(26)



  雪也たちが通う大学は3年程前キャンパス内に新館が建設されたばかりだった。そこには明るい日差しの差す広いロビーや大量の蔵書数を誇る図書館棟、新設学部の教室、洒落た学生食堂などがあり、日中は多くの学生で賑わっていた。4年生あたりは「今頃新しい校舎ができても」と半ば悔しそうな顔をしたものだが、殆どの学生たちにとって新しい学び舎というのは純粋に嬉しいものであった。
  だから売店や受付横に設置されているコピー機が異常に混雑する…くらいの問題点は、何でもない事のはずだった。
  しかし涼一は別段試験前でもないこの時期でも、新館に設置されているコピー機へ行くのを嫌がった。「人が多過ぎて鬱陶しい」というのがその理由だったが、雪也にしてみれば涼一はいつからそんな風に人込みを敬遠するようになったのかと思わずにはいられなかった。出会った当初は、色々な人と接して色々な話をするのが好きなのだと明るく喋っていたはずなのに。
「 ここ、穴場なんだぜ」
  そう言って涼一が雪也を連れてやってきたのは、旧館の3階、主に文学部の学生が多くたむろするエリアだった。少々薄汚れた少人数教室が並ぶ廊下を通り、涼一はその1番端に位置する「ゼミ室A」という札が掲げられた教室にすっと入って行った。
「 いいの、勝手に入って?」
  あまり来ない場所という事に加え主に3年生以上が使用するであろうゼミ室に入る事を雪也はためらったが、涼一の方は「別に平気だって」と言って振り返りもせずすいすいと奥へ進んで行った。その空間はドアを開けるとすぐまた細い通路があり、そこから右手横と奥に分かれてそれぞれ「ゼミ室A―1」「A−2」という札のかかった個室があった。涼一はそのうちの「A−2」と書かれた奥の個室のドアを開け、中に入った。それで雪也も仕方なく後に続いた。
「 ここの主の先輩も教授も知っている人だから」
  ずっと心配そうな顔をしている雪也に涼一はようやくそう言って種明かしをすると、その個室にあったコピー機の電源をつけて少しだけ笑って見せた。午後の授業はないのだろうか、それとも昼食から戻ってきていないのか、そこには誰もいなかった。雪也は長テーブルとそれを囲むようにして並べられているパイプ椅子、それに窓のすぐ傍に置いてあるコピー機があるだけの殺風景なゼミ室を一望し、息を吐いた。
「 こんな所があったんだ」
「 文学部のゼミ室は心理学実験室以外みんなボロいって先輩が言ってた。法学部のゼミ室はもうちょっとマシだよな?」
「 うん…」
  頷きながら雪也はコピー機が作動するのを待つ涼一の横に近づいて、そこから見える窓の外へと視線を移した。部屋の電気をつけずとも、そこから差し込む日の光で中は十分明るい。目を細めて3階から下のキャンパスを見下ろすと、大勢の学生たちがそれぞれの時を過ごしているのが一望できた。
「 雪」
  その時、不意に涼一が呼んできた。
「 え?」
  雪也は驚いて視線を窓の外から涼一の方へ戻した。名前を呼ばれたのは何だかひどく久しぶりのような気がした。
「 相変わらず字、うまいな」
  けれど涼一はそれだけを言い、あとはもう黙りこくってしまった。
「 ………」
  何と言って返して良いか分からず、雪也は困惑したようにその場に突っ立っていた。コピー機の規則正しく動く機械音だけが2人の間の沈黙を紛らわせてくれた。涼一は雪也の方は見ようとはせず、ただじっとコピー機が発する光を見つめていた。
「 あの……」
  その時雪也は自分で自分が何を考えて何を言おうとしているのか、よく分かっていなかった。
「 剣…結局、合宿は行かないの?」
「 ……行くわけないだろ」
  涼一は素っ気無くそう答え、やはり雪也の方はちらとも見なかった。ただ「そんなつまらない事は訊くな」と言いたげな顔ではあった。
  雪也は先を続けた。

「 あの……俺さ」
「 何」
「 連休は旅行に行くんだ」
「 ………」
  涼一はこれにはすぐに反応を示さなかった。けれどさっきまで手際良く動かしていたノートをめくる手は止まり、凍りついたような表情になるのが雪也の位置から少しだけ見えた。
「 決まったの、すごく急なんだ。突然一緒に行くかって言われて。それで剣も行かないかって訊かれて」
「 ………何?」
「 創が―」
「 創?」
  初めて涼一が顔をあげた。その怪訝な顔は真っ直ぐに雪也の方に向いてきた。雪也は堰を切ったように続けた。
「 剣も会った事あるだろ。うさぎって白い服着た子と、あと那智さんも。那智さんたちの親戚の家に行くんだって。でも何処の県かとか実は何も知らないんだけど。それで創は剣もどうかって言ってて」
「 ………何の話してんの」
  段々と涼一の声が暗く沈んできたのが雪也には手に取るように分かった。表情は消していたが、やや俯き加減になったその様子で涼一が頭にきているようなのも分かった。それでも雪也は言っていた。
「 だから連休の話だよ。もし剣が特に予定ないなら一緒に―」
「 一緒に? 一緒に何なの?」
「 ………」
  思わず口を閉ざすと、涼一は相変わらず静かな表情のまま鋭い眼光を突き刺してきた。数歩歩み寄り、雪也と取っていた距離を縮める。しかし雪也がそれでびくりとして一瞬後退しかけると、涼一の足もそこで止まった。
「 旅行? 創? うさぎと那智さん? 何それ」
「 剣……」
「 護は?」
「 え?」
「 あの人は行かないの」
  涼一の声色に思わず雪也はゾクリとした。何かを抑えているような、低く篭もった陰のある声だった。
「 い、行かないよ…」
  思わずどもると、涼一はそんな雪也に遂にカッとなったようになって声を荒げた。
「 何で? せっかくの休みだろ。ずっと一緒にいるんじゃないのかよ?」
「 こ、この間電話で話したし…」
「 会わないの?」
「 ま、護…今大学でしている研究がすごく忙しいって言ってた…。それに今、家族の人たち遠い所にいるから、きっと休みの時くらいそっちに帰るだろうし…。連休の話なんか…」
「 だからお前は創の方といちゃつくわけか? 護に誘われないからお前はあいつがいない時は創に頼る事にしたってわけか?」
「 そ、そんなんじゃないよ、ただ…」
「 ただ? ただ何なんだ? 旅行? 誘われた? 急に? 急なのに行くのか、行けるのかよ、お前は!」
「 つ……」
「 お前は今まで旅行なんて…ッ」
「 剣…っ」
「 ふざけんなッ!」
  怒鳴りながら涼一は雪也と一気に距離を縮めると、ぐいとその胸倉を掴んでそのままものすごい力で締め上げきた。雪也は一瞬身体が宙に浮いた気すらして、喉を詰まらせ苦しさに目を閉じたが、涼一の怒りの視線は痛いほどに感じられた。
「 俺が女と付き合うって言ったから、お前はもう安心して別の奴か! そいつと仲良く旅行する自慢して、あてつけで俺にも来いって? お前何考えてんだ? それともお前、もしかしてあれか? これからは、俺とはいいオトモダチになれるかもとか思ったりしているのか? なあ? そんな風に考えているのかよ? 俺が今日普通に話しかけてきたから!」
「 ち、ちが……」
「 違う? じゃあ何なんだ? あれか、同情か? 俺が未だにうじうじ新しい女とも約束しないでお前の連休の予定気にしたりしているのを心で笑ってんのか? だから俺がお前の誘いに喜んで乗るのを見たかった? なあ、そういう事なのか?」
「 つ……苦し…ッ…」
  興奮した涼一に壁まで身体を押し付けられて、雪也はそのまま更に締め上げられて息を詰まらせた。涼一は腕ごと雪也の喉元を押さえつけ、怒りの形相のまま連続で酷い言葉を投げつけた。雪也はそれを耳に入れながら、ただ苦しくて胸が痛くてぎゅっと目を閉じていた。傍でする涼一の荒い息遣いがとても怖かった。
「 ……くそっ! 何で俺はお前なんか…ッ!」
  けれど涼一のその言葉で、雪也はギリギリまで耐えていた気持ちをぷつりと断って、ぽろりと涙をこぼしてしまった。恐ろしい気持ち以上に、とても悲しい気持ちがした。
  しかしそんな雪也の表情に、涼一の方は更に頭に血を昇らせたようだった。
「 ち…ッ。泣いてんじゃねえよ! お前はいつもそれだ!」
「 ごめ……」
「 黙れ!」
  涼一はヒステリックにそう叫ぶと、両手で雪也の胸倉を掴んだ。そうして思い切り背後の壁に雪也の頭を叩きつけると、更に顔を近づけてそのままの勢いで口付けをしてきた。
「 ふ…ッ!」
  突然の事に雪也が面食らい抗おうとすると、涼一はまた強い力で手首を掴んで動きを封じてきた。
「 ん、んぅ…」
  角度を変え、何度も押し付けるような所作で唇を舐られた。涼一の身体が徐々に密着してくる。雪也は自分の身体が一気に熱を持ち始めるのを感じた。明らかに涼一の温度に翻弄されていた。
「 りょ……」
  けれど呼びかけた瞬間、涼一の大きな掌が伸びてきて顔を掴まれた。両頬を片手で押さえつけられるようにされ、言葉を封じられた。そっと瞳を開くと、すぐ近くに怒りと混乱がない交ぜになったような涼一の顔があった。黙ったまま見つめていると、涼一の空いた片手が自分の下半身を攻めてくるのが分かった。雪也ははっとして身体を揺すったが、涼一は許してくれなかった。
「 ………もう知るか。お前の事なんか」
  涼一が言った。そして雪也のズボンのジッパーに手をかけ、そのまま中に手を侵入させてくる。口許を封じられて抵抗の言葉を吐く事ができない。それでも雪也は不意に襲ってきたその感触に身体を震わせ、びくびくと肩を揺らした。
「 ん…ん…ッ!」
  口を抑えられたまま、自分の性器を弄んでくる涼一の所作に我慢できなくなり、雪也は喉の奥から必死に声を漏らした。それでも涼一はその手を止めず、中途半端に下げていた雪也のズボンを下着ごと思い切りずり下げると、剥き出しになった雪也の性器を更に扱き始めた。それからようやく雪也の口許を抑えていた掌を離し、代わりにそこには自分の唇を押し当てた。
「 ふ…ぅんん…ッ」
「 うるせえよ…!」
  自分の口付けに辛そうな声を漏らす雪也に涼一は唇を離す瞬間その下唇に噛み付いて、更に耳元にも舌を這わせた。そして涼一はそのまま低い声で雪也に問い質してきた。
「 もうヤらせたのか。あいつらには」
「 ……ッ」
  雪也は涼一のその台詞にショックを隠しきれなかったが、それでもすぐに首を横に振った。何度も何度も頭を振り、それから押し寄せる涙を拭いたくてもう一度だけ身体を揺らした。空いている方の手で涼一の肩を掴んで引き離そうともしたが、びくともしなかった。涼一の方はそんな雪也の所作を鼻で笑うと、そのまま雪也の耳朶に唇を当て舌を寄せた。その感触に雪也はただ翻弄された。こぼれ落ちる自らの涙を止めるができなかった。
「 何泣いてんだよ…。ココはこんな喜んでいるくせに…」
  意地の悪い声が聞こえた。瞳を開いてそんな涼一を見つめると、また新たな涙が出た。
「 お前、男なら誰でも感じるんだろ。別れた俺相手でもこんなだもんな」
「 ひぅ…ッ。や、やぁ…ッ」
  悲鳴のように声を漏らす。ひどい。ひどい。そう思ったが、涼一の手の動き一つ一つに雪也の身体は反応した。
「 泣いてんじゃねえよ…馬鹿…」
  そしてそう言った涼一のくぐもった声が頭の中でじわりと広がって消えた。

「 んっ…。りょ…いち……」
  だから、だろうか。
  雪也は涼一を呼んだ。

「 涼…一ぃ…」
「 ………」
  また呼んだ。声に出さないと、呼ばないと、与えられた刺激にただ溺れて何が何だか分からなくなりそうだったから。
「 涼一…やめ……」
「 ………」
「 やめて…涼一…」
  だから呼んだ。痛くて痛くて。どうしようもなかった。どこもかしこも痛かった。
「 涼……ぁ…ッ!」
「 ………雪」
  快楽を感じていたのか、それともただされるがまま精を出しただけなのか。雪也は短く鳴いて涼一の手の中で放った。あとはもう力が抜けた。雪也はズルズルと壁に寄りかかったまま身体を落とすと、それを許した涼一の足元に座り込んだ。ぼんやりと滲む視界とじんじんする身体にどうしようもなく情けない気持ちが合わさって目眩がした。ただそんな中でも、涼一がこちらを見下ろしているのは何となく分かった。
「 ……笑ってなんか…いない…」
  ようやく雪也はそれだけを言えた。
「 涼一のことを…笑ったりしない…」
  それだけは分かって欲しかった。誰と寝ていると疑われても、それだけは分かって欲しかった。
  涼一からの返答はなかった。
  顔を上げる事はできず、雪也はハアと肩で息をしてからのろのろと下着をつけ、ズボンを履いた。衣服は多少汚れていたが、そんな事にはもう構っていられなかった。床に飛散している自分の精液を醜いと思った。雪也はまた泣き出しそうな気持ちになるのを必死に抑え、飛び散ったそれを手の平で拭った。
「 今……誰か来たらどうする……」
  言いたい事はそんな事ではないはずだったが、雪也はそう言っていた。多少自分を卑下したように口の端を上げ、哀れみの篭もった笑顔を浮かべる。けれど涼一はそんな雪也に対し全く動じず、静かな口調で答えた。
「 俺は気にしない」
  決して強くはないけれど、いやに澄んだよく通る声だった。
「 人の目なんか気にしない」
  雪也は下を向いたまま、涼一の足元だけを見つめていた。顔を上げる事はできなかった。
「 俺が……俺が気にするのは…」
  けれど涼一は後の言葉を続けなかった。代わりに自分もしゃがみこむと、そのまま雪也に触れようとして、けれど途中でその手を止めた。宙で止まったその手が見えて雪也がようやく顔を上げると、躊躇していたような涼一ともろに視線が交錯した。
「 ………」
「 ………雪」
  先に呼んだのはやはり涼一だった。視線を合わせたまま涼一は言った。
「 キスしたい」
「 ………」
「 雪とキスしたい」
「 ………今したよ」
  雪也がやっと口を開くと、涼一は悪びれもせずに言葉を吐いた。
「 もっと」
「 ………もっと?」
  聞き返すと涼一は素直に頷いてきた。それで雪也は何だか自分の身体からふっと力が抜けるのを感じた。だから改めて涼一の顔を見つめると、あとは黙って目をつむった。
  涼一の温かい唇の感触はその後すぐに雪也の元にやってきた。

*

「 まあ、5人になったらキツイから。君が車で来てくれた事は助かるよ」
  創は別段助かった風でもない顔をして、雪也の隣に立つ涼一の顔を眺めて素っ気無く言った。涼一はそんな創にしらっとした顔をしたまま、背後に停めている自分の車を指さした。
「 そんで俺はどっちへ行けばいいわけ? あんたらの後について行けばいいんだよな?」
「 そう。運転は那智姉さんがするから。引き離される心配はまずないと言っていいだろうね」
  創は言ってから、未だ店の前でオロオロと荷物の点検をする従姉の事を見やった。那智は明るい色のチェックが入ったブラウスにジーパン、ハイキングに行く時に重宝しそうな白のスニーカーを履いていた。一見するとそのアウトドア的な服装は彼女の陰気な性格も隠してしまいそうな感じではあったが、やはり蒼褪めた那智の顔はそれだけで幾分か老けて見えた。普段しない運転をさせられるという事で朝まで眠れず、一晩でやつれてしまったようだった。
「 は、創…。どうして私が運転するの…? あんたがやればいいじゃない」
「 嫌だよ、面倒臭い」
「 だ、だって私じゃ不安だよ…。私、ずっとペーパードライバーで」
「 大丈夫。死にはしないよ」
  何を根拠にそれほどはっきり言い切れるのか、しかし創は平然としたままさっさと荷物をトランクに入れると、脇に抱えていた道路地図だけを助手席に放り投げた。それから時計をちらと見やり、「5時か」とだけつぶやいた。店の前に集合する時間になってもまだ1人、この旅行の肝心の「主役」は到着していなかった。
「 雪。どうやってお袋さん説得した?」
  ただ待つだけに飽きたか、それともずっと訊きたい疑問だったのか。涼一が自分の隣にいる雪也に何気なく質問してきた。雪也は困ったように首をかしげ、「説得なんてしてないよ」とだけ答えた。実際、母が何を考えてこの旅行を許してくれたのか、雪也には分からなかった。
  結局涼一は雪也の誘いのまま、創たちとの旅行に参加すると言った。
  あのゼミ室ではキスはしたけれど、その先は何もなかった。互いに何も言わなかった。ただ別れ際になって涼一は雪也に「自分も行く」とだけ言い、そうして「お前が何を考えているのか知りたいから」とだけつけ加えた。夜になって涼一の参加を創に電話で伝えた雪也は、急に1人増えた事で親戚の人は困らないかと訊ねたが、創の方は実にあっさりと「増えてなんかいないだろ。当初の通りだ」と言った。創の中では涼一が参加する事は、はじめから決まっていた事のようだった。
「 雪はこっちに乗れ」
  当然のように涼一はそう言って自分の助手席を指したが、それに反論を唱える者は誰もいなかった。雪也は創たちの手前多少気恥ずかしい気持ちがしたが、涼一を怒らせたくなくて黙って頷いた。創は興味深気にそんな2人を観察していたが、更に背後でぶつぶつと運転マニュアルなるものを読み始めた従姉には呆れたような顔を見せた。
  うさぎはなかなか来なかった。
「 家まで迎えに行ってこようか」
  那智が心配してそう言ったが、創は頑として首を横に振り、黙って一本道の通りを見つめていた。
「 来たければ来るよ。嫌なら来ない。だからもう少し待とう」
「 ……うん、でも」
「 うさぎってどういう奴だっけ?」
  涼一がただならぬ雰囲気に構わず平然と訊ねたが、これには誰も答えなかった。うさぎの来る気配は全くなかった。
  しかしさらに小一時間ほどした頃、不意に店の奥から電話の鳴る音がした。
「 ………姉さん、出て」
  ずっと通りの先を見ていた創が多少怒ったように言った。那智が頷いて店に駆け込む。涼一と雪也は何が何やら分からずその様子を眺めていたが、店の奥で一生懸命何事か話している那智の姿にしばし目を奪われて、2人は創が動いた事には気づかなかった。
  やがて。
「 さあ、捕まえた」
「 嫌だ! 離せ!」
「 嫌ならお前はここには来ない。行くんだな。では出発しよう」
「 創のばか! こんなにいっぱい人がいる! 嫌だ、嫌だ!」
「 それでもお前が許した人間たちばかりだ。これくらい我慢しろ」
「 嫌だ、嫌だ!」
  はっとして雪也たちが声のする方向に振り返ると。
  通りから創に引っ張られるようにして、1人の少女がやって来ていた。
「 うさぎちゃん、良かった!」
  那智が嬉しそうな顔を閃かせて店から飛び出してきた。涼一はぽかんとしたまま、雪也は半ば驚いてその様子を眺めた。
  うさぎは野球帽を目深にかぶり、Tシャツにオーバーオールという格好をしていた。帽子からはみでた長い髪は、今日は結っていないのかぼさぼさだった。創に無理やり手を引かれながらもその手に噛みつかんばかりの様子で、うさぎは大きな目をぎらつかせ殺気だっていた。
「 何、あの反抗的なガキは…」
  涼一は自分の事を棚に上げて不快な声をあげたが、雪也は暴れるうさぎの姿にやはり自分の胸が痛むのを感じた。うさぎの格好と態度でもう確信していた。
  うさぎは、少女ではないと思った。



To be continued…



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