃ……」
  柄にもなくそう思った。そしてそう声に出してつぶやいた瞬間―。
「あ………」
 また、目の前をふっと白い影が横切った。

「 あの時の……」
  雪也は息を飲んだ。

  この間の白い少女が音もなく闇夜の中を駆けていた。それは、不確かな足取りのようでもあったが、一方では踊っているようにも見えた。



To be continued…





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