(22)



「 あーら、似合うじゃない」
  夜、出掛けたばかりの母・美奈子が深夜に突然帰ってくる場合、大抵は泥酔しており、不機嫌であり。
  雪也に暴力を奮う事も多かった。
「 うん。サイズもぴったりね。本当、びっくりだわ」
  しかしその日の母・美奈子は酔ってはいたがとても上機嫌で、既にベッドに入って熟睡していた眠気眼の息子・雪也を無理やり面前に立たせてひどく満足気だった。雪也は突拍子もない母の行動には年齢10才にして既にすっかり慣らされていたのだが、その夜の突然の「それ」には未だ働かない思考の中でただただ混乱してしまった。
「 お母さん…?」
「 あのね。あんたもこの間会ったでしょ、水嶋さん。あんたくらいの子のお洋服とか玩具とかを外国から安く買うお仕事している。あのおじさんがね…ふふ、あの人…雪也の事、女の子と間違えたのね。これ、業者から安く仕入れたからってくれたのよ」
「 ……僕、こんなのヘンだよ」
「 あら、そんな事ないわよ。結構似合うわよ。というか、こういう格好の方が似合うわよ、雪也は。あんたは女の子みたいな作りだし、元々」
「 ………」
  にこにこしながら、母の美奈子は実に嬉しそうにそう言ってから息子をじっくり眺める為目を細めた。雪也は突然の「その状況」に困惑しつつ、怯えつつ、けれどこんな風に優しい目をして自分を見てくれる母を久しぶりに見たと思った。
  だからとても嫌だったけれど、一方で少し嬉しい気持ちもあった。
「 私も雪也が女の子だったら、こういう格好させたいってずうっと思っていたもの。でも最近の若いお母さんって自分の娘にこういう服着せないわよね。私なんて子供の頃貧乏だった分、こういうのにすごく憧れるんだけどなあ」
  誰に言うでもなく母はうっとりとしながらそんな事をつぶやき、そっと雪也の髪の毛を撫でた。そして改めて雪也に無理に着させたその―白いフリルのワンピースの裾にさらりと触れた。

  雪也は幼い頃はよく女の子に間違えられた。
「 ええ! 娘じゃないの、この子? へえ、可愛いなあ!」
  母・美奈子は付き合いを始めた男性と程よく仲良くなると、必ず一度は自宅へその人物を連れて行き、雪也にも会わせた。雪也が物心をついた頃から母は幾度となく「運命の男性を探している」と言い、それは自分にとっては勿論、息子の雪也にとっても良い父親と成り得る人なのだと常々言っていた。
「 本当、こんな可愛い子滅多にいないよ。テレビの子役とかやれるんじゃないか?」
「 当たり前でしょう、私の子供よ」
  大抵の男性は雪也を見るとお世辞でなく心からの賛辞を送った。そんな時、母の美奈子はいつも誇らしげに、いつも嬉しそうに笑って雪也の頭を撫でながらそう答えたものだ。正直、雪也は見知らぬ男性が自分たちの家に入ってくる事が恐ろしくて不安で仕方なかったのだが、この時の自分を見る母の優しい目だけは嬉しかった。好きだった。だから母の交際相手が来るとなるべく丁寧に接するように心がけた。母と男性たちの交際期間は、個人差はあれ、大抵は本当に短いものだったが、それでも雪也はいつもいつもそんな男性たちと会話を交わしながら「この中の誰かが自分の父親になるかもしれない」と、仄かな期待と大きな不安を抱くのだった。

  そんな男性達の中で、水嶋は他と比べると母とは割と長く続いた人物だった。
  とは言っても、雪也が小学校六年生になる前には「もう限界だ」という捨て台詞を残して去って行ってしまったのであるが。しかしそれでも、当時の母にとって水嶋は「今までで最高の相手」であったし、別れる直前まで彼の話が母の口から発せられない日はなかった。
「 雪也。この間のワンピース着たお写真ね、水嶋さんにも見せちゃった。とっても喜んでいたわよう、『すっごく可愛い!』って。でもその後、『でも実はこの子、男なのよ』なんて言っていたら、何だかすごく可笑しそうに笑っていたわ」
「 ……写真、見せたの?」
「 だってお母さんだけが見るのじゃ勿体ないじゃない。そうだ、今度護ちゃんにも見せようか! きっと驚くわよう」
「 やめてよ!」
  驚いたように言った雪也に、母は益々楽しそうな顔を見せた。
「 何でよう、きっと可愛いって言ってくれるわよ。ねえねえ、今度また新しいドレス買ってきてあげるから着てね。次はピンクとかがいいかな、やっぱり? それとも黄色とか?」
「 もういいよ」
「 そう言わないで。お母さん、何だか久しぶりに楽しい気持ちなのよ。水嶋さんとはうまくいっているし、意外な楽しみ見つけたし。ちょっとは付き合ってくれたっていいじゃない」
「 ……お母さん、嬉しいの?」
「 嬉しいわ。雪也のお陰ね」
「 僕の…?」
「 うん」
  昼間の、酔っていない時の母のその笑顔に、雪也は多少の戸惑いを抱きながらも不思議そうな顔を向けた。あの夜、突然女の子の服を着させられた事はやっぱり嫌だったけれど、いつも恐ろしい顔をして夜中に帰ってくる母があの時だけは天使のように優しかった。それを思い返すと、雪也は少しだけざわついた心が静まるのを感じるのだった。
  だからその後も何度か、雪也は母の「その趣味」に付き合った。
  そしていつしか、独りきりで寂しい夜などは、自らそれを着て母の帰りを待つ事すらあった。白いそれを着た時、雪也はいつも自分はこのまま違う世界へ、ここではない、優しく温かい世界へ飛んで行けるような気がした。

  ただ「大好きな隣のお兄ちゃん・護」には、そんな自分の姿は決して見られたくないと思っていた。当時こそ自覚していなかったものの、雪也にとって護という存在は雪也と現実を繋ぎ止めてくれる最後の大切な存在だったのだ。
  男の自分が女の格好をしているなどという事がもし護に知れたら。
  そう考えるとやはり怖くなった。軽蔑されたくなかった。嫌われたくなかった。護を「優しい隣のお兄ちゃん」として好きなのではない、もっと特殊な「好き」なのだと自覚するようになってからは、特にその想いは強くなった。
  自分が女の子だったら良かったのにと思った事はあったが。

  僕…護のこと、好きなんだ…。

  初めて告白した時。
  護の部屋に2人きりで、いつものように穏やかな時間が流れていた。不意に自然にこぼれた台詞だった。雪也はそれでもそう言ってしまった自分にすぐにハッとして、恐る恐る護の顔を見上げた。そんな風に言われて迷惑に思っただろうか、気持ち悪がらせたらどうしようと咄嗟に思った。
「 雪…?」
  けれど護はただ不思議そうな顔をして首をかしげ、それからにっこりと笑って雪也の頭を撫でてくれた。
「 うん、俺も雪のこと好きだよ?」
  安堵した。あの時の護の慈愛に満ちた目を、雪也は生涯忘れないだろうと思った。
「 どうした、急に?」
  そして尚もそう聞いてくる護に、雪也は思い切ったように言った。
「 じゃ、じゃあ…キスしてくれる?」
「 え?」
「 好き同士はキスするって」
「 ゆ、雪……?」
  しかしこれにはさすがに面食らったようになった護は、必死な目を向けてくる雪也に困ったような顔を向けた。
  それから諭すようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「 うーん、でもさ。そういう『好き』っていうのと、俺たちが『好き』っていうのは種類が違うだろ。雪も俺も男だもんな。恋人同士ってわけじゃないし」
「 ………」
  ああ、やっぱりか、と思った瞬間だった。
「 …僕、そういう『好き』だもん」
「 ええ…?」
「 護のこと、好きだもん」
「 雪……」
「 好きだもん」
  次第に悲しくなり、雪也はべそべそと泣き出してしまった。護は焦ったようになりながら「ゆ、雪…」と何度も名前を呼び、それからぎゅうっと肩を抱いて「ごめん、ごめん」と謝った。
  ただ謝っていた。
  それ以降、雪也は母に何と懇願されようと女の子の格好をするのをやめた。母も次第に飽きてきたのか、「あんたももうすぐ中学だしね」と言って、無理強いする事はなく、今までの服も全て処分してしまった。ただの戯れ、もうなかった事にしよう、と母は言った。
  以来、その事が2人の話題に上ったことはなかったし、中学にあがった雪也は益々それを忌々しい過去の記憶として心の奥底へ追いやって、振り返る事をしなかった。決して忘れる事はできなかったけれど、それでも忘れたフリをした。


*


  雪也が水嶋と再会したのは、雪也が中学も三年生に上がった頃の事だった。
「 もしかして雪也クン?」
  その日はよく晴れた日曜日で、雪也は珍しく街へ買い物に出ていた。もうすぐやってくる母の美奈子の誕生日プレゼントを買う為だったのだが、その日はどうも「これ」という物が見つからなくて、雪也はただウロウロと賑やかな明るい通りを彷徨っていた。水嶋に不意に肩を叩かれて声を掛けられたのは、まさにその時だった。
「 雪也クンだよね?」
「 え…?」
「 分からない? そうかもなあ、あの頃まだ雪也クン小さかったし」
「 はあ……」
  そう言って気さくに笑う背の高いスーツ姿の水嶋に雪也は見覚えがなかった。どうせ母の知り合いだろうという予測だけは容易につけられたが、昔の交際相手の顔などいちいち覚えていられなかった。
  水嶋は母の趣味を忠実に再現したような細身の身体に、割と目立つ端整な顔だちをしていたが、それにしても母の交際相手にしては少し若過ぎるような気はした。…とは言っても既に30代も後半はいっているようだったが。
「 あの…」
「 お母さんは元気かな。最近では仕事でも滅多にかち合わなくなったからねえ。でも、きっと相変わらずバリバリやっているんだろうな?」
「 は、はい…」
「 うん、うん。それで雪也クンは今何年生なのかな? あれ、もう中学には入学しているんだよね?」
「 ………」
  来年には高校に上がろうというのに、中学1年生に見られた事は少なからずショックだった。雪也が無言でその場に立ち尽くしていると、相手はハッと困惑したようになって誤魔化すように頭をかいた。
「 あ、ごめんごめん。そんなわけはないよな、もうちょっと上だよな。でも…ううん、やっぱり…」
  ぶつぶつと何やら独りでつぶやく水嶋に雪也はいよいよ居心地が悪くなった。けれどぺこりと一礼してその場を立ち去ろうとすると、水嶋に素早く制止されてしまった。
「 ごめん、ごめん。ほら、水嶋のおじさんっていただろう。服だの玩具だの貢ぐ事しか能がなかった『今までの恋人の中で1番の若作り名人』だよ。それとも、もう記録は更新されちゃったかな?」
「 ああ……」
  貢ぐうんぬんには記憶がなかったが、記録は更新されてはいなかった。それで雪也もやっと「見知らぬ人」という印象を少し緩め、やや安堵したように頷いた。すると水嶋の方も嬉しそうに笑い、丁寧に名刺まで差し出してきた。
  それから水嶋にお茶に誘われ、母や自分たちの近況を訊かれた。
  何故断らなかったのか、雪也にも不思議だった。普段から人見知りの激しい自分がどうして街中で偶然出会った、もうずっと会っていなかった「母の昔の恋人」と話をする気になったのか。それは多少強引な水嶋を振り切れなかったという事の他に、もう一つハッキリとした理由があったと言える。
  寂しかったのだと思う。
  丁度その日と前後して、雪也は護が同じ高校の女の子と付き合っているという話を聞いたばかりだった。彼女は学園でも有名な美人らしく、その話を可笑しそうに冷やかすように教えてくれた護の母親の顔を、雪也はまともに見る事ができなかった。
  そしてその日の夜、たまたま母に暴れられていた。
  堪らなかった。
「 そうか、お母さん相変わらずだなあ」
  楽しそうにそう言って笑う水嶋の笑顔に厭味なものは感じられなかった。休日、普段なら家にこもる自分がこうして町に繰り出したのも、こうして出会ったばかりの男性とお茶を飲んでいるのも、もしかすると始めから期待していた事なのかもしれないと思った。雪也は段々と水嶋の空気に慣れ、久しぶりに他人に母の話をする事で、護の事を忘れる事で、気持ちが軽くなったような気がした。
  水嶋は優しかった。
  母の暴力の話はさすがにできなかったが、いつも破天荒で自分は振り回されっ放しである事、夕飯の支度ができていないと怒る事などを雪也はゆっくりと、そしてやんわりと話した。
「 お母さんのそういうところ、パワフルで魅力的なところでもあるけど、雪也クンにとっては辛い事も多いだろうね」
  理解してくれていると思った。
「 でも偉いな。その年でもう家の事全部やれるんだから。お母さんも自慢だろうね。以前もよく自慢していたからなあ。ああ見えて親バカな人だよ」
  母とは嫌な別れ方をしているはずであるのに、母の事にも理解を示してくれるような話ぶりも嬉しかった。

  だから、断らなかった。

  今日は母がいないと言ったのに、何故水嶋はもう一度雪也たちの家に遊びに行きたいと言ったのか。最初水嶋は自分のマンションに遊びに来ないかと言ったのだが、それを雪也が断ると、じゃあそちらの家へ、となったのだった。その時点で、何故こうも昔の恋人の息子などと関わりたいのか、疑問に思うべきだったのだ。
  護は何度も「お前は悪くない」と言ってくれたけれど、護のような人間ならともかく、自分のような人間は気づくべきだったと思う。
  自分と同じ、同性が相手でも平気な人間の臭いには。
「 雪也クンの部屋、懐かしいねえ」
  広いリビングに通した後、すぐに水嶋は雪也の部屋が見たいと言った。何の警戒もなく連れて行った。夕食も御馳走してもらい恐縮していた分、いつもよりも他人に従順だったかもしれない。
「 綺麗に整頓されているし。服もきちんとかけているんだね」
「 あ……」
  いきなり洋服ダンスを開けてそう言ってきた水嶋に雪也は一瞬唖然としたが、しかしやめてくれと言う事はできなかった。茫然とその場に立ち尽くしていると、水嶋は依然余裕な態度でにこにことしながら、雪也の部屋を好きなように物色していた。
  そして、突然。
「 ねえ、雪也クン。あれはないのかな?」
「 え…?」
「 おじさんがあげた服だよ。お母さんが喜んでキミに着せた、さ」
  水嶋は雪也に見せていた背中をくるりと反転させ、笑顔を見せたままそう訊いてきた。そして何を訊かれているのか分からずに怪訝な顔をしている雪也に、水嶋は懐からすっと一枚の写真を取り出すと軽快な口調で言った。
「 今日、雪也クンと会って急に思い出したよ。これ、ちゃんと取っておいてたんだ。昔の免許入れの中にさ。あまりにも可愛かったからね、いくら思い出したくもない女の息子でも、これだけは別格だったかな」
  水嶋の取り出したそれは、あの夜母が無理に撮った雪也の写真だった。10才の時、着せられた白いドレス。
「 ………」
「 はは、雪也クン家にもまだあるだろ、これ? なかなか良い写りだよねえ。被写体がいいからなんだろうけどね」
「 …そんなもの…見せないで下さい」
「 何で? 可愛いじゃない。ホント…この時はさすがに参ったね。まあ…」
  いやに低い声でそう言いながら、水嶋はすっと目を細めて雪也の事を見やってきた。
「 今の方があの時より十分可愛いけどね」
「 な…」
「 ねえ…雪也クン……」
「 や…ッ」
  危機を感じて一歩後退した時には、しかし雪也は既に腕を掴まれて水嶋に拘束されていた。
「 嫌だ!」
「 何もしやしないよ、ただちょっと、ほら、キミの綺麗な髪の毛を撫でてみたいだけだよ」
「 嫌だ!」
「 寂しいんだろう?」
「 嫌だ、離し…ッ!」
  けれど更に抵抗の言葉を吐こうとした時、雪也はもう背後のベッドに押し倒されていた。自分よりも数段身体の大きい水嶋がすぐさま上にのしかかってくる。めちゃくちゃに暴れ、再度声を出そうとした瞬間、不意に強い衝撃が頬を襲った。
「 おとなしくしていろ!」
「 !!」
  急に水嶋の声色がどす黒くなった。振り下ろされた水嶋の拳は重く強く、殴られた痛みで雪也は声を失った。恐怖で何もできなくなってしまった。
「 静かにしていれば、優しくしてやるよ」
  恫喝で石のようになった雪也に水嶋はにやりと口の端をあげて笑い、べろりと舌なめずりをした。それから荒く息を吐きながらしつこく雪也の首筋に吸い付き、水嶋は段々と興奮したようになって顎や耳、怯えて震える雪也の小さな唇にも舌を這わせ始めた。
「 可愛い…可愛いね……」
  ハアハアと息を継ぐ水嶋は、やがて大した身じろぎもしていない雪也の両手を傍にあったタオルでベッドにくくりつけ、完全に動けないようにしてしまうと、今度は雪也のシャツをたくしあげてまた狂ったようにヘソから胸へと愛撫を繰り返し始めた。恐怖で何が何やら分からなくなった雪也は、しかし自分の乳首に水嶋がしゃぶりついてきた時、その恐ろしく気持ち悪い感触にゾクゾクと震え、涙をこぼしてしまった。
「 ぃや…や…だぁ…っ」
「 は…はは……良い子だ、良い子だから……」
  雪也に言い聞かせているのではない、完全に溺れたようになっている水嶋はぶつぶつとつぶやくようにそう言いながら、忙しなく舌を動かし続けた。それからいそいそと自分のベルトを取りズボンだけを脱いで下半身を露にすると、今度は雪也のズボンにも手をかけた。
「 ひ…っ!」
  水嶋の既に興奮して勃ちあがったそれを目の当たりにして、雪也の意識はそれだけで遠ざかりかけた。何とか逃げ出さなければ、そう思うのに身体が言う事をきかないのだ。じんじんと身体の中の熱が昂ぶって、雪也はふるふると力なく首を横に振った。
  けれど水嶋の行為は止まらなかった。
  雪也のズボンを下までずり下げ、うざったいようにベッドの下に投げ捨てる。それから意味不明の歓声のような音を漏らし、水嶋は雪也の性器を散々弄んだ。経験した事のない快感に雪也は悲鳴を上げ、それによって更に煽られた水嶋が愛撫を重ねる。そして雪也の深奥に強引に指を差し入れ、何度となく出し入れを始めた。
  何が何だか分からなかった。
「 ………っ」
  痛くて怖くてどうして良いか分からない。もう叫び声もあがらなかった。雪也はぎゅっと恐ろしいものから逃げるように目を閉じ、唇を噛んで痛みの感覚を忘れようとした。水嶋の声も聞かないように、意識を遠い違う世界へやろうとした。それは少しはうまくいったのか、水嶋の方は雪也の反応を得たくて耳元で何度となく何かを囁いていたが、雪也には何も届かなかった。
  けれど、水嶋がムキになったように最後こう言った言葉だけは。
「 ふっ、声、出さないでいられるのも今だけだ」
  雪也の聴覚にもろに響いた。
「 ――ッ!」
  突然に犯されたその痛みは、雪也の記憶を完全に破壊した。



To be continued…



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